5 / 143
第1章『3領地同時攻防戦』編
第5話 龍騎士叙勲
しおりを挟む
聖アルマイト王国・王都ユールディア。
その日、その王城の最上階最奥部にある王の間では、叙勲式が行われていた。
「コウメイ=ショカツリョウ」
王宮内の高級官僚や各地の有力諸侯が集うその場で、叙勲対象の名を呼ぶのはカリオス=ド=アルマイト国王代理である。
現国王ヴィジオール=ド=アルマイトの長男、第1王子にして病床にある父の代理を務める、現在の聖アルマイトにおける実質的な最高権力者である。
カリオスはいつもに増して豪奢な装飾品に飾られた王族の服を身にまとっている。頭には似合わない王冠までかぶり、堂々とした王たる態度で玉座に鎮座していた。
国王代理に呼ばれて進み出てきたのは1人の若者ーー年齢にして20代半ば頃といったところだろうか。わずかにくせがついた耳を覆い隠すまでの黒髪が印象的な、おおよそ美男子といって差し支えない人物だった。
彼ーーコウメイ=ショカツリョウは、王宮内でもトップクラスの人間のみが着る礼服に身をまとい、玉座に座るカリオスの前に進み出る。
「貴君を第7代聖アルマイト王国大元帥、そして王下直轄部隊の総指揮官に任ずる」
そう言いながら立ち上がるカリオス。
そうしてから、カリオスの側に控えていた侍従官が近寄る。その侍従官が両手に乗せているのは、鞘におさめられているナイフのような小さい剣である。小さくはあるが、高価な宝石や豪奢な装飾が施されている、見た目から明らかに高級品である。
カリオスは侍従官からそれを受け取ると、目の前で膝をつくコウメイに差し出す。
「謹んでお受け致します」
いつもの彼らしからぬ、粛々とした声と態度であった。コウメイは両手で持ってその宝剣を受け取ると、立ち上がってカリオスに一礼。そのまま一歩後ろに下がると、身体の向きをくるりと回し、王の間に控えている面々に向かって見せつけるように、宝剣を鞘から抜いて上に掲げる。するとその銀色の刀身が光を反射させる。
そのコウメイの所作に、その場にいる者達が拍手を送る。
「この度、新たに創設する部隊――「王下直轄部隊」の総指揮官という立場は、各騎士団長に相当する。そして大元帥は聖アルマイト王国の軍事面に関する全ての最高責任者だ。龍牙・紅血・旧白薔薇の騎士団長及び騎士は全てコウメイの指揮下に入る。騎士・兵士各位には、コウメイ指揮の下一致団結して、今回の内乱鎮圧にあたることを望む」
カリオスの言葉に、拍手の音はより一層大きくなっていく。
しばらくはそのコウメイの叙勲を賞賛する音が王の間に鳴り響き、そしてその波が引いたタイミングで、コウメイは再びカリオスに向き返って一礼してから下がると、王の間に立ち居並ぶ面々の中へと混ざっていく。
「次は、ジュリアス=ジャスティン」
「――はっ」
洗練された短い声を出して、次にカリオスの前に進み出てきた人物――聖アルマイト王国の貴族には多い金髪を、肩程度まで伸ばした男性。年齢は先ほどのコウメイより同等かそれ以上といったところ。
かつては、顔つきや普段の言葉遣い・態度から典型的な「優男」といったイメージだったジュリアス。しかし今の彼がつけている、顔の右半分程を覆う武骨な眼帯が、そのかつてのイメージを遠ざけていた。
「優男」から転じて、その風貌は数多もの戦場を駆け巡った屈強の戦士そのものである。実際中身はそうなのだから、眼帯を必要とする程の重傷を負ったことで、ようやく外見が中身に追いついたということになるのだろうか。皮肉なものである、と今のジュリアスを見て誰かがふと漏らしたことがある。
「グラシャス領での貴君の働き――多くの領民を救い保護したことは、今回の戦闘において比類なき戦果である。その功績を称え、龍牙騎士団副騎士団長へと任ずる」
次にカリオスが側の侍従官から受け取ったのは、龍の片翼を形どった紋章だった。それこそが龍牙騎士団副団長の証である。
代々、龍牙騎士を輩出してきたジャスティン家だったが、未だかつて副団長の地位まで駆け上がることが出来た者はいない。聖アルマイト王国の騎士として、身に余る光栄にジュリアスは思わず身を震わす。
