【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第1章『3領地同時攻防戦』編

第33話 3領地同時攻防戦Ⅻ--中央クラベール領戦線④

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「ぐはははは! 愉快、愉快じゃああ! 死ね、死ねぇぇぇ!」

 夜が明けて、クラベール領第2防衛線の戦いが始まった。

 戦場の中央で高笑いをあげているのは、第2王女派の部隊を率いるルルマンドだった。彼は馬にまたがりながら、両手に持った戦斧で第1王子派の兵士達を殴り倒すようにして、殺していく。

「――ったく、いい気なもんだぜ」

 そんな部隊長の汚い笑い声を聞きながら毒吐くのは、昨夜ルルマンドがハーレムを楽しんでいる時にテントを訪れ邪険に扱われた後、クリスティアに誘惑されていた兵士だった。

 ルルマンドが、その肥満体を馬に乗せて不格好に斧を振り回す姿は、はっきり言って醜い。しかもルルマンドは、強敵である龍牙騎士は巧みに避けており、クラベール領の兵士――しかも怪我を負って弱っている者ばかりを執拗に追いかけ、トドメをさしているのだ。

「――ふ。まあ調子に乗っちまうのも分けるけど……なぁ!」

 不快感を顔に出しながらルルマンドを遠巻きに見る彼も、龍牙騎士やクラベール領の兵士と斬り結びながら、撃退していき、じわじわと進撃していく。

 彼は龍の爪の中では、極めて一般的な傭兵だった。本来であれば、聖アルマイトで高度な訓練を受けている龍牙騎士などに勝てるはずがない。

 しかし新白薔薇騎士の面々に混ざりながら上手く立ち回っていた彼は、彼女らの強さで負傷し、士気を挫かれ、弱った龍牙騎士を追い詰めるような形の戦いをしていた。

 本来の実力では敵わないはずの、優秀な龍牙騎士が傭兵の自分に恐れて後退していく。正確にいうならば、彼ではなく新白薔薇騎士達の力なのだが、それでもその光景は彼に限らず、龍の爪の兵士達に強烈な高揚感を与えていた。

「っは! 死ね、こらぁ! おらぁぁぁ!」

 彼は剣を振るって目の前の敵を斬り殺す。新白薔薇騎士がトドメを差しそびれた、負傷を追っている龍牙騎士だった。

 その龍牙騎士の返り血が頬につくと、鬱陶しそうにそれを腕でふき取りながら、そして獰猛な笑みを浮かべていた。

『あなたのモノ……素晴らしかったわ。また今夜も、是非』

 昨夜から夜通しで性の快楽を貪り合った新白薔薇騎士――クリスティアが、出陣前にうっとりとした表情で自分に求めてくるのを思い出し、彼は興奮したように戦場を突き進んでいた。

「ぐわははははは! 死ね! 死ね! 死ねぇぇぇぇ!」

 戦いの高揚感と肉の快楽への渇望。

 雄としての本能と興奮を最高潮にまで高めて進撃する龍の爪の兵士は彼だけではなかった。むしろ彼こそが、今の龍の爪の兵士達の、一般的な様子である。

□■□■

「副長、もう保ちませんぜ!」

 今日の戦場で、ジュリアスに付いている副官はテアレスではなかった。

 年齢は30歳半ばで、ジュリアスよりも世代的には1つ上にあたる騎士である。灰色の髪はオールバックに撫でつけられており、筋肉質な巨躯をでありながら器用に馬を操っている。顔には数多の戦場で刻み付けられた古傷が痛々しく残っており、歴戦の戦士を思わせる風格だった。

