【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第1章『3領地同時攻防戦』編

第24話 3領地同時攻防戦Ⅲ--北方ノースポール領戦線③

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 シャンディ部隊の、嵐のような魔術攻撃が開始されると、アウドレラ部隊は即座に撤退。逃げ遅れた僅かな兵士達を犠牲に、アウドレラは自軍の陣地へと戻っていた。

 第1王子派からは、陣地へ逃げ込むアウドレラ部隊を追撃するようなことはなかった。

「ふいー、危ない所だったな。絵に書いたようなクズ野郎がいたもんで、ついつい深く入り込んじまった。……おい、今日の被害は?」

 陣地内へ、後から遅れて逃げ延びた兵士達がまだ慌ただしく駆け込んできている。その様を見ながら、アウドレラは側近の部下に被害の内容を問いただす。

「まだ正確には出ていませんが、いつもと大差ないでしょう。攻め込み過ぎた連中がいくらかやられたくらいでしょうね」

「ったく、魔術ってのは恐ろしい威力だな。あんなんじゃ全く戦争にならねえぞ。ファヌスなんて、あんなんばっかりだって話じゃねえか。昔の戦争で、聖アルマイトはどうやってファヌスを撃退したってんだ?」

 龍の爪には魔術部隊は存在していない。そしてアウドレラ自身も、魔術部隊を相手取るのは初めてのことだった。個人戦で魔術師と戦闘をしてきた経験はあるものの、今回の戦いで戦術級魔術部隊の力を初めて目の当たりにして、アウドレラはすっかり度肝を抜かれていた。

 このようにノースポール領の攻防戦では、シャンディ部隊の戦術は一貫していた。

 龍牙騎士及びノースポール領の兵士の防衛部隊を前衛に配置。そして部隊長ニーナを始めとした魔術部隊が後衛に控える。前衛の防衛部隊で龍の爪を足止めしている間に、後衛部隊の魔術師部隊が魔術を一斉発射して、蹂躙する。

 教本通りのシンプル且つ正攻法の戦術ーーそれが故に、アウドレラはそれを破ることが出来ない。アウドレラが率いる部隊では、相手の前衛に配置された防衛部隊を破る程の突破力に足りず、どうあっても魔術部隊の攻撃を許してしまう。

 これ程までの決定的な火力差があると、もはやアウドレラのレベルではどうしようもなかった。

 今回のように攻め入って、防衛部隊に防御されて、その間に魔術を放たれて、撤退する……ということを、毎日繰り返していた。

「せめて、新白薔薇騎士の連中を少しでも寄越してくれればいいんですがね」

 アウドレラの側にいた部下が愚痴っぽくこぼす。

 今回第2王女派は、北のノースポール・中央のクラベール・南のイシスと、3領地に対して同時に部隊を展開し、侵攻している。

 最重要地である中央のクラベール領は勿論のこと、南のイシス領を攻撃する部隊にも、それなりの新白薔薇騎士団が配置されているが、アウドレラの部隊のみ新白薔薇騎士は1人も配置されなかった。純粋に、龍の爪の奴隷兵士やヘルベルト連合加盟国の正規兵のみで構成されている。

「まあ俺らの役割を考えれば、白薔薇の連中がいないことなぞ、当たり前だわ」

 そんな部下の愚痴に、つまらなそうにアウドレラが答えると、その部下は怪訝な表情でアウドレラを見返した。

「こんな片田舎なんぞ奪っても仕方ねぇって考えているんだよ、フェスティア代表は。ここに俺達を攻め込ませてるのは領地を奪うためじゃねえ。今まさに相手している魔術部隊を足止めすることなんだわ」

 龍牙騎士団内で最大の攻撃力を誇る魔術部隊を、中央のクラベール領の戦闘へ参加させない事ーーこれがフェスティアの真の狙いだ。

「今の敵の指揮官ーー確か副団長のジュリアスっつったか? 生真面目な野郎らしくてな、こんな戦略価値の低い領地も律儀に守ろうとする奴なんだそうだ。でも、だからといって中央のクラベール領の守備も疎かに出来ないから、多くの戦力をノースポール領に割くことも出来ない。そんな中で取ってくるであろう手は、少数でも圧倒的な攻撃力を持つ魔術部隊で防衛に徹するだろう……てことだ」

 それならば、こちらは弱小戦力ーー例え全滅したって痛手にならない程度の部隊を送り込む。そんな弱小部隊に超威力を持つ魔術部隊を当てさせるのは、明らかな過剰戦力で、第1王子派はその強大な魔術部隊の力を持て余すこととなる。

