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第1章『3領地同時攻防戦』編

第21話 魔法の言葉

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 王都ユールディアでは、龍騎士リューイ=イルスガンド率いる増援部隊の出発準備が整っており、今まさに出発の時を迎えていた。

「それじゃ、見送りはここまでだ。気を付けて」

 王城の門の前、リューイを見送るコウメイは、相変わらずの軽い口調でそう言った。

「忙しいのに、わざわざすみません」

「気にしないでくれ。自分の護衛騎士の出発なんだから、見送りくらいは当然さ。……一昨日言った、俺からの唯一の命令は覚えているね?」

 口調は軽いままではあったが、そこに冗談じみた色は混ざっていない。このように、コウメイはリューイにとっては真剣度合いが分かりやすい上司だった。

 リューイは力強くうなずきながら答える。

「無茶はしません。コウメイさんが前線に来るまでは、生き延びることを最優先に考えます」

「うん、よし。ていうか、俺が前線に行ってからもそれは変わらないで欲しいんだけど、まあいいや。それさえ分かっていれば、あとは好き勝手にやっておいで」

 そうしてコウメイは自らの側近であるリューイに笑いかけると、その横にいる老齢で隻腕の騎士――ダストンへと視線を向ける。

「ダストンさんも、リューイのこと宜しくお願いします。色々と教えてやって下さい」

「おおう。まあ任せておいて下され」

 齢50を超える、ルエールよりも高齢の老騎士は、その年齢にそぐわない豪快な笑いを浮かべながら、その隻腕を誇らしげに上げる。

 龍牙騎士の中で最も高齢ながら、ずっと一般騎士として前線で戦い続けてきたダストンも、先のミュリヌス領の戦いに参加していた。その戦いにおいて、彼の元上司であったジュリアスの窮地を救うために片腕を失ったため、さすがに最前線からは退くこととなった。

 長年龍牙騎士団を務め、いわゆる『良い親父』として多くの若い龍牙騎士から信頼と人望のあるダストン。コウメイはそんな彼を重用しており、今は補給部隊などといった、後方支援の責任者として任命していた。

 今回のリューイの補佐という立場も、ダストンを置いて他に適任はいないと感じている。

「まあ、敵がいる場所を通るわけでもない。特に大変なこともないだろうから、道中何が起こることもないと思いますぞ、元帥閣下」

「何事も起こらないよう、宜しくお願いしたいところです」

 コウメイが懸念するのは、リューイの指揮下に入る龍牙騎士達が、実績なく龍騎士の称号を得たリューイへ不満と嫉妬を噴出させて、トラブルが起きることだった。

 龍牙騎士から人望があるダストンを補佐につけたのはそれが理由だった。

 ダストンならば、リューイに不満を持つ龍牙騎士達を上手く言い含んでくれるだろう。リューイも龍騎士と言う立場上、今後に向けて人を率いる経験は必要になるだろうし、これは良い機会だ。更に、リューイがダストンから何かしら学ぶことがあれば、尚良し。

 懸念はゼロではないもの充分に対策が出来ている。そんなに言う程、コウメイは特に心配していなかった。

 ――が、目の前でどこか元気が無さそうにしているリューイを見ると、コウメイは妙な不安に駆られる。

「どうした。緊張でもしているのか?」

 あえて笑いながら、リューイの不安を払拭させるべくコウメイが言う。しかしリューイは至って真顔のまま首を振る。

「多少の緊張はありますが、あのダストンさんが付いてくれているし……隊長って立場に関しては、そこまで不安ではないんですが……」

 珍しくコウメイと目線を合わせようとしないリューイは、明らかに迷っていた。その胸に抱える不安を吐き出すべきかどうかを考えているらしい。コウメイからはあえて声を掛けず、リューイの反応を待つ。

 そしてリューイは、ぼそりとつぶやくように言った。

「俺は、リアラに会って……何か出来るんでしょうか」

 その弱気な心は、リューイが龍騎士に任じられてから初めて吐露したものだった。

 愛する恋人を助けたいという一心で、王都でひたすら鍛錬を続けてきたリューイ。そんな彼だったから、脇目もふらず真っ直ぐ自らの想いに向かっていると思っていた。恐怖も不安も、そんな余計な感情に振り向く余裕も無い程に、ただひたすら真っ直ぐに――

