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第1章『3領地同時攻防戦』編
第12話 最前線へ
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王都ユールディア内にある練兵場にて、2人の騎士が訓練用の剣を交えていた。
「――そこまで!」
片方の騎士が、もう片方の騎士が持っていた剣を弾き飛ばし、その喉元へ剣を突き付けたところで、制止の声がかかる。
「いや、驚いたな。この短期間で、ここまで腕を上げたか。――リューイ」
春もすっかり深まり、夏の予感すらさせる汗ばむような気候の中、2人の騎士はお互いに汗を滲ませている。
リューイに剣を突き付けられた騎士は、彼から差し伸べられた手を取って、賞賛の言葉を送った。
「ルエール団長の特務部隊に抜擢された時も驚いたが、まさか帰ってきて龍騎士になるとは、更に驚きだ。ミュリヌスで一体何があったんだ?」
「詳しいことはお話出来ないのですが、絶対に負けられない戦いがありました。今の俺の力では到底及びませんが、それでも絶対に負けられないんです。そのために、龍騎士の叙勲を受けました」
事情を知らない者からすれば要領を得ない言葉だったが、柔らかな表情の中にも強い意志を感じるリューイの瞳は、言葉以上の何かを感じさせられた。
リューイが倒した相手は、去年彼が新人騎士として初めて配属された部隊――旧ネルグリア帝国方面レイドモンド領駐留部隊をまとめ上げていた部隊長バーグミングだった。
「ったく。去年はひよっ子らしく初々しかった新人が、2年目ですっかり立派な面になりやがったな」
本来、2年目の騎士が部隊長クラスの先輩騎士を打ち倒すなど大金星もいいところだ。しかし負けたバーグミングに苦々しい表情があるわけでもなく、勝ったリューイにもそれを誇るような表情は無い。リューイは、ただただひたすら真剣な表情を浮かべている。
その表情は、自身の成長を実感しながらも、「まだ足りない」「まだ強くならなければならない」。リューイの顔はそう語っている。
聖アルマイト王国の最高の栄誉“龍騎士”の名に相応しくなるべく、その称号を叙勲した後も、一切怠けることなく、毎日必死になって鍛錬を続け、自分を磨き上げてきたリューイ。
この大金星を上げたのも、その壮絶なる努力に裏付けされたものだ。リューイが、強い意志の下に、持てる限りの全てを努力にあてていたことを知っていたバーグミングだったからこそ、全力で手合わせをして負けたことに恥は感じなかった。
リューイも、この結果に慢心することはなくとも、尽くしてきた努力の結果を出せたことには達成感があったし、元上司に勝算されれば素直に嬉しい。
お互いに清々しさを感じる程の勝敗結果。
「――けど、足りないな。龍騎士にはまるで足らない」
しかし次の瞬間、バーグミングはリューイ自身が既に自覚していることを、あえて口に出した。
「真の意味で“龍騎士”の名を冠するというのなら、お前はこれから聖アルマイト――いや、この大陸の頂点に挑まないといけない。俺くらいに勝ったところで、浮かれてる場合じゃないわな」
そんな元上司の現実を語る言葉に、リューイは気を悪くすることなく、力強くうなずく。
これからリューイが身を投じようとしているのは、正に「化物」達の世界。
龍牙騎士団団長ルエールはいうまでもなく、さらにその彼を護衛騎士としていたカリオス、その妹のラミア。そしてルエールと名を並べる王国3騎士のディード、シンパ。次世代の龍牙騎士団を担うとされていたミリアムやジュリアス。国外でも、『女傑』フェスティアや『殲滅』のオーエンに『黒風』のジャギボーンなど。
