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30、公爵閣下
しおりを挟むエヴァンとフィアリス、二人同時に振り返ると、ローブ姿の壮年の男が立ち止まり、こちらを見ていた。
「リトスロード侯爵家のご子息か」
長身で、顔色は青白い。後ろで束ねた髪は銀髪。ぎらつく刃物のような冷たい光を放つ両の眼。それに見つめられれば、並の人間なら声も出なくなるかもしれない。
立っているだけでとてつもない威圧感を覚えた。姿勢に目線、呼吸の仕方。その威厳。まとう雰囲気は優雅で恐ろしく、彼が特別な存在であることを思い知らされる。
「これは……ウェイブルフェン公爵閣下」
フィアリスはローブのフードを脱ぎ、軽く礼をした。
彼こそがリトスロード家の最も厄介な敵として認識されている、公爵家当主、ユグオーディル・ウェイブルフェン公爵なのである。
首を動かさずに目だけでうながすと、エヴァンも礼をした。
「フィアリスといったな。リトスロードの優秀な魔術師だ」
「私めのような者の名を記憶にとどめていただき、光栄です」
一応、面識はあった。ジュードについて王都へ来た時に言葉は交わしている。あの時は王宮の廊下で出くわしたのだが、まさか会うとは思わず驚いたのを覚えていた。
再会は望んでいなかったが、逃げるわけにもいかない。ウェイブルフェン公爵くらいにもなれば、自分達が王都にやって来たことなどすぐ知ることが可能だろう。偶然かあえて姿を見せたのかは不明だ。
「こちらはエヴァン・リトスロード。リトスロード侯爵家の三男です」
「お初お目にかかります。以後お見知りおきを」
エヴァンもいろいろと思うところはあるのだろうが、無礼な態度はとらないだけの自制心はあるらしい。
数歩だけ公爵はこちらへと足を運ぶ。
「リトスロード家の働きには誠に感謝している。君達のおかげで国の安全は保たれているのだからな。礼を言おう」
「勿体ないお言葉です、閣下」
公爵の声音は、冬の海面を渡る風のごとく冷たい。誰もが震え上がるような声だ。
リトスロード侯爵とウェイブルフェン公爵はどちらも恐れられているが、恐怖の質が違う。
リトスロード侯爵は何を考えているのかわかりにくく、近寄りがたい。その力は強大で、理解のできない恐ろしさだった。
一方ウェイブルフェン公爵は強大な権力を有している。彼の機嫌を損ねれば、間違いなく自分の立場は危うくなる。冷酷さに対する恐ろしさだった。
ウェイブルフェンがリトスロードに対抗心を燃やしているなどという噂はよく巷で耳にする。実際ウェイブルフェンの面々は、特別扱いされるリトスロードを敵視しているだろう。それにリトスロードは王家以外の言葉には耳を傾けない。それがまた気に入らないのだ。
そもそもファイエルトの貴族は王室派、反王室派で大きく派閥が分かれており、本来王家側のはずのウェイブルフェンの元にはいろいろ理由があって反王室派が集っている。勿論、リトスロードは王室派である。
あちこちで幅を利かせるウェイブルフェンの一族だが、その影響力はリトスロードには届かないので面白くはないだろう。
公爵自身がどう考えているのかは謎だった。誰にも本心を語らないことで有名だ。当主でありながら、まるで一線を退いたかのような動きをとっている。
何か裏で糸を引いているとしたらギリネアスなのかもしれない。ちなみにギリネアスは親族から引き取って養子にした男で、公爵の実子ではない。
確かに似てはいなかった。人柄はともかく、公爵にはそれなりの気品がある。
親子仲がどうであるのか、正確なところはフィアリスのところには伝わってきていなかった。ギリネアスが放蕩息子だというのは有名で、少なからず家名に泥を塗っているようではある。それについて公爵は頭を痛めているという噂話を聞かないでもなかったが、その程度で悩む御仁には見えない。
おとなしくさせるのなど公爵であれば簡単だろう。それをしないでのさばらせておくのは、放任主義なのか他に事情があるのか。
「フィアリス、評判は私のところにも届いている。君のような腕の立つ魔術師が我が家にも仕えていてくれたらと思う。ところで……」
公爵の貫くような眼差しが向けられれば、誰だって居心地が悪くなるだろう。だがフィアリスは怯まずに淡い笑顔でそれを受けた。迫力の程度でいえば、ジュードも公爵も変わらない。
「家名を聞かないが、どこの出だね?」
「……」
フィアリスは一瞬だけ目を伏せて、また視線を公爵の青白い顔へと戻した。
「家名はないのです。孤児でしたので」
「そうか」
気がつくと、エヴァンがやけに背筋をぴんとのばして公爵の方を向いている。あんまり胸を張ると挑発的だ。
マナーは教えているはずなので、これはわざとやっているのだろう。
ここはやりすごすのが得策なのだ。なんといっても彼は院長で、ここは魔術院。公爵のテリトリーではないか。
何が気に障っているのか知らないが、穏便に会話を終わらせてもらわなければ困る。かといって「やめなさい」とも言えず、目顔で注意しても公爵に気づかれるだろう。
(弱ったなぁ)
この子は何か、とんでもないことでも言い出すんじゃないだろうか。そうなったらどう取り繕おう、などと考えていたら、誰かが「院長」と呼びかけてやってきた。
二言三言その人物と言葉を交わすと、公爵は頷く。
「では、失礼する」
用事でもできたのか、あっさりと去っていってしまった。公爵が冷えた空気を連れていなくなると、息をつめていた職員達も人心地ついたようで、密かにため息をもらしている。
フィアリスの胸にもなんとなくだが不安が生まれた。
「我々も行こう」
促して、フィアリスとエヴァンは魔術院の建物をあとにした。
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