 第2王女派にとって、重要拠点のクラベール領に魔術部隊が参加してこないことは、それだけで大きなアドバンテージになるのだ。

「いわば、俺達は敵の足止めっつーか、おとり役だ。そんな最初から負けること前提の戦いに、貴重な戦力の白薔薇騎士なんて寄越すはずないだろう? ……はぁぁ、つまんねえ戦いだぜ」

 部隊長とはいえ、フェスティアの考える「弱小部隊」の部隊長など何も面白くない。おそらくアウドレラが部隊長に選ばれたのも、「自分の危険を犯してまで無理はしない」という慎重な性格の持ち主だから、この任務にうってつけだろう……といったところだ。慎重な指揮は、無駄に犠牲や損害を拡大させることなく、長期間にわたって戦況を硬直させることが出来るからだ。

「だ、代表は敵の指揮官の性格を読んで、そこまで先を見ておられたのですか」

 相変わらずの慧眼と判断力である。まるで未来予知者の如く、敵の手を読んでそれに合わせた戦略を立てるフェスティアの手腕は、龍の爪の中にも広く知れ渡っていた。

 しかし、アウドレラは相変わらずやる気のない顔で、首を横に振る。

「まあ、代表の読みの鋭さも勿論あるんだろうが、それよりもよっぽど確実なことがあるんだよ。

 実はな、今回の戦争ーー敵の戦力配置は、こっちに常に丸分かりなんだよ。どこにどんな規模で、どんな部隊が配置されているかが、戦う前から明らかなんだわ。
 
 まさか、あんな方法があるとはなぁ。聞いちまえば、むしろどうしてそんなことを今まで思いつかなったのか不思議なくらいだけど……そういう発想が出来るのが『女傑』とか呼ばれる理由なんだろうな」

 曖昧なアウドレラの言葉から具体的な方法は分からない。しかし相手の戦力配置が丸分かりだというのが事実ならば、いわばじゃんけんで常に後出しが許されている状況のようなもので、第2王女派が楽勝なのも当たり前のことだ。

 それに加えて超常的な力を持つ新白薔薇騎士団の存在ーーもはや、第2王女派が負ける理由を見つける方が難しいくらいだ。

「いったい代表はどうやって敵の動きを……?」

「あーあー、もう面倒くせぇ。今日はもう仕事終わりだ。また明日になったら適当に攻めて、適当に逃げるぞ。不意打ちだけは警戒して、お前らも適当に休んどけ。どーせ負け続けるだけの戦いだよ」

 部下の質問には答えるつもりなど全く見せずに、アウドレラは強制的に会話を終了させると、自分のテントへと戻っていく。

 ノースポール領戦線の状況は、一見してみると第1王子派魔術部隊の圧倒的な火力で第2王子派を圧倒しているように見える。

 しかし、シャンディ部隊はその強大な戦力を明らかに持て余しており、完全にフェスティアの術中にはまっている状態だった。

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 その日、昼下がりの戦闘以降は特に両陣営の動きも無く、そのまま戦場は夜を迎える。

 戦闘さえ起こらなければ、落ち着いて安穏としているノースポール領ーー蒸し暑くなってきた夜にはありがたい爽やかな風。それに揺れる草が擦れる音が、夜の闇の中に聞こえる。

 ノースポール領防衛部隊の陣地内、その中央にあるひと際大きなテントは、部隊長ニーナ=シャンディが個室兼寝所としているものである。その出入り口には2人の龍牙騎士が警備に当たっているが、中はしっかりと閉じられていて、外から中の様子を伺い知ることは出来ない。

「あ、あのあの……今日は危ないところを助けていただいて、ありがとうございます。隊長に助けてもらえるなんて光栄です」

 テントの中ーーゆらゆらと揺れるオレンジ色の炎の灯りに顔を照らされているミルが、恐縮しながら言った。

「いいのよー。大事な大事な部下を助けるなんて、隊長として当たり前なんだから。それよりも、楽な格好で来てって言ったのに、そんな武骨な鎧なんか着ちゃって、もう。そんな真面目な所も可愛いんだけど」

 そんなかしこまったミルとは対極のような、極めて能天気な表情と顔で答えるニーナは、ベッドの上にリラックスして腰かけていた。

 戦闘が終了し、多くの騎士達が眠りについている時間だというのに、律儀に白薔薇騎士の鎧を着こんでいるミルと、明らかに寝間着であろう薄布で作られたワンピースのような服装のニーナ。

