【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第1章『3領地同時攻防戦』編

第34話 3領地同時攻防戦13--中央クラベール領戦線⑤

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 四方からの猛攻を受け、退路まで断たれたルルマンド部隊。

 この状況下では、兵士個々の実力差など最早意味を成さなくなっていた。高まっていたルルマンド部隊の士気も、包囲攻撃による混乱で無に帰していた。

「ええい! 逃げるな! 戦え! ワシを守れぇぇぇ!」

 そんな大混乱に陥る部隊の中でも、自らの保身とはいえ、懸命に指示を飛ばすルルマンドは、かろうじで指揮官らしいといえば、そうなのかもしれない。

 しかし常に部下を邪険に扱うような彼は、もともと人望が無く、こんな状況で身を挺して守ろうなどという兵士は皆無。皆、指揮官の命令を無視して、敵部隊から逃げ惑う。

 もっとも、包囲されたこの状況では逃げ場所などない。

 龍牙騎士に倒される者、仲間内で衝突しあい踏み殺される者など、ルルマンド部隊の兵士達は燦燦たる状況から抜け出すことが出来ない。

「う、ぬぬ……ぐぐぐっ……!」

 この段になって、ようやくルルマンドは調子にのって自ら敵陣深く入り込んだことを後悔し始めた。指揮官らしく後方で偉そうに命令をしていれば、この身を窮地に晒すことはなかったのにーー

 しかし、全ては後の祭りである。

 逃げ場所が無いのは兵士達だけではなくルルマンドも同じ。いずれは降りかかる矢の嵐に身を貫かれるが、龍牙騎士の剣でこの命を絶たれるだろう。

「ひ、ひぃぃぃぃ!」

 自らの末路を想像したルルマンドは怯えた声を出しながら、必死に逃げ惑う。

 しかし、そんな愚かな敵指揮官を見逃すジュリアスでは無かった。

「見つけました……指揮官ルルマンドですね」

 馬を駆り戦場を疾駆していたジュリアスは、ようやくルルマンドを手の届くところに捉えるのだった。

「ひ、ひぃぃ……! ジュ、ジュリアス=ジャスティン……っ!」

 ついに指揮官同士が直接相対する。

 残された左眼を鋭くして相手を射抜くように睨みつけるジュリアスと、すっかり怯えすくみあがっているルルマンド――そんな双方の様子を見るに、既に戦いの結果は見えているようだった。

「指揮官まで倒してしまえば、一気に戦況を押し返せます。気の毒ですが、ここでその命をもらい受けます」

 こんな愚鈍な男にまで丁寧な物腰を貫くジュリアスは、持っていた剣を構える。

「く、来るなぁ! 来るな、来るな、来るなぁぁぁぁ!」

 完全に命を刈り取りにくるつもりのジュリアスに、ルルマンドは両手に持った斧を投げつける。しかし、その軌道は滅茶苦茶。ジュリアスが避けるまでもなく、投げられた斧はあさっての方向で飛んでいく。

 ジュリアスが何をするでもなく、ルルマンドは勝手に丸腰になった。

「ぎゃああああっ! 助けてくれぇぇぇ! 誰かぁぁぁ!」

 まだ怪我を負うどころか、攻撃すら仕掛けられていないというのに、ルルマンドは情けない悲鳴を上げながらジュリアスに背を向けて馬を走らせて逃亡する。

「……」

 その情けない姿に、もはやジャスティンは何も語る言葉を持たない。

 ただ黙って馬を駆けさせると、いとも簡単にルルマンドの背後に追いすがる。そして手に持つ剣を振り上げて、この最後まで醜態をさらし続ける肥満中年の命を切り取ろうと、その腕を振りぬく。

「――っ!」

 その瞬間、以前にどこかで感じたのと同じ『恐怖』を感じ取る。そして頭で考えるよりも先に、ルルマンドへ振りぬこうとしていた腕を止めて、その迫り来る『恐怖』に向けて構えるように剣を向ける。

