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第一部 再会
51、本当の名前
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「花の子に、女はいないのか?」
テクタイトの声が降ってきて、気を失いかけていた桜のサクヤはまばたきをした。
「女でございますか……」
寝台に裸で横たわるサクヤは、自分にまたがる男を見てゆっくり息を吐いた。
この王子の猛攻は想像を絶するもので、サクヤは度々失神させられている。サクヤとしては鍔迫り合いでぎりぎりの攻防をするつもりでいたのだが、今のところは圧倒されることの方が多い。
花の子と交わった経験がないというのが嘘のように扱いが上手かった。数度性交しただけでおおよそ体のことを理解したようだ。
サクヤは元より体力に自信がある方ではない。テクタイトとのまぐわいが終わると大体疲労困憊だった。
今宵も散々悶えさせられて気が遠くなった。この絶倫野郎が、と心の中で幾度も罵っている。
「花の貴人は全員男なのです。花の子には女も時折生まれますが、ごく少数で非常に珍しいですね。昔はもっと数がいたのですが、めっきり減りましたな」
「何故だ?」
「あなた方人の子が、さらっていってしまったので……」
大昔は花の国と人の国は今より行き来が容易で、そのため花の子が連れて行かれることが多かった。男よりはやはり女が良いと見えて、ただでさえ希少な女の花の子は狩られてしまったのである。
土から生まれる花の子だが、いつも同じ種族が一定数生まれてくるわけではない。減れば減るほど、新たな同種族は生まれにくくなってしまう。それは女という希少種も同じだったと見え、今では十数人しか存在しない。
「やはり女を抱く方がよろしいですか?」
「得があるなら、どちらでも構わん」
今のところ、テクタイトはサクヤ以外を抱いてはいないらしい。数日に一度サクヤが彼の部屋を訪れて、行為に及んでいる。
月下美人公ルナに呼び止められたことはあった。あなたは納得済みなのですか、と尋ねられた。そうだと答えると、頷いて去って行った。白百合公リーリヤのようにあれこれ口出しするつもりはないらしかった。
月下美人公とテクタイトに体の関係はないようだ。月下美人公は身持ちが堅いことで知られているから、それは確実だろうと思われる。
話によると月下美人公がテクタイトの手綱をある程度握っているそうだが、どのような話し合いを経てそうなったのだか想像がつかなかった。
この王子は、他人の言いなりになるような人間ではない。月下美人公はどう説得して、テクタイトをそばに住まわせたのだろうか。
(こんな野郎に誰か目をつけられたら、えらいことになっちまう)
テクタイトは他人を服従させる力があった。弱い花の子であれば、まず肉体から征服されるだろう。
じっと見つめ合っていると、心まで支配されそうな気になってくる。相手に恐れを抱かせて隙をつき、精神の中に無遠慮に手を突っ込んでくる。そして大事な何かをつかみ、操ろうとする。
(白百合には荷が重すぎる。あいつには無理だ)
他人が危機にさらされると驚くほどの芯の強さを見せるリーリヤだったが、自分のこととなればつけ込まれる部分が多すぎた。
あのお人好しの弱点など、少し見ただけで誰でもわかる。弱いところをさらけだしながら歩いているような阿呆である。
この王子は、リーリヤに関心を持っていないのではない。
今までの言動から考えても、彼は「面白いこと」を好んでいる。混乱を招くこと、兄弟王子をなぶること。静穏な水面を波立てて、そこに浮かぶものが翻弄されるさまを見たいのだろう。
テクタイト王子にとって、弟のジェード王子は耐久性のある面白い玩具なのだ。その玩具が執心している花を、どうして見過ごすことができようか。
「白百合公リーリヤとは、どのような男だ?」
ほらな、とサクヤはため息をつきそうになった。こいつは他人の頭の中でも読めるのだろうか。
「つまらぬ者にございます。凡庸で特に目立つところはありません。か弱く、おとなしいので宮殿では埋もれる花の方でしょうな」
「そうか? なかなかに面白い花に思えるが」
俺に乗っかりながら他の男の話をするとは、いい度胸してんじゃねェかよ、と毒づきたくなるのをこらえた。
サクヤは徹底してテクタイトの前では淑やかに振る舞っているが、そういう芝居をしているというのは初めから見抜かれているだろう。
テクタイトが簡単に白百合を手折ることができるのに、そうしないのは何故か。時期を見計らっているのだ。より残酷な演出を好むであろう人間だというのは、詳しく知らなくても想像がつく。
厄介な人の子の侵入を許してしまったものだ。
テクタイトの狙いは、王位なのか、花の国なのか。それとも、大いなる混乱か?
