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第二部 旅
124、地下室の特訓
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杖にはまった水晶が光る。
それが徐々に輝きを増してきて、カーネリアンは集中した。
あまり力を大きくしすぎると、禁止魔術に引っかかって不発に終わるのだ。ここで使える最大限の魔力を練る。
細めていた目を開く。魔術が発動した。
真っ白な光が尾をひきながら、部屋の奥に浮かんでいる球体へと吸い込まれていった。
小さく息を吐き、カーネリアンは杖の先で石床をトンと突いた。
――上手くできたと思う。
「どうですか? ファラエナ」
後方に立っている胡蝶蘭のファラエナの方へ、振り返って声をかけた。
最初の頃に比べれば、かなり力の制御ができるようになった。魔術に不慣れなカーネリアンは、魔術師としては素人同然だったのだが、一度やり方を会得してしまえばその応用も割と難なくこなせていた。
球の蹴り方を知らなかったので初めは足も当たらない有様だったが、それが当たるようになると案外どこへでも好きなように蹴り飛ばせる、といったような感じである。
ファラエナは腕を組んだまま、むっつりと黙りこんでいた。
「まだまずいところがあったでしょうか」
自分ではそこそこの魔術を習得した気でいるが、彼から見るとやはりまだ相当つたないのだろう。
「……いえ」
ファラエナはそう言っただけだった。
何か気にかかる部分があれば即座に厳しく指摘するファラエナだが、近頃は何も言わずに見つめているだけであることが増えた。
叱られるより無言でいられる方が不安が募る。
「閉口するほど酷い出来だったでしょうか……」
おずおずと尋ねてみると、ファラエナは怒ったように眉間にしわを刻んで手を振った。
「直すところがないから黙っていただけです。なんというか、あなたは想像以上に……」
どことなく戸惑っているようにも見えたが、彼は渋面して「なんでもありません」と苛立たしげに会話を切り上げた。
何に腹を立てているのか不明だが、ファラエナは不機嫌そうにしている時の方が多いからさほど気にはならない。術も及第点であるらしいからほっとした。
魔術というのは覚えてみると面白いものだ。カーネリアンは小さなものを浮かせたり、手に乗る大きさの人影を作って動かしてみたりした。そうやって遊んでいるとファラエナに見つかり、彼は一瞬ぎょっとして「大道芸人にでもなるつもりですか?」と呆れていた。
こういった魔術はあまり見ないが、どうして皆やらないのだろう。そんな話をすると、ファラエナは「人の子はそういう細かい制御が必要とされる術は苦手ですからね」と説明した。
では自分は器用な方なのかもしれない、と喜んだところで、つけあがるんじゃない、とファラエナに注意されたのだった。
「そうだ、あなたが教えてくださった防御の術ですが、できるようになりましたよ。めくらましの術も」
攻撃系の術でないからこの部屋でなくても練習が可能だ。めくらましは閃光を発生させるだけなので一度で習得した。
「昨日のあれを、もう?」
「簡単でしたよ、ほら」
嬉々として閃光を迸らせると、ファラエナは迷惑そうに両目をつぶり、目に焼きついた光を振り払うように頭を振っていた。
「防御の術も」
目に見えない殻がカーネリアンを覆う。ファラエナが強度を確かめるためか、拳で何度か叩いた。そして背を向けたかと思うと、手にした剣を振り上げていきなり斬りつけてきた。
仰天したカーネリアンだったが、剣は殻に阻まれて届かない。カーネリアンは胸を押さえながら抗議した。
「驚かさないでください! どうして斬るなら斬ると一声かけてくれないのです。私がうっかり術を解いてしまったら大惨事になるところでしたよ!」
「常に気を抜かないようにと忠告しているはずですが。あなたは刺客がご丁寧に『今から襲わせていただきます』と一声かけてくれると思っているのですか? 安心しなさい。仮に無防備な状態になっていたとして、あなたに刃が届く寸前で止められるくらいの能力はあります」
怯んだのはいただけないが、不意打ちでも防御の術を保てていたのはまずまずだった、と評価してくれた。
「この地下室でも気を張っていなければならないのですか」
「当たり前です。私が刺客である可能性は捨てきれないでしょう」
剣を鞘にしまいながら淡々と述べるファラエナに、カーネリアンはすぐさまきっぱりと言った。
「いいえ。あなたは刺客などではありません」
強い否定の言葉に、ファラエナは肩越しにこちらを見る。わずかに見開かれた瞳には、困惑が滲んでいるらしかった。だがそれも瞬きと共に拭われて、熾火のようにくすぶる怒りに変わってしまう。
「だからあなたは、温室育ちのお坊ちゃんと馬鹿にされるのですよ。カーネリアン殿下」
どう言われようと構わない。何一つ根拠はないが、この男は自分にとって敵ではないのだ。ファラエナがいくら否定しようと、これはカーネリアンの中で確たる考えになり、今や己を支える精神世界の柱の一つだ。
もちろんあなたのことも警戒しています、と言えばファラエナは満足しただろう。けれどカーネリアンには言えなかった。
――あなたには喉をさらしたって怖くはない。敵ではないと、知っているから。
「防御の術は術者によって形が異なります。あなたは殻でしたね。膜のように体表に密着させる者もいる。一部分に盾として集中させれば、更に強度は高まるでしょう。工夫してみるといい。相手が手練れであれば破られるので頼りすぎるのも問題ですが、慣れておいて損はないです」
ファラエナは技術的な話へと移った。
他人に指導をする経験はさほど多くなかったと彼は語ったが、教えられる立場からすると上手い方だとカーネリアンは思った。
教授するにあたりファラエナも簡単な教育計画を組んでいるらしく、無理なく段階を踏んで進めている。懇切丁寧とは言い難いし、厳しいことは厳しいが、彼の教えはわかりやすかった。
「あなたも人並みの魔力は操れるようになったわけですが、実戦となると何とも言えませんね。宮殿を出ない限り攻撃魔術は使えませんし、試しようがない」
――実戦。
聞くだに恐ろしい言葉である。
できることなら避けたいが、この先はそうもいかないのだろう。考えると気が重くなる。
「経験値の低さはこの状況ではどうにもできません。技術を磨き、出力を上げるしかないでしょう。予定よりも早いですが、試してみますか」
そう言って、ファラエナは懐から小さな袋を取り出した。動かすと何やら中でじゃらじゃらと音がする。手を出せと指示されるので言われた通りにすると、てのひらに袋の中身が出された。
赤に近い橙色の石で、八つほどある。
「これは?」
「紅玉髄です。あなたの体に埋まっているのと同じ種類の石ですよ」
確かに、よく見れば見慣れた石であった。生まれた時から体の一部であるものなので、最も馴染みがある。八つのどれもが丁寧に研磨されていた。
「この石にあらかじめ魔力を込めておき、補助として使います。あなたの兄君のフローライト殿下が編み出した方法ですが、ご覧になられたことはありませんか」
「そういえば……」
近頃は部屋に閉じこもってばかりのフローライトだが、長兄のルビー王子が存命の頃はよく顔を見せていた。魔術を使って仕事もしており、その時に体の回りに小さな青い石を浮かばせていたのを見た覚えがあった。
「フローライト殿下は自身の力を拡張するために石に力を込め、魔石として術の補助に使用することがあるのです」
石に魔力を込めて道具のように使うというのは珍しくない。部屋の鍵の代わりにしたり、密談のために音を遮断したり、魔力のある者は日常的に利用している。
フローライトのやり方は特殊で、本来一度に使える魔力の限度量を増やしたり、遠隔で術を作動させることが可能になるそうだ。
「しかし、兄以外の者がその方法を試しているところは見ませんでしたが……」
「フローライト殿下以外には不可能だったからです」
最も優れた魔術師と謳われる、ユウェル国第二王子フローライト。彼だから出来る裏技のようなものを、ファラエナはやれと言うのである。
「私には無理ですよ……」
「あなたのそのいちいち及び腰な態度は、見ていて本当に腹が立ちますね。やる前から無理だと決めつけるのはやめなさい」
これ以上弱音を吐くようであれば口を縫いつけると脅されたので、カーネリアンは渋々従うことにした。
花の貴人には向かない方法だそうで、おそらく石持ちにのみ出来る技だろうという話だ。フローライトとカーネリアンは兄弟で、同じ血筋だ。だから可能だろうというのがファラエナの理論である。
「前から思っていたのですが、あなたはフローライト兄様と会ったことがあるのですか?」
「何故そう思われるのです」
「よく、兄の話をされるので」
ファラエナはフローライトについてやけに詳しかった。彼が宮殿から出られなくなってからの年月と兄の年齢を考えると、二人が顔を合わせるのは不可能だ。けれどフローライトの話題になると、まるで知人の話でもするかのようなファラエナの様子が、前々から気にかかっていたのだ。
ファラエナは少し眉をしかめ、「フローライト殿下の噂話はここにも届くのですよ」と答えてそれ以上の質問を許そうとはしなかった。
カーネリアンは八つの石を宙に放った。紅玉髄は円を描くように浮かんで、カーネリアンを囲む。
「本来はあなたが石を磨いて準備しなければなりません。今回は試すだけですから、私の魔力を込めました」
カーネリアンは目を丸くする。
「ファラエナが私のために準備してくれたのですか?」
「他に誰がいるのですか」
つまり彼は、紅玉髄を用意して、磨いた上で力も込めてくれたのだ。その事実を知るとなんだか嬉しくて口元が緩みそうになったが、縫われてはたまらないので引き締める。
自分の周りで輝く宝石に目をやった。仏頂面で紅玉髄の形を整えているファラエナの姿を想像する。特別な石に見えてくるし、俄然やる気も出てきた。
「では、いきます」
カーネリアンは手を前に出し、合図を出すように指を弾いた。
石が同時に眩く光り、魔力を放出する。一瞬四方八方に放たれそうに見えたが、力はこの部屋にかけられている術の法則に従って、銀色の球体へと吸い込まれていった。
自分の手が八つに増えたかと錯覚するような感覚だった。一つ一つから放たれた力はそれなりの威力で、風が巻き起こって火花が飛び、術者のカーネリアンやファラエナの髪が揺れる。
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