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第1章『3領地同時攻防戦』編
第32話 3領地同時攻防戦Ⅺ--中央クラベール領戦線③
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クラベール領第2防衛線、第1王子派陣地。
第1防衛線を突破され、防衛側のジュリアス部隊は劣勢に立たされていた。敵のルルマンド部隊は、明日にでも侵攻の手を伸ばしてくるだろう。
次なる戦地はこの第2防衛線――ここを突破されれば、次はクラベール城塞都市戦となり、後がなくなってしまう。
その第2防衛線における戦いの前夜、ジュリアスは部隊内の各班長を招集し、明日の作戦内容を伝えていた。
「――以上が、作戦方針です。また教科書通りと揶揄されるかもしれませんが、現状ではこれが取り得る最善の策だと思っています。皆さんの力をお貸しください」
龍牙騎士団の副団長ともなれば、カリオス国王代理ら王国最高幹部の6人に次ぐ程の高い地位である。しかしそんな地位を振りかざすことなく、テントの中に集まった各班長にジュリアスは謙虚に頭を下げる。
開戦からずっと前線の総指揮を任されているジュリアスは、フェスティアを相手取り連戦連敗である。その体たらくに、うんざりする者がいないわけでもなかったが、しかし彼自身が直接指揮する部隊内には、ジュリアスを蔑むような人間はいなかった。
ジュリアスが自分で言ったように、教科書通りということは、理に適った誰もが納得できる戦術をとってきたのだ。誰もが、自分がジュリアスと同じ立場だったとしても同じことを考えるであろう戦術をとった結果、フェスティア陣営には常にその上手を取られてきた、ということ。
敗北続きではあるが、そんな事情と、ジュリアスの権力をかさにかけない謙虚な物腰や、騎士や領民に至るまで人命を大切にしようとする優しい性格も相まって、部隊内でのジュリアスの人望は高く、士気も衰えていない。
ジュリアス部隊の面々は、敗戦が続く中でも副団長たるジュリアスのため、そして何よりも聖アルマイト王国のため、1人1人が自分達が出来ることに尽力することを決心する。
先の第1防衛線での戦いに敗北しても尚、士気が衰えることのない彼らは、ジュリアスの言葉にそれぞれ力強くうなずきながら、テントから出ていく。
「いや、すっかり副団長らしくなりましたな。ジュリアス将軍、がはははは」
班長達がテントを去った後も、その場に残り続けた隻腕の老騎士――ダストンが豪快に笑いながらジュリアスに話しかけてくる。
ジュリアスは、かつて自分の副官を務めてくれて、未だに尊敬している老騎士に気軽に話しかけられて、それまで堅く引き締めていた表情を緩める。
「ダストンさんがいなくなられてからは、私も大変ですよ。いつの間にか、私も後進を育てる立場になってしまいました」
ダストンの後任として抜擢したテアレスは、まだ新人騎士。テアレスに助けてもらうというよりは、早い頃から経験を積ませるために、その任を任せている。そのため今は補佐を受けているというよりも、ジュリアスがテアレスを教育している立場である。
笑いながらダストンの言葉に応えるジュリアスのその表情ーー顔半分が物々しい眼帯に包まれているが、その優しい人柄を表した笑顔は健在のようだった。
「ぐわははは。眼帯が必要になって、かえってバランスが良くなったんじゃないですか。龍牙騎士団の副団長ともなると、やっぱり外見の迫力も必要ですからの」
「ようやく、立場に外見が追いついてきたようですね」
ジュリアスの右眼の負傷とダストンの片腕の損失は、ジュリアスの未熟と油断に因るものだった。特にダストンの片腕は、第2王女派に殺されそうになったジュリアスを助け出すために失ったもの。
両者の傷は、しばらくの間ジュリアスの心を苛んだが、時間と龍牙騎士副団長という立場が、ジュリアスを奮起させた。それらの傷は、今ではもはや過去のトラウマではなく、これからの第2王女派との戦いにおける戒めとして受け止めているジュリアス。
