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05、怪しい求婚者
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「結婚を迫られていたのです、その伯爵に。支援を受けていた伯父も、賛成していました」
揺れの少ない馬車の中、ティリシアはこれまでの経緯を語り出した。
ティリシア・フェンロードリは男爵家の一人娘で、歳は十七だった。男爵家は三代細々と続いた下流の地方貴族だが、暮らし向きは良いとは言えず、父親が病に倒れたのをきっかけに、爵位を返上しようという話になった。
ティリシアに不満はなかった。物心ついた時から家計に関しては不穏な空気が漂っていたこともあり、貴族といっても贅沢三昧とは無縁な暮らしをしていた。
平民になるのも抵抗はない。
だがそこへ現れたのが、オーダントン伯爵という男で、ティリシアの家に支援を持ちかけたのだった。
すでに伯父が支援を受けている。本来爵位を継ぐはずの長男だった伯父は、珍しいケースではあるがそれを放棄して大商人の家の婿養子になっていた。
「私が嫌がっているのを知っていたので、父は断ってくれました。今の身分にしがみつくこともないだろう、と。私は娘ですので爵位は継ぎませんし、そのために婿をとるというのも……家がこんな状況ですから」
オーダントン伯爵はなかなか引かなかったという。
王城で見かけた男は伯爵家の使いで、婚約について早く承諾しろ、そして家に来いとしつこくつきまとっていたのだそうだ。伯父が受けていた支援の話も出された。
伯父は伯爵の味方だ。何せ恩がある。
貴族ではなくなるくらいなら、親ほど歳が離れていようが伯爵夫人になるほうが幸せだろうとすすめてくる。
「病気の父や友人が、私以上に頑なになってきて、友人なんてそのうち、伯爵の家に乗り込むんじゃないかという雰囲気になってきたんです」
「あなたは、その伯爵に嫁ぐのは絶対に嫌なんだな」
エヴァンが確認するように言う。ティリシアは力なく頷いた。
「恐ろしい……目をした方なのです。まるで、蛇のような。私、あのような方の妻になるくらいなら、生涯独身でいた方がましです。貧しくたって、平気ですわ」
ティリシアが、膝の上で握った拳に力を入れている。そして顔を上げ、エヴァンを見つめた。
「わがままをを言っている自覚はあります。けれど私、愛せない方と結婚するのは嫌なのです。苦しいです」
「あなたの言うことはよくわかる」
エヴァンも、愛のない結婚などしたくなかった。貴族である以上、家と家との結びつきには大きな意味があり、政略結婚はそこに生まれた者の義務でもある。
わかってはいるが、本心を口にする自由くらいはあると思っている。
「……それでも、私が嫁いでまるくおさまるなら我慢のしようもあります。先程も説明しました通り、友人が乗り込みそうなのと、もし私が伯爵家と関わりを持ってしまったら、それこそ周りの者が身動きがとれなくなるのではないかと危惧しているのです」
フィアリスは顎に手を当てて何事かを考えている様子だった。
「確かに、あなたはその伯爵の家に縁付くべきではないかもしれませんね。オーダントン伯爵は魔術師だ。それも、あまり良い噂を聞かない魔術師です。二度結婚をしていて、二度妻を亡くしているという。嫁いですぐに」
ティリシアは再びうなだれて、エヴァンは顔を険しくした。偶然かもしれないが、なんだかきな臭い話ではある。
「フィアリス、詳しいんですね」
とエヴァンが言うと、フィアリスは肩をすくめた。
「私は魔術師だから、魔術師の話は耳に入りやすくてね。うちの家令は情報通じゃないか。彼と話をしている時に、オーダントン伯爵の話も聞いたんだ。君もね、もうちょっとだけでいいからよその人に興味を持ってね」
私以外の人にも。そんな言葉も言外に含まれているようだった。
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