それら大陸に名を馳せる人間達の境界へ、ごく普通の平民出身、ごく平凡な騎士に過ぎない、凡人“龍騎士”リューイ=イルスガンドは身を投じなければならないのだ。
それを考えると、たかだか部隊長レベルの騎士を打ち倒したからといって得意になっていれば、鼻で笑われるのがせいぜいだ。例えば先に名が挙がったミリアムの場合、リューイと同じ2年目の時点では将軍格の騎士を楽勝で降している。はっきり言って、今のリューイとは比べることすらおこがましい程の才能を既に見せていたのだ。
「ありがとうございます。バーグミング隊長」
そんな”お節介”を焼く元上司に、リューイは礼儀正しく深々と頭を下げる。
「よせやい、そんなこと。いや、しかし龍騎士様に頭を下げられるなんて、人生何があるか分からんもんだな」
冗談めかしてバーグミングが笑うと、リューイもようやく緊張がゆるんだのか、頬を緩ませる。
常に鍛錬ばかりで気を張っていたリューイが、久々に身体も気持ちもリラックスが出来た瞬間だった。
「っうおーい! リューイ!」
と、唐突に遠くからリューイを呼ぶ声が。
慌てたように駆けてきたのは、リューイの先輩騎士レーディルだった。
「コウメイ元帥閣下がお呼びだ。至急王城まで来るように、だってさ」
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
元帥職に任じられてから、コウメイは王宮内に専用の執務室を準備された。
カリオスが最高幹部と数える5人のうち1人、しかも軍事最高責任者である立場だと考えると当然のことだが、当の本人にとっては恐縮と違和感しかない。
「いやー、何でこんなことになったかなぁ」
立派な机にソファに本棚に様々な調度品の数々を見渡して、コウメイは今更ながらつぶやく。
こことは違う世界から、何の因果かこの世界に飛ばされて、いきなり餓死寸前の瀕死状態のところをルエールに拾われた、どこからどう見ても出自不明の不審者――そこから、どうしてこうなった。
「リューイ=イルスガンドです。入ります」
ボーっとそんなことを考えていたら唐突に扉がノックされて、コウメイはビクリと反応して我に返る。
「あ、ああ……開いてるよ。どうぞ、入ってきて」
元帥とは思わせない程のフランクな口調でコウメイが言うと、ドアを開けて入ってきたのは2人の騎士。
1人はコウメイが呼びつけたリューイと、その伝令役を果たしたレーディルだ。
相変わらずリューイは鍛錬中だったのか、わずかに額に汗を滲ませているのが分かる。そんな、平常運転のリューイを見ると、コウメイは安心したように頬を緩める。
「わざわざ呼びつけて悪かったね。訓練中だったろう?」
「いえ、大丈夫です。今は任務に就いているわけでもないので、その分持てる時間を全て訓練に充てているだけですから。その環境を作って下さったコウメイ元帥閣下には感謝しかありません」
やはり真面目な彼らしく、堅くお辞儀をしてくるリューイにコウメイは苦笑する。
「公の場以外で『元帥閣下』は止めてくれって言ったろう? コウメイさん、でいいよ。今は2人だし」
「え? 俺、いるんですけど?」
コウメイの何気ない言葉に、何気にショックを受けるレーディルは置き去りにされて、リューイは顔を上げてうなずく。
「御前会議、終わったんですね? どうだったんですか?」
今日の午前中は最高幹部が集まっての御前会議だということはリューイも知っていた。そしてその日の午後に、自分が呼ばれた意図を聞いてくる。
「んー、まあ……あまり建設的な話は出来なかったかな。現状報告をしたら、結局現状維持が精一杯って話になったよ。依然として戦況は厳しいね」