だからダストンのそんな軽口にも、笑いを返せるようになっていた。
「そして、君がリューイ君ですね。元帥閣下から、お話は聞いていますよ」
「宜しくお願いします、ジュリアス副長」
ダストンと同じように、テント内に残っていた若い騎士――リューイに手を伸ばすジュリアス。リューイは礼儀正しく頭を下げながら、その手を握った。
「よく増援部隊を引き連れてきてくれました。おかげで、明日の作戦が実行できます。あの作戦は敵より兵数が多くないと実現出来ませんから」
「……自分は、コウメイ元帥の命令に従っただけですから」
特に暗い声でも表情でもない。それでもどこか浮かないような顔をしているリューイを見て、ジュリアスは察する。
リューイへの龍騎士叙勲――叙勲式の際はジュリアスも立ち会っていたし、その経緯もコウメイから聞かされている。だから、龍牙騎士達がリューイに不満を持っている現状も理解している。
ここまでの道中、トラブルがあったという話は聞いていないから、特に何があったというわけではないのだろう。それでも、増援部隊の部隊長として、実際に龍牙騎士達の不満を直に空気で感じたリューイは、何か思うところがあったのかもしれない。
「まあ、言葉では何もなくとも、考えていることはなんとなく伝るもんですな。悪意を向けられて凹まない人間はいませんよ」
ジュリアスの頭の中を見透かしているように、ダストンが捕捉してくる。
「なるほど、リューイ君の心中はお察しします。確かに……カリオス殿下も、なかなかに厳しい立場を君に与えましたね。それだけ君に対する期待値が高いということでしょうか」
相変わらずの丁寧な口調で葉を紡いでくるジュリアスに、リューイは顔を上げる。
「ただ、君が置かれている立場を察することは出来ても、私も君という人間も実力も分かりません。私からは、安易な励まし以外の言葉を掛けることは出来ません。ですが、副団長として君に期待すうることは1つだけです」
コホンと咳ばらいをしながら、ジュリアスは続ける。
「先ほどの説明通り、明日の戦いでは君を重要な位置に配置しています。それは君の実力ではなく、”龍騎士”という立場を見込んでの配置です。--そこで、龍騎士としての君の実力を、私や皆に見せつけて下さい」
丁寧で穏やかな口調ではあったが、その内容に一切の慈悲も甘えも無かった。王国最高の騎士としての役目を果たせと、ジュリアスは命じる。
「承知しております。カリオス殿下やコウメイ元帥からも厳命されております。私が周囲の信頼を勝ち取るには、実力を見せるしかないと。そのために、全力を尽くします」
真っ直ぐにジュリアスの顔を見て返事をするリューイを見て、ジュリアスはうなずく。そして、龍牙騎士――いや、今は龍騎士なのだが――の多分に漏れない、その真面目なリューイの態度に、頬を緩める。
「私も、人のことは言えませんがね。副団長に任命されてから今日まで負け続きです。他でもない私こそが、今自分で言ったことを弁えないといけません」
「そんな……副長はよくやってくれていると、コウメイさんも言っていました」
自省するようなジュリアスの言葉に、リューイは思わず素に戻ってフォローすると、ジュリアスは再びうなずきながら答える。
「正直勝つことよりも、犠牲を少なくすることばかり考えていましたからね。逆に、それ以外のことに目を向ける余裕がありませんでした。そういうことですよ、リューイ君」
そんな諭すようなジュリアスの言葉に、リューイはハッとする。
「今の立場に、自分の実力に、色々と悩むことや考えることも多いでしょう。でも今は目の前にことに集中しましょう。余計なことには目を向けず、やるべきことに全力を尽くせば、自然と結果はついてきますよ」
そのジュリアスの言葉を聞いて、リューイは1人静かに拳を握りしめる。
――そうだ、龍騎士の叙勲を受けてから……いや、そもそも自分が成すべきことは、たった1つだだったはず。王都にいた時は、そうしていたはず。だから迷うことなど無かった。
ここはもう戦場だからこそ、迷っている余裕などないはずだ。目指しているものが手の届くところまで来たからこそ、それ以外のことで頭を悩ませている暇などない。