 1拍遅れて金属が打ち合う音が響き、同時に重く鋭い衝撃が剣を持つ手に伝わってくる。

「っつ! このっ……!」

 そのあまりに強い衝撃に、馬上でバランスを崩しそうになるジュリアス。必死に手綱を操り、馬を動かすことで体勢を取り戻す。

 視界が無くなった右側からの剣戟――ジュリアスがそれを防げたのは奇跡に近かった。無意識に剣を向けた場所に、偶然その攻撃が飛んできたという感じだった。

 ジュリアスが、その攻撃が仕掛けられた右側へ視線を向けて、その人物を視界にとらえる。

 あともう少しで敵指揮官を仕留められそうだったのを阻止された――そんな考えなど吹き飛ばされる程の、焦燥と警戒心がジュリアスの胸の内を支配する。

「やはり、この戦場にいましたか。クリスティア……」

「くすくす。随分男前になったわね、ジュリアス」

 そこにいるのは、新白薔薇騎士の白銀の鎧に身を包み、騎士剣を持って微笑むクリスティア=レイオールだった。

 先のミュリヌス領で、ジュリアスが右眼を奪われた戦い以来の再会である。

 この眼帯が必要になる傷を負わせた張本人との再会に、ジュリアスは無意識に眼帯を指先で撫でる。

「悪いけど、あの豚はああ見えて隊長だから、簡単に殺させるわけにはいかないの。貴方たちに調子の乗ってもらっても困るし、ね」

 ジュリアスが知るかつての彼女なら絶対に言わないような言葉使いだったが、彼はもう驚かない。

 悪辣なる力によって彼女が歪められていることを知ったから、ジュリアスは目の前にいる彼女が本当の彼女ではないことを理解している。

 だから、この傷をつけられた時の様に動揺も油断もしない。ジュリアスはクリスティアの言葉に返す言葉もなく、油断なく彼女を見据える。

 すっかりジュリアスの意識からはルルマンドのことは消えていた――というよりも、ルルマンドのことなど気にする余裕がない。

「そういえば聞いたわよ? なんでも、龍牙騎士団の副団長に抜擢されたみたいじゃない。大出世じゃない。さすが名門ジャスティン家の優秀な跡取りね。立派、立派! やっぱり名家の貴族に生まれた人間は違うわね」

 こんな緊迫した危険な戦場にそぐわない、皮肉を込めた笑みを浮かべるクリスティアは手を叩いてジュリアスの出世を祝福する。

「……」

 違和感たっぷりのクリスティアに、やはりジュリアスは何もリアクションを返さない。ただ黙って、ジッとクリスティアを見つめるだけだ。

 そんなジュリアスの態度に、クリスティアの態度が急変し、怒りを露わにした表情となる。

「ふっっっざけんなよ! 学生時代は私と同じ落第生の落ちこぼれだったくせに! やっぱり家の力かよっ! 実力も才能もないくせいに、ジャスティン家の生まれってだけで、簡単に龍牙騎士団の副団長になんかなれるのかよ! ふざけんな! このクズ! カス! 無能っ! 死ね、死ね、死ねっ!」

「クリスティア……」

 ジャスティンが知る彼女は、どちらかというと言葉数が少なく物静かな女性だった。そして、代々白薔薇騎士団長を輩出するレイオール家の出生だけあり、言葉も態度も謙虚で気品があった。

 そんな彼女が、こうも口汚く罵詈雑言を並べるのを聞くと、さすがにジャスティンも落胆の色を隠せない。

 憎しみと怒りを隠そうともせずに、ジュリアスを罵るクリスティアは、しかし次には喜悦に表情を緩ませる。

「でも、私は手に入れたわよ? この圧倒的な力――ありとあらゆる龍牙騎士を凌駕する実力をっ! 何人の龍牙騎士を殺してきたと思う? 妾が産み落とした汚らわしい子供に過ぎない私が、誇り高くて高貴な龍牙騎士を次々に殺したのよ! これも全部、雌としての幸せを教えてくれた、あの御方のおかげ」

 滔滔とした表情で、胸に手を当てながら訴えるように言うクリスティア。それは一見すると、何かの宗教にはまった狂信者のようにも見える。

「あんなに必死に訓練をしても得られなかった強さが、セックスしただけ簡単に手に入るの。最高よ、第2王女派(こちら)は」

 狂っている――それは、ミュリヌス領の時にも思ったことだが、今こうやって冷静に相対しても、その評価は覆ることはない。むしろ、確信が強まるくらいだ。

(覚悟を……決めなければ)

 昨夜と同じことを思うジュリアス。

 しかしクリスティアはそんなジュリアスの思いなど置き去りにする。

「レイオールの家名などではない! 私は私の実力で、地位も名誉も手に入れる! いずれはあのミリアムや、団長のリアラだって超えて、私は新白薔薇の頂点に君臨してみせるっ! ジュリアス……龍牙騎士団副団長の首は、その足掛かりとしていただくっ!」

 言葉と共に、馬に乗るジュリアスに斬りかかってくるクリスティア。一切の油断なく身構えていたジュリアスはその剣を必死に受け止めるが、クリスティアは次々に剣戟を叩きこんでくる。

