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40、かつての屈辱

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 ◇

 ノアは城の中を歩いていた。おおよその見取り図は頭に入っているが、その図は完全ではない。
 思ったよりも警備は手薄だった。とにかく外部からの侵入には備えているようだが、入ってしまえば動き回るのにそれほど支障がなかった。
 ただやはり、あちこちに執拗なほど結界が張られている。

 いくつかの廊下には触れただけで焼け焦げる見えない陣が描かれていて、解除ができないことはないが、時間はとられそうだった。
 伯爵の実験室は地下にあると見ている。そこまで降りれば何らかの証拠がつかめるだろうか。

(それにしても、厄介な術をかけている)

 時間をかけて綿密に組まれた術だ。それは伯爵邸にかけられていた防犯の術とは比べものにならず、つまりここには他人に知られたくないものが隠されているということを示している。
 時間を費やすことによって、自分を上回る力を持つ魔術師に対抗しているのだろう。
 城全体に編み上げられた結界は、一カ所のみ破るというのが至極難しい。まだ会は始まったばかりで、騒ぎを起こすのは得策ではなかった。

 数カ所破るとすれば時間は限られ、相当場所を絞らなければならない。
 警備のために歩き回る使用人とかち合わないように歩きながら、ノアは一度裏庭に出ることに決めた。
 裏庭は手入れが行き届いておらず、繁茂した緑に覆われていて、見張りのような者もいなかった。使わなくなって打ち捨てられ、朽ちた道具がいくつも転がっている。

(伯爵が、レーヴェの言うように隻腕だとして、一見すると義手には見えないような腕を手に入れている。彼の研究分野は医学と生物学。人体実験を行って糾弾された。聖女は聖骸を作る力を持っていた。とすると、伯爵は聖女の力を使って生きた人間に何らかのことを施すのを目的としていた――?)

 高度な義手を生み出すことに成功して、その研究をさらに深めたかったのか。
 ノアは鬱蒼とした庭を歩きながら考えごとをしていたが、目の前に大きなものが現れて足を止めた。
 それは檻だった。ひしゃげて壊れかけているが、錆びてはいない。どうやら特殊な鉱物から作られているらしい。

 と、それに触れていたノアは目を見開いた。

 これを見たのは、初めてではない。
 十年以上前の記憶が頭の中に浮上する。
 十七歳だった頃。実家の館がある山の中。見知らぬ男達が荷車をひいていたのを見かけたのだ。
 あんな山の中を荷車で移動しているなんて滅多にないことで、おかしいと思って近づいた。彼らの荷は「魔物」だった。それも相当危険な魔物であり、術のかけられた特殊な檻に入れられていたから良かったものの、何かの弾みでそれが壊れれば魔物が放たれて大変な惨事が引き起こされる。

 ノアはすぐに魔物をしとめたが魔力が尽きかけて窮地に陥り、男達に殺されそうになったのだ。
 そこへ現れてノアを救ったのが、レーヴェルト・エデルルーク。
 彼が男達を皆殺してしまったので、結局何のために魔物を運んでいたのか知ることはできなかった。檻も調べたのだがどこで作られたのかわからずじまいだったのだ。
 それと同じ檻が、今、目の前にある。

 ――ごろつきが、何かを求めて侯爵領に入ってきていた。

 侯爵領にあるものは魔石だけではない。魔物も多く発生している。

「どなたかな?」

 魔術師のローブを着た壮年の男が、杖を持ってノアの方へと微笑みながら向かってきた。伯爵の手下だろう。優秀な魔術師を長年抱えているとの情報は得ている。

「本日の会に招待されている方の従者です。迷ってしまいまして」

 納得するはずがないのは承知の上で説明しておいた。檻に触れたまま男の方を向く。

「……変わった檻ですね。特別製だ」
「魔物を運ぶのにはうってつけだ。もしリトスロード侯爵領から魔物を運び出すのに必要とあれば、作って差し上げよう。ノア・アンリーシャ」

 向こうも間抜けではないからある程度の情報は仕入れているらしかった。とすると、これ以上とぼけるのも無駄である。
 ノアはポケットから黒い手袋を取りだした。通常魔術師は力を増幅させるために魔石をはめた杖を持つが、ノアは繊維状の魔石で作った手袋をその代わりにしている。

「魔物のような危険なものを、人が何らかのことに利用してはいけません。我々にとって魔物はただ倒すもの。禁じられたものに手を出しているのなら、侯爵家に仕える者として放置できません。お話をうかがいましょう、きっちりと」

 かつて危ない目に遭って、膝をついた屈辱は忘れていない。あの日、ノアはただやられる一方だったのだ。借りを返さなくてはならないだろう。オーダントン伯爵という存在に初め感じた嫌悪感は気のせいではなかったのだ。
 手袋をはめたノアは、眼鏡が反応していることに気がついた。これは領地内での魔物の出現に反応する魔道具だ。近くに魔物がいてもわかるようになっている。

 だが、ここは侯爵領から遠く離れた地域であり、地下に無限迷宮は出現していない。ここに魔物が出るはずがないのだ。
 どこかから陰鬱な気を感じる。日頃魔物駆除の仕事に従事しているからこそよくわかった。
 たった一匹二匹の気配ではない。

 もたついている暇はないようだった。
 眼鏡を押し上げ、ノアは魔術師の男と対峙した。
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