龍騎士リューイがここにいる理由は--
「今のところ、ここの戦場にリアラ=リンデブルグは姿を現していません。おそらくは後発のフェスティア率いる本隊に交じっているのでしょう。だからこそ、彼女がいない前哨戦で私たちが負けるわけにはいきません」
ジュリアスもリューイの事情を知っている内の1人だった。リューイの考えていることは手に取るようにわかる。
「……ありがとうございます、ジュリアス副長。まずは、明日の戦いに集中します」
その生真面目な表情に特に変化はなかったが、何かを吹っ切ったような声だった。ジュリアスはそのリューイの決意の色を確かめると、満足したようにうなずいた。
「先のミュリヌス領の戦いーー私は後方部隊として参加していました。その際、ルエール前団長を助け出したのは君だと聞いています。そして、君が龍騎士の叙勲を受けてから王都で研鑽に努めていたことも。だから、新白薔薇騎士は強敵ですが……きっと、君なら大丈夫。期待していますよ」
「--ありがとうございます! ジュリアス副長!」
嘘偽りも、嫌味もない、真っ直ぐなジュリアスの期待に、リューイは敬礼をもって応える。
そうしてジュリアスとダストンに一礼をしてから、テントを去ったのだった。
「本当に、すっかり副団長らしくなりましたな」
ジュリアスとリューイのやり取りを見守っていたダストンが、先ほどと同じ言葉を穏やかな口調で言う。ジュリアスはその老騎士の評価に、苦笑を浮かべる。
「戦闘では負けてばかりですからね。せめて部隊内くらいでは副団長らしいことをしませんといけません」
冗談交じりにそう言うジュリアスに、いつの間にかそんな冗談も言えるようになったのだと内心で関心をするダストン。
「いや、本当に良い言葉をかけて下さった。あの若者、龍騎士なんて称号にさしたる意味なんぞないのに、やけに難しく考えておりましたからな。カリオス殿下も、彼が考えているようなつまらない理由で叙勲をした訳ではないはずですしな。明日は、きっと胸を張って右翼を支えてくれるでしょう」
「ええ、本心で私は彼に期待していますよ。明日の戦いは、決して負けられませんから」
そう言うジュリアスは、そっと自らの眼帯を撫でる。しかし、それは傷がうずくというからではない。そして考えるときの無意識の癖でもなかった。
その意図を察したダストンは、静かな口調で言う。
「副長も、あまり余計なことを考えないように」
龍牙騎士団の副団長たる彼に、そんな言葉を言えるのは、一般騎士の中ではダストンくらいなものであろう。
もともとは自分の副官でありながら、色々な意味での師匠のような存在であったダストンのその言葉に、ジュリアスは不快感など示すはずもない。残された左眼を閉じて、有難くその忠告を受け取る。
「ありがとうございます。ただ、私はリューイ君とは立場が違いますから、色々と難しいことも考えなければいけません。部隊のことも領民のことも。そして、敵のことも」
副団長としての立場は当然だが、ジュリアスも人間である以上個人的な感情や考えを無視することは出来ない。
ジュリアスが自らの眼帯をなぞりながら考えることは、その傷をつけた張本人のことだ。
「リアラ=リンデブルグやミリアム=ティンカーズ……そして、クリスティア=レイオールも、まだ戦場に姿を見せていません。ですが、この重要な局面において、主要戦力の彼女らなら、いずれ必ず出てくるでしょう」
グラシャス領、そしてバーグランド領の戦いで、強大な力を持つ新白薔薇騎士の中でも、彼女ら3人は、ジュリアスすら凌駕する力で戦場を圧倒していた。特にリアラは、その勇者特性でもって、まともに立ち会える人間すらいなかった。
その中でも、特にジュリアスが複雑な感情を寄せる人物は、クリスティア=レイオール。
恋人とは少し違うが、リューイにとってのリアラように、ジュリアスにとって何が何でも救いたいと思う相手。
「私自身も、覚悟を決める時ですね」
ダストンに言うわけではなく、自分に言い聞かせるようにジュリアスはつぶやいた。
