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第1話
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私は親に愛された記憶がない。
両親とも、ろくに家にいたためしが無かった。
それぞれ仕事を持っていたあの人達は、顔を合わせればしょっちゅう言い争いばかり。
仕事が忙しい、付き合いが大変だ。
家の事を人に任せきりで顧みない、それはあなたもでしょう。
何を言っているのやら。
自分達は私の事など気にもかけず、実際、私の面倒を見てくれたのはメイドさんたちだった。
だから私はそれを見ながら育ち、親を反面教師とした。
私は絶対にこういう親になるまい、自分の子供には寂しい思いをさせない。
そう思い続け、早く自分の家庭を持ちたいと思った。
お互いの事を思い、楽しく笑いあう幸せな家庭を持ちたいと願った。
しかしそれは叶わず、私は人生を終える事になった。
神様、もし生まれ変われるのなら、今度こそ私の夢を叶えて下さい。
たとえ今のように裕福でなくてもいい。
つつましい中でも、家族と共に、いつも笑いの絶えない幸せな人生をおく…り……たい………。
寒い………一体私は何でこんなところに………?
薄汚れた石積みの家が立ち並ぶ、ひとけのない薄暗い路地裏。
あたりは異様な匂いが立ち込め、ジメジメとしとても寒い。
あまりの寒さに暖かい日の光のさす場所に移動しようとするが、体に力が入らず思ったように歩けない。
思わず助けを呼ぶため大きな声で叫んだ。
「ミュウゥーーーー!!」
………………!?
『何…?今の声って私?』
誰か助けて!と叫んだはずが、なぜミュウー!なの?
『あーあーあー、誰かいませんかー』
「ミーミーミー、ミャウミャウミューー」
何かがおかしい。発声付きでもう一度言葉にしてみたが、口から出るのは相変わらず猫の声。
まさかと思いつつ見下ろした自分の体はモフモフだった。
それもやけに小さく思える。
もしや神様が私の願いをかなえてくれたの?
私に新しい命を授けてくれたのかな。
人間ではなく猫だけど…。
だけどせっかく授かった命だ。
どういうニャン生になるかわからないけれど、後悔しないように思い切り生き抜きたい。
『でも、今は生きることが最優先問題だわ。こんな所にいつまでも居たらあっという間にニャン生が終わってしまう』
という訳で、私はできる限りニャーニャーと助けを求めながら、ヨタヨタと歩き、助けを求めた。
『誰かいませんかー!助けてー』
そう叫び続けても、ニャーニャーとしか聞こえないだろうと思う。
そういえばお腹も減ってきたな。
たった100mほど歩いただけでも体力の限界を迎え、私は道の端に移動し蹲った。
幸い日の光が入る場所に出れたので寒さは幾分和らいだが、相変わらず人の姿はない。
おまけに日は傾きだしている。
この寒さでは夜になれば凍えるように寒いはずだ。
『助けてもらうにも人影も無し、はは、自覚してから数時間で、また私はこの命を失うのね………』
なんとも短すぎるニャン生でした。
私は体を丸めてから両手を重ね、その上に顎を乗せて目をそっと閉じた。
でもこれって、もしかしたら神様が見せてくれた、あの死ぬ前の束の間の夢かもしれ…ない………。
どこからかふんわりといい匂いがする……。
実に食欲をそそる匂いだ。
『ごはん!』
私はその匂いにつられ飛び起きた。
私の前にはぱちぱちと音を立てて燃える暖炉があり、とても暖かい。
その暖炉の上に置かれた大きな鍋からは、いい匂いが漂っていた。
「あら、目が覚めたのね。良かったわ」
その声に驚き、振り返った私の目に映ったのは恰幅のいい女の人だった。
年は40代ぐらいだろうか、茶色の髪に深い緑色の瞳、踝にかかるぐらいのワンピースの上には白く清潔な長いベストのようなものを重ねて着て、ウエストには白いサッシュのようなものを捲いており、後ろでリボンのように結んでいた。
「おなかが空いたでしょう?いまミルクをあげるわね」
ミルク…まあ牛乳は嫌いじゃないけど、もう少しお腹に溜まる物のほうがいいなぁ。
そう思い私は暖炉の上の鍋に目をやった。
それでも浅い皿に注がれたそれが目の前に置かれると、ものすごい食欲がわき、あっという間に飲み干した。
じっと私の様子を見守っていた女性は微笑みながら私を抱き上げ椅子に腰かけ、膝の上にそっと私を乗せ何かを話している。
その意味は理解できそうだが、暖かくて柔らかい膝の上、優しい手に撫でられ、満たされたお腹のせいか再び眠気が襲ってきた。
次に目が覚めたのは柔らかい毛布の中だった。
傍らには温かい何かがある。
寝ぼけ眼をショボショボさせながらそれにすり寄る。
すると何かが毛布の中の私をそっと撫でる。
その気持ちよさに、しばらく身を任せていたけれど、そのうち体がムズムズじれったくなって、思わずその手に跳びかかった。
爪を出し引っ搔いてかぶりつく。
楽しい!なんで楽しいのか分からないけれど楽しい。
その手はしばらく私の暴挙に付き合ってくれたけれど、暫くしてギブアップした。
「降参だ、これ以上お前に付き合っていると手が使い物にならなくなる」
男の声!?
