遠く、イズガルドの地にて。

羽兎里

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幸せな時は流れて

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今日はマリアさんの所に手伝いの人の事とか色々相談に行こうと思っていたけれど、朝、玄関のドアを開くと、そこには何人かの人が列を作っていた。
一体どうしたんだろう?

「いや、此処に腕のいい薬師さんが治療院を始めたと聞いて、診てもらいたくてやって来たんだ。」

患者さんだ。

「お待たせしてすいません。どうぞ中にお入りください。」

そしてその日は相談に行く暇がないほど、ひっきりなしに患者さんが訪れた。
昨日僕が寝ていたソファに順番を待つ患者さんたちに座ってもらい、患者さんを呼んだ。
最初の人は少し腰が曲がったおじいさんだった。

「いかがされました?」

僕と向かい合った椅子に座ったおじいさんは、

「だいぶ前からね、腰が痛いんじゃよ。病院までは遠いし、我慢できないほどではなかったから放っておいたら最近では腰が伸びなくなってしまった。」

「そうですか。分かりました。ではこちらに横になって下さい。」

そう言うと、僕は診察台を指さした。
うつぶせに横たわった老人の腰に手を当てる。
そして魔法で血液の流れをたどってみた。
薬師は普通症状を聞き、それに合った薬を処方する。
1回で直ればそれでいいが、長引くようならそれなりにお金もかかるし、薬によっては長期使用をすると体にも負担が掛かる物もある。
僕は幸いにして、魔法が使える。だから出来る限り魔法で治療し、後は薬で補助するやり方をとっている。
さて、おじいさんの腰は、一部分で血液というか、体液の流れが滞っていた。

「これは……。」

どうやら背骨から小さなこぶが飛び出しているようだ。
これなら前にも治療したことがある。

「原因が分かりました。ただ、治療には少し痛みが伴うかもしれません。すいませんが、少し我慢してください。」

「それでこの先この腰が良くなるなら仕方な。」

おじいさんはそう言ってくれたけれど、出来る限り傷まないようにしなければ。
僕は慎重にそのこぶを押し戻そうと魔力を込めようとした。
いや、待てよ。
僕は不意に思いつき、首から袋を取り外し、そのまま自分の腕に巻き付けた。
不思議な事に腕全体が暖かくなってくる。

「さ、治療を始めます。痛かったらすぐ中断しますから。遠慮なく言ってください。」

そう言ってから、僕は少しずつ魔力でこぶを背骨の中に押し込んでいった。
あれ?

「痛くありませんか?」

普通だったらかなりの痛みが伴う治療のはずだ。

「いや、全然。返ってほんのり暖かくて気持ちがいい。」

「そうですか……?もう少しですから我慢してくださいね。」

何を我慢するのか?おじいさんは不思議そうな顔をした。
しばらく僕は魔力を込めた手でゆっくりと背骨を押し続けた。

「さて、これぐらいでいいでしょう。」

僕は最後に背骨全体を指でさっと擦った。
うん、うまくいった。この様子ならしばらくは再発することも無いだろう。

「さ、ゆっくり立ってみてください。ゆっくりですよ。」

おじいさんは差し出した僕の手を掴みゆっくりと立ち上がった。
とたんのぱぁっと広がる笑顔。

「なんてことだ。あんなにつらかった痛みが微塵もないぞ。おまけにぴんと立てる。先生、あんたはすごい人だ。」

「そんな事はありません。王都の魔法が使える治療師はほとんどこんなこと、いえこれ以上のことができます。僕なんてまだまだです。」

「そんな謙遜を言うもんじゃない。先生は立派な仕事をする。もっと自信を持ちなされ。」

「あ、ありがとうございます。」

「礼を言うのはこちらの方だ。さて、患者さんはまだまだいるようで先生も忙しいだろう。お代はいくらだね?」

しまったまだマリアさんに相談していなかった。

「あの…。僕はまだ始めたばかりでこの治療費がいくらするのか分かりません。ですので今日はお代は結構です。」

「ばかなことを言うな。これだけの治療を町でしてもらえば、少なくとも3000シーリングはする。」
そんなにするんですか?!