「も、申し訳ありません。私、騎士服なんて高級なものの持ちあわせもなくて……あう、あう」

「ああ~ん。困っている姿も可愛いな、もう。ていうか、騎士服も全然楽な格好じゃないからね。あんなの、王宮内とか叙勲式とかで着ないといけない、がっちがちの正装じゃん。ま、いいわ。こっち来なさい」

 1人で悶えたりなんだりと、表情を七変化させるニーナは、ベッドの上で自分の隣をポンポンと叩く。

「……へ?」

 よく意味が分からず、いや意味は分かるのだが、その意図するところが分からないミルは呆けたような声を出してしまう。

「そ、そんな……私なんかがニーナ隊長の横になんて……それに鎧を着ているのにベッドになんて……その、恐れ多いです。恐縮、です」

「だーかーらー、楽な格好でって言ったの! ほれ、いいから。とにかく来なさい。隊長命令よ」

「あ、あうあう……あぅ……」

 隊長命令を言われれば、真面目で気弱なミルは拒否することが出来ない。文字通り身体を縮こませながら、ニーナの横にちょこんと座る。

「うふふ、本当に子犬みたいで可愛いわね」

「っきゃ? あ、あのあの……隊長?」

 少し離れたところに座るミルの身体を引き寄せると、ニーナは信じられないくらい手慣れた手つきで、ミルの鎧の留め具を外していき、あっという間に胸当てを外してしまう。

「え、ええぇぇ?」

「白薔薇の娘は何人も味見したからね。おかげで、鎧を脱がせるのもこんなに上手になっちゃった。てへ♪」

 ミルは、毎日鎧を脱着している自分を遥かに上回る手際のニーナに驚いていると、ニーナは聞いてもいない質問に、舌を出しながら答えてくる。

「ん~、良い匂い。ちゃんと言いつけ通り、シャワー浴びてきたのね。いい娘、いい娘。くんかくんか」

「あ、汗臭い体で隊長とお会いするわけには……っあ、ちょっと隊長……恥ずかしいです」

 ミルの翡翠色のストレートヘアを掬うように手を入れながら、自分の鼻に寄せてその匂いを嗅ぐニーナ。少し鼻息が荒くて、若干……いや、かなり親父くさい。

 ニーナはそんなシャンプーの香りに包まれたミルの髪の匂いを堪能しながら、これまた信じられないくらい手慣れた手つきで、下半身を守っていた残りの鎧もあっという間にはぎ取っていく。

「っあああ? こ、こんなあっという間に……? ど、どうやっているんですか?」

 正に刹那の間に、鎧に身を包んでいたミルは、ボディラインがぴっちりと出ているインナー姿にされる。とはいっても、その体型は、見た目の幼さ通り、女性としては膨らみに欠けるような、平坦な体型だった。

 何がなんだかよく分からないまま鎧をはぎ取られたミルは顔を赤くしながら戸惑っていると、ニーナはその目を覆い隠している前髪を手で上げる。

「……あ」

 前髪が上げられて、そこから出てきたのは、くりくりとした2つの大きな瞳。前髪で目元が隠れて表情も分かりにくかったミルだが、それだけですっかり雰囲気が変わり、おおよそ美少女と言っても差し支えないどころか、それ以外に適切な表現が見当たらなくなってしまう。

「ほ~ら、やっぱり美少女。もっと前髪を切るなりして、表情が分かるようにした方がいいわよ。とっても可愛いアイドル顔してるもの」

「え?」

 忌憚のない顔で、忌憚のない素直な感想を言うニーナ。

 これまで女性はおろか男性にすら褒められたことがなく、自信が持てなかった自分の容貌を初めて賞賛されて--しかも部隊長のニーナに褒められて、胸をトクンとときめかせるミル。

「……ん」

 そんな呆然としながら見惚れているミルの唇を、ニーナはさも自然なように奪う。

「っっ? ふへ? えぇぇ?」

 唇と唇が触れ合う柔らかい感触にどぎまぎしながら、ミルは目を見開いてこの状況を飲み込めないでいた。対してニーナは顔を赤くしながら、そのピンク色の舌で唇をペロリと舐める。

「あ、あのあの……! た、隊長? これこれ……これは?」

「うふふふ~♪ ようこそ、百合の世界へ!」
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