遠く、イズガルドの地にて。

羽兎里

文字の大きさ
上 下
2 / 13

新しい我が家

しおりを挟む
「片付けが済むまではうちで寝泊まりしながら、あちらの家に通ってくださいね。」

そうマリアさんに言われたけれど、そこまで甘えるわけにはいきません。家で片づけをしながらあちらに住もう。
次の日、朝食をごちそうになってから村はずれの家へ向かいます。
なぜかマイケルさんと、ゴードンさん。それにマリアさんまでもが一緒だ。
さすがにルルさんはお留守番。
そして各々大工道具や、掃除道具を持っていて、どうやら片づけを手伝ってくれるみたいだ。
ありがとうございます。
村はずれと言っても狭い村だから集落から400mほどしか離れていない。
このまままっすぐ行くと例の獣道にみたいだな。
病人やお年寄にはここまで来るのは少し大変かもしれないが、薬品を扱うのだから村からこれぐらい離れているのは理想的な距離かもしれません。
マイケルさんが預かっていた鍵で中に入ってみるとさほど汚れている様子も傷んでいる様子も無かった。

「ずいぶんきれいになっているな。きっとあちこち埃をかぶっていて、雨漏りなんかもしているんじゃないかと思っていたが。」

そう思うのも無理もない。
この家の外見は、あちこち苔が生え、傷んでいるように見える。
不思議だな。

「とりあえず、中はこのまま使っても大丈夫そうだから。後は外の苔を落とし様子を見てみよう。」

僕たちは外に出て、ヘラで苔を落としてみた。
苔はすんなり落ち、その下からはしっかりした木材が姿を現す。

「これは驚いた。外も苔さえ落とせば大丈夫みたいだ。どこも腐っていない。」

僕たちは外壁の苔をすべてそぎ落とすと、さすがすべての作業を終わると夕方近くになっていた。
マイケルさんたちは、何かあればまた手伝いに来るから気兼ねなく声をかけてくれと言い帰っていった。

「ハァ、さすがに疲れたな。」

少し休んだ後、マリアさんが作っていってくれた夕飯を食べた。
パンと暖かい川魚のスープ、オンジュの実。
皆の優しさが体に染みる。

「さて、今夜寝る場所はあるかな。」

別に何処だっていいんだ。今座っているソファだって全然かまわない。
でも、家の中の探検のかねて部屋を調べることにした。
玄関に続く広い部屋、その隣のドアを開ければ居間がある。
驚いたことに、玄関を入ってすぐの部屋にあったもう一つのドアを開けると小さな部屋になっており、ベッドが一つあった。
どうやら、お婆さんはここで寝ていたようだ。きっと二階に上がるのが大変で、この部屋に寝ていたのかもしれない。
何となくそう思った。
そして居間のちょっとした仕切りの向こうには台所。
あとは風呂とトイレ、その横のドアを開ければ、外に通じていた。
薄暗くてはっきりわからないけど、そこには屋根があって洗濯できる場所があるみたい。
階段を上がると、寝室が2つ
手前の寝室の戸棚を開けると、お客様用の寝具がそろっていた。

「これって使っていいかな。」

顔を寄せると、1年もたっているように思えないほど、お日様のいい香りがした。

「この布団で寝ると、とても気持ちがいいだろうな。」

僕は我慢ができず、ベッドに布団を敷き、眠ることにした。
早々にベッドにもぐりこみ頭まですっぽり布団をかぶる。

「あったかーい、気持ちいい―。いい匂い―」。

すっごく満足!
僕はそのまま眠りに落ちてしまったようだ。
ふと気が付くと、枕元の椅子にお婆さんが座っていた。

「どちら様ですか?」

「わしはここに住んでいた婆でフランソワーズという。」

「フランソワーズさんですか?」

「おぬし、今、内心笑っておるだろう?わしにだってその名が似合う時があったのじゃぞ。」

すいません。

「さて、おぬし、この家を使ってくれるようじゃな。」

「あ!すいません。断りもなく勝手に押しかけてしまって。すぐ出ていきますから。」

「慌てるでない。此処はおぬしがお使い。この家はそれを許したのだから。」

え?

「この家には、すんなり入れたであろう?」

「はい、でも鍵さえあれば誰でも入れますよね。」

「いやいや、鍵があってもこの家が拒否すればドアは開かぬ。たぶん気に入られない者が入ろうとした場合、鍵が違うと思うだろうな。」

「そうなんですか?」

「ああ、実はわしもこの家に認めてもらった一人じゃ。」

「えーと、それってどういう事でしょう?」

「この家はいつからここに建っていたのか全然わからぬのじゃ。そして、何人の人間がこの家に認められ住んでいたのかもわからない。お前も此処に住んでいればおいおい分かってくるだろうよ。この家は普通の家と違うと。」

「そんな特別な家に僕が住んでもいいのでしょうか。」

「今更くつがえぬよ。この家はおぬしを選んだのだから。ところでおぬし、此処に住んで何かをするつもりではないか?」

「はい、僕は薬師ですので、微力ですがみんなの役に立てるよう、治療院をしたいと思っていました。」

「おや、おぬしから魔力を感じるでな、てっきりその方面かと思っておった。」

「はい、少しですが魔法も使えます。ですのでその力で治療もできる限りやってみようと思います。」

「よい心構えじゃ。この家が認めただけはある。よろしい。お前にいい事を教えてやろう。二階の廊下の突き当りにある飾り扉を開けてみるがよい、その先にお前に役に立つものがあるはずじゃ。見ればすぐわかる故探してみるといい。まあ、がらくたもかなりあるがな。それらも自由に使うがいい。」