腕組みをしながら、まるで他人事のような気楽さで言うコウメイだったが、すぐにリューイへ向き直すと真面目な表情を作り
「で、敵情視察を兼ねて、王下直轄部隊が前線に出ることになった」
「!」
そのコウメイの言葉に、リューイは動揺を隠せなかった。
それはつまり、自分が戦争の最前線へ行くということ。つまり第2王女派の新白薔薇騎士団と剣を交えるということだ。
自然に緊張が高まり、心臓の鼓動が速くなっていくのを感じる。
「ただ俺の方は、まだ王都でやるべきことが残っているから、今すぐに発つことが出来ない。だから、まずは先発隊として君が先に前線に向かって欲しい」
ゴクリとリューイの喉が鳴る。
龍騎士の叙勲を受けてからというもの、まだ1度も実戦は無い。コウメイの命令に従い、王都に待機し、ただひたすら自己研鑽に努めてきた。
いよいよ龍騎士としての本当の戦いが始まるのだ。
今ここに自分がいる意味、理由――ミュリヌスに残さざるを得なかった恋人を、胸を掻きむしる程の激烈な想いを取り戻すための戦いが。
そうして力が入るリューイの緊張を和ませようとしてか、コウメイは相変わらず緩んだ表情で話しかけてくる。
「そう気負わなくても良い。本当の決戦は俺が現地に着いてからだよ。あくまでリューイの役目は敵情視察だ」
「はい。分かっていますが……俺は……」
龍騎士の証――『龍牙真打』は今もリューイの腰に下がっている。リューイはその剣の柄を握りながら、その手を震わすのだった。
リューイが思うのは唯一つ――グスタフの異能にとらわれた元……いや、今だって恋人だと信じているリアラを助け出すこと。龍騎士という称号は、それを実現させるための方法に過ぎない。カリオスやコウメイは、あえてその機会をリューイに与えてくれたのだ。
リアラ=リンデブルグ。
第2王女派主戦力の新白薔薇騎士団の頂点に君臨する新白薔薇騎士団長であり、間違いなく第2王女派の中で最強の騎士。ミュリヌス攻略戦においては、『王国最強の騎士』ディードをも圧倒した程だ。
かつては第2王女リリライトの近衛騎士団であり白薔薇騎士を志すミュリヌス学園の真面目で優等生なリアラだったが、グスタフの異能により、その思考も身体も、全てを淫欲で侵された彼女は、第1王子派に牙を剥く最悪の敵となった。
対してリューイは、名ばかりの龍騎士であり、実質的には騎士になったばかりの2年生。贔屓目に見ても、少々腕が立つ程度の凡人に過ぎない。
リューイとリアラの間には、あらゆる意味で大きな障壁がある。リューイが自身で成そうとしていることは、あまりにも現実味が無さすぎるのだ。
コウメイはそこら辺の事情を全て理解しているが、それでも決して彼の意志を嘲弄することなどない。嘲弄するどころか、期待さえしているのだ。理屈ではなく、リューイのその強い心の在り方に。
ただ、彼の上司として、元帥として状況を俯瞰すれば、やはり理屈的にリューイがその望みをかなえるのは極めて難しいと断じざるを得ないのも現実。
「改めて言いたくはないんだけど、リアラ=リンデブルグが現れた戦場では、とにかく被害が著しい。現場で何が起こっているのかは分からないけど、無茶苦茶だよ。不快にさせて悪いが、はっきり言って、もはやリアラ=リンデブルグは『兵器』だ。それ程に思っておかないといけない」
緩んでいた表情から一変、嘘偽りない現実を告げるコウメイの表情はいつの間にか引き締まっていた。
その言葉1つ1つが、容赦なくリューイの心を抉る。
あれだけ陽気で優しかったリアラが、今は戦場の最前線で虐殺の限りを尽くしているというのか。
どうしてこうなってしまったのか。
去年の冬休みに彼女の異変に気付くことが出来ていれば、ミュリヌス攻略戦の際に無理やりにでも彼女の手を引っ張ってこられれば――!