「まだ未熟者の僕はそんなにもらえません。だから、えーと半分の1500シーリングで結構です。」

「なんて欲のない。そりゃあ、わしたちにとっては安ければ助かるが……。そうじゃ、では当分の間、治療費は相場の半額だが、薬代は別料金とし、相場料金でしっかりとってもらおう。これでどうじゃ。」

薬の代金なら、仕入れの都合上、大体の金額はわかる。

「ええ、それで結構です。それではこれは念のための痛み止めです。多分飲まなくても大丈夫だと思いますが、一応渡しておきます。ちなみに頭痛などにも効きますから、必要がなかったら保存しておいてください。ただ、保存は半年までです。期限は守ってくださいね。」

そう言って錠剤を1錠袋に入れ手渡した。

「ありがとう先生。で、全部でお代はいくらだね。」

「はい、治療費が1500シーリングと薬代が100シーリングで1600シーリングです。」
「違うだろう先生。」
「はい?」
「その薬代は原価だろう?素人のわしだってわかる。」

あ、そうだった。

「でも、仕入れ値でもいいですよ。」

「ばかを言うな。先生は薬師様だろう?だったら薬だけ買いに来るやつだっている。薬を仕入れ値で売ってはだめだ。倍とまでは言わないが、せめて5掛けぐらいで出しなさい。」

どうやらおじいさんは長年町で商売をしていたようだ。

「そうですか……。それではありがたくそうさせていただきます。」

そして僕はおじいさんから1650シーリングを受け取り、当のおじいさんはまるでスキップでもしそうな勢いで村に帰っていった。

「ほほ、トーマスさんの嬉しそうなこと、さて、先生私も診ていただけますか?」

次の患者さんは、品の良さそうなお婆さんだった。

「年のせいか長年膝が痛くて、とうとう最近では杖が無くては歩けなくなってしまいました。」

「はい分かりました。」

お婆さんにも診察台に横になってもらい、痛い方の膝に手をかざす。
あぁ、膝に水が溜まっているんだ。

「では治療をしますね。」

僕はテーブルにビーカーを置き、右手をお婆さんの膝に、左手をビーカーに翳す。

「痛みはないはずですが、何か異変があったら教えてください。」

僕はそう言ってから両手に魔力を込める。
するとビーカーに少しづつ、透明の水が溜まっていった。しばらくその状態だったけど、ビーカーの水が増えなくなったことを確認してから、ようやく両手を元に戻しました。

「終わりました。どうですか?痛くありませんでしたか?」

「いえ、全然。返って気持ちいいぐらいでしたよ。」

「よかった。えっと、これを見てください。これがお婆さんの…。」

「あら、スズエラよ。」

「あ、すいません。これがスズエラさんの膝にたまっていた水です。これさえ抜けば痛みは治まるはずです。ただ、慢性化する恐れがありますから気を付けて下さい。」

「まぁ、こんな水が悪さをしていたの?」

ミッシェルさんは驚いているようだった

「さ、立ってみましょうか。」

僕はやはりゆっくりとミッシェルさんに手を貸し立たせます。

「先生、痛くありません!すごいです。」

「それはよかった。ではミッシェルさん、これは膝に水をたまりにくくするお薬です。最低のひと月は続けて飲んでいただく必要があります。忘れないようにしてくださいね。もし痛みが無いようでしたら次回は薬だけでもいいですし、ミッシェルさんの判断次第では薬を終わらせてもいいです。ただ、また痛みが出た場合は我慢せずに必ず来て下さい。」

