花の貴人と宝石王子

muku

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第一部 再会

42、奪い合い

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 * * *

 地響きが聞こえてくる。
 火薬が使われた仕掛けで建物の一部が崩れるという事件が、三日続けて起こっていた。
 幸いにも、誰も散ってはいなかった。しかし、テクタイト王子が到着してからはしばし落ち着いていた日常だったが、平穏は一時的なものに過ぎなかった。

「誰だか知らんが、いい加減にしろ!」

 自主的に修復作業を請け負っている天竺牡丹ダリア公ギアルギーナが、誰にともなく怒鳴っている。彼が声を荒らげるのは非常に珍しく、ついに腹に据えかねたのだろう。
 直したそばから壊されるのだから、うんざりするのも当然だ。

「自分達の住処を崩してどうするのだ! 屋根がなくなったら、風にさらされて眠る羽目になるのだぞ!」

 真面目な天竺牡丹ダリアのギアルギーナは、侍従達に混じって作業をしている。建材は外から仕入れているのだが、間に合っていない。



 リーリヤもこの七日の間で、一度矢に射抜かれそうになったがジェードに引っ張られて回避した。代理候補達は気の抜けない日々を過ごしている。

 さて誰が犯人かという話だが、予想はついても証拠がなく、いまだ断罪されている者はいない。候補が候補を襲っていると思われがちだが、あながちそうとも言い切れないのだ。
 主人を散らされた侍従達が、犯人と思われる一族の長を狙って仕掛けている場合もあるらしい。貴人対貴人ではなく、侍従の暴走だ。思い込みや誤解もある。

 そもそも、遠い昔、花の一族達は戦乱の時代に対立して戦っており、その頃の禍根が一切消えたわけではない。恨みが残っている一族もあり、どさくさに紛れて過去の屈辱を晴らそうとしている花の子もいると噂されていた。
 主人を失った侍従の花の子が別の一族の花の子とつかみ合いの喧嘩をし始めたというのも一度や二度ではない。
 みんな切羽詰まって、心が荒んできているのだ。
 とにかく、一刻も早く「王の代理騒動」だけでも終わってほしいと願うリーリヤだった。

(月下美人公で決まりでいいのではないだろうか。文句を言う方はあまりいないだろう)

 赤薔薇のローザは騒ぎそうだが、まあ、口を塞いでおけばいい。そもそも王の代理になんてそれほどなりたいものだろうか?
 天井の修復を手伝った帰り、リーリヤはジェードと並んで歩いていた。この王子はいいと言うのに作業に手を貸してくれたのだ。他国の王族にこんなことをさせるのは冷や汗ものだった。

「後は、火薬のことなんですよね……」

 リーリヤは歩きながら、額を押さえて呟いた。

 宮殿には、花の国各地や人の国など、様々なところから品物が届けられている。それには一応決まりがあって、危険物を運び込むことは禁じられていた。
 例外もあるが、基本的に宮殿内への爆発物の持ち込みは認められていない。火事を防ぐためである。
 だがこの決まりというやつも非常に緩く、破ったからといって処罰は受けないのである。
 輸入貨物の取り締まりというのはある。届けられたものはざっと調べられる。

「一度、見に行ってみるべきかもしれないなぁ」

 運び込まれた荷物を調べてみる必要があるだろう。誰が仕入れているか、リーリヤはそこまで追求するつもりはなかった。ただ、事故を未然に防ぐためにも、入ってくる火薬は入り口でとどめて、処分するような仕組みを考えた方がいい。天竺牡丹ダリアのギアルギーナが過労で倒れないためにも。
 そのうち貨物を一時置いて調べる部屋に顔を出そうかとリーリヤは考えた。

 そこへ、桜のサクヤが通りかかったのでリーリヤは挨拶をした。

「ご機嫌よう、桜公サクヤ。お身体の具合に変わりはありませんか」
「ああ」

 少々魔力は減ったというが、咲き直しで消費するのでそれは仕方ないだろう。異常がなくて何よりだ。
 そう言えば彼に何か言っておかなければならないことがあったはずだが……と首を傾げたリーリヤは、思い出して頷いた。

「例のテクタイト殿下ですが、くれぐれも不用意に近づかないように……」
「あの殿下となら昨日寝たぜ」

 何でもないことのように発せられた言葉に、リーリヤは動きを止めた。意味を理解した瞬間に理解出来なくなり、思考が働かなくなる。
 顔を見れば、冗談でもなさそうだった。