どうして、自分が側で守ってやれなかったのだ。
王都にいる間は無理やり封じ込めていた多くの葛藤――リアラの名を聞いたことで、それがリューイの胸からあふれ出てくる。様々な後悔の念が、そして黒幕であるグスタフへの憎しみが、後から後から無限にこみ上げてくるようだった。
そんな激情に駆られるリューイを、コウメイはよく諭すように、言い聞かせる。
「俺からの命令は1つだ。死んではいけない。そのために、絶対に無茶はしないこと。何が何でも生き延びること。死んだらそこで試合終了、ゲームセットだ。でも生きていれば何回だってやり直しが出来るんだ。生きてさえいてくれれば、俺が必ずその機会を作ることを約束しよう。だから、絶対に死なないこと。これだけは肝に命じておいてくれ」
そうやってコウメイがリューイに見せる眼差しは真剣そのものだった。コウメイと知り合って日は浅いものの、そんなコウメイを見る機会などそうそう無い。
「正直、俺は今の君がリアラ=リンデブルグに勝てるとは到底思えない。だから君を前線に向かわせる意味があるかどうかも微妙なところなんだが――」
そう言いながら、コウメイはつかつかと歩いてきて、リューイの側まで近づくと、拳を作ってリューイの胸を軽く小突く。
「頼むぞ、“龍騎士”。俺も殿下も、君の想いに期待している。それが正しかったと証明出来るのは君自身だ。とにかく死なないこと――これだけ守って、後は君が正しいと思うことを成してくればいい。何せ、君には『龍騎士特権』があるからな」
笑いながらそう言って鼓舞してくるコウメイに、リューイもようやく笑みを浮かべて力強くうなずくのだ。
国王代理に元帥――いわば、聖アルマイトの2大権力者が、ここまで支援してくれているのだ。これで元気付けられないはずがない。その期待に、暗く沈む心が奮い立つのを感じる。
――絶対に想いを成し遂げなければならない。これはもう、自分1人だけの願いではないのだ。
「俺が前線に到着するまで、一応形としては前線指揮官のジュリアス副長の指揮下に入る。が、ジュリアス副長も君の龍騎士特権のことは承知している。思う存分、腕を振るってきてくれ」
「かしこまりました。出発は?」
「明後日の早い時間に。急で悪いが明日1日で準備を整えてくれ。それと、増援部隊として龍牙騎士1個小隊を送ることになったから、龍騎士の君が率いて向かってくれ」
そのコウメイの指示に、リューイは驚いたように目を見開く。
「自分が隊長ってことですか?」
リューイの龍騎士叙勲については、ほとんどが不満を持っている。特に実際にその称号に憧れて入団し、それを手に入れるべく日々研鑽している龍牙騎士の面々は不満の度合いも強いだろう。そんなことはリューイ自身も承知している。
「大丈夫。副官としてダストンさんがサポートしてくれる。彼は龍牙騎士からも人望があるし、何より君の龍騎士叙勲に関しては数少ない擁護派だ。安心して頼ると良い」
「――分かりました」
不安が無いといえばウソとなるが、コウメイがそう言うのであれば大丈夫なのだろう。むしろそういう経験を積まそうと機会を作ってくれたコウメイには感謝をするべきだ。
リューイは胸中でそう思いながら、細かい確認事項や打ち合わせをコウメイと進めていく。
「ああ、そうそう。出発前に、殿下が君と会いたいと言っていたよ。どこかで時間を作ってくれないか」
「カリオス殿下が? 分かりました。どうせ王都にいる間は任務もありませんので、いつでも」
予想通りの生真面目なリューイの返事に、うんうんとうなずくコウメイはそのまま続ける。
「あと、せっかくだからもう1人、出発前に会ってやって欲しい人物がいるんだ。彼女は、君の恋人――リアラの友人だ」