3領地同時攻防戦――最激戦区である中央クラベール領の戦いにおいて、ジュリアスの正念場となる戦いが始まろうとしていた。
第1防衛線を突破され、防衛側のジュリアス部隊は劣勢に立たされていた。敵のルルマンド部隊は、明日にでも侵攻の手を伸ばしてくるだろう。
次なる戦地はこの第2防衛線――ここを突破されれば、次はクラベール城塞都市戦となり、後がなくなってしまう。
その第2防衛線における戦いの前夜、ジュリアスは部隊内の各班長を招集し、明日の作戦内容を伝えていた。
「――以上が、作戦方針です。また教科書通りと揶揄されるかもしれませんが、現状ではこれが取り得る最善の策だと思っています。皆さんの力をお貸しください」
龍牙騎士団の副団長ともなれば、カリオス国王代理ら王国最高幹部の6人に次ぐ程の高い地位である。しかしそんな地位を振りかざすことなく、テントの中に集まった各班長にジュリアスは謙虚に頭を下げる。
開戦からずっと前線の総指揮を任されているジュリアスは、フェスティアを相手取り連戦連敗である。その体たらくに、うんざりする者がいないわけでもなかったが、しかし彼自身が直接指揮する部隊内には、ジュリアスを蔑むような人間はいなかった。
ジュリアスが自分で言ったように、教科書通りということは、理に適った誰もが納得できる戦術をとってきたのだ。誰もが、自分がジュリアスと同じ立場だったとしても同じことを考えるであろう戦術をとった結果、フェスティア陣営には常にその上手を取られてきた、ということ。
敗北続きではあるが、そんな事情と、ジュリアスの権力をかさにかけない謙虚な物腰や、騎士や領民に至るまで人命を大切にしようとする優しい性格も相まって、部隊内でのジュリアスの人望は高く、士気も衰えていない。
ジュリアス部隊の面々は、敗戦が続く中でも副団長たるジュリアスのため、そして何よりも聖アルマイト王国のため、1人1人が自分達が出来ることに尽力することを決心する。
先の第1防衛線での戦いに敗北しても尚、士気が衰えることのない彼らは、ジュリアスの言葉にそれぞれ力強くうなずきながら、テントから出ていく。
「いや、すっかり副団長らしくなりましたな。ジュリアス将軍、がはははは」
班長達がテントを去った後も、その場に残り続けた隻腕の老騎士――ダストンが豪快に笑いながらジュリアスに話しかけてくる。
ジュリアスは、かつて自分の副官を務めてくれて、未だに尊敬している老騎士に気軽に話しかけられて、それまで堅く引き締めていた表情を緩める。
「ダストンさんがいなくなられてからは、私も大変ですよ。いつの間にか、私も後進を育てる立場になってしまいました」
ダストンの後任として抜擢したテアレスは、まだ新人騎士。テアレスに助けてもらうというよりは、早い頃から経験を積ませるために、その任を任せている。そのため今は補佐を受けているというよりも、ジュリアスがテアレスを教育している立場である。
笑いながらダストンの言葉に応えるジュリアスのその表情ーー顔半分が物々しい眼帯に包まれているが、その優しい人柄を表した笑顔は健在のようだった。
「ぐわははは。眼帯が必要になって、かえってバランスが良くなったんじゃないですか。龍牙騎士団の副団長ともなると、やっぱり外見の迫力も必要ですからの」
「ようやく、立場に外見が追いついてきたようですね」
ジュリアスの右眼の負傷とダストンの片腕の損失は、ジュリアスの未熟と油断に因るものだった。特にダストンの片腕は、第2王女派に殺されそうになったジュリアスを助け出すために失ったもの。
両者の傷は、しばらくの間ジュリアスの心を苛んだが、時間と龍牙騎士副団長という立場が、ジュリアスを奮起させた。それらの傷は、今ではもはや過去のトラウマではなく、これからの第2王女派との戦いにおける戒めとして受け止めているジュリアス。
だからダストンのそんな軽口にも、笑いを返せるようになっていた。
「そして、君がリューイ君ですね。元帥閣下から、お話は聞いていますよ」
「宜しくお願いします、ジュリアス副長」
