花の貴人と宝石王子

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第一部 再会

29、最も手強い花

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 ◇

 大昔、まだ花の子の族長達が宮殿に集う前のこと。
 太陽の花の光は安定しておらず、地上に降り注ぐ陽光はまだらであった。
 花の子達は日当たりの良い土地を求めて争い始める。これが戦乱の時代だ。

 各一族は生まれた場所も勢力も異なっていた。たとえば薔薇族は「庭園」と呼ばれる整った土地で生まれ、力があり人数も多い。一方山で生まれた一族は「山育ち」と庭園組から嘲られ、人数はまちまちだったが洗練されておらず、戦では押され続けていた。
 すみれ族の族長イオンは山育ちで、白百合族の族長リーリヤも山育ちである。彼らの山は悪いことに日当たりが悪かったので、良い生活環境を求めて他の花と争うしかなかった。


「白百合族の族長リーリヤは、とても弱いお人でした」
「白百合族が弱かったのか?」
「いいえ。白百合は山育ちの中ではかなり強い一族でした。ただ、族長一人だけが異様に弱かったのです」


 山育ちの先鋒として白百合族は突き進み、多くの他の山育ちの小さき花達がそれについていった。すみれもその一種だ。
 しかしこの白百合族の族長リーリヤという男は、戦ではまるで使えなかった。散って咲き直すことから、間違いなく長ではあるものの、非力すぎたのである。

 戦の度に散っていたのをイオンは記憶している。だから戦場ではあまりリーリヤの姿を見なかった。
 一族はリーリヤのことはほったらかしだった。不死身に近いので、散ってもそのうち咲くのだから気にかけなくても良いと思ったらしい。この族長は戦では足手まといだった。

 リーリヤは戦で散って、しばらく経つと咲き直し、また散って、の繰り返しだ。戦うのが苦手なのだと彼はこぼしていた。自分にできることといったら誰かをかばって散るくらいだと思い始めたらしく、何かと言えば誰かの盾になっていた。イオンも一度助けられている。
 統率者が頻繁にいなくなる白百合族は、次第に暴走し始めた。戦で無茶をやって、数が急速に減り始めたのだ。

 白百合は族長を除けば、気高く好戦的だった。負けるくらいなら潔く散る。それが彼らの考えなのだ。
 族長が説得する暇もない。その族長はほとんど散りっぱなしでいないのだから。

 代表としてそれはあまりに無責任じゃありませんか、とイオンはリーリヤを責めたことがあるが、リーリヤはただ 悄しょげているだけだった。戦を終わらせたい、それだけが彼の望みであるようだったが、花の子は概ね好戦的なので混乱の時代の終わりは見えてこなかった。
 しかし何事も永遠に続くことはない。長すぎる戦争は全体に疲弊をもたらし、花の子は和平を結ぶことにした。族長が宮殿に集まり、花の太陽に力を注いで光を安定させることに決めたのだ。


「白百合族は、ほとんどいなくなってしまいました」

 全体の数が減ると、新たに生まれる数も減る。土から生まれる白百合の子は、ごく少なくなってしまったのだ。
 それは白百合だけではなく、他にもいくつかの種族がそうなっていた。現在、そうした少数種族は花の種類を問わず固まって細々と暮らしている。

「あいつの侍従がいないのはそういうわけだったのか」
「そうです。白百合族というのは、族としての数をもう保っていませんから」

 それは族長リーリヤにとって、苦い歴史の一つになったことだろう。


 そして平和な時代は訪れ、花の貴人と呼ばれるようになった族長達は、永久に宮殿の囚われ人となった。だがそこでの生活は快適だったので、文句を言う者はいない。
 白百合公リーリヤにとっても、良い暮らしと言えただろう。彼は宮殿に集められた花――共存を示すことの証の花である――を愛でながら慎ましく暮らしていた。

 事件がなかったわけではない。
 宮殿が半壊するような出来事があり、ほぼ全員が散ってしまった。それが事故だったのかどうなのか、あまりに衝撃が強すぎたと見え、詳細を覚えている者がいないのだ。
 これが千年前に起きたことで、白百合公はこれ以降散っていない。


「二度目の事件はそれから百年後だったでしょうか。あれは本当に危機でした。虫が襲ってきたのです」


 花の子が恐れるものの一つが虫の子である。花の子が圧倒的に雄が多いのに対して、虫の子は雌が多い。性別が半々なのは人の子だけだ。
 虫の子はしばしば花の子を襲ってきた。なので花の子は虫の子に強い人の子に、太陽光を供給する代わりに虫から花を守るよう頼んでいたのだ。

 虫の国からたまに出てくる虫の子は人の子が駆除していたから、花の子は怯えることなく暮らしていた。
 だがある日、虫の女王が気まぐれを起こしたらしく、宮殿に奇襲を仕かけてきたのだった。


「その時は丁度運悪く、睡蓮公や月下美人公、赤薔薇公などの力のある方達が散っていたところでした。虫の一族というのは恐ろしいほど気分屋なのです。これといった理由もなく、ただ突然思いついて我々を襲いに来たようでした」


 それを救ったのが――白百合公リーリヤだった。彼は元々、恐怖感を感じにくい性質であるらしく、冷静に動けたのだ。
 彼は魔力を使い果たす勢いで虫を退け、虫の女王と話し合いをした。そして自身の力で新種の花を生み出して、彼女に献上したのである。
 リーリヤは、虫の女王に気に入られた。女王は帰って行き、全面戦争は回避されたのだった。


「貴殿が、皆が白百合公に恩があるというようなことを言っていたのはそれか」
「そうです。リーリヤが動いてくださらなければ、どうなっていたかわかりません。その件はそれで終わったのですが、ただ、リーリヤが――力のほとんどを失ってしまいました」


 虫との戦いで散る寸前まで消耗したリーリヤだったが、その上魔力でもって新種の花を作ったのだ。それが相当体に負荷をかけたらしい。
 体力は回復したが、失った魔力は、戻って来なかった。
 それが何を意味するか。

 白百合公リーリヤは貴人でありながら、花の太陽に力を注ぐという使命を果たせなくなったのだ。
 その使命を果たす間、花の貴人は宮殿に縛られることになっている。魔力が反応して、敷地内から外には出られないようになっているのだ。

 だがリーリヤは出られるようになった。魔力をほとんど持たないからだ。
 だから彼は宮殿にいてもいなくてもいい存在となった。それでもとどまることを選んだのは、やはり貴人として一人自由に振る舞うのは気が引けたからだろう。


「そういうことになってからですよ。白百合公が無茶苦茶なことをやり出したのは。いや、あの人は元々無茶苦茶だったかな……他人をかばってばかりだったもの。それがより顕著になったと言うんですかね。何だって乞われればくれてやってしまうような人になってしまいました」


 仲間の一員として使命を果たせなくなってしまったことは、彼に居心地の悪さを抱かせたのかもしれない。
 一族を導けなかったこと。ひ弱に生まれてきてしまったこと。好戦的ではないこと。力を失ってしまったこと。
 長く生きている間の経験が、彼に身を削ることこそ自分のやるべきことだと思わせたのかもしれない。それが白百合公リーリヤの結論だったのだ。

 おまけに彼は恐れというものに対して鈍い。己が損なわれることにも鈍いのだ。
 心身共に、痛みに対して鈍感だから、簡単に体を捧げられる。しかも、喜んで。
 リーリヤはいつの間にか、ある意味で危険な男になってしまったのだった。


 ジェードは黙って、話を聞き終えた。口に手を添えて、何か考えこんでいるようだ。

「殿下。あなたの愛した花は、この宮殿の中で最も手強い花ですよ」

 それは何故か。
 白百合公リーリヤは、恋を知らない。
 彼は愛するのは得意だが、愛されるのは苦手なのだ。大切にされるのをそれとなく拒んでいる。
 尽くすことが正義であり、奉仕こそが喜びなのだ。そんな男が恋に溺れるはずがない。

 広く愛するのをよしとする哲学を持つリーリヤが、たった一人の愛を欲するのは難しいだろう。何せ彼は「できあがって」しまっている。千年散らない間に凝り固まった主義は、そう簡単に変わらない。
 リーリヤは愛をたくさん持っているが、恋というものはわからない。
 しばらくどちらも話さなかった。
 また口を切ったのはイオンの方だ。

「私……、リーリヤには幸せになってもらいたいのです。自分を刻んで人に与えて喜んでしまうのは性分でなので、好きにさせるしかないんでしょうけど。あの人を……誰か守ってほしいんです」

 知ってほしい。もっと強い言い方をするなら、わからせてやりたい。
 己がかけがえのない存在であること。愛される価値があるということ。
 そしてあなたに、真実の愛というものを欲してもらいたい。自分のための、幸福というものに目を向けてほしい。
 わからせるのはきっと友人ではなくて、彼を熱烈に愛せる恋人だけなのではないだろうか。イオンは常々そう思ってきた。

「あなたは、白百合公を落とせますか? ジェード殿下」

 イオンの問いかけに、ジェードの顔に変化が生じた。
 ゆっくりと、口の端が持ち上がる。そして彼は静かに言った。

「私が何のためにあの男を追いかけて来たと思うのだ、すみれ公」

 その笑みは決意と確信に満ちていた。

「必ず守り、落としてみせる。白百合公は私の花だ。そして私は、あの花のものだ」

 ――本気なのだと、イオンは思った。
 涼やかな瞳の中には白百合を欲する強い光が宿っている。いかにも淡泊そうな態度であるが、白百合に対する激しい情熱を時折感じる。

(きっとあなたは逃げられませんよ、リーリヤ)

 王子の意志は、翡翠よりも固そうであった。
 時間を取らせたことを詫び、ジェードが席を立つ。入って来た時よりはすっきりとした顔をしていた。人は誰でも、打ち明け話をすると多少は楽になるものだ。
 リーリヤの手強さを聞いて怯むかと思いきや、燃えてきたらしいからなかなかのものである。
 王子を見送ったイオンはため息をついて、また茶をいれさせた。

「あのお二人は、上手く行くと思いますか?」

 すみれの侍従がイオンにそっと耳打ちをした。

「さあねえ……」

 イオンは楽観主義者ではない。心配性で慎重派だ。ジェード王子はかなり期待できる男ではあるが、それでもまだ、白百合公の難しさを身を持って知ったわけではない。

「相手があのリーリヤですからね……」

 応援する気持ちはある。くっついてほしいと願っている。
 だが、白百合公リーリヤがどれほど厄介な人物であるか知っているイオンは、仮に落とせたとしても前途多難であるだろうと同情していた。
 とにかく、まずはリーリヤにわからせるところから始めるのだ。

「殿下には、頑張っていただきましょう」

 押しに押していた王子である。今は、押して駄目なら引いてみるといった作戦の最中なのだろう。
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