「リアラの友達? 誰です?」
リューイがミュリヌス学園でのリアラの交友関係を知らないのも無理は無いだろう。全く心当たりがない顔で聞き返してくる。
「アンナ=ヴァルガンダル。ルエール元団長のご息女にして、グスタフの異能から解放されつつある、俺達の希望の存在だ」
「――そこまで!」
片方の騎士が、もう片方の騎士が持っていた剣を弾き飛ばし、その喉元へ剣を突き付けたところで、制止の声がかかる。
「いや、驚いたな。この短期間で、ここまで腕を上げたか。――リューイ」
春もすっかり深まり、夏の予感すらさせる汗ばむような気候の中、2人の騎士はお互いに汗を滲ませている。
リューイに剣を突き付けられた騎士は、彼から差し伸べられた手を取って、賞賛の言葉を送った。
「ルエール団長の特務部隊に抜擢された時も驚いたが、まさか帰ってきて龍騎士になるとは、更に驚きだ。ミュリヌスで一体何があったんだ?」
「詳しいことはお話出来ないのですが、絶対に負けられない戦いがありました。今の俺の力では到底及びませんが、それでも絶対に負けられないんです。そのために、龍騎士の叙勲を受けました」
事情を知らない者からすれば要領を得ない言葉だったが、柔らかな表情の中にも強い意志を感じるリューイの瞳は、言葉以上の何かを感じさせられた。
リューイが倒した相手は、去年彼が新人騎士として初めて配属された部隊――旧ネルグリア帝国方面レイドモンド領駐留部隊をまとめ上げていた部隊長バーグミングだった。
「ったく。去年はひよっ子らしく初々しかった新人が、2年目ですっかり立派な面になりやがったな」
本来、2年目の騎士が部隊長クラスの先輩騎士を打ち倒すなど大金星もいいところだ。しかし負けたバーグミングに苦々しい表情があるわけでもなく、勝ったリューイにもそれを誇るような表情は無い。リューイは、ただただひたすら真剣な表情を浮かべている。
その表情は、自身の成長を実感しながらも、「まだ足りない」「まだ強くならなければならない」。リューイの顔はそう語っている。
聖アルマイト王国の最高の栄誉“龍騎士”の名に相応しくなるべく、その称号を叙勲した後も、一切怠けることなく、毎日必死になって鍛錬を続け、自分を磨き上げてきたリューイ。
この大金星を上げたのも、その壮絶なる努力に裏付けされたものだ。リューイが、強い意志の下に、持てる限りの全てを努力にあてていたことを知っていたバーグミングだったからこそ、全力で手合わせをして負けたことに恥は感じなかった。
リューイも、この結果に慢心することはなくとも、尽くしてきた努力の結果を出せたことには達成感があったし、元上司に勝算されれば素直に嬉しい。
お互いに清々しさを感じる程の勝敗結果。
「――けど、足りないな。龍騎士にはまるで足らない」
しかし次の瞬間、バーグミングはリューイ自身が既に自覚していることを、あえて口に出した。
「真の意味で“龍騎士”の名を冠するというのなら、お前はこれから聖アルマイト――いや、この大陸の頂点に挑まないといけない。俺くらいに勝ったところで、浮かれてる場合じゃないわな」
そんな元上司の現実を語る言葉に、リューイは気を悪くすることなく、力強くうなずく。
これからリューイが身を投じようとしているのは、正に「化物」達の世界。
龍牙騎士団団長ルエールはいうまでもなく、さらにその彼を護衛騎士としていたカリオス、その妹のラミア。そしてルエールと名を並べる王国3騎士のディード、シンパ。次世代の龍牙騎士団を担うとされていたミリアムやジュリアス。国外でも、『女傑』フェスティアや『殲滅』のオーエンに『黒風』のジャギボーンなど。
