【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第1章『3領地同時攻防戦』編

第6話 龍牙騎士と紅血騎士

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「全く、今回ばかりは殿下が考えられていることが分からぬっ!」

 龍牙騎士ルエンハイム=アウグストスは憤慨をあらわにして不平不満をこぼした。

 叙勲式が終わり、彼は王宮内の廊下を歩いていた。年齢は20代中盤での、精悍な顔つきをした若者である。

 常に騎士らしく冷静沈着であるべきとされる龍牙騎士であるはずだが、その足取りは、怒りがにじみ出ているように、荒々しいものとなっていた。

「まーまー、そんなカリカリしなさんなって。どーせルエン君が怒っているのは、ミリアム姐さんのことでしょう?」

 ルエンハイムとは対照的に、軽い態度で隣を歩くのは、彼と同じ龍牙騎士であるデイ=シュラウムだ。同じ龍牙騎士で、同年代で、同じ鎧を着ているが、その体躯がまるで違うため、兄弟――いや、親子のようにすら見える。外見は全く似ていないが。

 ちなみに大きいのがルエンハイム、小さいのがデイである。

 そんなデイを睨みつけるように振り返るルエンハイム。

「違うっ! 断じて違うぞ、デイ! 俺は純粋に今回の龍騎士叙勲について納得がいかんのだ! コウメイ元帥やジュリアス副長はともかく――あのリューイとかいうガキは何者なんだっ! お二人とは違って戦果など何も残していない、あれはどこかの片田舎の平民風情じゃないか! イルスガンド家など、耳にしたこともない」

「あー、そういう貴族とか平民とかいう言い方、カリオス殿下がいっちばん嫌うよー」

「構うものかっ!」

 吐き捨てるようにそう言うルエンハイムの後に、デイは両手を頭の後ろにやりながら、とことことその後ろに続いて歩く。

 第2王女派の内乱、その緒戦であったグラシャス領の戦い。

 現地のグラシャス侯爵の軍勢に加えて、ジュリアス率いる龍牙騎士団の部隊が派遣されて、第2王女派の部隊を迎え撃ったが、あえなく領土は第2王女派に奪われてしまった。

 そして、グラシャス侯爵及びジュリアスは王都へと軍勢を引き上げた。

 聖アルマイト内外において、この戦いは第1王子派の惨敗とされている。その結果の第1報を聞いた際には、ルエンハイムもそう思った。

 しかし蓋を開けてみれば、領民含めてこちら側の被害は極少。逆に極めて不利な撤退戦だったにも関わらず相手側には甚大な被害を与えたという。領土を奪われたという被害は決して小さくはないため、カリオスが言う「大勝利」とはさすがに言えなくとも、少なくとも痛み分け以上の結果であったのではないか。

 元々将軍格だったジュリアスが、この戦果により副騎士団長に任命されたのは、当然のことだろう。ルエールの戦線離脱により、副団長だったクルーズが騎士団長を引き継いだが、そのまま副騎士団長の座を空位のにしておく方がむしろ問題である。ジュリアスであれば、年齢はまだ若いものの、副団長としての才覚は充分に持っている。

 そしてコウメイは、よく知る人物ではないが、もともとルエールが騎士団長付として目をかけていたということは知っている。先般のミュリヌス領を巡る戦いでは軍師的な役割を果たし、カリオスの信頼を勝ち得た男だという。

 グラシャス領の戦いの絵図もコウメイが描いたものだという。正直、戦略家として、政治家として、元帥足り得るか見極めるのはこれからだが、何よりカリオスとルエールの眼鏡に適った人物という意味では、信頼が置ける。

 しかし、リューイ=イルスガンドには、何もない。

 聞けば、例のルエール部隊だかミュリヌス攻略部隊だかに抜擢された新人の龍牙騎士という、それだけでの若造という話ではないか。

 どうしてカリオスは、そんな人物に“龍騎士”という、ある意味では龍牙騎士団副団長や大元帥よりも、重大で栄誉ある称号を与えたのか。

 カリオスの言では、龍騎士はあくまで称号に過ぎず、決してリューイが自分達の上司になるわけでもなければ、自分達への命令権も有さない。そもそも龍牙騎士団から外れて別部隊ーー王下直轄部隊へと転属となるらしいので、はっきり言って直接関わる可能性は少ないだろう。

