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第一部 再会
66、おかしなこと
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深夜の宮殿の廊下を歩く影があった。
周囲に誰かがいる気配はない。その歩く人物――胡蝶蘭のファラエナは、常と変わらない堂々とした歩き方ではあるが、足音をほとんど立てずに進んでいた。
「どこに行かれるつもりかな?」
笑いを含んだような、意地の悪い声がした。ファラエナは眉間に皺を寄せて立ち止まる。
柱の陰から現れたのは、淡紅色の長い髪が可憐な、桜のサクヤであった。いつものように扇を顔の前で開き、口元の笑みを隠してファラエナを眺めている。
「お前か。さっさと失せろ」
「胡蝶蘭公ともあろう方が、随分荒い口のきき方をなさる」
「お前のような無礼な男に何故丁寧な言葉をつかわねばならないのだ」
お互い相手がいけ好かないというのもあって、桜と胡蝶蘭の関係はすこぶる悪い。サクヤはお高くとまっているファラエナが嫌いで、ファラエナはサクヤのようなふざけた男を軽蔑しているのだ。
にらみ合った末、口を開いたのはサクヤだった。
「何を企んでいる?」
ファラエナは、まばたきもせずにサクヤを冷えた目で見つめていた。
「このような夜更けに、あなたはこそこそと、どこを目指して歩いておられたのかと聞いているのだが」
「お前に答える義理はない」
小さなため息をつくと、サクヤは音を立てて扇を閉じ、笑みを消した。
「どうもお前さんは怪しいぜ。ずっと、ずっとな。月下美人について回って、あいつとどんな内緒話をしてやがんだよ。月下美人がどれだけ優れた奴だろうが、お前は性格的に腰巾着なんてやる野郎じゃなかったはずだがな。いろいろこじれる前に、全部吐いちまえよ」
「話がそれだけなら、私は失礼させてもらう。お前に打ち明けるようなことは何もない」
だがファラエナが歩き出そうとする前にサクヤはぴしゃりと言って牽制した。
「おかしいことが多すぎるっつってんだよ」
サクヤの方が一歩踏み出し、ファラエナとの距離を詰めていく。
「いちいちあげればきりがねェが、一番妙なのは、お前が王の代理候補に選ばれていないことだ。俺でさえ選ばれている。俺より強いお前が候補にならないのはおかしい」
実力で言うなら、ファラエナの方がサクヤよりもいささか上であった。
月下美人、赤薔薇、白薔薇、天竺牡丹。力のあるものは大体石版に名前を連ねている。胡蝶蘭のファラエナの実力は薔薇二人よりも下で、天竺牡丹と並ぶ。その下がサクヤだ。
「睡蓮公アイルも選ばれていない」
「あいつは引きこもりだから資格なんてないだろ」
「私に言われても困るのだが。剣や魔力の強さで判断されているとも限らないだろう。あの白百合公も候補になっているのを忘れたか? 実力では下から数えた方が早い変人が選ばれているのだから、強さは関係ないのだろう」
「お前は候補から弾かれる何らかの理由があるんじゃないのか?」
「私が知るわけがない」
ファラエナの声は怒りを帯びていた。隠しきれなかった憤りの一片が瞳によぎるのを、サクヤは見逃さない。
石版に名が連ねられた貴人の共通点は特にない。だが有力者がほとんどであり、選ばれるとすれば誰もが大体妥当だと思われる者ばかりだった。その中で白百合公リーリヤだけがやたらと浮いている。
人目をひくのを好まない白百合は普段目立つことが少ない。王の代理という立場はいかにも不似合いであった。
とにかく、実力者で候補になっていないのはファラエナだけだ。
「何を隠してやがる、ファラエナ」
「お前の妄想に私を巻き込むな。そっちこそテクタイト殿下を利用して良からぬことを企んでいるようではないか。痛い目を見ないよう気をつけるのだな」
「ご忠告感謝する」
これ以上話すことはないとばかりにファラエナはサクヤの横を通り過ぎる。今までとは違い、わざと足音を立てていた。
遠ざかる足音を聞きながら、サクヤは振り返りもせずに前方を見つめて佇んでいる。
問いつめても大した収穫はなかったが、間違いなくファラエナは他人に言えない何かを抱えているというのはわかった。
自分が候補になれないことに腹を立てているが、その理由には心当たりがありそうだった。もしかしたら、「王の代理」が何なのかまで知っている可能性もある。
だが、吐かせるとなるとかなり難しいだろう。
さてこの不気味な嵐の前の静けさのような日々はいつまで続くのだろうかとサクヤは思う。閉じた宮殿の日常は案外、あっさりとひっくり返るかもしれない。
そして、サクヤのその予感はすぐに当たるのだった。
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