猫の王子は最強の竜帝陛下に食べられたくない

muku

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16、決めました

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 * * *

 朝陽が室内に射し込んでいる。晴天の、爽やかな朝である。
 窓を開けて早朝の空気を吸い込んだミカは、心の中で呟いた。

(――セライナ様に、食べられよう)

 そう決心すると、不思議なくらい心が軽くなった。
 私はセライナ様に食べられて、彼の血肉となり、力となる。そうしてもっと強い竜帝になったなら、周囲の者にとってもそれは喜ばしいことになる。
 ミカは、自分に良くしてくれた竜族の人々にどうしてもお返しがしたかったのだ。けれど、自分があげられるものなど何もない。これがきっと、自分でできる最善のことなのだ。

 むしろ、彼らのためにすることがあるという事実を喜ぶべきだったのだ。
 セライナ様は私を牢から連れ出して、広い世界を見せてくれた。感謝してもしきれない。
 私が力になれるのなら、何だってするべきだ。
 それでいいんだ。私は、幸せ者だ。

 昨日までいつものように泣いて寝ついたミカがやけに清々しい表情をしていたので女官は少し驚いた表情をしていたが、「まあミカ様、今日はご機嫌がよろしいですこと」とにこにこする。

「実は私、決めたのです」
「それはもしかして、陛下との……」
「ええ」

 ミカが頷くと、女官は頬を染めて喜んだ。

「あらあら、それは……! 何て喜ばしいのでしょう。ミカ様もついに心を決めてくださったのですね。陛下は手が早いのだか奥手なのだかわかりませんし、器用ですのに不器用ですから、私達もやきもきしていたのですよ」

 お祝いの日が近いのですね、と女官は感慨深げに頷いていた。この様子だと、ミカがセライナに食べられることを渋っていたのにみんな気づいていたらしい。それはやきもきするだろう。申し訳なかった。
 実を言うと、ミカはセライナから直接「お前を食べる」とは一度も言われていなかった。きっと彼のことだから、ミカがまた泣くと思って言い出せずにいるのだろう。

 言いにくいのなら、こちらから決意を伝えに行く方がいい。自分としても、言葉にした方がよりしっかりと心が決まるはずだった。
 逃げずにこの竜の城で暮らす。そして、最後の日まで皆と楽しく穏やかに過ごしたい。

 セライナに話があると人づてに伝えてもらうと、竜帝陛下は忙しいので時間ができるのは夜になると言われた。それまでミカは城内をいつものように散歩したり、猫達と一緒に遊んで過ごした。

「緊張するよ、メル……」

 ミカは、へそを天に向けて地面に転がるメルの腹を撫でながらそう語りかけた。

「みゃん」

 メルがあくび混じりに返事をする。

「食べられるのって、どんな感じなんだろう。あんまり苦しまなくて済めばいいんだけど……。でも、尊敬する人の血肉になれるのって、考えてみれば素敵なことだよね」

 必要だと、思われている。そう考えると、胸の中が温かくなるのだ。

「セライナ様にならいいよね? 私の体をあげたって」

 メルは再びあくびをして、怪訝そうにミカを見つめ返していた。

 * * *

 夜になり、迎えに来たのはルディスだった。
 兵士が何人も護衛につくより、ルディス一人いた方が安全らしいというから、彼の実力も確かなものなのだろう。城の中は危険が少ないものの、先日近くに出た悪霊ゴーストの件もあり、今までよりは警戒感が高まっていた。
 とはいえ、城は今夜も平和そのものである。

「今日は私とセライナ様の、二人きりでお話がしたいのですが、よろしいですか?」

 この大事な話は、二人だけでしなければならないと思っている。真剣な表情で言うミカを見て、ルディスはまばたきを繰り返した。

「それはもちろん。しばらく人払いをさせておきましょう。しかし、何か……セライナ様に対してご不満なことがあったのでしたら、私から申し上げておきますよ」

 これに、ミカは慌てて手を振る。

「いいえ! 何か抗議をするというわけではないので、ご心配なく」
「そうですか。でも、二人きりねぇ……。我慢できるかなぁ。もし何かセライナ様があなたの意にそぐわない行為をなさって恐怖を感じた場合は、遠慮なくあの方を殴っていただいて結構ですからね」
「め、滅相もないです、セライナ様を殴るだなんて……」

 それも平手でなくて拳でいいとルディスは言う。側近が竜帝を殴る許可を出すなんて言語道断のような気がするのだが。ルディスは「特別頑丈ですから、セライナ様は」と笑っているが、たとえ彼の体が鋼より硬かったとしてもミカは手を出せないだろう。

 セライナの執務室にたどり着くと、見張りの兵を下がらせて、ルディスとミカは部屋に入った。実はミカ様がこれこれこうで……とルディスがセライナに説明をする。
 二人きりで、という部分を聞いたセライナの眉が、ほんの少しだけぴくりと動いた。それがどういう意味なのか、ミカは緊張してしまう。ここに住んでから今までのやり取りで、自分は多分、セライナに嫌われてはいないと思っているのだが、自信はない。

 今、ミカが何より恐れているのは、セライナに嫌われることだった。他の誰に疎まれても、彼に嫌われるほどつらくはないだろう。
 ルディスは臣下の礼をとり、部屋から下がっていった。
 薄暗い室内で、ミカとセライナは二人だけとなる。しばらく、どちらも口をきかなかった。

 セライナの方は「話したいことがある」と言って訪問してきたミカが喋り出すのを待っているのだろうし、ミカは自分の一大決心を口にするのに気合いが入りすぎて、なかなか話し始められずにいた。
 緊張を含む沈黙に耐えかねたのか、セライナの方が口を開いた。

「メルをさがしていた時のことは、申し訳なかった。どうにか連絡すべきだったと反省している」
「いいえ、ルディスは、あなたが大丈夫だと私に言い聞かせてくれていたのです。私はそれに耳を傾けて、セライナ様を信じて待つべきでした。過剰に騒いでしまい、かえってセライナ様に負担をかけることになり、私こそお詫びします……」

 しょんぼりとうつむきそうになるのを、ぐっとこらえる。自分のために悲しむのなんて、あまりに身勝手だ。そんな姿を見せては、またセライナが気に病んでしまう。

「お前は今まで苦労をしながら過ごしていた。この空の島では、その悲しみが少しでも薄らぐよう、幸せに生活してほしいのだ。何か不満があるなら遠慮なく言ってくれ。欲しいものがあるなら与えよう。お前の笑顔のためなら、私はいくらでも力を尽くす」

 セライナの言葉を聞いて、ミカは涙ぐみそうになった。
 ええ、知っています。あなたは私のために、いろいろなことをしてくださった。たとえ私が笑わなくたって、あなたが心を痛める必要なんてないのに。

 幸せだった。あなたが初めて、幸せというものを与えてくださった。
 笑顔で優しい人々に求められて、喜ばれて、撫でられて。心地良い居場所を作ってくれたのだ。

「……今日は、あなたに不満を打ち明けに来たのではありません。セライナ様。私の決意を聞いていただきたい」

 ミカは、真っ直ぐにセライナの漆黒の双眸を見つめた。

「私は、あなたに食べられようと思います。セライナ様、どうぞ私を食べてください」

 セライナが目を見開いた。それに、ミカは穏やかな微笑みで返す。

「ミカ。自分が何を言っているのかわかっているのか」
「もちろんです。私はあなたのものになると決めました」
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