「ど……」

 血の気が引いて、足下がよろめいた。

「ど……、ど……、ど……」

 よろめいて一歩下がったリーリヤは、体がぐらついた反動で今度は前に出て、サクヤの胸ぐらをつかんだ。

「ど……」

 息をのむ。

「どうして! 何を考えているのですかあなたは!」

 やっとまともな言葉が口から飛び出した。大声を浴びせられたサクヤは迷惑そうに顔をしかめている。

「うるせェなぁ」
「まさか強姦されたのですか?!」
「俺から誘った」
「どうして! あなたは何もわかっていない! とんでもなく危ないことをしたのですよ! サクヤ!」

 胸元をつかまれて揺さぶられるままになっているサクヤはうんざりと目を閉じかけている。リーリヤの腕をつかむと、後ろに控えているジェードへにこやかに声をかけた。

「ジェード殿下。あなたの白百合を少々お借りしますよ。なに、すぐお返しいたします」

 上品に微笑んだサクヤは、リーリヤを引っ張って近くにある空き部屋に入った。

「私今すぐ、テクタイト殿下に抗議してきます!」
「合意があったと言っただろうが。俺から抱いてくれるよう頼んだんだよ」
「あなたはあの方のことを知らないから……」
「知らずに行くほど間抜けじゃねェ」

 確かにサクヤは軽率な行動を取るような男ではなかった。大胆ではあるが、いつもそれなりに計算して動いている。
 しかし、とリーリヤは反論しようとする。

「どうせいつかは目星をつけて誰かに手を出すに決まってらァ。先手を打つ方がいい」

 俺は抱くのも抱かれるのもいけるし、とサクヤは笑っている。

「でしたら、私が……」

 うつむくリーリヤに、サクヤが扇の先を向ける。

手前てめェはそんなに欲張りなのかよ。王子二人に二股かける気か」
「そんなつもりは」

 指摘されて目を泳がせる。
 リーリヤとしては他の者が犠牲になるくらいなら自分がテクタイトに体を試されるのはちっとも構わなかったが、ジェードに告白されている身だというのを思い出す。
 リーリヤが頓着しなくても、ジェードは嫌がるだろう。彼を傷つける。
 そもそも自分とジェードは、どのような関係と言えるのだろうか。
 お前が欲しい、とジェードは言って、リーリヤは差し上げますと答えた。

「私の体はジェード様のものなのでしょうか?」

 戸惑いながら口にした疑問に、サクヤはため息をついて首を後ろにそらせた。

「知らんわ……。そういうことは自分で考えて答えを出せ。全くうちの庭師ときたら、花の世話は得意だがこういうことには疎くてかなわんな! 嗚呼ああ、俺ァあの翡翠の殿下がちょいと気の毒になってきたぜ」

 舌打ちをしてサクヤは扇で自分を扇いでいた。

(私と、ジェード様。私は彼の愛人だと思っていたけど、彼の方はどうなのだろう。けれどどの道、彼のものになりますと約束したのだから、他人のお手つきになるのは不義理か)

 愛人が誰と関係を持とうが気にしない者もいるが、ジェードはあの嫉妬深さからいってそちらには当てはまらないだろう。リーリヤが操を守るのを望んでいそうである。他の者とは交わるな、と言っていた記憶もあった。

(この状況で私がテクタイト様と肌を重ねたら、浮気ということになってしまうのだろうか?)

 他人の身に置き換えてみると不味かろうと助言するだろうが、自分のこととなるとぴんとこなくなってしまう。

(ジェード様の、私に対する「好き」というお気持ちは、つまるところ……どういう意味なのだろう。独占欲の一言でまとめられるのか? 改めて掘り下げてみるとよくわからなくなるな)

 と、思考がそれてきているのに気がついたリーリヤはかぶりを振った。

「いや、そんなことよりサクヤ。考え直してください。テクタイト殿下にはもう関わらない方がいい」
「俺の勝手だろ。口出しすンな」
「サクヤ!」

 またつかみかかろうとしたところで、閉じた扇を突きつけられてとどめられる。

「素敵な殿方の味見がしてみたい、と浮ついた気持ちで近づいたとでも思うのか? 俺には考えがあるんだよ」

 テクタイトの魔力を横取りする、とサクヤが言い出すので、リーリヤは驚かずにはいられなかった。
 交わることによって肉体的に密接な繋がりを持つ。その時に相手の力を奪えるのだとサクヤは主張する。リーリヤは初耳だったが、そういう魔術があるのだそうだ。