昨日のあの女の人じゃない!
そう思っていると大きな手にガシッと捕まれ、私は毛布の中から引きずり出された。
「お前元気いいなぁ。昨日の死にかけていた猫とはとても思えない」
『死にかけた猫?それって私の事?もしかして私を助けてくれたのはあなた?』
そう聞いたが、この男が答えを返すはずもなく、相変わらず私を撫でたりつついたりしている。
彼はブロンドの髪を肩の辺で切りそろえており、瞳は鮮やかな青色をしていて、かなりの美貌の持ち主だ。
そして知的な中にもいたずらそうな光が見え隠れしているが、その鋭く真直ぐに人を貫くような眼差しはかなりの戦略家といった感じだ。
「お前どうしてあんな所にいたんだ?親と逸れたのか捨てられたと言ったところか?それにしても珍しい毛色だな。白でもグレーでもない。どちらかといえばシルバー?目は……明るい黄色?ん~金色…か?おや?右手の先だけ白い毛か。面白い」
私の顔を覗き込みそんな事を言っている。
じっと見つめられる、そんな事された事ないからやめてもらいたいんだけど。
するとドアをノックする音。
コンコンではなくゴンゴンというような強めの音がし、部屋の主の返事を待たずにいきなりドアが開けられた。
「アルベルト様!そろそろお目覚めください!」
大きな声でそう言いながら入ってきたのは、私を構い倒しているこの男の人より少し年上の、背の高い男性だった。
髪形はアルベルトと呼ばれたこの人と同じに見えるが、色は黒色だ。
メガネを掛けてとても知的に見える。
「おや珍しい。既にお目覚めでしたか」
「あぁ、猫に起こされた」
「猫?もしかしてクラウディアの探していた猫ですか?」
「あぁ、多分そうだ」
「気の毒に。ずいぶん心配して探し回っていましたよ」
「それは悪かったな…ゼノン、先にこの猫をクラウの所に連れて行ってもらえるか?私も支度を済ませたらすぐに向かうから」
「分かりました」
ゼノンさんは私を受け取ると、大事そうに抱えてくれて扉に向かい、出る間際にアルベルトさんに一礼をしてから扉を閉めた。
その様子からして、多分アルベルトさんは身分の高い人で、ゼノンさんはアルベルトさんに近しく仕えている人なのだろう。
私をクラウディアさん(多分昨日の女の人)のところに向かう道々、ちょっとした情報を仕入れた。
「猫さん、今日はあなたがアルベルト様を起こしてくださったんですね。助かりました。あの方は朝が弱いのですよ。まあ仕事で遅くまで起きていらっしゃるから仕方がないのですが、それでも朝は私がいくら起こしてもなかなか起きて下さらないのですよ」
『なるほど、ゼノンさんも大変なんですね』
一応、礼儀上返事を返す。
「おや、私の苦労を分かってくださるのですか、嬉しいですね。もしあなたが毎朝アルベルト様を起こして下さるなら私も助かるのですが、そうもいきませんね。もう少し彼の仕事を少なくして、早めに寝てもらうべきなんでしょうが、あの方の決済が必要な仕事が多くてそうもいかないのですよ」
『そうなんですか。アルベルトさんもゼノンさんもお仕事が大変なんですね。分かりました。ゼノンさんのその役目、私がお引き受けします』
この様子なら、たぶん私はこの家に飼ってもらえるのだろう。
ならば一宿一飯の恩義、アルベルトさんを起こすぐらいの仕事はさせてもらおう。
「あなたは不思議な猫さんですね。まるで私の話が分かっているようだ」
『分かってますよ。ゼノンさんは分かっていないようですけど』
分かってもらえないのが口惜しいが、とにかくゼノンさんの仕事を減らすべく、明日からは私がアルベルトさんを起こそう。
両親とも、ろくに家にいたためしが無かった。
それぞれ仕事を持っていたあの人達は、顔を合わせればしょっちゅう言い争いばかり。
仕事が忙しい、付き合いが大変だ。
家の事を人に任せきりで顧みない、それはあなたもでしょう。
何を言っているのやら。
自分達は私の事など気にもかけず、実際、私の面倒を見てくれたのはメイドさんたちだった。
だから私はそれを見ながら育ち、親を反面教師とした。
私は絶対にこういう親になるまい、自分の子供には寂しい思いをさせない。
そう思い続け、早く自分の家庭を持ちたいと思った。
お互いの事を思い、楽しく笑いあう幸せな家庭を持ちたいと願った。
しかしそれは叶わず、私は人生を終える事になった。
神様、もし生まれ変われるのなら、今度こそ私の夢を叶えて下さい。
たとえ今のように裕福でなくてもいい。
つつましい中でも、家族と共に、いつも笑いの絶えない幸せな人生をおく…り……たい………。
寒い………一体私は何でこんなところに………?