「ありがとうございました。あの、お代はおいくらですか。また遠慮などしないで、きちんと請求してくださいね。」

「はい、ありがとうございます。では治療代として、1500シーリング、あと薬代は、ひと月分ですので、えーと、1500シーリングいただいてもいいでしょうか?」

「フフ、おかしな先生ですね。患者に金額を聞くなんて。さ、3000シーリング、それとこれは少ないですが私の気持ちです。」

そう言ってミッシェルさんは全部で4000シーリングを僕の手に渡しました。

「そんな、こんなにいただけません。」

「何を言っているの、町でこんなに完ぺきな治療をしてもらったら。3000シーリング以上取られるのよ。おまけに薬を1か月分もいただいて、一体いくらになるか分からないわ。それにね、私は先生が気に入ったの。次回からはこんな事はしないから、今回はご祝儀と思って取っておいてちょうだい。」

「あ、ありがとうございます。」

僕は深々と頭を下げました。
そしてミッシェルさんも来た時についていたいていた杖を軽々と肩にかけ、嬉しそうに帰っていかれました。
その後次々と診察した人たちも何の問題もなく治療し終わり、最後の患者さんが帰る頃は、あたりが夕日で真っ赤になる頃でした。
そう言えばお昼ご飯食べてなかった。お腹減ったな。
僕は昼ごはんと夕ご飯、一緒になってしまったけれど、何か簡単な物でも作ろうと台所に行くと、そこにはマリアさんがいました。

「忙しそうだから裏から入らせてもらいましたよ。ダメじゃないの先生。聞くところによるとお昼も食べずにお仕事していたんですって?」

「やめてください、いつも通り、デニスって呼んで下さい。」

「ダメよ。もう立派な先生なんだから先生と呼ばせてね。」

なんか恥ずかしい。

「さ、このマリア様がご飯を作る間、これでも飲んで休んでいてね。」

そう言うと、マリアさんは紅茶の入ったカップをテーブルに置いた。

「ありがとうございます。遠慮なくいただきます。」

どうやらご飯を作ってくれるようだ。

「あの、マリアさん、いつもいつもすいません。申し訳ありませんが、材料費とかいろいろ請求してもらえると嬉しいんですが……。」

「何言ってるの、逆にルルのお産の代金を請求してくださいな。」

「え、あの、マリアさんたちには返せないほどのご恩を頂きました。そんな治療費などいただけません。」

「言うと思った。」

マリアさんはため息を好きながら続ける。

「あのね、先生はちゃんと仕事をしているの。その仕事に対して報酬を支払わないなんて反対に失礼でしょう。それはそれなんだから、治療費はちゃんと請求してちょうだい。」

ウッ、そういうものなのかな。

「分かりました。金額は計算しておきますので、後で請求書として届けに行きます。」

そうしてね。とマリアさんは笑いながら頷いた。
そうして、料理を続けるマリアさんの後ろ姿に僕は聞いてみることにした。

「マリアさん。どなたか僕の手伝いをしていただける人をご存じありませんか?できれば子育てが終わって手が空いているような方がいいです。常時ではありません。ルルさんのように、出産の時や、僕が人手が欲しいと判断した時に、多分急な仕事になると思いますが、手伝ってもらえる人が欲しいんです。」

「なんだ、そんな事なの。」

え?

「私がいるじゃない。わが家は人手が有るし、いくらだって手伝ってあげられると思うの。そうだ、もし私が手伝えない時は代わりに来てもらえるように友達にも声をかけておいてあげる。」

「そんな、いいんですか?」

「あぁ、かまわないわよ。その代わり時給はしっかりもらいますからね。」

マリアさんはにこにこ笑いながら言ってくれました。

「構いません。よろしくお願いします。」

此処の人たちは本当にやさしい人ばかりだ。
僕は王都にいるころとは比べようもないほどの幸せを感じていた。

「そうだ、ついでと言っちゃなんだけど、決して私がお金がほしいから言うんじゃないのよ。ただ今日も様子を見る限り、このままだと先生は昼も食べず、夜も満足食事をしそうもない、終いには薬師の不養生で倒れそうな気がするの。だからね、もしよければ私が午後の早い時間にここにきて、料理をしちゃだめかしら。」