「人の子の魔力の源は、知っての通り花の子、花の貴人だ。俺達が魔力を太陽の花に注ぐ。太陽の花はそれによって安定した光で地上を照らし、光と共に魔力が地上に降る。人の子は体内の石でもって吸収した魔力を増幅させ、魔法を使うんだ。増幅させる分、奴らは有利だが、そもそもは俺達の力なんだよ」

 宿る魔力の量は各々異なる。例えばサクヤが百とすると、リーリヤは五程度だろう。それが上限で、滅多に変わらない。だが、人間から奪った魔力を加えれば、百を百五十にすることも可能なのだそうだ。貴人が貴人の魔力を奪うのは無理だが、石を通した魔力は質が変わるので人の子からは奪えるという。

「危なくありませんか」
「向こうは魔力を取り込み続けているから減ったのには気がつかん。やる価値はある」

 サクヤは大昔に人の子と交流があった珍しい花の子だ。だからそういった、人の子に関わる魔術も知っているのだろう。試したこともあるのだそうだ。

「奪い合いだ。生き物はいつだってそうじゃねェか。黙って食い物にされっぱなしでいるのは癪だ」

 サクヤがリーリヤを指す。

「利用されるのはこちら側だけじゃない。お前もその気になれば、人間を利用して力にすることができるんだ。覚えておきな」

 そう言われても、リーリヤはジェードを自分の都合の良いように使おうなどというつもりはなかった。たとえ自分の力が五から百まで高められるとしてもだ。

「俺達にとっての性交は、ただお楽しみのためにあるのではないと俺は睨んでいる。例の花だって、意味もなく咲くはずがない。全てのことには意味がある」

 人の子同士の性交は主に生殖が目的であり、子孫を残していくのが種として必須であるために快楽でもって行為を促す。
 花の子はどうだろう。一説によると、花の子同士が睦まじくなると新種の一族が大地に生まれるらしいが、それも眉唾である。
 では、花の子と人の子の交わりは?

 花の子の力を吸収する人の子。一方で、花の子も人の子の力が奪えるという。やはり、奪い合いのために絡むのだろうか。
 愛では? 愛が生まれるから交わるのではないでしょうか?
 と一般論的な主張がリーリヤの頭に浮かんだが、「お前だけはそれを言うな」と叩かれそうな気がして言うのはやめておいた。

「俺は正直、宮殿内での実力は中途半端な位置にいる。これで力をつければ、王の代理に選ばれるのも夢ではないな」
「王の代理に……なりたいのですか?」
「当然だろう。名誉なことだ。数多の花の中で抜きん出た存在になれるのだからな」
「肩書きだけでしょう」
「だとしても、その地位を欲しがる奴ァ多いぜ」

 力の差はあれど、ある意味で花の貴人は横並びだ。王の代理になれば、中心的な人物になれるのかもしれない。
 リーリヤは初めからそういったものに興味がないから惹かれなかったが、他者と差をつけるのに腐心する者は少なくないというのを思い出した。
 だが、サクヤもそういったものに関心がないはずだった。

「……ローザのことを聞いたのですか?」

 険のある目つきが向けられるが、リーリヤはそのまま続けた。

「あなたはローザと仲が良い。ローザが、テクタイト殿下に襲われそうになったと知って、あの子のために……」
「よせ」

 ぴしゃりとサクヤに遮られる。

「俺はそんなお優しい奴じゃない。俺とあの自信過剰な大間抜けが仲良しに見えるなら、手前ェの目は節穴だな」
「薔薇と桜は近しい種類ではないですか」
「馬鹿。近いからってお友達になるはずないだろうが」
「でも私は鬱金香うこんこう(チューリップ)公と仲が良いです」

 百合と鬱金香も遠縁だ。
 話にならん、とサクヤは呆れていた。
 とにかく彼はリーリヤの忠告を聞き入れるつもりがなさそうだった。

「テクタイトは火の魔術を使うんだろう。花の貴人の中で同じように火の魔術に適性があるのはこの俺だけだ」

 確かにサクヤは珍しく、火を扱える。魔術を使う貴人達はそれぞれ得意な分野があるのだ。イオンは物を浮かせること、力を失う前のリーリヤは何かを生み出すことが得意であった。宮殿では事故を防ぐために、多くの魔術は仕えないように術がかけられていたが。
 そうでなかったら、日々の破壊行為はこの程度で済まなかっただろう。

 火には火だ、と言い切ってサクヤは去って行ってしまう。
 リーリヤはどうにか止めたかったが、頑固なサクヤを説得するのは至難の業だった。
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