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第1章『3領地同時攻防戦』編

第14話 護衛騎士

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 その後も1時間程、真面目な話も冗談交じりの軽い話も、そしてちょいちょいリリライトの自慢話も交えながら、カリオスとリューイの会話は一区切りついたのだった。

「次に会うのは前線だな」

 リリライトの自慢話に、いちいち真剣に反応を返すリューイに気をよくしたのか、カリオスは明らかに上機嫌だった。

「はい。出発前に殿下と話が出来て良かったです。元気と力をいただけました」

「おう、期待しているぞ。だけど、くれぐれも無理はすんなよ。コウメイじゃないが、死んだら何にもならないからな」

 いくらカリオスが配下の人間に対して気軽な王子だとしても、これほどまでに気安く話せる相手はそうそういなかったはずだ。それはリリライトの件に関するカリオスなりの期待の表れでもあるのだろう。

 それを受けるリューイは、勿論重圧を感じないはずはないが、それよりもカリオス程の人物に信頼と期待を寄せられることで、力が漲る気がしていた。

「アンナには、これから会うのか?」

 おもむろにカリオスが問いかけてくる。不意の質問を投げかけられたリューイは、思わずハッとカリオスの顔を見つめる。

 アンナの父、ルエール=ヴァルガンダルは、カリオスの護衛騎士である。そしてカリオスがまだ幼い頃からずっと師のような存在であったという。

 その師は未だに予断を許さない状態。そしてその娘も、極めて複雑な状態と状況にある。その両者に対して、カリオスも色々思うところがあるのだろう。

 リューイにその質問を投げかけたカリオスは、微妙に複雑な表情をしていた。

「カリオス殿下。第1王子の護衛騎士は、今もルエール団長――いえ、元団長のまま、ですよね?」

 カリオスの質問に、リューイは質問で返した。

 ミュリヌス領の戦いで瀕死の重傷を負い、何とか治癒魔術で生き永らえている状態のルエール。その状態のルエールを龍牙騎士団の団長に据えておくと、さすがに実務に様々な悪影響を及ぼしてしまうため、団長の地位は元副団長のクルーズに継がせることとした。

 しかし、ルエールが龍牙騎士団長と兼務していた第1王子の護衛騎士は、今もルエールのままだ。

「どうして、他の人間に護衛騎士を任じないのですか? アルマイト家ーー特に国王か、その後継者の護衛騎士は、代々龍牙騎士団長ーー今であればクルーズ団長が兼任するのが習わしのはずですよね」

「代々アルマイト家の護衛騎士は龍牙騎士団長じゃねえ。ヴァルガンダル家の人間だ。ルエールがいる限り、俺の護衛騎士はルエール以外には有り得ないんだよ」

 即答してくる静かな口調の中に、確かなカリオスの強い意志が込められているように感じた。

 リューイがコウメイに聞いた話では、以前の御前会議で他の出席者から護衛騎士の交代を進言されたが、そこに関してカリオスは頑として譲らなかったという。

 『護衛騎士』は、聖アルマイトの要職に就く重要人物の身辺警護を担う極めて責任重大なーーある意味では、騎士として最高の称号である“龍騎士”に並ぶほどのーー騎士である。

 それこそ龍牙騎士団長と同じく、決して空位にして良いものではない。しかし護衛騎士に関しては、カリオスは今も、その役目を背負える状態ではないルエールのままにし続けているのだ。

「どいつもこいつも勘違いしてやがるが、あのルエールがこのまま死ぬはずがないんだよ。必ず復活して戻ってくる。それなのに、龍牙騎士団長も護衛騎士も、どっちも立場が無くなってたら悲しいだろ。だから俺の護衛騎士はルエールのままだ。今までも、これからもな」
 
 そのカリオスの意図を初めて聞いて、リューイは堅く引き締めていた表情から力を抜いて、頬を緩めた。

 不可解だったその考えも、意図を聞いてみれば実にカリオスらしい。

 ただカリオスは”信じている”。それだけなのだ。

 今彼が言った言葉のなかに、カリオスらしさが全て詰まっているような気がした。

「コウメイ元帥――ああ、この呼び方嫌がるので……コウメイさんも言ってましたよ。ルエール元団長と娘のアンナが戦線復帰するようなことがあれば、一気に形勢逆転出来るって」

「なんだと? あいつも俺に護衛騎士は他の人間にしろって言ってきやがったんだぞ?」

「あはは。まあ、あの人は立場もあるし、ああ見えて意外に素直じゃない部分もありますからね」

 カリオスの厳しい口調を、真面目の代名詞でもあるリューイが以外にも軽く笑いながら受け流すのだった。コウメイの影響を受けているのだろうが、カリオスはそんなリューイの態度を意外そうに見つめる。

「でもコウメイさんも、そして俺も信じていますよ。きっとルエール元団長は復活するって。そしてルエール元団長が復活するなら、アンナだってきっと立ち直る。聖アルマイト最強の親娘の復活は、きっと第1王子派の切り札になりますよ。そうすれば、リアラやリリライト殿下を救うことだって、出来ないはずない」

 そう。

 カリオスも、コウメイも、リューイも信じているのだ。

 大陸最高峰の治癒魔術師が絶望的だと断言しても尚、あの聖アルマイト最高の騎士が復活することを。

 それは何の根拠もない希望や願望に過ぎなかった。しかしコウメイがそうだと言うのなら、リューイがそれを信じるというなら、それはもう絶対に起こり得るものだとカリオスは思わされた。

 ――意外に、簡単に何とかなるんじゃないのか。

 カリオスにそう思わせるほどに、リューイの言葉には不思議な力があった。

「そうか」

 リューイの力強い言葉に、今度はカリオスが笑みをこぼす番だった。

「申し訳ありません。質問を質問で返すなど、失礼でした」

「いや、気にすんな。ルエールのことは俺の我儘だからな。気にするのも当然のことだ。それよりも、アンナに会って少しでも安心させてやってくれ。あいつも、友達のリアラのことを気に病んでいるからな。恋人だっていうお前が話してやって、少しでも落ち着いてくれればいいんだが」

「――御意」

 最後は騎士らしくかしこまって敬礼をするリューイは、最後にあいさつをしてカリオスの執務室を後にする。

 アンナ=ヴァルガンダル。

 龍牙騎士団長ルエール=ヴァルガンダルの娘にして、リアラの友人。ミュリヌス学園では同学年のリアラを抑えて首席の座にいたという。そんな彼女はミュリヌス領においてグスタフの異能にかかり、コウメイの暗殺を実行しようとした……が、コウメイの機転(?)により、逆に保護されて、その後王都に連れて来られた、と聞いている。

 グスタフの異能の恐ろしさ、凶悪さは、リューイはミュリヌス領の戦いで目の当たりにしている。完全に壊され狂気にさらされたリアラとリリライトの姿を――

 まだ会ったことすらないアンナは、今は一体どんな状態なのだろうか。あの凶悪な異能から解放されつつあると聞いたが、そんなことがあり得るのかと思ってしまうのも否定出来ない。先ほどカリオスに言ったこととは矛盾してしまうが。

 龍騎士リューイ=イルスガンドとアンナ=ヴァルガンダルの出会い。

 この出会いが何をもたらすことになるのか、現時点では誰も何も分かっていない。
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