上 下
23 / 25

ただいま

しおりを挟む
「さあ座ってちょうだい、ちょうどヴィクトリアが好きだったお菓子が有るのよ、
お茶も入れましょうね。」

部屋に入って思い知らされた。
狭い、この家は以前住んでいた屋敷と比べたら雲泥の差だ。
ほんの1年前までは何不自由なく、大きな屋敷に暮らしていたのに、
今は自分で働かなくては生活できない母様の現実に、
本当に申し訳なく思ってしまう。
屋敷にいた時は、使用人に任せていた沢山の事も、
今は自分で全てやるんだろうな。

部屋を見渡すと棚の上に、
俺の部屋に有ったぬいぐるみが、ぽつんと置かれていた。
女の子らしさを見せかけるために、一応飾ってあっただけのぬいぐるみだけど、やはり懐かしい。
あれから1年ぐらいしかたっていないのに、ずいぶん前のような気がする。
そっとぬいぐるみに触っていると、

「屋敷の物はほとんど持ってこれなかったけど、
それだけはね、どうしてもと思って隠して持ってきたの。」

差し押さえられるほどの価値が有るのか?これ。
ああ、なるほどこの首輪に縫い付けられているのは本物の宝石なんだ。
こんなの取っておかずにさっさと売って、生活の足しにすればよかったのに。

「家の中で持ち出せた、たった一つのヴィクトリアの物なの。
ごめんなさい、ぬいぐるみしか持って来れなくて。」

そんな事、母様が謝る事ないんだよ。

「それで……、こちらの方は?」

多分ずっと気になっていらんだろう。
ジュリを見てお母様が訊ねた。

「遅れまして。私は隣の国、リトアンナに住んでいますジュリアと申します。
ひと月ほど前にヴィクトリアさんと知り合いまして、
ほんの少しですが事情もうかがいました。
どうしても国に帰ってお母さま達の様子を確かめたいとおっしゃるので、
私もこの国に用が有るついでに、ご一緒させていただいた次第です。」

「それは、どうもありがとうございました。
何かお礼を…と思いますが
何と言っても、御覧の通りの状態で…。」

「そんな、お気を使わずに。」

「そういう訳にはいきません。
こんな所で申し訳ありませんが、もしよろしければ、
この国に滞在中ここにお泊り下さい。」

此処に泊まると言っても、満足に客を迎える余裕などないだろうに、
母様は世話になったジュリに、どうしても礼をしたいんだろうな。

「いえ、実はもうこの先の旅亭に宿を取っておりまして……。」

「まあ、そうでしたか…。
では、大したものは用意できませんが、
せめてお夕食を召し上がって行ってくださいませんか?」

「まあ、喜んでお言葉の甘えさせていただきますわ。」

すると差の時、控えめなノックの音がした。

「お取込み中ごめんなさいよ。
クリスさん、店の方は全部配って、片付けと戸締りもしておいたよ。
あとは入り口の鍵をかけるだけだからね。」

「まあ、ロゼさん何から何まで、ありがとうございます。」

「いいさ、何事も持ちつ持たれつだよ。
それとこれ…。」

そう言いながらロゼさんは数十枚の硬貨を取り出した。

「セレスさんは、ただっでいいって言ったけど、
みんなそれじゃ悪いからって、ちゃんと払っていったよ。」

「そんな…、ありがとうございます。」

「なに、いつも安く売ってもらっているんだ。
礼を言いたいのはこっちの方さ。」

そう言いながらロゼさんは豪快に笑った。

「さてあたしも家で夕飯の支度だ。
じゃあ、ごゆっくり。」

そう言いながら俺達に手を振って帰っていった。
俺もロゼさんにニッコリ笑いながら手を振り返す。
よかった、お母様の周りにいい人たちがいてくれて。


それからお母様の手作りの夕食を食べながらもお互いの話は続いた。

「それでは、お兄様は一緒に暮らしているのね。」

俺は母様に心配をかけないよう、ブリブリ言葉にチェンジだ。

「ええ、近くで場所を借りて皆さんに勉強を教えているのよ。
昼間働いている子もいるので、あの子は昼も夜も教えていてね、
そうそう、子供だけではなく希望するなら大人の人にも教えているのです。
中には剣を教えてくれと言う人もいるみたい。」