「く……速い……!」

 それだけではなく、一撃一撃が重い。

 いくら騎士といえど、女性のものとは思えない攻撃だ。不自然すぎるその攻撃力は、明らかに何かしらの強化が施されている。

 しかもクリスティアは容赦なくジュリアスの弱点を突いてくる。ジュリアスの失われた視界――つまり右側から重点に攻撃を仕掛けてくるのだ。

 それでもクリスティアの目線や表情などから、攻撃の軌道を予測しながら、必死に彼女の攻撃を受けるジュリアスは、やはり優秀以上の実力の持ち主だ。

 しかしジュリアスの旗色は悪い。鋭く速く重くクリスティアの攻撃を受け続けるジュリアスに冷や汗が浮かび、徐々に防御が遅れ始める。

 そして、遂にクリスティアの一撃がジュリアスの左頬をかすめる。

 たまらずジュリアスは馬の腹を蹴り、その場から駆け出してクリスティアを距離と取る。そして彼女へ向き返りながら、血がにじみ出てくる左頬を手の甲で拭う。

「くすくす……残った左眼も奪ってあげるわ」

 まるで弱った獲物を追い詰める狩人のような表情と声で迫ってくるクリスティア。

「――クリス。やはり貴女はまだ生まれのことを……」

 すると、ジュリアスは唐突な話題を口にする。これには余裕の笑みを浮かべていたクリスティアも、驚いたように目を見開く。

「何を下らないことを……」

 苦々しい口調で吐き捨てるクリスティアだったが、ジュリアスはそのまま続ける。

「私は、貴女が私の実力を認めてくれると思っていた――だから、私の努力を見せることが、何より貴女を励ますことだと信じていたんです。ですが、貴女はレイオールの血――いえ、妾の子供という呪いに捕らわれたままだったのですね」

「何言ってんだっつってんだよ! 下らねぇ……下らねぇ、下らねぇ! そんなこと関係ねえっつってんだ! 良い所の家に生まれただけの、このゴミクズがっ! 黙れよっ!」

 唾を飛ばしながら相変わらずの罵詈雑言を並べ立てるクリスティアと、冷静で静かな口調のジャスティン。追い詰められているのはジャスティンのはずだが、問答では全く逆のように見える。

「私も、覚悟を決めましょう」

 その覚悟は、龍牙騎士団副団長という立場が決して許さなかった。だからジュリアスは今日ここに至るまで、決意することが出来なかった。

 しかし、この狂ったクリスティアを見て、ジュリアスは龍牙騎士団副団長という立場を超えて、”その”覚悟を決めた。

 かつての学友を口汚く罵る彼女の顔が、歪んだ方法で望んだ力を手に入れたという彼女の顔が、嬉しそうに女としての幸せを手に入れたという彼女の顔が、彼女の全てが。

 ジュリアスからすると、とても辛そうに見えたから。

 だから、次に出てくる覚悟の言葉は――

「貴女を救います」

 嬉々としながら龍牙騎士を殺戮するクリスティアは、第1王子派の主戦力足る龍牙騎士団、その副団長のジュリアスにとって紛うことなき敵である。倒すことはあっても、救うべき存在ではない。

 しかし、おそらくは他の誰よりもクリスティア=レイオールという人間を知るジュリアス=ジャスティンは、今日ここにきて彼女を救う覚悟を決める。

 クリスティアの辛そうな表情は、そのまま助けを求めているように見えたから。

「何を世迷言を……っ! つい数か月前に、私にその片目を奪われたのを忘れたのか! 私より弱い貴様が、どの口でそんなことをっ!」

 確かにミュリヌス領の戦いでは圧倒され、そして今再び剣を交わしてジュリアスは確信する。

「そうですね。馬に乗りながら、ましてや私は片目――到底、今の貴女に勝てるとは思いません」

 残念そうに言うジュリアスだが、どこかすましたような口調。少なくとも、クリスティアの言葉に感情を動かされてはいないようだ。

 それが面白くないクリスティアは、どんどん苛立ちを露わにする。

 ――が、あろうことかジュリアスは馬の向きを変えると、その場から逃げ出し始める。

「ま、待てっ! 逃げるのか、ジュリアスっ!」

「今日のところは、尻尾を巻いて逃げさせていただきます。クリス、貴女との決着はその時が来たら、必ずつけます」

 その最後の言葉を残して、ジュリアスは自陣の後方へ撤退していった。さすがに馬を駆る彼に、徒歩のクリスティアが追い付くはずもなく、歯がみしながらジュリアスの背中を見送ることしか出来なかった。

 このままジュリアスを追って、敵陣深く入り込むという選択肢もあるにはあったが、さすがのクリスティアも、この圧倒的不利な状況で単身突っ込めばただではすまないだろう。

 それよりも、クリスティアがやるべきことは、部隊長であるルルマンドを連れての撤退だった。

「っち、覚えていろ。ジュリアス……!」

 嫉妬と憎しみ、そんな汚い感情を隠そうともせずに、クリスティアは吐き捨てるように言う。

 そしてそれまで、がくがくと震えながら2人のやり取りを遠巻きに見ていたルルマンドへ向き返ると

「さあ、こうなれば撤退しかありません。退路は私が切り拓くので、安心して付いてきて下さい、ルルマンド隊長」

「おあ……あ、ああぁ……」

 徐々に包囲網を狭めてくるジュリアス部隊に、龍の爪の兵士も新白薔薇騎士も次々に倒されていく。

 今までジュリアスに黒い感情を向けていたクリスティアは、そんな血と死に染まった戦場とは不似合いな、優雅な笑みを浮かべてルルマンドに話しかけるのだった。
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