――しかしすぐに気を引き締めて、両手で持って恭しく副団長の証である龍の片翼の紋章を受け取った。
「今後も、及ばずながらこの身命を賭して微力を尽くすことを誓います。龍牙騎士として、今までと変わらぬ誓いを――我が剣は、聖アルマイト国家と国民のために捧げます」
副騎士団長の叙勲を受けたジュリアスは、カリオスと王の間に集まる面々へ誓いの言葉を述べると、コウメイと同じようにその証を上に掲げる。
そして、コウメイの時と同じように、その叙勲を祝う拍手が王の間の中に広がっていく。
「――さて、と」
コウメイ、ジュリアスの両者が皆に称えられて下がっていくのを見ながら、カリオスはポンと膝を叩く。
「以上で、第2王女派との緒戦――グラシャス領の戦いにおける功労者への褒賞は終わりだ。特に最後の2人は本当によくやってくれた。今後の戦いにも期待している。
そしてこの大変な時に、諸侯各位もよく集まってくれた。礼を言う。
それではこれにて解散――と言いたいところだが、実はもう1つ叙勲の話がある」
それまでの厳粛とした雰囲気から一転、いつもの気さくなカリオスに戻ったと思えば、その場にいるほとんどの者が聞いていなかった突然の言葉に、王の間はざわつく。
「今回の内乱への対処にあたって、軍編成や人員配置を抜本的に見直したのは分かっているな。王下直轄部隊の新設や、元帥職の復活もその一環なんだが--その中で、俺が見込んだ奴がいる。今この場で、そいつへの叙勲を行う。与える称号は、“龍騎士”だ」
そのカリオスの宣言に、王の間のざわつきはより一層強まる。
龍騎士。
“龍”という文字や言葉が格別の意味を持つ聖アルマイト王国において、その名を冠する龍騎士は、この国の騎士としては最上級の栄誉である。
龍に関する聖アルマイト王国の歴史を紐解くならば、それは魔王アゼルゲスが大陸を支配していた暗黒時代に遡ることとなる。
魔王アゼルゲスは圧倒的で強大な魔力と軍勢を持っており、その恐怖でもって人類を支配下に置いた。確かに魔王の力に因るところは大きかったが、人類がいとも簡単に魔王の支配を許したのは、それだけではなかった。
魔王は伝説の存在とされる“龍”を、魔界から引き連れてきて、人類への支配に協力させたのだった。魔王に味方した“龍”を人々は魔龍と呼び、恐れおののいた。
魔王と魔龍の絶対的な支配に対して、救いの手を差し伸べたのも、また同じ“龍”だったのだ。
絶望していた人類の中から、後に英雄と呼ばれる4人の英雄達が立ち上がると、それに呼応するかのごとく“龍”も魔王と魔龍へ反抗を始めた。人類を虐げた魔龍に対して、人類に味方した龍を、人々は聖龍と呼んだ。
残念ながら聖龍は魔王との最終決戦の前にその命を落とすものの、その身を挺して魔龍を倒して人類を守った。聖龍の存在なくして、英雄達――人類の勝利は成し得なかったと伝えられている。
人々は、そんな聖龍の存在を敬い称え、いつしか“龍”は聖アルマイト王国の守護神として崇められるようになり、聖アルマイトにおいてその名は栄誉の極みを意味することとなったのだ。
そんな聖アルマイトの守護神の名を冠する騎士が、”龍騎士”なのである。
初代龍騎士は、4人の英雄の1人でもあるヴァルガンダル家の始祖が務めたというが、近年でその叙勲を受けた者の記録はない。代々のヴァルガンダル家の中でも突出した実力と才能を持っているとされていたルエールでさえ、ヴィジオールから叙勲の話を打診された時に、身に余る称号だと辞退した程のものだ。
聖アルマイト王国において、龍騎士というのはそれほどに重い称号なのだ。
「リューイ=イルスガンド」
カリオスが呼ぶその名に、王の間のざわめきはどよめきへと変わる。
言わずもがな、龍騎士の筆頭候補はルエール=ヴァルガンダル。しかし当の本人は今も生死の境を彷徨う程の危険な状態だという。ならば、それに次ぐのは『王国最強の騎士』ディード=エレハンダーか。戦闘力でいえば、神器『紅蓮』を手にしたラミアもディードに引けを取らないが、王族が騎士の称号を受けるものなのか。それともルエールが手塩にかけて育てていたというミリアム=ティンカーズか。