 だから、出発直前のそのリューイの言葉はコウメイにとっては意外だった。

「昨日、アンナと話しました。彼女は……やっぱり強かったです。英雄だとか、ヴァルガンダルだとか……そういう強さじゃなくて、彼女自身の強さ感じました。あのグスタフの異能下にあって、それでも必死にリアラのことを想っていた。謝って泣いていたけど、凄く強い想いを感じたんです。それを見て俺は、アンナは必ず復活すると確信しました。だから先に戦場に行って、待っていると、言葉を残してきました」

 そのリューイの言葉に、コウメイはうなずく。

「そうだな。彼女がこのまま異能から立ち直ってくれれば、それはリアラやリリライト殿下も正気に戻る可能性があるということだ。正にアンナ=ヴァルガンダルは、グスタフの異能に苦しめられている第1王子派にとって、希望の星そのものだ。俺も彼女が元に戻ることを期待して止まないし、必ずそうなると信じている」

 そう言うコウメイに向けてくるリューイの視線は、やはり弱弱しいままだった。

「アンナは戦場に戻ってきたら、きっとその力を奮って第1王子派の大きな助けになってくれると思います。きっと、アンナの力はリアラに手が届く程のものだと思います。

 だけど、俺には何もない。どんなに努力したって、どんなに訓練を重ねたって……多分、リアラにもアンナにも及ばない。英雄の家系でもなんでもない俺のこの手が、リアラに届くとは思えないんです。

 俺はいわば義理やお情けで龍騎士になっただけの凡人で、リアラを救うことなんて出来るはずが――」

 なるほど。これが不安の根源か、とコウメイは得心した。

 心が強いだのなんだの、体の良い言葉でカリオスもコウメイも誤魔化していたが、聖アルマイト最高の騎士の称号を一方的に与えられて、プレッシャーにならないはずがない。何故ならリューイ自身が今言ったように、彼は“凡人”だから。

 おそらくはカリオスやアンナと話したことで、自分の身に寄せられている期待や希望、そしてその責任を改めて感じたのだろう。

 そして実際に戦場へ赴く段になったところで、その不安が急に溢れ出てきた…といったところか。

「あっはっはっは!」

「!」

 突然、コウメイは大口を開いて笑い始める。

「うんうん、そうだよな。普通の人間なんだよなー。こんな状況で悩まないはずないよな」

「コ、コウメイさん……?」

 コウメイに悪意がなどことなど分かっているリューイは、だからこそ涙すら滲ませて笑うコウメイの真意が掴めずに狼狽える。

「あんまりにも真っ直ぐ過ぎて、苦悩することなんてない完璧超人かと思っていたけど、そうだよな。君も普通の人間だよな。あー、安心した。

 実は最初から思っていたんだよ。無双系主人公じゃなくて、成長系主人公顔だって。最初から無双する主人公より、こうやって苦悩を乗り越えて、成長して、最後には勝利を手にするーーやっぱり、これが王道的で燃える展開だよなー」

 コウメイの言っている言葉の意味は理解出来なかったが、あまり悪い気分がするものではなかった。その言葉には、やはり自分へ変わることのない期待が託されていることを感じる。

 ――が、コウメイは凡人に過ぎない自分の何を見て、そんな期待を寄せてくれているのか?

「殿下やコウメイさんは、一体俺の何を見てそんなに……? 俺は、英雄の家系でも無ければ、特別な才能も何もない、ただの凡人の俺に、一体何を?」

「いやいやいや! とんでもないよ、リューイ君。君は他の誰も持っていないものを持っている。殿下は君のそんなところに期待したんだろう」

 リューイの言葉に即答するコウメイ。それでもまだ疑問の色を表情に表すリューイに対して、コウメイはドン!と自分の胸を叩く。

「同じことを何度も言われているだろう。心の強さだよ。普通、相手があれだけ狂っている上に、英雄だとか勇者の家系だとか言われれば、誰だってあらゆる意味でドン引きだよ。相手が恋人であれば尚更だ。それを至って真顔で、一点の曇りもなく『助ける』なーんて言えるのは、この大陸広しといえど、多分君だけだ」