 それでもルエンハイムは納得出来るはずがなかった。

 龍騎士とは、全ての龍牙騎士が目指す憧れの存在である。何よりも強く、誰よりも信頼されている人間でなければいけないのだ。

「ルエン君はミリアム姐さんラブだもんね。ルエール団長が倒れたこのタイミングでの龍騎士叙勲っていうから、ミリアム姐さんだと思ったでしょう?」

「他に誰が相応しいというのだ! 美しさと可憐さと強さを併せ持った最強の龍牙騎士ではないか。間違いなく、ルエール騎士団長の後を継ぐに相応しき御方だった。それなのに――!」

 ミリアム=ティンカーズ。

 前龍牙騎士団長ルエール=ヴァルガンダルが手塩にかけて育て、懐刀としていた女性の龍牙騎士。騎士団の中でも、同僚のランディ=レイコープと並んでルエールに次ぐ程とされていた程の人物だ。

 しかしランディはミュリヌス攻略部隊に参加し、現地で戦死したという情報が龍牙騎士団内にもたらされた。更にミリアムに関しては“行方不明”とされていた。ジュリアスと合わせて次世代の龍牙騎士の柱となっていただろう3人の内の2人がいなくなったということになる。

 もっとも、戦死したランディについては国内に広く情報が通っているが、ミリアムに関しては龍牙騎士団内の情報に留まっている。動揺をこれ以上広げないため、というコウメイ元帥からのお達しがあったのだ。だからあの叙勲式で、龍騎士の叙勲を受けるのがミリアムだと予想した人間も、龍牙騎士団以外の人間の中には少ならからずいただろう。

「そもそも、だ。リリライト第2王女殿下が反乱などと、一体何の冗談だというのだ。どうしてランディ先輩が死んで、ミリアム先輩が行方不明にならなければならない?」

「本当だよねー。にいさま、にいさまー♡なんて言ってたリリライト殿下が、カリオス第1王子を討つ――って、もうコメディだよね。でも、残念ながら実際に戦争は起こっているわけで、現実なんだけどさ」

 終始憤慨しているルエンハイムと同じように、終始おどけたような軽い態度で受け答えをするデイ。

 しかしそのデイは、ニヤリと歪んだ喜悦に染まった笑みを浮かべる。

「ま、王位を巡って兄妹が骨肉の争いを繰り広げるなんて、ようやく面白くなってきたよね。こりゃ、ネルグリア帝国との戦争の時とは比べ物にならないくらい、死人が出るね。楽しみだなー」

「――は? 何か言ったか?」

「ううん。べっつにー」

 誰にともなく呟いたデイの言葉が耳に届かなかったルエンハイムは「そうか」と一言だけこぼして、それ以上気にする様子はなかった。デイも、いつの間にか、つい先ほどまでのおどけた表情に戻っている。

 そうして2人が王宮内の廊下を歩いていると、前の方から歩いてくる1人の騎士が見えてくる。

 龍牙騎士団の特徴色は緑であり、ルエンハイムやデイが身に付けている鎧もその色をベースにしている。しかし目の前から歩いてくる騎士の鎧の色は赤――それは、ラミア第1王女率いる紅血騎士団の特徴色だ。

「よう、緑の」

「なんだ、赤いの」

 そのやり取りと言葉だけで、お互いが不仲であることが明らかだった。そんな相変わらずな同僚の憮然とした態度に、側にいたデイは胸中でため息を漏らす。

 ルエンハイムを睨みつけるようにしてくる紅血騎士の名はオマイ=レイディナル。体躯はルエンハイムと同じくらいで、顔ははっきり言って凶暴ないかつい顔つきをしている。短い茶髪を逆立てているのも野性味を強調していて、はっきり言って紅血騎士の騎士鎧を着ていなければ、ゴロツキそのもので、とても騎士には見えない。