その、ことごとくの予想を裏切り、カリオスから発せられた名前は誰も知ることのない名前。
カリオスに呼ばれて進み出てきた、その姿を見て、さらにその場の面々は驚愕する。
まだ少年の面影すら残した若い騎士だ。まるでつい最近騎士になったばかりの新人騎士のよう。立ち居振る舞いも、礼儀正しくはあるものの、貴族のそれでないというのは誰にでも分かる。まさか貴族ですらない、平民なのであろうか。
その全てが正解だった。
彼、リューイ=イルスガンドは昨年龍牙騎士団に入団したばかりの、平民出身の新人騎士だった。
「今より、リューイ=イルスガンドへ龍騎士の称号を与える。同時に龍牙騎士としての任を解き、新たに王下直轄部隊への転属及びコウメイ=ショカツリョウ大元帥の護衛騎士として任命する。――龍牙真打をここに」
目の前で膝をつくリューイに対してカリオスが言うと、侍従官は両手で大事に抱きしめるようにしながら、1本の長剣を運んでくる。
白い鞘に収まったその剣を、侍従官から受け取るカリオス。それをリューイへ差し出すように、剣を持った手を、彼に向けて伸ばす。
「龍牙真打――その名の通り、龍の……龍騎士の牙となり、敵を砕き貫く剣だ。龍騎士のみ持つことが許されるこの剣を授ける」
「……はっ」
頭を深々と下げて、堅い声色で返事をするリューイは、ひざをついたままカリオスを見上げ、両手でその剣を受け取る。
「ここにいる連中に見せてやれ。龍騎士の証を」
それまでの堅苦しい空気から表情を一変させて、緩い笑みをこぼすカリオス。そのカリオスの言葉にリューイは黙ってうなずくと、後ろに振り向いて、白い鞘から龍騎士の剣――『龍牙真打』の刀身を晒す。
鞘から抜かれたその刀身は、透き通るような翡翠色。淡い緑の光を帯びているようにすら見える。その美しい刀身を目の当たりにした、そこにいた面々は例外なく息を飲み、見入るのだった。
「龍牙真打は、龍の心臓と言われる『龍輝石』から作られている。『龍輝石』は、人の心を、想いを力に変える力を持った特殊な石だと言われている――お前のその龍騎士の誇り、そして愛すべき者を救わんとする強い思いが、これからの戦いにおいて聖アルマイトに勝利をもたらすことを期待している」
背後からカリオスが、龍騎士の剣の言い伝えを解説すると、リューイは龍牙真打を鞘に収める。そしてカリオスに振り向いて、再び膝をつくと
「この身と魂を賭けて、カリオス国王代理のご期待に沿えるべく邁進いたします。龍騎士リューイ=イルスガンドとして、私が救いたいと思う人々を必ず救い、守り抜くことを誓います」
そのリューイの誓いの言葉に、カリオスが満足そうな笑みを浮かべてうなずいた。
「リューイも、そしてここにいる他の連中も、よく理解しておいてほしい。龍騎士という称号は、龍牙・紅血・白薔薇とは一線を画する騎士。それゆえに、強力な特権を与えている--とはいっても、龍騎士は他人に対する命令権は一切有さない。龍騎士が持つ特権は唯一つだけ――誰の命令であれ従う必要がないこと。つまり、戦場では己の個人の意志で戦うことを許される特別な騎士だ」
それはカリオスが今この場で決めたことではなく、代々の龍騎士へ与えられる特権である。しかしそもそも龍騎士の叙勲自体が長年無かったわけで、初めてその特異な内容を耳にする者も少なくない。誰もが狼狽えているようだった。
「ただ、龍騎士の称号持ちとはいっても、組織編成上は王下直轄部隊――俺と元帥の指揮下に入る。まあ、そもそも元帥の護衛騎士も兼任するわけだしな。というわけで、龍騎士リューイに命令が出来るのは、俺とコウメイの2人だけってわけだ。そこら辺は、よくよく弁えておいてくれよ」
龍牙真打を与えたところで、いつものフランクな口調と態度に戻るカリオスは、気楽な様子でリューイに笑いかける。それを見て、リューイもようやく緊張が解けたのか、さすがに笑うまではいかないが、表情が若干緩んでいく。
「――さあ、久々の龍騎士の誕生だ。これで勢いづいて、戦況を跳ね返すぞ。ここからが正念場だ!」
