10 / 51
10、異端者
しおりを挟む* * *
「ティリシア様は、オーダントン伯爵に会わせるべきではないでしょう」
ノアが資料をめくりながらフィアリスに言った。互いに執務室の椅子に腰かけ、ノアは机に向かっている。
フィアリス達が館に到着するまでに、ノアはある程度情報を集めていたらしかった。この侯爵家の家令は独自のルートを持っていて、情報収集能力にも長けている。
「やっぱり、その伯爵は良くない噂が多いの?」
「ええ、とても」
侯爵家ほどの影響力のある大貴族ともなると、敵も非常に多い。ノアは常に、国内外の貴族の動きに目を光らせ、侯爵家が不利益を被らないように気をつけている。
フィアリスも多少は見聞きしているものの、基本的にはこの館に引っ込んで駆除の仕事ばかりしているので詳しくはなかった。
「オーダントン伯爵家は、三代前に戦争であげた功績により爵位を賜った家です。侯爵家とはほとんど関わりがなく、国内の派閥にもこれといって関与していない、どちらかと言えば孤立している貴族です」
侯爵家の人間が言える立場ではないが、そのオーダントン伯爵は変わり者であるらしい。
「彼は魔術師だったね?」
「そうです。王都の学院で学んでいました」
「私もその頃、名前を聞いたことがあるんだ。いくつか著書があったはずだけど」
するとノアが「この二冊です」と掲げて見せる。さすがに仕事が早い。
フィアリスも学院にいた時期があり、彼が通っていた頃とは時代が違ったが、人から話は聞いていた。大人になってからも名前を聞く機会があり、少しだが印象に残っていたのだ。
――異端者、オーダントン伯爵。
「彼は貴族ですが、研究職につき王都で生活していました。専門は生物学と医学。学生時代は大層成績が良かったようですね」
どういう手を使ったのか、ノアは伯爵の成績表まで入手していた。フィアリスは特に理系というわけでもないので、伯爵の論文は読んでいない。
「オーダントン伯爵は倫理に反する実験を複数回行ったかどで、職を追われています」
「人を……殺したとか?」
「そこが微妙なところです。彼は治療だと主張している。爵位まで奪われなかったのは、結果的に実験によって複数人を死に至らしめたのですが、殺人と認定されなかったからですね。腐っても貴族ですし」
伯爵はその後領地に引っ込み、目立った活動はしていないという。まるっきり他人と関わらないというほどでもないが、人付き合いは良くない方だそうだ。
「魔術師としても優秀だって聞いてるよ」
「そこがまた厄介です。敵に回すとすれば」
フィアリスもノアも、優秀な魔術師の部類に入る。噂で聞く限り、伯爵の魔術師としての力量は中の上なので、面と向かって戦えばまず負けない相手ではあるが。
普段仕事に私情を挟まないノアだったが、どうもこのオーダントン伯爵が気に食わないらしかった。
「まともな研究をしていない、そこそこの力を持つ魔術師というのはろくな方面に向かわないのが常ですから。いえ、これは私の偏見です。身内が研究好きの貴族崩れに絡まれたことがありまして、恨みがあると言いますか……。権力と金があって、倫理観の欠如した、知的探求心が異常に強い研究者兼魔術師は、禁忌の術に手を出す場合が多いのです」
フィアリスは目を細めた。
「呪術だね」
「そうです。オーダントン伯爵の周囲は、あまりに死の臭いが強い」
実験の末の死者。そして二人の妻達。使用人も度々死んでいる。
だがどれも閉鎖された場所で起きたことなので、真実は伝わってこなかった。己の領地でのことはどうとでも処理がしやすいのだ。
「ノア、君はティリシア嬢の件はどう思う?」
「魔力を狙われているのではないでしょうか。聖女の魔力は変わっています。それに伯爵が目をつけたのでしょう。彼女の力は後少しで失われますから、執拗な求婚はそれが原因かと思われます。ちなみに、伯爵に嫁いだ二人の女性も、聖女ではないですが魔力を持った方だったそうです」
伯爵の動きを考えると、ノアの推測が妥当である気がする。
もう少し手の回しようもあっただろうが、エヴァンの名前を出して婚約する予定だと言ってしまったのだからこのまま突き進む方がいいかもしれない。
ここで保護していれば、伯爵だって手の出しようがないのだからティリシアの身は安全だ。
「一時的にでも、エヴァンには彼女の婚約者になってもらおうか」
何気なくフィアリスはそう言ったが、ノアは無言で探るような視線を向けてきた。何か言いたいことがたくさんありそうだったが、彼はこの家の使用人として出過ぎた真似や言動は常日頃慎んでいる。
「それはエヴァン様と改めて相談しなければなりませんね」
ところで、エヴァンの父や兄は何と言っているかとフィアリスは尋ねた。
エヴァンの父、ジュード・リトスロード侯爵は現在療養中で領地を離れており、侯爵家の裁可などは代理として長男クリストフが任されている。当然ノアはこのことについて、二人にも報告しているはずだ。
