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第一部 再会
21、無謀な挑戦
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覚醒と共に、濃密な花の匂いを嗅覚がとらえた。
気怠い体をどうにか起こす。寝台の周りには白い花弁が散っていた。
髪を乱したまま、裸のリーリヤはぼんやりと窓の外へ目をやる。
「寝過ごした……」
朝方までジェードがリーリヤを離さなかったために、眠りにつくのが随分と遅くなってしまったのだ。正直、いつ寝たのか覚えていない。一晩中責められて翻弄され、最後はゆったりとした快感の中で意識が落ちていったように思う。
いささか激しすぎるが、彼はこの手の技術も高いと見えた。といっても経験の少ないリーリヤは性交の技について評する立場にはないのだが。
人の子が花の子を抱いた時に感じる快感は格別なものだと聞いている。あんまり交わりすぎると彼は同族を抱けなくなるのではないかと心配になるが、リーリヤには止められないのでどうしようもなかった。
ジェードの姿はなかったので、どこかに出かけたのだろう。
リーリヤは寝台から下りて、前合わせのゆったりとした室内着を素肌に羽織った。いつもであれば起床後すぐに着替えるのだが、まだそういう気力がない。
昼前である。これほど寝坊したことなど滅多にないので呆然としていた。
今日の予定が狂ったな、と思いながら、とりあえず茶の支度をした。
手櫛で髪を整えているところに、ジェードが戻ってくる。いつ起きたのだか知らないが、彼はすっかり身支度を整えており、よれよれのリーリヤとはまるで違う。体力があるのだろう。
「おかえりなさい。どちらに行かれていたのです?」
「弟王子が到着したと聞いたので、様子を見てきた」
第二十王子で名はカーネリアンというそうだ。まあまあ口はきく間柄だそうだが、仲がよろしいのですかと尋ねれば、そんな人間は一人もいないときっぱり返されてしまった。
先日到着したテクタイトよりはよほどましな人物であるらしい。遠目で確認してきただけなので、午後になってからまた改めて話を聞きに行くようだ。武闘派ではないとのことで安心する。
茶をすすめると彼も飲んだ。
気になるのは、ジェードが花の国の宮殿に到着してから食事の回数が少なすぎることである。人の子が食べるものも用意はできるから、召し上がってはいかがですかとすすめるのだが彼はいらないと拒否をする。花の子と交わっていれば回復はするし、例の花を口にすれば飲食しなくとも平気でいられるのは知っていた。
だが、不健康ではないだろうか? 人間として重要な習慣の一部を忘れてしまっては彼のためにならないのではないだろうか。全く、そういう意味では――食事すらも忘れさせて耽溺させてしまうという意味では、人の子から見て花の子は魔性と言われても無理はない。
しかし、山積している問題に比べればささやかなものだろう。なんとかなだめすかして、たまには彼にもまともな食事というやつを思い出してもらう予定だ。
王の代理候補のことで随分騒ぎになっていたが、それもここ数日落ち着いている。 凌霄花公が散ってからは、一人も散っていないのだ。
この平穏が少しでも長く続けばいい、とリーリヤは香草茶を飲みながら思った。
だがすぐに、それはむなしい願いだったと知ることになる。
* * *
寝坊したが、まだ寝足りない。
弟に会って来るというジェードと別れ、リーリヤは欠伸をかみ殺しながら廊下を歩いていた。
とりあえずは庭に行って花の様子を見てみようか。それとも宮殿の、修繕が終わったという箇所を見に行くか。
などと考え事をしていたせいで、どこか宮殿内がざわついているのに気づかなかった。しょっちゅうもめ事が起きるので、余程の騒ぎでない限り気にしなくなっていたというのもある。
「白百合公リーリヤ」
小走りで駆け寄って来たのは 菫のイオンだった。欠伸を連発して目尻に浮かんだ涙を指で拭ったリーリヤは、友の顔にまた深刻そうな色を見つけて肩を落としそうになった。
何かあったのだ。悪いことが。
「聞きましたか?」
「いいえ」
「赤薔薇公ローザが、テクタイト殿下に剣で勝負を挑んだのですよ」
イオンの表情を見た瞬間にある程度心の準備をして、もたらされる話を受け止めようとしていたリーリヤだったが、想像もしなかったことにしばし言葉を失った。
「それは……どうして?」
こう言うので精一杯であった。
「わかりませんよ。いつだって赤薔薇公は無謀なことをしますから」
赤薔薇公ローザは猪突猛進なところがある。高慢で自信過剰で、やると言ったらやる性格だから、いろんなことに首を突っ込んでは盛大に散っていた。
「あの子、また散ってしまったんですか?」
咲いたばかりだというのに。元気に復活した赤薔薇はまた蕾になってしまったのか。するとイオンはかぶりを振る。
「散ってませんよ。テクタイト殿下に完敗だったみたいですけどね」
「そりゃそうでしょう、相手は石持ちの人の子で、しかも手練れなんだから。何故そんなことをするかなぁ」
こちらの魔力を増幅させて使える人の子に勝てるはずがないということは、誰だって知っているのである。ローザだって例外ではない。
「ローザが殿下と勝負をすることになったいきさつは?」
「それが、私も聞いて回ってみたんですけど、誰も知らないみたいで。あの方のことですから、強いと噂のテクタイト殿下に喧嘩を売ってみたくなったのでは?」
リーリヤは顎を撫でながら首を傾げた。
はたして、そうだろうか。赤薔薇公は気性が激しいし、どちらかと言えば好戦的ではあるが、無闇やたらと勝負を挑む男ではない。
今まで散った件は、他人の喧嘩に首を突っ込んだとか、他人に侮辱されたとか、そういったのが理由だ。
「テクタイト殿下はかなり手加減されたみたいですよ。赤薔薇公は床に突っ伏してたそうですけど、重傷まではいかなかったようですから」
どこにいるのかと聞けば、侍従達が部屋へ連れ帰ったという。誰とも会おうとしないそうだから、リーリヤが行っても無駄だろう。
テクタイトが手加減をしたというのも引っかかった。もしもローザが喧嘩をふっかけてきたのなら、即座に斬って捨てそうなものだが。
「どうしてあの子は、近づかない方がいい相手に近づいてしまうんでしょうね」
よりによってテクタイトである。リーリヤすら当分は距離を取ろうと考えていた相手だ。花の貴人達は皆長く生きているから、それなりに嗅覚も優れており、テクタイトの危険性をすぐに嗅ぎつけて警戒している。
「深く物事を考えないからでしょう」
「イオン。あなたはローザのことを誤解していますよ。ちょっとやんちゃだけれど、あの子は本当にいい子なんです」
誰かがいじめられていると聞けばすぐに飛び出して行って、関係ないくせに相手をやっつけようとする。卑怯な手を使って誰かを散らせた相手は許さないと声高に主張する。正義感の強い花の子なのだ。
そういうところを知っているから、リーリヤはローザを好ましく思っているのだ。
「会ってはくれないでしょうけど、薬草だけでも届けに行きますか……」
波乱の予感にリーリヤは嘆息する。まずは畑に行って薬草を摘んでこなくてはならない。
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