【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第1章『3領地同時攻防戦』編

第22話 3領地同時攻防戦Ⅰ--北方ノースポール領戦線①

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 龍牙騎士に、ゴーガンという男がいた。

 数多いる龍牙騎士の中に埋もれてしまうような、至って普通の龍牙騎士だ。

 年齢で言うと30代手前、ミリアム、ランディ、ジュリアスらと同世代に当たり、龍牙騎士団内では中堅くらいに当たる。そんな彼は、やはり普通に昇進していき、今は「シャンディ部隊」と呼ばれる、龍牙騎士団内でも特殊な部隊の副隊長を務めている。

 ちなみに同世代で副団長になったジュリアスや、ルエール前団長に目をかけられていたミリアム、ランディらと比較してはいけない。彼らの存在は、雲上の人間。いわばエリート中のエリート達なのであり、その出世スピードは異例なのである。。

 ゴーガンの今の役職こそが、彼の年齢からすると、至って平均的な出世スピードなのだ。

 そんな順調な道を歩んできたゴーガン。彼が所属する「シャンディ部隊」は、ノースポール領の防衛部隊組み込まれていた。

 既に内乱が始ってから3か月以上の時間が経過していた。

 グラシャス、バーグランドと立て続けに猛攻を仕掛けてきた第2王女派は、ノースポール・クラベール・イシスと、第1王子派の次なる3領地に同時に侵攻してきたのだった。

 ノースポールはその3つの中の領地で、北方に位置する領地。

「ああ、今日も良い天気だな……」

 戦場とは到底思えないのどかな草原地帯ーーその澄み渡る青空を見上げながら、ゴーガンはため息をついている。

 そのため息が意味することとは。

 圧倒的な力を持つという第2王女派と戦うことが憂鬱というわけではない。彼もいっぱしの龍牙騎士である。国と国民のために剣を捧げることを誓った身であり、そのために強大な敵に立ち向かうことは、むしろ龍牙騎士の本分である。

 それならば、ノースポール領防衛という任務に就いたことが不服なのかと問われれば、それも違う。

 確かにノースポール領は、他領地との交易路などが不便な田舎である。第2王女派本拠地のミュリヌス領から王都へ攻めあがるにあたって、戦略価値も極めて低い領地だ。

 言ってしまえば、そんなどうでも良い領地の防衛任務に配置されれば、中には不満を持つ龍牙騎士もいるが、ゴーガンはそうではなかった。例え田舎であろうと、そこに住む人と土地を守ることと、王都のような中心部を守ることの価値は同等だとゴーガンは考えている。

 では、彼の悩みの種は何なのかというと--

「何で、あんなのが隊長なんだよ……」

 彼の上司ーー龍牙騎士団「シャンディ部隊」隊長ニーナ=シャンディ、その人であった。

□■□■

 3つの領地で同時展開されている第2王女派からの防衛戦ーー北方のノースポール領の戦況は、その中では最も安穏としている、と言っても良かった。

 第2王女派からすれば、戦略的価値の低いこの領地を無理に占領する必要性は無い。しかし、北・中央・南と、部隊を同時展開させることで、最重要地である中央クラベール領の戦力を手薄にさせる狙いがあった。そのため全軍を指揮するフェスティアは、この地に主力となる新白薔薇騎士団は配置せず、最低限の龍の爪の兵士だけを差し向けた。目的は占領ではなく、第1王子派の戦力分散である。

 対する防衛側の第1王子派ーー指揮しているのは龍牙騎士団副団長のジュリアスだが、この地を第2王女派に占領されてしまえば、中央のクラベール領の戦線において、西と南からの2面同時攻撃を受けることとなる。そうなると劣勢必至となるため、ジュリアスとしてはノースポール領は死守すべき領地であり、決して軽視は出来ない。