「そうなの。では帰りは遅くなるのですね。」

「遅いと言ってもそんなに遅くはなりませんよ。
ふふ、きっとヴィクトリアを見たら驚くでしょうね。」

楽しみだわ、と嬉しそうにお母様は笑っている。
夕食は質素ではあるが、俺の好物ばかりが並んでいる。
母様の手料理は久しぶりでうれしい。
メインはハプイのシチュー。トトラを中心としたサラダ。
それと俺が収納から出したシグエラの肉をステーキにし、あと軽く2品。

「このお肉、とっても美味しいわ。」

と母さんが言う。

「私が狩ったのよ。」

うっかり口を滑らしてしまった。

「狩ったって、ヴィクトリア一体何を……、
いえいいの、もしあなたが話す気になったら、教えてね。」

別に隠したいわけじゃないけど、俺が何をしていたのか聞いたら、
きっと母様は心臓麻痺をおこしかねないかも。

食事も終わり、ジュリは宿に帰るというので、
じゃあ俺も、と一緒にドアを出ようとしたら、

「どこへ行くの?ヴィクトリア。」

母様に止められた。
考えてみれば、そりゃそうだ。
一応俺、帰ってきた事になるんだな。
どうしようジュリ。
もしかして、俺はこのままずっとここに足止めになるのか?
ジュリも複雑そうな顔をしている。
俺はまだ自由に暮らしたい。助けてくれジュリ。

するとなぜかジュリの声が頭の中に流れ込んできた。
”どうしろと言うのですか。あなたが帰ってこられて、お母様はとても喜んでいるのですよ、またいなくなれば、とても悲しむでしょう?”
何だこれはテレパシーか?
まあいいや、今はそれよりも現状だ。
”そんな事言ったって、俺がここから出られなければ、お前はどうする気だ?”
”うー、どうしましょう。
でも、ここで立ちっぱなしでも、お母様に変に思われます。
取り合えず今日は私一人で宿に帰ります。
また明日伺いますからその時相談しましょう。”
”分かった。絶対に来てくれよ。”
俺は必死になってそう訴えた。

「セレスさん、明日又お伺いしてもよろしいですか?」

ジュリがそう尋ねた。
母様は少し怪訝な顔をしていたが、断りはしなかった。

「ええぜひ、お待ちしておりますわ。」

それではと、ジュリがドアを開けた途端、
外から入って来た人とぶつかりそうになった。
危うく倒れかけたジュリをその人の手が抱き留める。

「失礼、大丈夫ですか?」

その声は兄貴!
うわー、ちょっと照れくさいな。まず何て言おう。
なんて思っていたら、兄貴の目はこっちなんて全然見ないで、
ジュリにくぎ付けになっている。

「お客様でしたか。
……こんなに美しい人がいらっしゃるなら、もう少し早く帰るのでした。
私はエドモントと申します。どうぞエドとお呼び下さい。」

兄貴、ちょっと合わないうちに、ずいぶんナンパな野郎になったんじゃないか?

「ハァ……、あ、私はジュリアと申します。」

何と、兄貴はジュリの手を放さず、握ったまま話し続けようとする。
”お、お師匠様ー!、助けて下さい。”
しかたないな。
俺は兄貴の意識をこちらに向ける事にした。
ジュリ、お前はその隙に逃げろ。
俺はにっこり笑いながら兄貴に声をかけた。

「お帰りなさい、お兄様。」

「ああ、ただいまヴィク…ト……えっ?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

処理中です...