「そんな、僕なんかが使ってもいいのでしょうか。僕はもうすでにこの家をお借りしています。これ以上お世話になることは出来ません。」

「この家はすでに全ておぬしの物じゃ。何を使っても構わぬ。分かるな、すべてお前の物と言っておるのだ。」

「そんな、僕なんかがこんな立派な家や、この家のすべてを頂くわけにはいきません。」

「しつこいなおぬしも。この家がお主を選んだと言っておろう、それなのにそれを拒否すればこの家が悲しむ。そうそう、最初にお前が見つけた物はお前の守りになり、いろいろ役に立つ物になる。なるべく近くに置き離さぬようにな。おお、わしもそろそろ行かねばならぬ。これで安心してあちらに行けるわ。」

「あちらって?」

「あの世じゃよ。だからおぬしは何の気兼ねもせず安心してこの家をお使い。」

「安心してって、まって、僕まだお婆さんと話をしたい。聞きたいこともいっぱいある。」

「我がままを言うでない。わしが町へ行くなどと言ったのは嘘じゃ。寿命が来てしまってのぉ。今までおぬしのような人間が現れるまでこの家を守っていた。1年で表れてくれてよかったわ。もっともっと何十年も待たされる覚悟もしていたからな。」

「それなら、まだこの家に留まってもいいではないですか。」

「だから、わがままを言うなと言っておる。」

そういって、お婆さんは静かに椅子から立ち上がり、微笑みながら消えていった。
気が付くとカーテンの隙間から穏やかな日の光が差している。朝か……。今のは夢だったのかな。
現実のようであり、夢のようでもあった。
僕はベッドから降り、改めて部屋を見回す。
南側の窓の向こうは平原が広がり、その奥にむらが見える。
西側の窓からは深い森。
部屋の中には作り付けのタンスと姿見。
ベッドの横には小さなテーブル。
イスなどはどこにもなかった。
そうだ、お金が出来たら椅子を買おう。
いつお婆さんが戻って来てもいいように。
それからいつも通りの作業をこなす。
着替えてから、顔を洗い、朝食の支度をして食べる。
でも、いつも通りなのに、なぜかむなしさを感じ、さみしいのはなぜだろう。
でも感慨にふけっていてはいけない。治療院を始める支度をしなくちゃ。
その前に、夢で見たお婆さんの言葉を確かめに行こうかな。
二階に上がり、廊下の突き当りに行ってみた。
あった。夢じゃなかった。
たしかに、飾り扉がある。
でもそれは縦横15センチほどの小さな物だ。
この中に僕の必要なものが入っているのかな。
僕は小さな取手をつまみ引いてみた。
すると、その扉を中心に、人一人通れるような扉が現れた。
え?なんで?
ここ壁だったよね。
しばらく考えたが、思い切ってその扉を開けることにした。
凝った作りの綺麗なノブを回し、引く。
するとすんなりと扉は開いた。
中は明るく、部屋になっている。

「えーと、この廊下の向こうって、位置的に言って外だよね。うん、確かに外のはずだ。」

腑に落ちないまま中に入ってみた。

「確かお婆さんは僕に必要なものが有るって言っていたっけ。」

すぐわかるって言っていたけど、どれだろう。
僕は部屋の中にあるものを一つ一つ確かめるように、見て歩いた。
ガラクタと思われるものは一つもない。
本棚にはいろいろなジャンルの本が並んでいる。魔法書から、植物、料理の本まであった。
この、植物の本がそうなのかな。でも違う気がする。
中ぐらいの綺麗な箱の中には、きれいな石やアクセサリーが入っている。これって、宝石かな。でもなぜ王冠まで入っているんだろう。
後、甲冑やら、訳の分からない道具が並んでいる棚。
ありとあらゆるものが部屋の中にある。
この中のどれが僕に必要な物なんだろう。
すると、丸くて、彫刻がほどこしてあるテーブルの真ん中に、きれいなガラスの箱があった。
この中に何があるのか分からないけど、見た途端分かった。
僕に一番必要なのはこれだ。
近くにあった椅子を引き寄せ、テーブルの前に座り、丁寧にガラスの蓋を開けてみた。
そこには真綿に包まれた虹色に輝く小さな石があった。

「これだ。」

僕は確信した。
君が僕を呼んでいたんだね。
でも同時に湧き上がる疑問。お婆さんは僕に必要な物って言っていた。
いったいこれは何だろう。これが僕に必要な物って……。
虹色に輝くこの石、宝石かな、それとも魔石かな?
おもむろにその石を手に取ってみた。

「暖かい。」

どうしてだろう。このきれいな石が暖かく感じる。
フフ、君は綺麗だね。僕の傍に居てくれるかい?
きっと、おばあさんはこの石が僕に必要な物だと言ったのだ。
今は理由は分からないけれど。
この石をこうして持っているだけでも幸せな気持ちが広がっていく。
自然と笑みが漏れていく。
たとえこの部屋に、数々の宝石や宝物が有ろうとも、それらは僕に必要ない。
このきれいな石があるだけで充分。
いえ、充分すぎる。
僕はもう一度石を箱に戻し、大事に持って部屋から出た。

「とりあえずここが君の場所。」

僕のベッドの枕もとのテーブルに持っている中で一番きれいなハンカチを敷きその上に箱を置いた。

「さてと。」

僕は片付けと、治療院の準備をするべく1階に降りようとしたが、あの石の事が気になってしょうがない。
後で首に下げれるような袋を作って身に着けていられるようにしよう。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

処理中です...