はっきり言って花の貴人達は、人の国については滅びようがどうしようが他人事だった。勝手に騒いで惑えばいいが、花の国ではそうはさせない。
傲慢な人の子は、世界にあるものを皆支配下に置きたがる。そうであるのが当然だと思っている。
だが、花は人の慰めに咲いているのではない。この意見は全花の子で一致している。
テクタイトはしばし窓の外に目を向けて、考え事をしているのか放心しているのか判然としない顔をしていたが、ふと口を開いた。
「宝玉王の息子たる王子達は、石の名前がつけられる。その言葉の響きは外からやってきた言葉、外来語だ。紅玉のルビー、翡翠のジェード、紅玉髄のカーネリアン、孔雀石のマラカイト……」
テクタイトはサクヤを見下ろし、笑みを浮かべた。
「桜公。私の名は、本当に『テクタイト』だと思うか?」
奇妙な問いかけに、サクヤは目を見開く。
「王子の名を決めるのは宝玉王だ。生まれた息子には石が埋まっていて、それが何であるかを父が調べて特定する。我々は石そのものの名で呼ばれ、例外はない」
ところでテクタイトという石は、と色気のない話が淡々と進められる。
「飛来石の一種ではあるが、ほとんどが地上の物質が溶けて冷えたものだ。飛来石を宿した王子はこれまで存在せず、私が初めてだと言われている。よそからやって来た石は普通、石持ちの石になり得ない。地上との絆がないからであろう。しかしテクタイトは地上のものと溶け合っているから、人の中に宿ることができたのかもしれん。――これは、学者の受け売りだが」
巷にも宝石というものは流通していた。翡翠も紅玉も存在する。しかし、王子達が持っているのは、そんな普通のものとは異なる、特別な石だとサクヤは聞いていた。
「父は赤子の私を見た時、私を『テクタイト』とは呼ばなかった。別の音を口にして、だが、『テクタイト』と言い直したのだ。王子の中で私だけ石ではない名前で呼ぶわけにはいかないではないか。とはいえ私は確かにテクタイトではある。だからこの名は誤りでもないのだが、それでも本当の名が、これだとも言い切れない」
――何を言ってやがんだ、こいつは。
聞いていると頭がイカれそうになる。
不気味な二つの目が苦手だった。静かだがしっかりと耳の奥まで届く声も嫌だ。目を閉じて耳を塞ぎたくなってくるのをどうにかこらえる。そんな仕草をすれば相手を喜ばせ、つけいられてしまうからだ。
こらえていると逆に、目が離せなくなり、声に耳を傾け続けてしまいそうになる。引き込まれて、酩酊しそうになる。そんな妙な力をこの男は持っている。
王子達は、ジェードを除き、心底テクタイトを恐れているようだった。
現在この宮殿にいる王子達がテクタイトを見かけると、揃って顔色を変える。これまで、さぞ彼に苦汁を嘗めさせられ、恐怖を与えられてきたのだろう。
怒鳴って威嚇してくる男ならばまだいいが、テクタイトはとにかく得体が知れないのだ。
兄弟を殺し合わせ、疑心暗鬼にさせたのはテクタイトの仕業であるに違いない。
「……何やらよくわかりませぬな。あなたは結局、何を持つ、何という名の方なのですか?」
「さあな」
自分で話をふっておきながら、早々に興味を失ったらしい。すとんと表情をなくし、冷たい目でサクヤの体を眺め回す。
それから手を胸の上に置いて、ゆっくりと這わせた。
「気をつけろ、桜公よ。私は火を連れて来る」
触れられたとたんに、サクヤの体は素直に反応した。精神の方は屈していないが、肉体はすでに従順になっている。
「一つ、言えることがあるとすれば、王位を継ぐに相応しいのはやはりこのテクタイトということだ。私は父上の遺志を継いでいる。あの方も私が王になれば喜ぶだろう」
体勢を変えさせられて、サクヤは再びテクタイトと交わり始める。両腕をしっかりとつかまれて、奥を攻められるサクヤは背中を反らせた。
決して酷く暴力的ではなく、しかしどちらが上か教え込むような抱き方をしてくるのだ。十分な快楽を与えて、調教しようとする。
――その手には乗るか。
今まで、何もかも思うように動かしてきたといったような面が気に食わない。どうにかして、鼻を明かしてやりたかった。
テクタイトのものを中で感じ、喘ぎながらもサクヤは慎重に相手の魔力をかすめとった。こうして少しずつ、盗めるだけ盗むつもりだ。
今に見ていろ、と思う。
――全てが思い通りになどいかないということを、この俺が思い知らせてやる。
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