 しかし、だからといってノースポール領に多くの戦力を割けば、激戦必至となるクラベール領の防衛線を支えきれない。

 この苦しい状況の中、ノースポール領の防衛に関して、ジュリアスは「少数精鋭で防衛に徹する」ことを方針とした。

 数は少ないが、実力のある精鋭部隊を防衛に徹しさせる。そうすることで中央のクラベール領の戦力規模を維持しながら、ノースポール領の防衛を両立させよう、という考えだ。

 その結果、ノースポール領の防衛部隊に選ばれたのが、龍牙騎士団唯一の魔術師部隊、通称「シャンディ部隊」だった。

 そうして現地のノースポール侯爵麾下の部隊と合流し、ノースポール領防衛戦線を展開しているシャンディ部隊。

 その陣地内中央にある、部隊長のテントに急いで駆け込む人影が1つあった。

「隊長っ! ニーナ隊長!」

 慌てたように、テントの入り口から上司の名を呼ぶのはゴーガンだった。ただ事ではないことが、その慌てた様子から見てわかる。

 そんなゴーガンの呼び掛けに、たっぷりと1分以上の時間をかけて、のそりとテントの中から1人の女性が顔を出す。

「んもぅ、うるっさいわねぇ」

「な、ななななっ……!」

 日は天高く空に昇っている。つまり今の時間は正午当たりなのだが、それにも関わらず藍色の髪を寝ぐせそのままにボサボサにしながら、眠たげに瞳を半開きにしている女性。来ている服も、おそらくは寝間着だろう、薄布1枚のラフ過ぎる格好で、二の腕も、ふくよかな胸の谷間も、太ももも大胆に露出させている。

 もっとも、化粧気も何もないダルそうな表情でそんな恰好をされても、感じる色気など皆無であった。少なくともゴーガンにとっては。

「て、敵が攻めてきました! 急いで出撃準備をっ!」

 この時間まで惰眠を貪っていたというのか。龍牙騎士--しかも隊を率いる部隊長ーーにあるまじき、だらしない有様に、ゴーガンは憤りを隠せなかった。しかしそんなゴーガンの怒りが滲んだ報告など、どこ吹く風といった様子で、大きな欠伸をするニーナ。

「ふああぁ~……ったく、もう。敵も毎日毎日飽きないわねぇ。それじゃ、ノースポール侯爵に伝令。いつも通り守護陣横隊で防衛線を展開。私もすぐに準備していくから」

 ぼさぼさの髪をかきむしるニーナは、とても切迫した戦場とは思えない程に、けだるげな声で面倒くさそうにゴーガンに指示を飛ばす。

「ん~? あれぇ~? たいちょお……何かあったんですかぁ?」

 すると、テントの中から間延びしたような声が聞こえてくる。姿は見えないが、少女のような可愛らしい声だ。但しニーナのそれと同様に、眠そうな声。

「今日も今日とてお仕事よ。ぱっぱと片づけて、さっさと戻ってくるから、ちょっと待っててね」

 テントの中の人物に、やはり面倒くさそうに言うニーナ。

 そんな、戦場には全く似つかわしくない部隊長の気軽な声掛けで、第2王女派の迎撃戦が始まろうとしていた。

□■□■

 第2王女派進撃の報を受けて、俄かに騒がしくなるノースポール防衛部隊の陣地内。龍牙騎士達やノースポール麾下の兵士達があわただしく動いている中、ようやく魔術師用の軽鎧を身に付けたニーナが、副官のゴーガンを伴ってのんびりと歩いていた。

「もう毎日毎日同じことの繰り返しで、よく敵さんも飽きないわね」

「隊長……女性なのですから、せめて身だしなみはテント内で済ませてもらえませんか」

 歩きながら長い髪を後ろで縛っているニーナに、ゴーガンは隠しきれない怒りで身を震わせながら忠言する。

「あ、美少女発見」

 しかし、そんな部下の言葉などどこ吹く風か。

 ニーナは龍牙騎士部隊の中では異質な、白薔薇騎士の白銀の鎧に身を包んだ女性に目を止める。

「あ、あのあの……クーガ君。無事に戻ってきてね」

 見るからに真面目で大人しそうな印象の女性ーーというよりは、少女といった方が似つかわしい容姿の白薔薇騎士だった。真っすぐに伸びた綺麗な翡翠色の長い髪は前髪が長く、彼女の目元を覆い隠していた。

 騎士というには、いささか華奢な体つきで、身長も平均よりも低め。そんな小さい体でちょこちょこと動きながら、とある龍牙騎士の後を付いて歩く姿が小動物のようで可愛らしい。