薄汚れた石積みの家が立ち並ぶ、ひとけのない薄暗い路地裏。
あたりは異様な匂いが立ち込め、ジメジメとしとても寒い。
あまりの寒さに暖かい日の光のさす場所に移動しようとするが、体に力が入らず思ったように歩けない。
思わず助けを呼ぶため大きな声で叫んだ。
「ミュウゥーーーー!!」
………………!?
『何…?今の声って私?』
誰か助けて!と叫んだはずが、なぜミュウー!なの?
『あーあーあー、誰かいませんかー』
「ミーミーミー、ミャウミャウミューー」
何かがおかしい。発声付きでもう一度言葉にしてみたが、口から出るのは相変わらず猫の声。
まさかと思いつつ見下ろした自分の体はモフモフだった。
それもやけに小さく思える。
もしや神様が私の願いをかなえてくれたの?
私に新しい命を授けてくれたのかな。
人間ではなく猫だけど…。
だけどせっかく授かった命だ。
どういうニャン生になるかわからないけれど、後悔しないように思い切り生き抜きたい。
『でも、今は生きることが最優先問題だわ。こんな所にいつまでも居たらあっという間にニャン生が終わってしまう』
という訳で、私はできる限りニャーニャーと助けを求めながら、ヨタヨタと歩き、助けを求めた。
『誰かいませんかー!助けてー』
そう叫び続けても、ニャーニャーとしか聞こえないだろうと思う。
そういえばお腹も減ってきたな。
たった100mほど歩いただけでも体力の限界を迎え、私は道の端に移動し蹲った。
幸い日の光が入る場所に出れたので寒さは幾分和らいだが、相変わらず人の姿はない。
おまけに日は傾きだしている。
この寒さでは夜になれば凍えるように寒いはずだ。
『助けてもらうにも人影も無し、はは、自覚してから数時間で、また私はこの命を失うのね………』
なんとも短すぎるニャン生でした。
私は体を丸めてから両手を重ね、その上に顎を乗せて目をそっと閉じた。
でもこれって、もしかしたら神様が見せてくれた、あの死ぬ前の束の間の夢かもしれ…ない………。
どこからかふんわりといい匂いがする……。
実に食欲をそそる匂いだ。
『ごはん!』
私はその匂いにつられ飛び起きた。
私の前にはぱちぱちと音を立てて燃える暖炉があり、とても暖かい。
その暖炉の上に置かれた大きな鍋からは、いい匂いが漂っていた。
「あら、目が覚めたのね。良かったわ」
その声に驚き、振り返った私の目に映ったのは恰幅のいい女の人だった。
年は40代ぐらいだろうか、茶色の髪に深い緑色の瞳、踝にかかるぐらいのワンピースの上には白く清潔な長いベストのようなものを重ねて着て、ウエストには白いサッシュのようなものを捲いており、後ろでリボンのように結んでいた。
「おなかが空いたでしょう?いまミルクをあげるわね」
ミルク…まあ牛乳は嫌いじゃないけど、もう少しお腹に溜まる物のほうがいいなぁ。
そう思い私は暖炉の上の鍋に目をやった。
それでも浅い皿に注がれたそれが目の前に置かれると、ものすごい食欲がわき、あっという間に飲み干した。
じっと私の様子を見守っていた女性は微笑みながら私を抱き上げ椅子に腰かけ、膝の上にそっと私を乗せ何かを話している。
その意味は理解できそうだが、暖かくて柔らかい膝の上、優しい手に撫でられ、満たされたお腹のせいか再び眠気が襲ってきた。
次に目が覚めたのは柔らかい毛布の中だった。
傍らには温かい何かがある。
寝ぼけ眼をショボショボさせながらそれにすり寄る。
すると何かが毛布の中の私をそっと撫でる。
その気持ちよさに、しばらく身を任せていたけれど、そのうち体がムズムズじれったくなって、思わずその手に跳びかかった。
爪を出し引っ搔いてかぶりつく。
楽しい!なんで楽しいのか分からないけれど楽しい。
その手はしばらく私の暴挙に付き合ってくれたけれど、暫くしてギブアップした。
「降参だ、これ以上お前に付き合っていると手が使い物にならなくなる」
男の声!?