「いいんですか?」

「勿論。昼ごはんとしたら少し遅い時間になってしまうけど、我が家で余分に作った昼ご飯を持ってくるからそれを食べてもらって、その後先生の夕飯の支度をして帰ればいいかと思うの。そうじゃなきゃ、先生の事、家でハラハラしながら居ても立っても居られないもの。もう先生は家族の一員みたいな人なんですからね。」

マリアさんの言葉に僕は目頭が熱くなってきた。
僕は家族とは縁が無かったから。そんな事考えたこともなかった。
マリアさんは僕を家族のような人と言ってくれた。うれしい、とてもうれしい。
いつの間にか僕は涙を流していたみたいだ。
マリアさんは僕に近寄り、抱きしめてくれた。
そして何も言わず、僕の背を優しく撫でてくれる。
しばらくして落ち着いた僕に、マリアさんは言う。 

「何か話したいことが有ったり、相談があるときは、いつでもいいから来てね。そうしてくれる方が私たちはうれしいのよ。」

もし、お母さんが生きていたら、こんな感じなのかなと思った。て、年齢的にはマリアさんに失礼か。
そうだ、先ほどの話をしなければ。

「先ほどの話ですが、マリアさんがいない間、ルルさんは大丈夫ですか?」

「そんな寝たきりの病人じゃあるまいし、私が此処に来ている時間ぐらい一人だって大丈夫よ。それにね、これを考え付いたのはルルなの。」

「なんか、マリアさんたちにはお世話になってばかりです。でも、とっても助かります。もしよろしければぜひお願いします。」

「何だか私だけが丸儲けする気がするわ。いいのかしら。」

「全然いいです。どんどん請求してください。」

そして僕たちは、あはははと笑いあいました。


その夜も僕はライアスさんの夢が見たくて、石を握りしめベッドに入った。
やはり今はライアスさんの夢を見ているようだ。
ライアスさんは馬に乗っている。
あたりは真っ暗なのにすごいスピードで走っている。

「ライアスさん、危ないから。こんな夜に馬に乗らないで。」

するとライアスさんは馬を止めた。

「デニスか?デニスなのか?」

「はい、僕の声が聞こえるのですか?」

「あぁ、聞こえる。どこから聞こえるのか分からないが、よく聞こえているよ。」

「うれしい。ねぇライアスさん、いくら僕の夢の中でもこんなに暗い夜に馬で走らないで。」

「だが、一刻も早くデニスに会いたいんだ。」

「え、ライアスさん、今僕の……イズガルドに向かっているのですか?」

「あぁ、苦労したぞ。イズガルドが一体どこにあるのか分からなくて。とても詳しい地図でようやく見つけた時は喜びとともに、ホントに此処なんだろうかと戸惑った。しかし、迷っていても仕方ないから、とにかく行ってみようと馬を走らせていたところだ。」

そう言いながら、道の傍らの木に馬をつなぎ、座り込んだ。

「イズガルドというのは、王都から東方の村でいいのか?」

「はい、そうです。王都から東に五日ほど馬車を乗り継いで、終点のトルネドの町から5キロほど歩いた村です。」

「よかった、間違っていなかった。デニス。」

「はい?」

「あと三日ほどで着く。どこにも行かずに待っていてくれ。」

「はい。これが夢で、本当は会えないとしてもとてもうれしいです。でもお願い、ライアスさん。夜は馬に乗らず、宿に泊まってください。」

「分かった。相変わらず心配性だなデニスは。なあデニス。会ったら言いたいことがあるんだ。聞いてくれるか?」

「ええ、いいですよ。ライアスさんも僕の話を聞いてくれますか?僕がこちらでお世話になった人の話や、こちらであった事など。」

「あぁ、楽しみにしているよ。」

「僕も……。」

その後は深く眠ってしまったようだった。
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