 笑いを続けたまま、コウメイは自信満々にそう言い切る。

「だからって悩まないわけがないし、そうやって不安になるのも当たり前だよ。だって君は自分で言った通り、英雄の家系でも特別な人間でもない凡人なんだから。

 でも、それが弱いとか無力ということにはならない。心配しなくても、君は殿下や俺が期待した通りの人間だよ」

 そこまで言ったところで、ようやくコウメイは笑うのを止める――確かに馬鹿笑いは止めたが、まだ頬は緩んでいる。しかしそれは茶化すような笑みではない。

 リューイが吐露した不安を正面から受け止めて、それに対するコウメイの想いを返すような、笑いながらも誠実な表情だった。

「俺は思うんだけど、今のリアラ=リンデブルグを助けるには、カリオス殿下やルエール団長、アンナ達のような英雄の力じゃない。彼女を助けることは出来るのは、そんな超人的な力や魔法とか、天才的な戦術なんかじゃない。

 それが出来るのは、多分彼女を助けるっていう想いなんじゃないかな。それに関しては、誰よりも強い想い持っている君だからこそ、カリオス殿下は想いを力に変える剣――その龍牙真打を君に託したんだと思うよ」

 まるでカリオスを示し合わせたような、同じことを言うコウメイはリューイの腰に下げている剣を指さしてくる。

 表情はカリオスとは全く違う緩んだ表情だが、それはカリオスと同等以上にリューイの胸にしみこんでくる。

「まあ、ぶっちゃけてしまうと、あのクソ豚野郎の異能の治し方がまるで見当もつかないから、理屈も根拠もなく君にギャンブル的に賭けている……っていうのが、俺の本音だけどね。あ~、でも心配しなくていい。俺は神様に愛されているくらいに強運には自信あるから、この賭けは勝てると思っている」

 ふふん、と胸を張りながら言うコウメイ。

 その言葉は、コウメイなりの不安と緊張を和らげるための言葉なのだろうか。コウメイがそう言うと、リューイもようやく軽く笑みをこぼす。

「ありがとうございます、コウメイさん。――こんな出発間際に、不安にさせるようなことをすみませんでした。でも、話せてよかった。少しだけ気が楽になったような気がします」

「あーあー、無理しなくていいさ。さすがに龍騎士だから、公衆の面前でおどおどされるのは困るが……俺や殿下の前でくらい、弱音なんていくらでも吐いていいさ。無理すると続かないからな」

 おどけたように言うコウメイ。どうやら、少なくともリューイにとってコウメイは、良き上司のようだった。

「リューイ隊長。そろそろ出発だ」

 ここまでコウメイとリューイのやり取りを黙って見守っていたダストンが声を掛けてくる。いつまで経っても出発の合図がかからないことに、リューイの後ろに控える騎士達がしびれを切らし始めてているのが、なんとなく空気で伝わってくる。

「いざ実際に戦場へ出たら、また色々悩んだり不安になることもあろう。だから、そんなときのために、何が起きても全てを解決することが出来る魔法の言葉を教えてといてあげよう」

 いよいよ出発しようというリューイに向けて、コウメイはボリボリと頭を掻きながら最後の餞別の言葉を送る。

 その軽い口調に似合わない言葉の内容に、リューイだけではなくダストンまでもが興味津々にコウメイへ視線を向けると、コウメイは何ともなしに、当然のようにその『魔法の言葉』を伝えた。

「“なんとかなる”。どんなに絶望的でも、大抵のことは案外“なんとかなる”のさ。この万能で最強な『魔法の言葉』を、俺から君に送るよ」


 迫り来るフェスティア指揮下の第2王女派と、それを迎え撃つコウメイ指揮下の第1王子派。

 聖アルマイト王国内乱、その最初の大規模戦――北のノースポール領、中央のクラベール領、南のイシス領における3領地同時攻防戦が幕を開けようとしていた。
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