その日、その王城の最上階最奥部にある王の間では、叙勲式が行われていた。
「コウメイ=ショカツリョウ」
王宮内の高級官僚や各地の有力諸侯が集うその場で、叙勲対象の名を呼ぶのはカリオス=ド=アルマイト国王代理である。
現国王ヴィジオール=ド=アルマイトの長男、第1王子にして病床にある父の代理を務める、現在の聖アルマイトにおける実質的な最高権力者である。
カリオスはいつもに増して豪奢な装飾品に飾られた王族の服を身にまとっている。頭には似合わない王冠までかぶり、堂々とした王たる態度で玉座に鎮座していた。
国王代理に呼ばれて進み出てきたのは1人の若者ーー年齢にして20代半ば頃といったところだろうか。わずかにくせがついた耳を覆い隠すまでの黒髪が印象的な、おおよそ美男子といって差し支えない人物だった。
彼ーーコウメイ=ショカツリョウは、王宮内でもトップクラスの人間のみが着る礼服に身をまとい、玉座に座るカリオスの前に進み出る。
「貴君を第7代聖アルマイト王国大元帥、そして王下直轄部隊の総指揮官に任ずる」
そう言いながら立ち上がるカリオス。
そうしてから、カリオスの側に控えていた侍従官が近寄る。その侍従官が両手に乗せているのは、鞘におさめられているナイフのような小さい剣である。小さくはあるが、高価な宝石や豪奢な装飾が施されている、見た目から明らかに高級品である。
カリオスは侍従官からそれを受け取ると、目の前で膝をつくコウメイに差し出す。
「謹んでお受け致します」
いつもの彼らしからぬ、粛々とした声と態度であった。コウメイは両手で持ってその宝剣を受け取ると、立ち上がってカリオスに一礼。そのまま一歩後ろに下がると、身体の向きをくるりと回し、王の間に控えている面々に向かって見せつけるように、宝剣を鞘から抜いて上に掲げる。するとその銀色の刀身が光を反射させる。
そのコウメイの所作に、その場にいる者達が拍手を送る。
「この度、新たに創設する部隊――「王下直轄部隊」の総指揮官という立場は、各騎士団長に相当する。そして大元帥は聖アルマイト王国の軍事面に関する全ての最高責任者だ。龍牙・紅血・旧白薔薇の騎士団長及び騎士は全てコウメイの指揮下に入る。騎士・兵士各位には、コウメイ指揮の下一致団結して、今回の内乱鎮圧にあたることを望む」
カリオスの言葉に、拍手の音はより一層大きくなっていく。
しばらくはそのコウメイの叙勲を賞賛する音が王の間に鳴り響き、そしてその波が引いたタイミングで、コウメイは再びカリオスに向き返って一礼してから下がると、王の間に立ち居並ぶ面々の中へと混ざっていく。
「次は、ジュリアス=ジャスティン」
「――はっ」
洗練された短い声を出して、次にカリオスの前に進み出てきた人物――聖アルマイト王国の貴族には多い金髪を、肩程度まで伸ばした男性。年齢は先ほどのコウメイより同等かそれ以上といったところ。
かつては、顔つきや普段の言葉遣い・態度から典型的な「優男」といったイメージだったジュリアス。しかし今の彼がつけている、顔の右半分程を覆う武骨な眼帯が、そのかつてのイメージを遠ざけていた。
「優男」から転じて、その風貌は数多もの戦場を駆け巡った屈強の戦士そのものである。実際中身はそうなのだから、眼帯を必要とする程の重傷を負ったことで、ようやく外見が中身に追いついたということになるのだろうか。皮肉なものである、と今のジュリアスを見て誰かがふと漏らしたことがある。
「グラシャス領での貴君の働き――多くの領民を救い保護したことは、今回の戦闘において比類なき戦果である。その功績を称え、龍牙騎士団副騎士団長へと任ずる」
次にカリオスが側の侍従官から受け取ったのは、龍の片翼を形どった紋章だった。それこそが龍牙騎士団副団長の証である。
代々、龍牙騎士を輩出してきたジャスティン家だったが、未だかつて副団長の地位まで駆け上がることが出来た者はいない。聖アルマイト王国の騎士として、身に余る光栄にジュリアスは思わず身を震わす。
――しかしすぐに気を引き締めて、両手で持って恭しく副団長の証である龍の片翼の紋章を受け取った。
