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第1章『3領地同時攻防戦』編

挿話1 御前会議の後

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「ふいー、疲れた」

 御前会議が終わり、その後にカリオスに捕まって、色々と問い詰められたりしたコウメイは、ぐったりとした顔をして王宮内の廊下を歩いていた。

「参ったな。前線に行くのはいいんだけど……」

 聖アルマイト全体の現状を見るに、コウメイは王都から離れられない状況だった

 兵糧や物資の管理、それらの輸送手配や戦力配置に、組織内で起こる大小様々なトラブル処理――特に龍牙騎士と紅血による軋轢が最近では目立つ――さらには諸外国の動向把握から内々の事務処理など、コウメイが担う部分が多く、完全にキャパオーバーになっていた。

 判断や実行はコウメイが負うべき責だとしても、状況を大局的な視点でまとめて、報告をすることが出来る人材――本来ならば副官とか、補佐官というべき立場の人間がやるべきことまでも、コウメイ自身が負担しているのだ。

 それは、コウメイが求めるレベルでの、そういった事務処理等をこなせる能力を有する人間が王宮内にいないという現実があるためだ。

 そしてコウメイがそれらをこなしていることが、第2王女の内乱に揺れる聖アルマイトを支えている大きな支柱の1つになっている。つまり、コウメイが今王都から離れるわけにはいかないのだ。

 コウメイに代わり、状況を正しく把握しながら適切に処理をし、必要に応じてコウメイへ報告が出来る……正に「元帥補佐」。それを任せられる人材の不足。

 御前会議でコウメイが前線に赴いて直接指揮を執ることは決定したが、まずはこの問題を解決しないと、事態を進めることが出来ない。

「あらら~? 元帥閣下がそんな難しい顔をしていたら、全軍の士気に関わるわよ~? コウメイ元帥?」

「ぶおおおおおおっ?」

 完全に思考にふけっていたコウメイは、突然声をかけられて訳の分からない声を出してしまう。

 廊下で立ち止まっていたコウメイに声を掛けたのは、真紅のドレスに身を包んだ『鮮血の姫』ラミアだった。

 相変わらず、口元に指を当てて優雅な笑みを浮かべてこちらを見ている。珍しく、今はいつも伴っている護衛騎士のディードはいないようだ。

「お、おおおお、驚かさないで下さいよ。本当に、もう」

 まだバクバクと脈打つ心臓を抑えるように胸に手を当てながら、コウメイは息を整える。

 理由は分からないが――おそらく理由などないのだろうが――どうもコウメイは、この物騒な二つ名を持つ第1王女に気に入られたようだ。元帥に任じられてからは、幾度となく声を掛けられるようになった気がする。

「いよいよ前線に行くみたいだけど~? ちゃんと勝算はあるのかしらぁ?」

 ――もしかしたら、自分が心配されているのだろうか? この『鮮血の姫』に? あははは、そんな馬鹿な。

 カリオスに対しては良い意味で慣れたが、いちいち物騒な言動が多いラミアには未だに緊張してしまうコウメイ。若干混乱した頭の中を落ち着かせながら答える。

「それがあるかを確認しに行くつもりです。特に、無茶苦茶な報告ばっかり来ている新白薔薇騎士団長リアラ=リンデブルグと、逆にまだ実力らしい実力を見せてないフェスティアの力を探りに」

「ふ~ん」

 いつもと同じようにのんびりした口調で、ニヤリと微笑むラミア。戦場では次から次へと新しい死体の山を築き、その身を常に鮮血に染めているという、その尾ひれのついた噂とは全く似つかわしくない物腰である。

「紅血騎士団はお留守番ばっかりだから、暇をしているわ~。御前会議も、私もディードも喋ることがあまり無いから暇で仕方ないわよ?」

「ま、まあ……適材適所がありますから」

 第2王女との戦争が始まり、軍事面で最高権力を持つコウメイは、まだ紅血騎士団を動かしておらず、王都内に待機させている。クルーズが対応している北方防衛線も含めて、紅血騎士団は戦闘に参加させていない。全て龍牙騎士団で対応をしているのだ。