 彼もまたジュリアスの副官の内1人――ラディカル=キーストン。ジュリアス部隊の中でも『猛将』と称される実力者である。

 ラディカルは身の丈ほどもある大剣を振り回し敵の猛攻を何とかしのぎながら、今の苦しい状況をジュリアスに伝える。

 ジュリアスもジュリアスで、ラディカルと同じように馬に乗りながら、懸命に敵部隊と交戦を続けていた。

「新白薔薇騎士は言うまでもありませんが……龍の爪の兵士までも、異常に士気が高い。これは、気圧されるのも仕方ありませんね」

 ジュリアスは苦渋に満ちた表情でラディカルに返事をする。

 ラディカルは、龍牙騎士の中ではジュリアスと同様に、グスタフの異能で強化された新白薔薇騎士達と互角以上に戦える人材だった。

 戦場の中央で、2人は周りで苦戦する龍牙騎士を助けるようにしながら、敵の猛攻を受け止めていたが、やがてジリジリと押されていくのまでを止めることは出来なかった。

「あそこで斧をブンブン振り回しているデブが敵の指揮官ですぜ。どうします? 突っ込んで斬り殺してやりやしょうか?」

 ジュリアスと背中を向け合いながら、ラディカルは冗談交じりに笑いながらそんなことを言ってくる。

 敵指揮官ルルマンドは、今2人が見える位置まで前進してきていた。

 その斧を扱う手際を見る限り、素人もいいところだ。弱った者ばかりを執拗に狙い、虐殺しているだけなのが、見てわかる。ジュリアスやラディカル程の実力者なら、その首を落とすのにさほど手間はかからないだろう。

「――いえ。あの男、勢いに任せて突っ込んできているように見えますが、自分の安全には極めて慎重。こちらの手が届くところまでは絶対に来ないでしょうね」

 ジュリアスはその性格通り、ラディカルの冗談に律義に返事をしてから

「限界です。仕方ありません……中央は戦線を下げます」

 それは第1防衛線の光景と全く同じであった。

 正面攻撃を仕掛けてくる敵を正面から迎え撃ち、限界まで戦線を支える。そして限界が来ると、後退を始めるのだ。

 このままでは結果までも同じこととなる。じわじわと追い詰められ、第2防衛線までも突破されることは間違いない。

「ラディカルは左翼へ向かって下さい。中央は私が残ります」

 ジュリアスは懸命に指示を飛ばした後に、ぼそりと呟くように言葉をこぼす。

「あとは、龍騎士の彼次第ですね」

□■□■

 時間が経過するに連れて、戦線を後退させていくジュリアス部隊――その中央部は、ルルマンド部隊という大波に押し込まれるような格好になっていた。

「ぐははははは! 殺せ、殺せぇ! 殺せぇぇぇぇ」

 猛攻を続けるルルマンド部隊――血走った眼で、勢いのままにジュリアス部隊を蹂躙するのは、もはやルルマンドだけではなかった。

 大陸最高峰の龍牙騎士団相手に、いとも容易く押し勝てているという事実は、ルルマンドだけではなく、彼が従える正規兵や傭兵、そして奴隷兵士に至るまで強烈な高揚感を与えているのだった。普段から奴隷だの、傭兵だのと蔑まされていた彼らは、今まさにその劣等感を思うがままに晴らしていたのだった。

「ぎゃはははは! 行け行けぇ! 街を奪えば、聖アルマイトの女を食い放題だぞぅ! 育ちが良い、美人ばかりだぞぅ!」

 下品な欲望を餌にして、ルルマンドが配下の兵士達をけしかけていく。

 実は多くの龍の爪の兵士も、新白薔薇騎士に誘惑されており、そして性の快楽の虜にされて性欲を肥大化させられていた。その肥大化させられた性欲までが、彼らの戦闘本能と力を限界以上に高めている。

 聖アルマイト龍牙騎士への劣等感、そして雄としての強烈な欲望である性欲。加えて連戦連勝と言う状況まで重なれば、ルルマンド部隊の士気が最高潮まで達するのは当たり前のことだった。

 ――だから、誰しもが冷静になって気づくことが出来なかった。

「……戦線が伸びすぎてねぇか?」

 既に敵陣に深く入り込んだ後に、ふとそうつぶやいたのはクリスティアと関係を持った、例の龍の爪の兵士だった。

 今日の戦いは、ジュリアス部隊・ルルマンド部隊は共にオーソドックスな陣形である横隊同士で激突したはずだ。

 ――今、自軍は陣形を保てているのか?