「今後も、及ばずながらこの身命を賭して微力を尽くすことを誓います。龍牙騎士として、今までと変わらぬ誓いを――我が剣は、聖アルマイト国家と国民のために捧げます」
副騎士団長の叙勲を受けたジュリアスは、カリオスと王の間に集まる面々へ誓いの言葉を述べると、コウメイと同じようにその証を上に掲げる。
そして、コウメイの時と同じように、その叙勲を祝う拍手が王の間の中に広がっていく。
「――さて、と」
コウメイ、ジュリアスの両者が皆に称えられて下がっていくのを見ながら、カリオスはポンと膝を叩く。
「以上で、第2王女派との緒戦――グラシャス領の戦いにおける功労者への褒賞は終わりだ。特に最後の2人は本当によくやってくれた。今後の戦いにも期待している。
そしてこの大変な時に、諸侯各位もよく集まってくれた。礼を言う。
それではこれにて解散――と言いたいところだが、実はもう1つ叙勲の話がある」
それまでの厳粛とした雰囲気から一転、いつもの気さくなカリオスに戻ったと思えば、その場にいるほとんどの者が聞いていなかった突然の言葉に、王の間はざわつく。
「今回の内乱への対処にあたって、軍編成や人員配置を抜本的に見直したのは分かっているな。王下直轄部隊の新設や、元帥職の復活もその一環なんだが--その中で、俺が見込んだ奴がいる。今この場で、そいつへの叙勲を行う。与える称号は、“龍騎士”だ」
そのカリオスの宣言に、王の間のざわつきはより一層強まる。
龍騎士。
“龍”という文字や言葉が格別の意味を持つ聖アルマイト王国において、その名を冠する龍騎士は、この国の騎士としては最上級の栄誉である。
龍に関する聖アルマイト王国の歴史を紐解くならば、それは魔王アゼルゲスが大陸を支配していた暗黒時代に遡ることとなる。
魔王アゼルゲスは圧倒的で強大な魔力と軍勢を持っており、その恐怖でもって人類を支配下に置いた。確かに魔王の力に因るところは大きかったが、人類がいとも簡単に魔王の支配を許したのは、それだけではなかった。
魔王は伝説の存在とされる“龍”を、魔界から引き連れてきて、人類への支配に協力させたのだった。魔王に味方した“龍”を人々は魔龍と呼び、恐れおののいた。
魔王と魔龍の絶対的な支配に対して、救いの手を差し伸べたのも、また同じ“龍”だったのだ。
絶望していた人類の中から、後に英雄と呼ばれる4人の英雄達が立ち上がると、それに呼応するかのごとく“龍”も魔王と魔龍へ反抗を始めた。人類を虐げた魔龍に対して、人類に味方した龍を、人々は聖龍と呼んだ。
残念ながら聖龍は魔王との最終決戦の前にその命を落とすものの、その身を挺して魔龍を倒して人類を守った。聖龍の存在なくして、英雄達――人類の勝利は成し得なかったと伝えられている。
人々は、そんな聖龍の存在を敬い称え、いつしか“龍”は聖アルマイト王国の守護神として崇められるようになり、聖アルマイトにおいてその名は栄誉の極みを意味することとなったのだ。
そんな聖アルマイトの守護神の名を冠する騎士が、”龍騎士”なのである。
初代龍騎士は、4人の英雄の1人でもあるヴァルガンダル家の始祖が務めたというが、近年でその叙勲を受けた者の記録はない。代々のヴァルガンダル家の中でも突出した実力と才能を持っているとされていたルエールでさえ、ヴィジオールから叙勲の話を打診された時に、身に余る称号だと辞退した程のものだ。
聖アルマイト王国において、龍騎士というのはそれほどに重い称号なのだ。
「リューイ=イルスガンド」
カリオスが呼ぶその名に、王の間のざわめきはどよめきへと変わる。
言わずもがな、龍騎士の筆頭候補はルエール=ヴァルガンダル。しかし当の本人は今も生死の境を彷徨う程の危険な状態だという。ならば、それに次ぐのは『王国最強の騎士』ディード=エレハンダーか。戦闘力でいえば、神器『紅蓮』を手にしたラミアもディードに引けを取らないが、王族が騎士の称号を受けるものなのか。それともルエールが手塩にかけて育てていたというミリアム=ティンカーズか。
その、ことごとくの予想を裏切り、カリオスから発せられた名前は誰も知ることのない名前。