それら大陸に名を馳せる人間達の境界へ、ごく普通の平民出身、ごく平凡な騎士に過ぎない、凡人“龍騎士”リューイ=イルスガンドは身を投じなければならないのだ。
それを考えると、たかだか部隊長レベルの騎士を打ち倒したからといって得意になっていれば、鼻で笑われるのがせいぜいだ。例えば先に名が挙がったミリアムの場合、リューイと同じ2年目の時点では将軍格の騎士を楽勝で降している。はっきり言って、今のリューイとは比べることすらおこがましい程の才能を既に見せていたのだ。
「ありがとうございます。バーグミング隊長」
そんな”お節介”を焼く元上司に、リューイは礼儀正しく深々と頭を下げる。
「よせやい、そんなこと。いや、しかし龍騎士様に頭を下げられるなんて、人生何があるか分からんもんだな」
冗談めかしてバーグミングが笑うと、リューイもようやく緊張がゆるんだのか、頬を緩ませる。
常に鍛錬ばかりで気を張っていたリューイが、久々に身体も気持ちもリラックスが出来た瞬間だった。
「っうおーい! リューイ!」
と、唐突に遠くからリューイを呼ぶ声が。
慌てたように駆けてきたのは、リューイの先輩騎士レーディルだった。
「コウメイ元帥閣下がお呼びだ。至急王城まで来るように、だってさ」
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
元帥職に任じられてから、コウメイは王宮内に専用の執務室を準備された。
カリオスが最高幹部と数える5人のうち1人、しかも軍事最高責任者である立場だと考えると当然のことだが、当の本人にとっては恐縮と違和感しかない。
「いやー、何でこんなことになったかなぁ」
立派な机にソファに本棚に様々な調度品の数々を見渡して、コウメイは今更ながらつぶやく。
こことは違う世界から、何の因果かこの世界に飛ばされて、いきなり餓死寸前の瀕死状態のところをルエールに拾われた、どこからどう見ても出自不明の不審者――そこから、どうしてこうなった。
「リューイ=イルスガンドです。入ります」
ボーっとそんなことを考えていたら唐突に扉がノックされて、コウメイはビクリと反応して我に返る。
「あ、ああ……開いてるよ。どうぞ、入ってきて」
元帥とは思わせない程のフランクな口調でコウメイが言うと、ドアを開けて入ってきたのは2人の騎士。
1人はコウメイが呼びつけたリューイと、その伝令役を果たしたレーディルだ。
相変わらずリューイは鍛錬中だったのか、わずかに額に汗を滲ませているのが分かる。そんな、平常運転のリューイを見ると、コウメイは安心したように頬を緩める。
「わざわざ呼びつけて悪かったね。訓練中だったろう?」
「いえ、大丈夫です。今は任務に就いているわけでもないので、その分持てる時間を全て訓練に充てているだけですから。その環境を作って下さったコウメイ元帥閣下には感謝しかありません」
やはり真面目な彼らしく、堅くお辞儀をしてくるリューイにコウメイは苦笑する。
「公の場以外で『元帥閣下』は止めてくれって言ったろう? コウメイさん、でいいよ。今は2人だし」
「え? 俺、いるんですけど?」
コウメイの何気ない言葉に、何気にショックを受けるレーディルは置き去りにされて、リューイは顔を上げてうなずく。
「御前会議、終わったんですね? どうだったんですか?」
今日の午前中は最高幹部が集まっての御前会議だということはリューイも知っていた。そしてその日の午後に、自分が呼ばれた意図を聞いてくる。
「んー、まあ……あまり建設的な話は出来なかったかな。現状報告をしたら、結局現状維持が精一杯って話になったよ。依然として戦況は厳しいね」
腕組みをしながら、まるで他人事のような気楽さで言うコウメイだったが、すぐにリューイへ向き直すと真面目な表情を作り