 この狂乱ともいえる異常な高揚感に包まれたルルマンド部隊の中、その疑問を持てただけでも、彼は優秀と言っても良かったかもしれない。

 しかし、戦場の真っただ中にいる彼に現状を俯瞰し、正確に把握する術はない。

 ルルマンド部隊は、確かにジュリアス部隊を後退させている。それは間違いない

 しかし、それは横隊陣形を取るジュリアス部隊の中央部のみである。ジュリアス部隊が後退する流れにのるまま、ルルマンド部隊が突撃を続けた結果――ルルマンド部隊は横隊が崩れて、縦に長く戦線が伸び切っていた。

 ジュリアス部隊は陣形を、いつの間にか長方形から中央部を凹ませた形へ――ちょうどU字型のような陣形へ変化させていた。そしてその凹ませた部分にルルマンド部隊が入り込んでいる。

 それが何を意味するのかというと――

「ぎあああああっ?」

 不意に、彼の側で戦っていた同僚が悲鳴を上げながら絶命する。何事かと思ってそちらを見ると、飛んできた矢に喉を貫かれたようだった。

 飛んでくる矢にやられるというのは、戦場で特段珍しいことではない。

 問題なのは、その矢が後ろから飛んできたということだ。

「ど、どういうことだ? どうして後ろから?」

 否。

 後ろからだけではない。

 前後左右、全ての方向から、突然矢の嵐がルルマンド部隊を襲う。

「な、なんだ? 何が起こった?」

 その弓矢の斉射に続くように、さらに歩兵や騎馬隊までが突撃してくる。これも正面からだけではない。前後左右から、怒涛の如く押し寄せてくる。

「ふ、ふざけんな! こんなところで死んでたまるか! 俺ぁ、今夜もあのエロい女と夜通しセックスを――」

 そこまでの言葉を紡いだところで、彼は生涯を閉じた。

 ジリジリと押していたはずの敵正面部隊から、1人の騎兵が突撃してきて、彼を切り捨てたのだ。

 鮮やかに馬を乗りこなすその龍牙騎士は、その顔半分を眼帯で保護していた。

「さあ、押し返します! 全軍突撃!」

 剣を振り上げながら、龍牙騎士副団長ジュリアス=ジャスティンは大号令を掛ける。

□■□■

(あ、あれが本当に自分と同じ2年目の騎士なのか……?)

 U字型に展開したジュリアス部隊、その右翼先端で先陣をきって戦うのは龍騎士リューイ=イルスガンドだった。

 今日の戦場ではジュリアスではなく、リューイの側に付くことを命令されていたテアレスは、その戦いぶりに驚愕していた。

「す、済まない……!」

「下がって下さい! 誰か、手の空いている人は救助をっ!」

 淡い緑色の光に包まれた刀身――龍騎士の剣『龍牙真打』を持つリューイは、自分に従う龍牙騎士達へそう呼びかける。

 そんな、負傷した仲間を助けようとする彼に、また新たな新白薔薇騎士が斬りかかってくる。

 しかしリューイはすかさず反応する。素早い新白薔薇騎士の剣戟を受け止めて、弾き、彼女の体勢を崩し、そして龍牙真打で打ち倒す。

 鮮やかーーそれ以外に表現する言葉が思い浮かばない程のリューイの実力。それは既に2年目の新人騎士のものではない。

 ベテランの龍牙騎士達を圧倒する新白薔薇騎士を相手に、リューイは互角以上に渡り合っていた。

 いや互角以上というよりも――

「だ、ダメ! 突破される……きゃああああ!」

 先陣を切って剣を振るうリューイに、ルルマンド部隊の新白薔薇騎士達は完全に押されていた。

(あれが、龍騎士の力なのか)

 驚きと頼もしさを感じながら、固唾を飲んでリューイの猛攻を見守るテアレス。

 リューイが率いる右翼部隊が担う役割は、本作戦でも最後の詰めとなる重要なものだった。

 ジュリアス率いる中央部隊がルルマンド部隊をおびき出すように後退することで、その戦線を引き延ばし、陣形を崩す。

 中央部隊が後退することで、□型の横隊からU字型へ陣形を展開、その中央奥深くへ入り込んで伸び切ったルルマンド部隊の後方を、左翼・右翼部隊が挟撃して分断するという作戦――つまり、最終的にジュリアス部隊はO型陣形を作り、内部に入り込んだルルマンド部隊を囲おうというものだった。

 リューイと同じ役割を持った、向こう側――左翼部隊を率いるのは『猛将』ラディカルである。彼はジュリアスと共に中央を支えた後に左翼へと回っているはず。

「よくやった、“龍騎士”! これで一網打尽だ!」

 向こう側に見えてくるのは左翼部隊の先陣を切るラディカル。

 右翼のリューイに続いて、左翼のラディカルもルルマンド後方部隊を突破したようだった。リューイとラディカルが合流し、遂にジュリアス部隊の右翼と左翼は合流――ルルマンド部隊の分断に成功した。