「なーに、ネルグリア帝国との一戦以来の本格的な戦争だ。紅血は出陣を今か今かと待ち望んでいるが……緑の方は、ボスがやられて怖気づいているって噂を聞いてなぁ。心配してやってんだよ」

「貴様! ルエール団長を愚弄するか!」

 相手を揶揄するような言い方のオマイに、思わずルエンハイムは腰の件に手をかける。

「ち、ちょっとちょっとルエン君。洒落にならないっしょー。ここ、王宮内」

「ふん! 俺は構わねえぞ」

「ちょっとー、オマイさん」

 制止に入るデイを嘲笑うように挑発してくるオマイ。そんな彼に、ルエンハイムはますます表情を険しくする。

「ルーエル団長、か。周りに黙ってこそこそ動き回って、いざ蓋を開けてみたらあのリリライト王女が反乱だぁ? 挙句の果てに、てめーが贔屓していたあのクソ生意気なミリアムが行方不明になって、ランディが死んだだと? そちらさんの大将は何をやらかしたんだかねぇ。ま、紅血としては、戦争が始まって大歓迎だけどよ」

「おのれ、許さん!」

 なおも挑発を止めないオマイに、ルエンハイムが腰の鞘から剣を滑らせるように抜く。

 ――が、そこまでだった。

 音もなく、両者の間に1人の屈強な騎士が割って入ると、剣を握ったルエンハイムの手を取る。

「デ、ディード将軍っ……!」

 手を取られたルエンハイムは顔を驚愕に染める。

 間に入ったのは、赤い紅血騎士の鎧を身に付けた大柄の男。

 その顔は、聖アルマイト王国内――いや国外の人間でも、武人であればその名を知らない者はこの大陸に存在しないだろう。

 聖アルマイト王国3騎士の末席に名を連ねる紅血騎士団騎士団長、そして『王国最強の騎士』ディード=エレハンダーだった。

「あらあら~。楽しそうなことをしているわね~。私も混ぜてもらえないかしらぁ~?」

「「「げ」」」

 続いて、緊張感に満ちた場の空気に似合わない、のんびりと間延びした声が聞こえてくる。その声をした方を向くと、深紅のドレスに身を包み、柔和な笑みを浮かべた貴婦人がすたすたと歩いてくる。

 顎に手をよせ、優雅な笑みを浮かべている彼女は、聖アルマイト王国第1王女――すなわち国王代理のカリオスの実妹であり、現在の聖アルマイト王国の権力者としては彼に次ぐ2番手。『鮮血の姫』とあだ名される、ラミア=リ=アルマイトだった。

「ど、どうしてオマイさんまで『げ』なんですか。あんたらのボスでしょう?」

「う、うるせぇ! お前もあの姫さんの性格は知ってんだろうが。俺はあの姫さん苦手なんだよ」

 ラミア達には聞こえないように、ヒソヒソと話すオマイとデイを面白そうに眺めているラミア。

「今回の件、龍牙騎士達の心情も理解出来ないわけではない。しかし、何があろうと王宮内で剣を抜くなど、言語道断だ。龍牙騎士としての誇りと矜持を忘れるな」

「……申し訳ございません」

 掴まれていた手を離されたルエンハイムは、力なくそう答えると、そのまま剣を鞘に収めた。その様を、にやにやとしながら見つめているオマイ。

「オマイ、貴様もつまらない挑発など控えろ。この聖アルマイト危急存亡の時に龍牙騎士も紅血騎士もない。一致団結して事に当たらねばならない時に、みだりに和を乱すような真似は止めろ」

 素直に引き下がったルエンハイムとは逆に、オマイは不満そうな表情を隠しもせずにディードに訴える。

「でもよー、将軍。今回のカリオス殿下や龍牙騎士の連中はどうも胡散くせぇ。ミュリヌスのことは、ほとんど説明がねえし。コウメイとかいう新しい元帥閣下殿も、なんか色々理屈ならべてやがったけど、結局は白薔薇騎士団とヘルベルトの傭兵部隊にグラシャス領を奪われただけだろう? 文句の1つや2つ――」

「なるほど、なるほど~。つまり、オマイは兄様――カリオス国王代理に対して反逆の意が有り、ということねぇ~。分かったわぁ~」

 突然割り込んできたラミアの言葉に、ディード含めてその場の全員がギョッとしてラミアに注目する。

 案の定、ラミアは既に――ドレス姿にも関わらず腰に下げていた鞘から――深紅の剣、神器『紅蓮』を抜いていた。

 真っ赤に染まったその刀身は、音が出るほど激しい高温の炎を纏っており、少し離れた位置にいるディードらにもその熱が伝わってくる。

 その炎の光に照らされて明るくなっているラミアの瞳は、蘭々と輝いており、残忍な色を放っていた。

「あの、王宮内で剣を抜くはご法度だと、そちら様の護衛騎士様がおっしゃっておりましたが――」

「あはは~。リリライトの前に、まずは貴方の首をカリオス国王代理の前に差し出しましょう。さ、大人しくしていれば苦痛なく、首と胴を切断した後にその身体を灰塵に帰してあげますよぉ~」

 デイの弱弱しい訴えなど全く無視。嬉々とした表情で燃え盛る神器を振り上げるラミア。その表情に、冗談や脅しといった意味合いは全くない。本気そのものである。

「ひ、ひいいいいいっ!」

 そのラミアの迫力に、本気の怯えた声を出すオマイ。その声で我に返ったか、ディードははっとしながらラミアの前に進み出る。

 神器から発せられる炎の熱に顔をしかめつつ、そして若干呆れの色を混ぜながら

「ラミア王女殿下、お戯れはそこまでで。この程度の不平不満をいちいち取沙汰されては、紅血騎士は1人もいなくなります」

 その発言もなんだか問題のような気がするものの、ディードのその物静かで冷静沈着な指摘に、ラミアは剣を振り上げたまま「ん~」と考えた後に、大人しく『紅蓮』を鞘にしまう。

 するとそれまで煌々と明るく燃え続け、その場にいる面々の皮膚を焼く程の熱を放っていた炎は嘘のように鎮まり、平常の静かな王宮内の廊下に戻る。

「それもそうねぇ~。まあ、今回は見逃すとしましょうかぁ。ただし、オマイ。今後は余計なことを考えずに、戦って相手を殺すことだけを考えるのねぇ~。私も、あなたの戦果には期待しているわよぉ~」

「は、はっ……!」

 そのラミアの言葉に、慌てて身体を折って、騎士らしく王族への敬意を見せるオマイ。その彼を見てラミアは「よろしい」と言うと、そのままディードを伴ってその場を後にした。

 残されたルエンハイム、デイ、オマイの3人。

 ラミアとディードがいなくなった後、ルエンハイムとオマイの2人は再びにらみ合うと、「ふん!」と吐き捨てるように言いながら、お互い反対方向へ歩みを進める。ちなみに、デイはルエンハイムの後に続いていく。

 聖アルマイト王国建国当初から創設された歴史ある龍牙騎士団と、近年ラミア=リ=アルマイトによって新設された戦闘特化部隊である紅血騎士団。同じ国内の騎士団ではあっても、それぞれ特徴も性格も違う。

 これはルエンハイムとオマイに限ったことではなく、龍牙騎士そのものと紅血騎士そのものの対立の縮図ともいえる一事だった。

 カリオスにカリスマがあるといえど、彼も完璧な人間ではない。むしろその強引さは、少なからず末端の人間に対して不平不満を抱かせることとなる。それだけであれば、よくある政治的な一問題に過ぎないのだが--

 グスタフという強大な敵を前にしているこの状況下ーー一致団結を求められている第1王子派は、未だ一枚岩になりきれずにいたのだった。
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