「ああ、うちの部隊に編入された旧白薔薇騎士ですね」

 自分が無視されることなどすっかり慣れてしまっているのか、そのことには特に言及せずにニーナの言葉に応えるゴーガン。

 白薔薇騎士団はそのほとんどがミュリヌス領に配置されており、リリライトの反乱に伴ってそれらはほとんどが第2王女派の新白薔薇騎士団として反乱勢力に加わっている。そうして守る主を失った白薔薇騎士団は解体され、”旧”白薔薇騎士団と呼ばれるようになった。

 ミュリヌス以外に配置されていた僅かな旧白薔薇騎士達は、主に後方支援部隊として、各地で戦う龍牙騎士団の部隊に編入されており、ニーナの目に止まった彼女はその内の1人なのだろう。

「はっ、いつも後方支援ばっかりで戦場に出ねえ奴は気楽でいいよなー。前線で戦っている俺らがどれだけ身体張ってんのか分かってんのかぁ、ミル?」

「う、うん。ごめんね、ごめんね……でも、クーガ君のこと心配だから……だからね、作ってきたの。クーガ君を守ってくれるといいな……って」

 そうして白薔薇騎士ーーミルが両手で彼に差し出したのは、ニーナがいる位置からはよく見えなかったが、話の流れから、お手製のお守りの類であることは容易に想像出来た。

「あああ? こんなクソの役に立たたねぇもんなんか要らねえよ!」

「っきゃ!」

 するとミルが一生懸命追いかけていた龍牙騎士ーークーガは、乱暴にミルの手を叩く。彼女の心がこもっていたであろう、そのお守りが無情にも地面に落とされるのだった。

「こんな無駄なことしている暇があんなら、俺と一緒に前線に出て、俺の弓避けにでもなってくれよ。……ま、お前は旧白薔薇騎士でも全く戦えないお荷物だったから、盾にもならねぇか。

 いいか、お前は都合良くセックス出来る便利な玩具だから拾ってやったんだからな。白薔薇騎士も無くなって、その上俺に捨てられたらただの娼婦だぜ? せいぜい俺が帰ってきたら楽しませろよ? がははははは!」

「う、うん。ごめんね。私、クーガ君の盾になるのも、エッチの相手をするのも頑張る。頑張るね」

 あまりにもひどい言い草にも関わらず、ミルは見るからに無理をした作り笑いで、一生懸命にうなずく。捨てられないように、必死に飼い主に縋りつく犬のようにも見えた。

 国に剣を捧げて、そこに住む人々の幸せを守る誠実なる正義の騎士ーーそれが聖アルマイト王国の、栄えある龍牙騎士のはずである。その龍牙騎士の名を穢すような態度のクーガに、ゴーガンは憤りを隠せない。隊長にも、隊員にも、ゴーガンは憤ってばかりである。

「あれはクーガ=ドロウガ……ドロウガ家のボンボンですね。高級貴族の出だらかと、新人にも関わらず色々好き勝手しているみたいで……クソ! どうしてあんな奴が龍牙騎士に……って、おおおお?」

 そしてそんなゴーガンよりも怒りに燃えているのはニーナだった。

 もはや憎き親の仇を見るような激しい憎悪をたぎらせた瞳と暗い表情で、この一連のやり取りを睨みつけている。そんな彼女は、怒りの炎に身を焦がしていた。

 比喩じゃなくて、本当に彼女の背後に火が燃え盛っている。

「た、たたた……隊長、隊長ー? 燃えてる、燃えてるー!」

「ゴーガン君、あいつ今から処刑するわ。面倒臭いから、今この場で焼殺。私が殺るね♪」

「『殺るね♪』じゃないがな! 私の話聞いてました? 奴はドロウガ家、王都にも強い影響力を持った高級貴族の息子ですってば! 何かあれば、あんたも私も簡単に首飛びますよ?」

「だーいじょうぶだって。そこんとこ、カリオス王子なら何とかしてくれるんじゃない? ていうか、本人だと分からないくらい徹底的に消し炭にしてから戦死扱いにしとくから心配しなくていいし。それじゃ、いくよー♪」

「だから、『いくよー♪』じゃなくて! ほら、敵来ますよ! あなたがいかないと防衛線が保たないんですから! 急いで! 速く! あー、逃げてクーガ君! 速く逃げて―!」

 シャンディ部隊の隊長ニーナと、副隊長ゴーガン。

 戦場だとは全く思えない程のこの2人のやり取りだったが、実はここノースポール領防衛戦が始ってからは、こんな感じのことが日常茶飯事だった。
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