ダストンと同じように、テント内に残っていた若い騎士――リューイに手を伸ばすジュリアス。リューイは礼儀正しく頭を下げながら、その手を握った。
「よく増援部隊を引き連れてきてくれました。おかげで、明日の作戦が実行できます。あの作戦は敵より兵数が多くないと実現出来ませんから」
「……自分は、コウメイ元帥の命令に従っただけですから」
特に暗い声でも表情でもない。それでもどこか浮かないような顔をしているリューイを見て、ジュリアスは察する。
リューイへの龍騎士叙勲――叙勲式の際はジュリアスも立ち会っていたし、その経緯もコウメイから聞かされている。だから、龍牙騎士達がリューイに不満を持っている現状も理解している。
ここまでの道中、トラブルがあったという話は聞いていないから、特に何があったというわけではないのだろう。それでも、増援部隊の部隊長として、実際に龍牙騎士達の不満を直に空気で感じたリューイは、何か思うところがあったのかもしれない。
「まあ、言葉では何もなくとも、考えていることはなんとなく伝るもんですな。悪意を向けられて凹まない人間はいませんよ」
ジュリアスの頭の中を見透かしているように、ダストンが捕捉してくる。
「なるほど、リューイ君の心中はお察しします。確かに……カリオス殿下も、なかなかに厳しい立場を君に与えましたね。それだけ君に対する期待値が高いということでしょうか」
相変わらずの丁寧な口調で葉を紡いでくるジュリアスに、リューイは顔を上げる。
「ただ、君が置かれている立場を察することは出来ても、私も君という人間も実力も分かりません。私からは、安易な励まし以外の言葉を掛けることは出来ません。ですが、副団長として君に期待すうることは1つだけです」
コホンと咳ばらいをしながら、ジュリアスは続ける。
「先ほどの説明通り、明日の戦いでは君を重要な位置に配置しています。それは君の実力ではなく、”龍騎士”という立場を見込んでの配置です。--そこで、龍騎士としての君の実力を、私や皆に見せつけて下さい」
丁寧で穏やかな口調ではあったが、その内容に一切の慈悲も甘えも無かった。王国最高の騎士としての役目を果たせと、ジュリアスは命じる。
「承知しております。カリオス殿下やコウメイ元帥からも厳命されております。私が周囲の信頼を勝ち取るには、実力を見せるしかないと。そのために、全力を尽くします」
真っ直ぐにジュリアスの顔を見て返事をするリューイを見て、ジュリアスはうなずく。そして、龍牙騎士――いや、今は龍騎士なのだが――の多分に漏れない、その真面目なリューイの態度に、頬を緩める。
「私も、人のことは言えませんがね。副団長に任命されてから今日まで負け続きです。他でもない私こそが、今自分で言ったことを弁えないといけません」
「そんな……副長はよくやってくれていると、コウメイさんも言っていました」
自省するようなジュリアスの言葉に、リューイは思わず素に戻ってフォローすると、ジュリアスは再びうなずきながら答える。
「正直勝つことよりも、犠牲を少なくすることばかり考えていましたからね。逆に、それ以外のことに目を向ける余裕がありませんでした。そういうことですよ、リューイ君」
そんな諭すようなジュリアスの言葉に、リューイはハッとする。
「今の立場に、自分の実力に、色々と悩むことや考えることも多いでしょう。でも今は目の前にことに集中しましょう。余計なことには目を向けず、やるべきことに全力を尽くせば、自然と結果はついてきますよ」
そのジュリアスの言葉を聞いて、リューイは1人静かに拳を握りしめる。
――そうだ、龍騎士の叙勲を受けてから……いや、そもそも自分が成すべきことは、たった1つだだったはず。王都にいた時は、そうしていたはず。だから迷うことなど無かった。
ここはもう戦場だからこそ、迷っている余裕などないはずだ。目指しているものが手の届くところまで来たからこそ、それ以外のことで頭を悩ませている暇などない。
龍騎士リューイがここにいる理由は--
「今のところ、ここの戦場にリアラ=リンデブルグは姿を現していません。おそらくは後発のフェスティア率いる本隊に交じっているのでしょう。だからこそ、彼女がいない前哨戦で私たちが負けるわけにはいきません」