「テアレス、合図をっ!」

 猛攻を続けながら、リューイが顔だけを後ろのテアレスに向けて言うと、テアレスはハッとしながら指示を飛ばす。

「旗を振って下さい! 包囲完了です!」

 テアレスが後ろに控える部隊にそう告げると、緑色の巨大な旗を2人がかりで持った騎士達が大きく振る。

 それは第2防衛線後方にある小高い丘ーーこの戦況を俯瞰することが出来る場所で待機する後方支援部隊への合図だった。その内容は右翼と左翼の合流ーーすなわち、ルルマンド部隊の包囲が完了したというものだ。

 それを受けた後方支援部隊の方から、今度は赤い旗が振られる。遠目からでもわかる程の大きな旗。

 それはこの状況を作るために、中央で猛攻にさらされて奮戦していたジュリアスへの、一斉攻撃開始の合図だ。

「一斉射、開始! 派手にぶちかましてやれ!」

 防戦から攻勢に出る中央部隊に合わせるよう、ラディカルが唾を飛ばして、馬上から威勢よく指示を飛ばす。

 その号令に従い、右翼・左翼に展開し、既に構えていた弓隊が一斉に矢を掃射する。同様に中央部隊からも、包囲したルルマンド部隊へあらん限りの弓矢の雨を降らせていく。

 そして包囲の内側にいるルルマンド部隊は大混乱に陥る。

 ジュリアス部隊が後退するに任せて勢いのまま突貫していたルルマンド部隊。右も左も見ずに、ただひたすら前へ突進していたルルマンド部隊は、突然の四方八方から浴びせられる弓矢に、阿鼻叫喚の地獄絵図の状態となる。

 勢いを止めることが出来ずに後ろから押し寄せてくる部隊と、既に突撃していた部隊が引き返そうと後退ーー互いが衝突する。ジュリアス部隊の攻撃だけではなく、部隊内の混乱で犠牲者が続出するなど、もはや相手はまともに戦闘が出来る状態ではない。

「す、すごい……!」

 正に、昨夜のジュリアスの説明通りの状況となっていた。そのことに、テアレスは素直に感嘆する。

 相手がルルマンドのような無能な男であれば、こうなることは必然。新白薔薇騎士の実力に任せた力押ししか出来ない指揮官など、もともとジュリアスの敵ではないのだ。

 そしてジュリアスの手足となりそれを実現させた『猛将』ラディカルと、自分と同じ2年目の新人だというのに、その『猛将』と比肩する程の戦いぶりを見せる『龍騎士』リューイにも、テアレスは同様に感嘆するのだった。

 しかし、リューイにとっての正念場は実はここからである。

 この包囲網を完成させるまでの立役者は、最も激しい攻撃に耐えなければいけない中央部隊だった。そして、ジュリアスは見事にそれを果たした。

 今度はこの包囲網を保つために、リューイ達は包囲網内外の挟撃にさらされる。包囲網内への攻撃を続けながら、包囲網外に分断した敵部隊の攻撃に耐えなければいけない。

「ラディカル将軍、自分が外からの攻撃を支えます!」

 リューイは弓隊の一斉射に続いて、自ら突撃しようとしているラディカルに自分から申し出る。

「おう、お前が行ってくれるなら頼もしい! 頼むぞ!」

 混乱している包囲網内の部隊を攻撃するよりも、まだ攻撃を受けていない外から向かってくる外の部隊を相手取る方が危険なのは言うまでもない。しかしリューイは戸惑うことなく、その危険な方の選択肢を選び取る。

「テアレス、来てくれ! 君の助けが必要だ!」

 リューイの補佐役として右翼部隊に配置されたテアレス。彼は他の多くの龍牙騎士と同じく、何の実績もないままに龍騎士を叙勲された彼に、決して良い感情を持っていなかった。

 しかし、新白薔薇騎士を超える、龍騎士として相応しい実力。そして何よりも、相手を倒すことよりも負傷した味方を助けながら戦い、そして味方のためなら危険な役回りを進んで引き受ける誠実な性格。

 側でそんなリューイの姿を見て、彼に対する見方が変わったのは、おそらくテアレスだけではない。

「はい、行きましょう!」

 そんな誠実たる彼の想いに応えるべく、テアレスも真っ直ぐな声で返事をするのだった。
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