 龍牙騎士団は、攻撃・守備・遊撃・特別任務など、あらゆる行動に満遍なく精通した、いわばオールラウンダーだ。比較して紅血騎士団は、創設者のラミアの性格をそのまま反映したような、攻撃特化部隊。

 そんな紅血騎士団を、例えば北方防衛線に参加させたとしたら。

 今回のクルーズのように撃退すればいいだけの話を、命令を無視してとことん追撃し、相手の国内まで攻め入り、無駄に戦線を拡大させるくらいのことは普通にやりそうである。

 第2王女派との戦いも、今は守備や撤退に重きを置いている。紅血騎士団の特徴に向かない戦い方をしているが故に、コウメイとしても使いどころがないのだ。

「ふ~ん、適材適所――ね?」

「あ、あははは」

 意味深な笑みを浮かべるラミアに乾いた笑いを返すコウメイ。その不気味な雰囲気に、内心『ヤバい』と感じた次の瞬間――

 ラミアは余裕の笑みを消して、その視線だけでコウメイを射殺すような鋭い目つきになりながら、腰に下げていた剣――ドレス姿でも常に剣を下げているのはいつもの事――神器『紅蓮』を、コウメイの首を刈り取るように振る。

 そしてその真っ赤な刀身が首に僅かに触れたところで、ぴたりと動きが止まる。

「この大事に、ジッとしているこちらの身にもなりなさい? 貴様の立場上、迂闊に口に出せないことがあるのも理解するが――しかし、この場で納得いく答えが無い場合、その首を刎ね飛ばすぞ」

「ひ、ひぃぃ……!」

 それはまさしく噂に聞く『鮮血の姫』を思わせる、鬼気迫る恐ろしい形相だった。コウメイは本気で怯えて涙目になる。

「り、理由は色々ありますが……」

 ガタガタと身を震わせながら、コウメイは答える。

 それは決してこの場を取り繕う言い訳ではなくて、元々コウメイが考えていた方針。つまり本音である。ラミアを納得させる自信もあり、怯える必要などないはずなのだが、ラミアの迫力はそんな道理を吹き飛ばす程であった。

 コウメイが、この状況でまだ紅血騎士団を動かさない理由。それは

「第2王女派に対する切り札は、ぎりぎりまで切らないで取っておきたいんです」

 そのコウメイの言葉に、ラミアがピクリと反応する。

「自覚があるでしょうけど、紅血騎士団は攻撃においては大陸では他の追随を許さない部隊です。尖った性能なだけに、使いどころを見誤れば何の力も発揮できない。逆に使いどころを見極めれば、一気に、この劣勢を逆転する起爆剤になる……」

「――つまり、紅血騎士団は『とっておき』というわけか」

 相変わらず鋭い目つきと迫力ある口調でコウメイを圧倒するラミアに、コウメイはコクコクと何度もうなずく。

「そう。そういうことなら、鬱憤が溜まっている紅血騎士をきちんと言い聞かせなくてはいけないわね~」

 コロリと表情と口調を変えて、ラミアはコウメイの首に突き付けた『紅蓮』を鞘にしまう。

「うふふ。コウメイが紅血騎士団の活躍の場を作ってくれること、期待しているわぁ~。いつでも動けるようにしておくから、いつでも声を掛けなさいねぇ~」

 それが聞きたかったことなのか、コウメイの返答に納得したラミアは、そのままスタスタと歩き去っていった。

「こ、こここ……こえーよ!」

 1人残されたコウメイは、爆発して弾けそうになるんじゃないかと思うくらいに激しく脈打つ心臓を抑えながら、本気で涙を流していた。今回はディードがこの場に居合わせなかったため、本気で殺されるかと思ったのだった。

 紅血騎士団は、攻撃全振りという扱いづらい性能に、最高責任者があんな感じの性格で、更には主戦力である龍牙騎士団の面々とは折り合いが悪くトラブルが続出している。聖アルマイトが誇る強力な軍隊のはずなのに、扱い辛いことこの上ない。

 人材不足と紅血騎士団の扱い――この2つが、コウメイの目下の悩みであった。
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