ジュリアスもリューイの事情を知っている内の1人だった。リューイの考えていることは手に取るようにわかる。
「……ありがとうございます、ジュリアス副長。まずは、明日の戦いに集中します」
その生真面目な表情に特に変化はなかったが、何かを吹っ切ったような声だった。ジュリアスはそのリューイの決意の色を確かめると、満足したようにうなずいた。
「先のミュリヌス領の戦いーー私は後方部隊として参加していました。その際、ルエール前団長を助け出したのは君だと聞いています。そして、君が龍騎士の叙勲を受けてから王都で研鑽に努めていたことも。だから、新白薔薇騎士は強敵ですが……きっと、君なら大丈夫。期待していますよ」
「--ありがとうございます! ジュリアス副長!」
嘘偽りも、嫌味もない、真っ直ぐなジュリアスの期待に、リューイは敬礼をもって応える。
そうしてジュリアスとダストンに一礼をしてから、テントを去ったのだった。
「本当に、すっかり副団長らしくなりましたな」
ジュリアスとリューイのやり取りを見守っていたダストンが、先ほどと同じ言葉を穏やかな口調で言う。ジュリアスはその老騎士の評価に、苦笑を浮かべる。
「戦闘では負けてばかりですからね。せめて部隊内くらいでは副団長らしいことをしませんといけません」
冗談交じりにそう言うジュリアスに、いつの間にかそんな冗談も言えるようになったのだと内心で関心をするダストン。
「いや、本当に良い言葉をかけて下さった。あの若者、龍騎士なんて称号にさしたる意味なんぞないのに、やけに難しく考えておりましたからな。カリオス殿下も、彼が考えているようなつまらない理由で叙勲をした訳ではないはずですしな。明日は、きっと胸を張って右翼を支えてくれるでしょう」
「ええ、本心で私は彼に期待していますよ。明日の戦いは、決して負けられませんから」
そう言うジュリアスは、そっと自らの眼帯を撫でる。しかし、それは傷がうずくというからではない。そして考えるときの無意識の癖でもなかった。
その意図を察したダストンは、静かな口調で言う。
「副長も、あまり余計なことを考えないように」
龍牙騎士団の副団長たる彼に、そんな言葉を言えるのは、一般騎士の中ではダストンくらいなものであろう。
もともとは自分の副官でありながら、色々な意味での師匠のような存在であったダストンのその言葉に、ジュリアスは不快感など示すはずもない。残された左眼を閉じて、有難くその忠告を受け取る。
「ありがとうございます。ただ、私はリューイ君とは立場が違いますから、色々と難しいことも考えなければいけません。部隊のことも領民のことも。そして、敵のことも」
副団長としての立場は当然だが、ジュリアスも人間である以上個人的な感情や考えを無視することは出来ない。
ジュリアスが自らの眼帯をなぞりながら考えることは、その傷をつけた張本人のことだ。
「リアラ=リンデブルグやミリアム=ティンカーズ……そして、クリスティア=レイオールも、まだ戦場に姿を見せていません。ですが、この重要な局面において、主要戦力の彼女らなら、いずれ必ず出てくるでしょう」
グラシャス領、そしてバーグランド領の戦いで、強大な力を持つ新白薔薇騎士の中でも、彼女ら3人は、ジュリアスすら凌駕する力で戦場を圧倒していた。特にリアラは、その勇者特性でもって、まともに立ち会える人間すらいなかった。
その中でも、特にジュリアスが複雑な感情を寄せる人物は、クリスティア=レイオール。
恋人とは少し違うが、リューイにとってのリアラように、ジュリアスにとって何が何でも救いたいと思う相手。
「私自身も、覚悟を決める時ですね」
ダストンに言うわけではなく、自分に言い聞かせるようにジュリアスはつぶやいた。
3領地同時攻防戦――最激戦区である中央クラベール領の戦いにおいて、ジュリアスの正念場となる戦いが始まろうとしていた。
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