昨日のあの女の人じゃない!
そう思っていると大きな手にガシッと捕まれ、私は毛布の中から引きずり出された。
「お前元気いいなぁ。昨日の死にかけていた猫とはとても思えない」
『死にかけた猫?それって私の事?もしかして私を助けてくれたのはあなた?』
そう聞いたが、この男が答えを返すはずもなく、相変わらず私を撫でたりつついたりしている。
彼はブロンドの髪を肩の辺で切りそろえており、瞳は鮮やかな青色をしていて、かなりの美貌の持ち主だ。
そして知的な中にもいたずらそうな光が見え隠れしているが、その鋭く真直ぐに人を貫くような眼差しはかなりの戦略家といった感じだ。
「お前どうしてあんな所にいたんだ?親と逸れたのか捨てられたと言ったところか?それにしても珍しい毛色だな。白でもグレーでもない。どちらかといえばシルバー?目は……明るい黄色?ん~金色…か?おや?右手の先だけ白い毛か。面白い」
私の顔を覗き込みそんな事を言っている。
じっと見つめられる、そんな事された事ないからやめてもらいたいんだけど。
するとドアをノックする音。
コンコンではなくゴンゴンというような強めの音がし、部屋の主の返事を待たずにいきなりドアが開けられた。
「アルベルト様!そろそろお目覚めください!」
大きな声でそう言いながら入ってきたのは、私を構い倒しているこの男の人より少し年上の、背の高い男性だった。
髪形はアルベルトと呼ばれたこの人と同じに見えるが、色は黒色だ。
メガネを掛けてとても知的に見える。
「おや珍しい。既にお目覚めでしたか」
「あぁ、猫に起こされた」
「猫?もしかしてクラウディアの探していた猫ですか?」
「あぁ、多分そうだ」
「気の毒に。ずいぶん心配して探し回っていましたよ」
「それは悪かったな…ゼノン、先にこの猫をクラウの所に連れて行ってもらえるか?私も支度を済ませたらすぐに向かうから」
「分かりました」
ゼノンさんは私を受け取ると、大事そうに抱えてくれて扉に向かい、出る間際にアルベルトさんに一礼をしてから扉を閉めた。
その様子からして、多分アルベルトさんは身分の高い人で、ゼノンさんはアルベルトさんに近しく仕えている人なのだろう。
私をクラウディアさん(多分昨日の女の人)のところに向かう道々、ちょっとした情報を仕入れた。
「猫さん、今日はあなたがアルベルト様を起こしてくださったんですね。助かりました。あの方は朝が弱いのですよ。まあ仕事で遅くまで起きていらっしゃるから仕方がないのですが、それでも朝は私がいくら起こしてもなかなか起きて下さらないのですよ」
『なるほど、ゼノンさんも大変なんですね』
一応、礼儀上返事を返す。
「おや、私の苦労を分かってくださるのですか、嬉しいですね。もしあなたが毎朝アルベルト様を起こして下さるなら私も助かるのですが、そうもいきませんね。もう少し彼の仕事を少なくして、早めに寝てもらうべきなんでしょうが、あの方の決済が必要な仕事が多くてそうもいかないのですよ」
『そうなんですか。アルベルトさんもゼノンさんもお仕事が大変なんですね。分かりました。ゼノンさんのその役目、私がお引き受けします』
この様子なら、たぶん私はこの家に飼ってもらえるのだろう。
ならば一宿一飯の恩義、アルベルトさんを起こすぐらいの仕事はさせてもらおう。
「あなたは不思議な猫さんですね。まるで私の話が分かっているようだ」
『分かってますよ。ゼノンさんは分かっていないようですけど』
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