「で、敵情視察を兼ねて、王下直轄部隊が前線に出ることになった」
「!」
そのコウメイの言葉に、リューイは動揺を隠せなかった。
それはつまり、自分が戦争の最前線へ行くということ。つまり第2王女派の新白薔薇騎士団と剣を交えるということだ。
自然に緊張が高まり、心臓の鼓動が速くなっていくのを感じる。
「ただ俺の方は、まだ王都でやるべきことが残っているから、今すぐに発つことが出来ない。だから、まずは先発隊として君が先に前線に向かって欲しい」
ゴクリとリューイの喉が鳴る。
龍騎士の叙勲を受けてからというもの、まだ1度も実戦は無い。コウメイの命令に従い、王都に待機し、ただひたすら自己研鑽に努めてきた。
いよいよ龍騎士としての本当の戦いが始まるのだ。
今ここに自分がいる意味、理由――ミュリヌスに残さざるを得なかった恋人を、胸を掻きむしる程の激烈な想いを取り戻すための戦いが。
そうして力が入るリューイの緊張を和ませようとしてか、コウメイは相変わらず緩んだ表情で話しかけてくる。
「そう気負わなくても良い。本当の決戦は俺が現地に着いてからだよ。あくまでリューイの役目は敵情視察だ」
「はい。分かっていますが……俺は……」
龍騎士の証――『龍牙真打』は今もリューイの腰に下がっている。リューイはその剣の柄を握りながら、その手を震わすのだった。
リューイが思うのは唯一つ――グスタフの異能にとらわれた元……いや、今だって恋人だと信じているリアラを助け出すこと。龍騎士という称号は、それを実現させるための方法に過ぎない。カリオスやコウメイは、あえてその機会をリューイに与えてくれたのだ。
リアラ=リンデブルグ。
第2王女派主戦力の新白薔薇騎士団の頂点に君臨する新白薔薇騎士団長であり、間違いなく第2王女派の中で最強の騎士。ミュリヌス攻略戦においては、『王国最強の騎士』ディードをも圧倒した程だ。
かつては第2王女リリライトの近衛騎士団であり白薔薇騎士を志すミュリヌス学園の真面目で優等生なリアラだったが、グスタフの異能により、その思考も身体も、全てを淫欲で侵された彼女は、第1王子派に牙を剥く最悪の敵となった。
対してリューイは、名ばかりの龍騎士であり、実質的には騎士になったばかりの2年生。贔屓目に見ても、少々腕が立つ程度の凡人に過ぎない。
リューイとリアラの間には、あらゆる意味で大きな障壁がある。リューイが自身で成そうとしていることは、あまりにも現実味が無さすぎるのだ。
コウメイはそこら辺の事情を全て理解しているが、それでも決して彼の意志を嘲弄することなどない。嘲弄するどころか、期待さえしているのだ。理屈ではなく、リューイのその強い心の在り方に。
ただ、彼の上司として、元帥として状況を俯瞰すれば、やはり理屈的にリューイがその望みをかなえるのは極めて難しいと断じざるを得ないのも現実。
「改めて言いたくはないんだけど、リアラ=リンデブルグが現れた戦場では、とにかく被害が著しい。現場で何が起こっているのかは分からないけど、無茶苦茶だよ。不快にさせて悪いが、はっきり言って、もはやリアラ=リンデブルグは『兵器』だ。それ程に思っておかないといけない」
緩んでいた表情から一変、嘘偽りない現実を告げるコウメイの表情はいつの間にか引き締まっていた。
その言葉1つ1つが、容赦なくリューイの心を抉る。
あれだけ陽気で優しかったリアラが、今は戦場の最前線で虐殺の限りを尽くしているというのか。
どうしてこうなってしまったのか。
去年の冬休みに彼女の異変に気付くことが出来ていれば、ミュリヌス攻略戦の際に無理やりにでも彼女の手を引っ張ってこられれば――!
どうして、自分が側で守ってやれなかったのだ。
王都にいる間は無理やり封じ込めていた多くの葛藤――リアラの名を聞いたことで、それがリューイの胸からあふれ出てくる。様々な後悔の念が、そして黒幕であるグスタフへの憎しみが、後から後から無限にこみ上げてくるようだった。
そんな激情に駆られるリューイを、コウメイはよく諭すように、言い聞かせる。
「俺からの命令は1つだ。死んではいけない。そのために、絶対に無茶はしないこと。何が何でも生き延びること。死んだらそこで試合終了、ゲームセットだ。でも生きていれば何回だってやり直しが出来るんだ。生きてさえいてくれれば、俺が必ずその機会を作ることを約束しよう。だから、絶対に死なないこと。これだけは肝に命じておいてくれ」
そうやってコウメイがリューイに見せる眼差しは真剣そのものだった。コウメイと知り合って日は浅いものの、そんなコウメイを見る機会などそうそう無い。
「正直、俺は今の君がリアラ=リンデブルグに勝てるとは到底思えない。だから君を前線に向かわせる意味があるかどうかも微妙なところなんだが――」
そう言いながら、コウメイはつかつかと歩いてきて、リューイの側まで近づくと、拳を作ってリューイの胸を軽く小突く。
「頼むぞ、“龍騎士”。俺も殿下も、君の想いに期待している。それが正しかったと証明出来るのは君自身だ。とにかく死なないこと――これだけ守って、後は君が正しいと思うことを成してくればいい。何せ、君には『龍騎士特権』があるからな」
笑いながらそう言って鼓舞してくるコウメイに、リューイもようやく笑みを浮かべて力強くうなずくのだ。
国王代理に元帥――いわば、聖アルマイトの2大権力者が、ここまで支援してくれているのだ。これで元気付けられないはずがない。その期待に、暗く沈む心が奮い立つのを感じる。
――絶対に想いを成し遂げなければならない。これはもう、自分1人だけの願いではないのだ。
「俺が前線に到着するまで、一応形としては前線指揮官のジュリアス副長の指揮下に入る。が、ジュリアス副長も君の龍騎士特権のことは承知している。思う存分、腕を振るってきてくれ」
「かしこまりました。出発は?」
「明後日の早い時間に。急で悪いが明日1日で準備を整えてくれ。それと、増援部隊として龍牙騎士1個小隊を送ることになったから、龍騎士の君が率いて向かってくれ」
そのコウメイの指示に、リューイは驚いたように目を見開く。
「自分が隊長ってことですか?」
リューイの龍騎士叙勲については、ほとんどが不満を持っている。特に実際にその称号に憧れて入団し、それを手に入れるべく日々研鑽している龍牙騎士の面々は不満の度合いも強いだろう。そんなことはリューイ自身も承知している。
「大丈夫。副官としてダストンさんがサポートしてくれる。彼は龍牙騎士からも人望があるし、何より君の龍騎士叙勲に関しては数少ない擁護派だ。安心して頼ると良い」
「――分かりました」
不安が無いといえばウソとなるが、コウメイがそう言うのであれば大丈夫なのだろう。むしろそういう経験を積まそうと機会を作ってくれたコウメイには感謝をするべきだ。
リューイは胸中でそう思いながら、細かい確認事項や打ち合わせをコウメイと進めていく。
「ああ、そうそう。出発前に、殿下が君と会いたいと言っていたよ。どこかで時間を作ってくれないか」
「カリオス殿下が? 分かりました。どうせ王都にいる間は任務もありませんので、いつでも」
予想通りの生真面目なリューイの返事に、うんうんとうなずくコウメイはそのまま続ける。
「あと、せっかくだからもう1人、出発前に会ってやって欲しい人物がいるんだ。彼女は、君の恋人――リアラの友人だ」
「リアラの友達? 誰です?」
リューイがミュリヌス学園でのリアラの交友関係を知らないのも無理は無いだろう。全く心当たりがない顔で聞き返してくる。
「アンナ=ヴァルガンダル。ルエール元団長のご息女にして、グスタフの異能から解放されつつある、俺達の希望の存在だ」
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しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。
―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》
EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。
歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。
そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。
「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。
そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。
制刻を始めとする異質な隊員等。
そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。
元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。
〇案内と注意
1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。
3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。
4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。
5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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