「クリストフ様は一度おいでになられるそうですが、エヴァンの意見を尊重する、と仰っています。ジュード様は、お前達に全て任せる、とのことです」
「そう言うと思ったよ。良くも悪くも放任主義だものねぇ、侯爵閣下は」
フィアリスは頭を掻いた。侯爵は何かあれば出てきてくれるだろうが、頼まなければやって来ない。療養中なので、今の段階でこちらに戻ってもらうのは負担になってしまうだろう。
出来る限り自分達で解決した方が良さそうだった。
「伯爵の屋敷は見張らせています」
「動きはある?」
「今のところは静かです。ティリシア様を追いかけていた使用人が戻っているため、婚約うんぬんの件が伯爵の耳には入っているはずですが」
「彼女のお父上の方は?」
「人を送って、警護をさせています。そちらも問題ありません」
さすが、ノアは抜かりなかった。
とにかく、ティリシアは誕生日を迎えるまでは保護して、それからについては本人を交えて話し合おうとのことでまとまった。
0
お気に入りに追加
137
あなたにおすすめの小説
【完結】浮薄な文官は嘘をつく
七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。
イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。
父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。
イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。
カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。
そう、これは───
浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。
□『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。
□全17話
僕の宿命の人は黒耳のもふもふ尻尾の狛犬でした!【完結】
華周夏
BL
かつての恋を彼は忘れている。運命は、あるのか。繋がった赤い糸。ほどけてしまった赤い糸。繋ぎ直した赤い糸。切れてしまった赤い糸──。その先は?糸ごと君を抱きしめればいい。宿命に翻弄される神の子と、眷属の恋物語【*マークはちょっとHです】
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
【完結】《BL》拗らせ貴公子はついに愛を買いました!
白雨 音
BL
ウイル・ダウェル伯爵子息は、十二歳の時に事故に遭い、足を引き摺る様になった。
それと共に、前世を思い出し、自分がゲイであり、隠して生きてきた事を知る。
転生してもやはり同性が好きで、好みも変わっていなかった。
令息たちに揶揄われた際、庇ってくれたオースティンに一目惚れしてしまう。
以降、何とか彼とお近付きになりたいウイルだったが、前世からのトラウマで積極的になれなかった。
時は流れ、祖父の遺産で悠々自適に暮らしていたウイルの元に、
オースティンが金策に奔走しているという話が聞こえてきた。
ウイルは取引を持ち掛ける事に。それは、援助と引き換えに、オースティンを自分の使用人にする事だった___
異世界転生:恋愛:BL(両視点あり) 全17話+エピローグ
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
2人の未来〜今まで恋愛感情を抱いたことのなかった童貞オタク受けがゲイだと勘違いした周りに紹介されてお見合いする話〜
ルシーアンナ
BL
リーマン×リーマン。
年上×年下。
今まで恋愛感情を抱いたことのなかった受け(恋愛的にも身体的にも童貞でオタク)が、ゲイだと勘違いした周りに紹介されてお見合いする話。
同性婚は認められてないけど、同性カップルは現在より当たり前に容認されてる近未来な設定です。
攻め→→→受け。
以前別名義で書いたものを手直ししました。
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
回顧
papiko
BL
若き天才∶宰相閣下 (第一王子の親友)
×
監禁されていた第一王子 (自己犠牲という名のスキル持ち)
その日は、唐突に訪れた。王国ルーチェントローズの王子三人が実の父親である国王に対して謀反を起こしたのだ。
国王を探して、開かずの間の北の最奥の部屋にいたのは――――――――
そこから思い出される記憶たち。
※完結済み
※番外編でR18予定
【登場人物】
宰相 ∶ハルトノエル
元第一王子∶イノフィエミス
第一王子 ∶リノスフェル
第二王子 ∶アリスロメオ
第三王子 ∶ロルフヘイズ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる