花の貴人と宝石王子

muku

文字の大きさ
上 下
109 / 137
第二部 旅

109、人助け

しおりを挟む

 * * *

 当初リーリヤとジェードは、遠回りした分を取り戻そうと、ユウェル国に戻って北まで突っ切る予定でいた。
 しかし前宰相アルト・ソルムの情報によれば、どうも国内で怪しい動きがあるという。城での一件は一段落したのだが、今度は別の貴族がジェード達をさがしているのだそうだ。

 アルト側がおとりを用意して、そちらの注意を引いてくれている。なのでリーリヤとジェードは、ユウェル国には入らずにその外側をぐるりと回って北を目指す運びとなった。
 悩みはしたが、造花についてや各地の光量減少による変化の情報収集もかねて決めた道筋だ。そもそも時期によって、虫の国へ至る道は変化する。遠回りした結果、かえって近道を通れる可能性が出てきたのだ。

 ジェードがついていれば距離的に長くなったとしても、当初の予定通りの日数、もしくはそれより早く到着できるはずだった。
 第十五王子を亡き者にしようとしている貴族は多い。ジェードをしとめられる猛者などほぼおらず、命の危険がなかったとしても、思わぬ罠にはまって足止めを食うのは避けたかった。やはりユウェル国の中は極力通らない方がいいだろう。

 常夜の地から南下してたどり着いた町は、花宮殿へ香水を出荷した場所として記録に残っていた。もしや何らかの手がかりが得られるのではと期待して聞き込みをしたのだが、何十年も前ということもあって知る者はいなかった。
 リーリヤは長寿の生き物であるから失念しがちだが、人の子の社会の変化は早いのだ。

 香水の調香を行っていたという魔術師は名うてだったそうで、ユウェル国の他、各国の貴族からも注文を受けて香水を作っていたそうだった。
 仕事を引き継ぐ者もおらず、その頃の資料も破棄されている。どの花の香りの香水を花宮殿に送っていたのか、もう知る術はなさそうであった。

 その事実にリーリヤは半分落胆し、半分安堵した。いずれ知らなければならない真実は、必ずや宮殿に動揺をもたらす。
 だがこれで造花について調べるのは終わりではなく、造花職人であった魔術師達が住む森に行く予定はあった。

 ユウェル国の南東、南、南西にはそれぞれ国があり、その二つの国を過ぎて現在二人は三つ目のフィーロ国の領内に入ったところである。フィーロは手工業が盛んな国であり、職人が多く暮らしている。
 小国とはいえ、それはユウェルと比べてということであり、さほどこじんまりとはしていない。五つの有力貴族の力が拮抗している国であった。

 西の砂漠に住む蛮族と揉めているので、ジェードも度々こちらの方の小競り合いに顔を出していた。
 フィーロを北に抜けた先は、例の造花の魔術師が住む森だ。そしてその向こうが虫の国。
 ここに至るまでに経過したのは約三ヶ月。予定よりかなり早く進んでおり、順風満帆である。後もう少しだ。

「何事もなくここまで来られて良かったですね、ジェード様」

 リーリヤがにっこりしながら馬首を並べて歩むジェードに声をかけた。
 ジェードは、数秒黙ってから口を開いた。

「……そうだな」

 表情には何も込められていなかったが、その沈黙は意味ありげであった。
 そこでリーリヤは、何事もなかったと判断しているのは己だけであるのだと考え直した。自分の後ろ頭をさすりながら笑顔を苦笑に変える。

「ええと……その、あなたには大変ご迷惑をおかけしましたね。いろいろと煩わせてしまい、申し訳ありませんでした……」

 この国に至るまでに、些細ではあるが様々な出来事があった。その多くが、リーリヤが首を突っ込んで起きたことである。
 何か困っていそうな人を見ると、リーリヤは何でもくれてやるのだ。服を与え、靴を渡し、薬草も金も持たせる。

 喧嘩を仲裁し、迷子を助け、暴走する馬を止め、乳の出ない牛の世話をし、引ったくりに飯を食わせてやった。
 リーリヤは好きでやっているのでいいのだが、ジェードは巻き込まれているのだ。リーリヤも自分の手に余るような大事には飛び込んでいっていないつもりだが、どうしても連れであるジェードに影響が及んでしまう。

 申し訳なさに顔を歪ませているリーリヤに、ジェードはただ「気にするな」とだけ言った。

 ――いや、気にするべきだろう。私はあんまり、まますぎる。今回は一人旅ではないのだから……。

 ため息をついてうつむけば、胸元で宝石が揺れる。銀の腕輪の他にリーリヤは身につける宝飾品がもう一つ増えていた。首から下げているこの品は、リーリヤの暴走に頭を悩ませたであろうジェードが入手したものだった。

 ◇

 リーリヤが誰かに手を貸したり何かを与えても、ジェードはそれに文句を言ったりしなかった。
 とある街道でのこと。ジェードがリーリヤから少し離れて聞き込みをしている間、リーリヤは困っている若い娘を見つけた。靴を駄目にして、買い直す金もないと泣いていたので、自分の靴を娘にやった。傷んでもおらず丈夫なので、近隣の村で買い直すよりは余程長持ちするだろうと思ったのだ。

 そうして娘と別れた裸足のリーリヤは、戻ってきたジェードと顔を合わせることとなった。当然、ジェードの目線はリーリヤの足下に向けられる。
 リーリヤはかいつまんで事情を説明した。

「家まで送ってやって、もっと面倒を見たかったのですが、私達も先を急ぎますし。新品ではないのが心苦しいですけれど、花の国で作られた靴は丈夫なのです。彼女の足の形が合って幸いでした」
「だがお前が裸足になった」
「徒歩ではありませんから構いませんよ」

 金を渡しても裕福ではなさそうであったから、靴以外のことに使ってしまうかもしれない。彼女は仕事の都合でよく歩くらしく、何度も靴を履き潰した経験があるそうだ。足に傷があったのが何とも可哀想であった。今後、少しでも怪我が減ればいいのだが。
 などという話をしているリーリヤの顔を、ジェードがじっと見つめているからはっとした。

 もしかしたらジェードは、リーリヤが安易に自分の物を他人に渡したせいで機嫌を損ねているのかもしれない。
 リーリヤの周りにいる者は大抵、こうした行いに呆れて口を出すのだ。お人好しを通り越して悪癖だの、自分の身を粗末にするなだの、苦言は耳に入るのだが行動を改めるには至っていない。

 長い付き合いで慣れているはずのすみれのイオンですら、頭を抱えて閉口する場合もあった。
 ジェードは初めて会った時、リーリヤが人助けが好きだと話すと、お前は馬鹿だと憤っていた。またそうやって腹を立てさせてしまったかもしれない。
 まずかったかな……と反省しつつ、やってしまったものは仕方ないものな、と馬に乗った。すると、何かを裂く音が聞こえてそちらに目を転じる。

 ジェードが荷物の中から出した布を裂いていた。

「私の靴を貸してやりたいところだが大きさが合わぬし、無理に押しつければ私の物を奪ってしまったとお前は落ち込むだろうからな」

 と言ってジェードはリーリヤの方に近づき、足を布で巻いていく。どうも、靴の代わりらしい。

「馬の上とはいえ、外を行くのだ。保護しておいた方がいい」
「平気ですよ、ジェード様」

 花の子は人の子より怪我の治りが早いのである。多少の傷は何でもないし、そもそもあなうらが丈夫な生き物なのだ。だがジェードは布を巻く手を止めなかった。

「花の貴人は無闇に他人の目へ素足をさらさないのではなかったか?」
「それは……そうですけど」

 貴い身分の者が肌の露出を控えるのは、人の子も花の子も同じ文化である。
 二人は素性を隠して旅をしているが、やはり王子と貴人であるという事実は変わらない。ジェードは目立たぬようにしているものの、王族として品性を失った行動は取らない。リーリヤも貴人という身分なのだから、最低限、品位を保つべきだろう。

「次の町で靴を見繕えばいい」

 そう言ってジェードは馬を進めた。
 彼はリーリヤの行為を責めなかったし、不快そうに眉をひそめたりもしなかった。
 それが、リーリヤには無性に嬉しかったのだ。無意識の内に「許しを得た」と感じた。
 だから人助けの件について、ジェードに気をつかわなくなったとも言える。


 菫のイオンから再三注意を受けていたし、自分は急ぎの用事があるという自覚があったので、揉め事などに深入りはしないよう気をつけてはいた。
 予定が遅れないよう、誰かに手を貸す際はすみやかにことを進めた。

 とはいえ、助けを求める者がいれば、条件反射で身体が動いてしまうリーリヤである。相手が危機的状況であればなおさら飛び出してしまうのだ。
 リーリヤはこれまで三度ほど、ジェードとはぐれた。すぐにジェードが見つけるので離れていた時間はごく短かったのだが、これにはジェードの眉間のしわも少々深くなった。

「お前は想像以上にすばしっこいのだな……」と彼はぼやいていた。身体能力が並みの人間より優れているジェードだから、まさか普段動きの鈍い白百合に何度も振り切られるとは、思いもしなかったのだろう。

 すみません、自重します、と平謝りをするリーリヤだったが、三度続くとジェードも黙り込んだ。怒っているというより、途方に暮れているというのが近い。
 彼が額に手を当て、一人どこか遠くの方を見つめているのを見て、いたたまれなくなるリーリヤだった。

 リーリヤがどれほど人助けに励もうと、ジェードは止めに入らないで見守っていた。力が必要であれば手も貸してくれた。馬車の車輪がぬかるみにはまっていれば一緒に押してくれたし、深夜に宿屋の前で喧嘩する者がいれば共に様子を見に行ってくれた。馬のお産に手を貸し、子供をかついで川も渡った。

 ジェードは常に穏やかだったが、ただ一度、とある男の肩を故意に脱臼させたことがあった。素行の悪そうな男にリーリヤが絡まれ、「一晩付き合ってくれたら金をやるよ」と言われたのだ。瞬時にジェードが腕をひねりあげ、あっさりと男の肩の関節は外れた。

 おやまあ可哀想に、とリーリヤがはめ直してやろうとしたのだがジェードに止められ、睨みつけられた男は腰を抜かすと這いずりながら逃げていったのだった。
 下心のある男にリーリヤが触られたのが余程気に食わなかったのか、ジェードは拗ねた顔をしてその場でリーリヤを抱きしめた。

「あれは肩の外れやすい男だったようだ」

 などととぼけたことを言う。自分に関する問題でジェードが暴力を振るうとリーリヤが嫌がるから、あれは事故だったと主張したいのだろう。
 リーリヤは苦笑しながら王子の背中を撫でてやった。彼なら容易に腕を折れたのだから、我慢した方である。

 などという出来事が重なり、ジェードはなるべく人の少ない地域を選択して先を進んだ。人のあるところには揉め事がつきもので、リーリヤが無茶をする危険も高まるとの判断だったのだろう。結果的には大きな足止めも食わず、順調に旅は進んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

からっぽを満たせ

ゆきうさぎ
BL
両親を失ってから、叔父に引き取られていた柳要は、邪魔者として虐げられていた。 そんな要は大学に入るタイミングを機に叔父の家から出て一人暮らしを始めることで虐げられる日々から逃れることに成功する。 しかし、長く叔父一族から非人間的扱いを受けていたことで感情や感覚が鈍り、ただただ、生きるだけの日々を送る要……。 そんな時、バイト先のオーナーの友人、風間幸久に出会いーー

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

処理中です...