カリオスに呼ばれて進み出てきた、その姿を見て、さらにその場の面々は驚愕する。
まだ少年の面影すら残した若い騎士だ。まるでつい最近騎士になったばかりの新人騎士のよう。立ち居振る舞いも、礼儀正しくはあるものの、貴族のそれでないというのは誰にでも分かる。まさか貴族ですらない、平民なのであろうか。
その全てが正解だった。
彼、リューイ=イルスガンドは昨年龍牙騎士団に入団したばかりの、平民出身の新人騎士だった。
「今より、リューイ=イルスガンドへ龍騎士の称号を与える。同時に龍牙騎士としての任を解き、新たに王下直轄部隊への転属及びコウメイ=ショカツリョウ大元帥の護衛騎士として任命する。――龍牙真打をここに」
目の前で膝をつくリューイに対してカリオスが言うと、侍従官は両手で大事に抱きしめるようにしながら、1本の長剣を運んでくる。
白い鞘に収まったその剣を、侍従官から受け取るカリオス。それをリューイへ差し出すように、剣を持った手を、彼に向けて伸ばす。
「龍牙真打――その名の通り、龍の……龍騎士の牙となり、敵を砕き貫く剣だ。龍騎士のみ持つことが許されるこの剣を授ける」
「……はっ」
頭を深々と下げて、堅い声色で返事をするリューイは、ひざをついたままカリオスを見上げ、両手でその剣を受け取る。
「ここにいる連中に見せてやれ。龍騎士の証を」
それまでの堅苦しい空気から表情を一変させて、緩い笑みをこぼすカリオス。そのカリオスの言葉にリューイは黙ってうなずくと、後ろに振り向いて、白い鞘から龍騎士の剣――『龍牙真打』の刀身を晒す。
鞘から抜かれたその刀身は、透き通るような翡翠色。淡い緑の光を帯びているようにすら見える。その美しい刀身を目の当たりにした、そこにいた面々は例外なく息を飲み、見入るのだった。
「龍牙真打は、龍の心臓と言われる『龍輝石』から作られている。『龍輝石』は、人の心を、想いを力に変える力を持った特殊な石だと言われている――お前のその龍騎士の誇り、そして愛すべき者を救わんとする強い思いが、これからの戦いにおいて聖アルマイトに勝利をもたらすことを期待している」
背後からカリオスが、龍騎士の剣の言い伝えを解説すると、リューイは龍牙真打を鞘に収める。そしてカリオスに振り向いて、再び膝をつくと
「この身と魂を賭けて、カリオス国王代理のご期待に沿えるべく邁進いたします。龍騎士リューイ=イルスガンドとして、私が救いたいと思う人々を必ず救い、守り抜くことを誓います」
そのリューイの誓いの言葉に、カリオスが満足そうな笑みを浮かべてうなずいた。
「リューイも、そしてここにいる他の連中も、よく理解しておいてほしい。龍騎士という称号は、龍牙・紅血・白薔薇とは一線を画する騎士。それゆえに、強力な特権を与えている--とはいっても、龍騎士は他人に対する命令権は一切有さない。龍騎士が持つ特権は唯一つだけ――誰の命令であれ従う必要がないこと。つまり、戦場では己の個人の意志で戦うことを許される特別な騎士だ」
それはカリオスが今この場で決めたことではなく、代々の龍騎士へ与えられる特権である。しかしそもそも龍騎士の叙勲自体が長年無かったわけで、初めてその特異な内容を耳にする者も少なくない。誰もが狼狽えているようだった。
「ただ、龍騎士の称号持ちとはいっても、組織編成上は王下直轄部隊――俺と元帥の指揮下に入る。まあ、そもそも元帥の護衛騎士も兼任するわけだしな。というわけで、龍騎士リューイに命令が出来るのは、俺とコウメイの2人だけってわけだ。そこら辺は、よくよく弁えておいてくれよ」
龍牙真打を与えたところで、いつものフランクな口調と態度に戻るカリオスは、気楽な様子でリューイに笑いかける。それを見て、リューイもようやく緊張が解けたのか、さすがに笑うまではいかないが、表情が若干緩んでいく。
「――さあ、久々の龍騎士の誕生だ。これで勢いづいて、戦況を跳ね返すぞ。ここからが正念場だ!」
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる