上 下
26 / 74

浅はかな者達 5

しおりを挟む
俺たちは、急いで港に向かい、早々に行動を開始した。
燃料を満タンにし、船を自動操縦でコルトバ近くのラド港にセットした。
あの男が燃料の事を言ってくれて良かった。
危うく給油もせず、そのまま出航するところだった。
さて、後は目的地まで行くだけだ。
だが俺は、ふと地図に目をやり考える。

「なあ、海岸線伝いに行くと、ラド港までの到着予定は、約19時間とあるだろ?」

「あぁ、結構時間がかかるね。自動操縦だからやる事もあまり無さそうだし、退屈だよね。」

「いや、そういう事じゃなくて、この地図を見てみろよ。
ナビだと、こう、海岸線を沿って行くみたいだが、
直接ラド港に行けば……。
ほら、ここから直線で行けば、ずっと早く着くだろ。」

「まあ、理屈から言えばそうなるけど、大丈夫かなぁ。
それで、ナビが示す時間と、直線距離で行くのだと、時間的にどれぐらい違うんだ。」

ちょっと待ってくれ、俺は早々に位置を打ち込み、計算してみた。

「直線だと、おおよそ11時間だ。沿岸に沿って行くより8時間は縮まる計算だ。」

「それは魅力的だね。」

「これって、直線距離で行くしかないだろう。」

「ん~~、まあ、いいんじゃない?」

それから俺たちは、船のナビをセットし直し、出航することにした。


「これで、エリックさえ連れて戻れば、姉上の手を借りずとも、会社を立て直せるかもしれない。」

「多分大丈夫だろう。ご奇特にもワロキエ侯爵様はエリックに何故か借りが有ると思い込んでるみたいだからな。
それを存分に利用させてもらおうじゃないか。」

「たかがΩに、そんな事を思う必要も無いのになぁ。」

「まったくだ。それにしても、今日はずいぶんいい天気だな。」

「あぁ、この分だと、何事も無くラド港に付くだろうね。」

父上は何も言わず、黙ったまま海を見ていた。
多分母の事を考えているのだろうが、
俺達よりエリックを選んだ母など、この際捨てておけばいいものを。


そのまま、のんびりと何時間も波に揺られていたが、
5時間も経った頃だろうか、突然警告音が響いた。

「いったいどうしたんだ?」

確認してみると、セットしたラド港から目標がずれている。

「一体どういう訳だ?このナビが不良品なのか?」

取り合えず、もう一度目標をラド港にセットし直す。

「あの男が、湾の海流が複雑だと言っていたからそのせいだろう。」

「大丈夫かなぁ?」

「まめにチェックしていれば大丈夫だろう。」

だが、進むにしたがって、ずれる頻度が大きくなってきた。

「きっとこの辺は海流が早いんじゃないのか。これでは手動の方が良さそうだ。」

そう言って自動操縦を解除した。
舵を握ってみると大分負荷がかかっている事に驚く。

「これは…きついな……。」

島影はまだまだ遠い。
これは一旦どこかに寄港し、やはり沿岸沿いに進んだ方が無難かもしれない。
そう思った矢先、また警告音が鳴った。

「今度は一体何なんだ!?
自動操縦は解除してあるんだ。他の異常が有ると言う事か?」

一旦ロバートに舵を握らせ、私は説明書を片手に調べる。
そしてやっと判明したことは……。

「燃料がほとんどない……。」

「何だって……。だって、港を出る時満タンにしたじゃないか。」

「ああ、そうだ。それなのになぜ燃料が無くなる?」

「燃料タンクに穴でも開いているのか?」

「そんな筈はない。先月点検したし、水に油も浮いていなかった。」

「おかしいじゃないか!」

俺は一生懸命説明書のページをめくる。
そして見つけた一説。

「この船は、現在の速度で航行した場合、大体6時間ほどの航行しかできないと書いてある………。」

「そんな…とにかく船を岸に着かせないと。」

「それは分かっているが、岸までの距離が有り過ぎる。」

「いったいどうするつもりだ兄さん!俺達をこんな目に合わせてどう責任を取るつもりだ?」

「今はそんな事を言っている場合じゃないだろう。
とにかく少しでも早く岸に近づけなければ。」

俺は残りの燃料で、何とか遥か遠くに見える陸地に向かおうとするが、船は流される一方だ。
そしてとうとうエンジンは止まった。


船は海流の流れのままに流され、陸地からどんどん遠ざかっていく
奴から奪った地図と海図を見比べると、どうやら俺達の船は半島を越え、大海洋を目指しているようだ。

「これから一体どうなるんだ?」

「そんな事、俺に分かるはず無いだろう。」

「喉が渇いた。」

「あぁ、俺もだ。」

俺たちは冷蔵庫を開け、冷えた水を取り出す。
そして一気に飲み干し、一息ついた。

「とにかく落ち着こう。そうすればいい考えも浮かぶかもしれない。」

「そうだな。多分新しい執事が、帰らない俺達を心配して捜索願を出すかもしれない。」

「ああ、今こんな海の上で騒いでも、どうにもならないからな。
ところで腹が減ったな。この船には何か食い物は積んでないのか?」

「どうだったかな?見てみよう。」

父上は、事の重大性に気付いているのかいないのか、
相変わらず、海を見ているだけだ。
まぁ、あと数時間もすれば助けが来るんじゃないか?
俺はそう簡単に考えていた。



しかしその考えは大きく裏切られた。
待てど暮らせど、俺達を探しに来る様子はない。

「兄さん、一体どうなっているんだ。
あれからもう丸2日は経った。
いったい助けはいつ来るんだ。
ラジオのニュースだって俺達を探している様子がないじゃないか。」

ただ波に揺られているだけの、
俺達の唯一の娯楽はラジオを聞く事だけだ。

「俺が知るもんか。」

「まさかこのまま発見されずに……。」

「そんな馬鹿な事がある訳無いだろう。」

「だが、エリックが行方不明になった時、俺たち自身は捜索願を出さなかったじゃないか。」

「あれはΩだ。俺たちはαだろう。誰かが出すに決まっている。」

「それもそうだな、それより腹が減った。食い物は本当にもう何も無いのか?」

「無い、あの時役所の奴の忠告を聞いて、ちゃんと準備をして来ればよかったな。」

「いまさら言っても仕方がないさ。
あぁ、腹が減った……。」

「……、なあ、今更だけど、まさか…救難信号は出してあるよな?」

「救難信号?」

「ほら、映画なんかでよくあるだろう?遭難した船が、よく出している奴だよ。」

俺はふと思い立って、慌てて無線機へ飛びついた。
それから急いで無線のスイッチを入れるが、何度カチカチと入れようが、無線が入らない。

「どうしたんだ?」

「無線が入らない。」

「え?」

ロバートはラジオを確認している。

「ラジオも鳴らない。どうやら、バッテリーが切れみたいだな……。」

力なくそう言う。
何てこった。すっかり救難信号の存在を失念していた。
今更ロバートに言えない。
これでは俺たちが漂流している事も、知られていないかもしれない。
万事休すか……。



「奴らが屋敷を出てから、既に3日経過しています。
未だにラド港に着いた形跡は有りません。
どうやらこちらの計算通りの行動を取ったようですね。
で、少将殿、この後どうされます?」

「αのくせに、これ程馬鹿だとは思わなかった……。」

「私はこのまま捨てておいても、一向にかまわないと思いますよ?
このような例は年に幾つも発生する事ですから。」

「俺だってそう思うが、もしこれが後々マシューにバレたらと思うと……。」

「ああ、なるほど。マシュー君はお優しいですからね。
あの方達が亡くなったのは自分のせいだと、己を責める可能性が有りますね。」

「俺たちが知らぬ存ぜぬで通しても、全然問題はないと思うが…。」

「別に構わないのではありませんか?放っておいても。」

「しかしなぁ……。
あぁっ、もうっ!、……1週間だ!」

「何がです?」

「1週間経ったら、通常の捜索願をゴードンにでも入れさせろ。」

「なるほど、お優しい事で。
しかし1週間ですか?
エリック様は屋根のない小舟で大海原を10日も漂っていたのですよ。
それを奴らは、屋根やベッドもあり、雨風もしのげる船でのうのうと漂っているのです。
許せませんね。」

「いったいどうすればいいんだよ。」

「私なら放っておきますが、
まぁ、少将殿はマシュー君の手前そうもいかないでしょう。
もう少し。そうですね10日もしたら通常の捜索依頼を出されたら如何でしょう。
αという立場もありますし、海に出て、向かった方向も分かっております。
捜索はじきに開始されるでしょうし、運が良ければ救助されるんじゃないですか?」

そう、10日もすれば、あの位置からの海流に乗れば、
外洋の何処に流されてしまうなど、専門家が分析しない限り分からないはず。
たかだか、破産寸前の重要でもない人間の捜索などに、
わざわざ専門の機関が出しゃばって、分析や計算をするとは思いませんから。

あの姉が、仏心を出して、乗り出して来ない事を祈りますよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エリートアルファの旦那様は孤独なオメガを手放さない

小鳥遊ゆう
BL
両親を亡くした楓を施設から救ってくれたのは大企業の御曹司・桔梗だった。 出会った時からいつまでも優しい桔梗の事を好きになってしまった楓だが報われない恋だと諦めている。 「せめて僕がαだったら……Ωだったら……。もう少しあなたに近づけたでしょうか」 「使用人としてでいいからここに居たい……」 楓の十八の誕生日の夜、前から体調の悪かった楓の部屋を桔梗が訪れるとそこには発情(ヒート)を起こした楓の姿が。 「やはり君は、私の運命だ」そう呟く桔梗。 スパダリ御曹司αの桔梗×βからΩに変わってしまった天涯孤独の楓が紡ぐ身分差恋愛です。

βの僕、激強αのせいでΩにされた話

ずー子
BL
オメガバース。BL。主人公君はβ→Ω。 αに言い寄られるがβなので相手にせず、Ωの優等生に片想いをしている。それがαにバレて色々あってΩになっちゃう話です。 β(Ω)視点→α視点。アレな感じですが、ちゃんとラブラブエッチです。 他の小説サイトにも登録してます。

頑張って番を見つけるから友達でいさせてね

貴志葵
BL
大学生の優斗は二十歳を迎えてもまだαでもβでもΩでもない「未分化」のままだった。 しかし、ある日突然Ωと診断されてしまう。 ショックを受けつつも、Ωが平穏な生活を送るにはαと番うのが良いという情報を頼りに、優斗は番を探すことにする。 ──番、と聞いて真っ先に思い浮かんだのは親友でαの霧矢だが、彼はΩが苦手で、好みのタイプは美人な女性α。うん、俺と真逆のタイプですね。 合コンや街コンなど色々試してみるが、男のΩには悲しいくらいに需要が無かった。しかも、長い間未分化だった優斗はΩ特有の儚げな可憐さもない……。 Ωになってしまった優斗を何かと気にかけてくれる霧矢と今まで通り『普通の友達』で居る為にも「早くαを探さなきゃ」と優斗は焦っていた。 【塩対応だけど受にはお砂糖多めのイケメンα大学生×ロマンチストで純情なそこそこ顔のΩ大学生】 ※攻は過去に複数の女性と関係を持っています ※受が攻以外の男性と軽い性的接触をするシーンがあります(本番無し・合意)

【本編完結済】蓼食う旦那様は奥様がお好き

ましまろ
BL
今年で二十八歳、いまだに結婚相手の見つからない真を心配して、両親がお見合い相手を見繕ってくれた。 お相手は年下でエリートのイケメンアルファだという。冴えない自分が気に入ってもらえるだろうかと不安に思いながらも対面した相手は、真の顔を見るなりあからさまに失望した。 さらには旦那にはマコトという本命の相手がいるらしく── 旦那に嫌われていると思っている年上平凡オメガが幸せになるために頑張るお話です。 年下美形アルファ×年上平凡オメガ 【2023.4.9】本編完結済です。今後は小話などを細々と更新予定です。

記憶の欠片

藍白
BL
囚われたまま生きている。記憶の欠片が、夢か過去かわからない思いを運んでくるから、囚われてしまう。そんな啓介は、運命の番に出会う。 過去に縛られた自分を直視したくなくて目を背ける啓介だが、宗弥の想いが伝わるとき、忘れたい記憶の欠片が消えてく。希望が込められた記憶の欠片が生まれるのだから。 輪廻転生。オメガバース。 フジョッシーさん、夏の絵師様アンソロに書いたお話です。 kindleに掲載していた短編になります。今まで掲載していた本文は削除し、kindleに掲載していたものを掲載し直しました。 残酷・暴力・オメガバース描写あります。苦手な方は注意して下さい。 フジョさんの、夏の絵師さんアンソロで書いたお話です。 表紙は 紅さん@xdkzw48

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

偽物の運命〜αの幼馴染はβの俺を愛しすぎている〜

白兪
BL
楠涼夜はカッコよくて、優しくて、明るくて、みんなの人気者だ。 しかし、1つだけ欠点がある。 彼は何故か俺、中町幹斗のことを運命の番だと思い込んでいる。 俺は平々凡々なベータであり、決して運命なんて言葉は似合わない存在であるのに。 彼に何度言い聞かせても全く信じてもらえず、ずっと俺を運命の番のように扱ってくる。 どうしたら誤解は解けるんだ…? シリアス回も終盤はありそうですが、基本的にいちゃついてるだけのハッピーな作品になりそうです。 書き慣れてはいませんが、ヤンデレ要素を頑張って取り入れたいと思っているので、温かい目で見守ってくださると嬉しいです。

【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

処理中です...