上 下
13 / 66

13、玩具になれ

しおりを挟む

 * * *

 どうしたらジルトを奪還できるか考えた末、手っ取り早くフィアリスは王都にあるウェイブルフェン公爵の邸宅に侵入することにした。

 ジルトを捕らえたのは公爵ではない。その息子のギリネアス・ウェイブルフェンである。顔は悪くないが身持ちが悪いともっぱら評判で、貴族令嬢達からは毛嫌いされていた。単に素行が悪いというだけではなく、人の道に反することを行っているらしいと噂が立っており、まともな人間であれば極力関わり合いになるのを避けている。

 正面切って会ってくれと頼んでいる時間はなかった。それに余計な策を練られたくはないので、意表をつこうと決めた。
 ここは複数ある公爵邸の一つで、公爵は滅多に寄りつかないと聞いている。
 フィアリスはわざと悪手を打ったふりをして、邸宅の防護魔法に引っかかり、警備の者に手酷くやられた。

 そうしてギリネアスの前まで引っ立てられたのだ。この方が早い。疑われないようにしっかり負傷するのは大変だったが、上手くいった。

「侵入者が誰かと思えば、あのリトスロードのお抱え魔術師とはな」

 笑いながら、ギリネアスは目の前で縛り上げられて横たわるフィアリスのフードをはぎとった。
 顔をのぞきこんで、ほう、という風に目を細める。
 彼がもう少し頭の回る人間であれば、事前に聞いたフィアリスの評判からして、こうもあっさり捕まるのはおかしいと疑っただろう。

 ギリネアスも悪知恵が働く人間ではあるが、自分に都合良くことが進むとあまり疑心を抱かないのか。フィアリスにとっては好都合だ。彼が常軌を逸した好色だということも。

「うちの者を……お返しいただきたいのです。ギリネアス様」

 息を切らしてフィアリスは訴えた。

「お前にそれを命令したのはリトスロード侯爵か?」
「いいえ。私の……独断です。彼も独断でここへ。私はやめろと言ったのですが、止められませんでした」
「それで助けに来たというわけか? 恐れ多くも我が公爵家の邸宅に忍びこんで? これは問題だぞ、魔術師フィアリス。二つの家の火種になるとは思わなかったか?」
「彼は……私の恩人です。リトスロード侯爵様はきっと見捨てろと仰る。私にはそれができなかった……」

 適当に作り話をする。
 ジルトはウェイブルフェンに腹を立て、自らの判断で忍びこんだ。それを知っていたフィアリスは止めようとしたが止められず、正体がバレたと知って動揺し、後先考えず慌てて奪還のために侵入した、とこういうものだ。

「返していただきたいのです。お願い申しあげます。どうか彼に慈悲を……っ」

 弱々しく、フィアリスはうめいた。足が痛むふりをする。実際折れかけていたので痛いことは痛い。

「そういうわけにはいかないな。俺は父上に報告しなければならない。当然、リトスロードにも抗議しなくてはな」
「それだけは……。侯爵様には私がこのような愚行を犯したことを伝えないでいただけませんか。何でもします。愚かな彼を解放し、このことを内密に済ませていただけましたら、私は何でも……」

 必死な眼差しでギリネアスを見上げた。
 実際、まだウェイブルフェン側に大した損害がないのは確認済みだ。ジルトはろくな情報をつかめないまま捕まってしまったのだから。
 だから解放したところで痛手は少ないはず。

 フィアリスは、ギリネアスの興味がこちらに向くよう工夫した。
 自尊心の強いこの令息は、敵対する家のお抱え魔術師がこうして無様に倒れて懇願する様を非常に気持ちよく思っているはずだ。

 事前に知った話によると、ギリネアスは加虐趣味を持っている。弱った相手を見ると欲情して、徹底的になぶると聞いていた。

「何でも致します」

 しばらく目を細めてフィアリスを見下ろしていたギリネアスだったが、顎をつかんで品定めするように見つめる。粘っこい視線が全身にそそがれた。

「そんなに怖いのか、お前の主は」

 これにはフィアリスは何とも答えず目をそらす。

「しかし、ぞっとするほど美しい顔をしているな。お前に比べれば、そこらの貴族の娘などかすんでしまう。リトスロードのフィアリスがこれほど華奢な男だとは知らなかった。本当にお前がフィアリスなのか? 偽物ではなかろうな」
「ギリネアス様。彼を……」

 言い募るフィアリスの言葉をギリネアスが制する。

「まあいい、わかった。今日俺は気分が良いからお前の願いを聞いてやろう。俺は案外善人なんだ。それに退屈だから、玩具がほしかっただけだしな。おい、フィアリス。お前何でもするとそう言ったな。今更撤回はできないぞ」
「はい……」

 にやり、とおぞましい笑みをギリネアスは浮かべた。そして顔を近づけると、フィアリスの頬を舐めあげた。
 嫌がって身を固くすると、ますますギリネアスは嬉しそうにする。

「ではしばらくお前が俺の玩具になれ」

 その場で押し倒されて、口で口を塞がれる。

「……んぅっ……!」

 口内を舌で犯されながら、思った以上にこの男はうかつなところがあるらしいとフィアリスは分析していた。
 これでは隙だらけで、殺してくれと言っているようではないか。まあ、これが罠だという可能性も捨てられないのでその手には乗らないが。
 などと考えていると、無理矢理服を脱がされそうになった。

「まずは身体検査から始めないとな。よからぬものを隠し持っていないとも限らない。隅から隅まで調べさせてもらうか。ものが隠せそうな場所は『全部』だ」
「や、やめ……」

 この手の輩は支配欲も強く、抵抗すればそれだけ喜ぶ。
 弱々しく嫌がるフィアリスに、ギリネアスはとても詳細を口に出すのもはばかるような「身体検査」とやらを強行した。悲鳴が嬌声へと変わるのを、残忍な笑みを浮かべながら楽しんでいる。

 結構な趣味だ、と犯されながらフィアリスは内心呆れるしかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

アイツはいつの間にか俺たちの中にいた。誰一人として気づいていない。俺以外は…。え?嘘だろ?変なのはオレっ?〜未来への追憶〜

もこ
BL
高校2年の夏休み明け、アイツはクラスの中に溶け込んでいた。誰も不審に思っていない…俺以外は。唖然と見つめる俺を見て、アイツはニヤッと笑った…。   佐々川 望(ささがわ のぞむ)高校2年。 背は低いが、運動や勉強はそこそこできる、いたって平凡な高校生。 佐崎 駿也(ささき しゅんや)高校2年 高身長で運動も勉強もできる。黒メガネをかけて一見すると優等生風。 渡邊雅人、佐藤里緒奈、美佳、幸矢、池田美久、伸一、篠原隆介、明日香、知也 安藤優香、邦彦、友希、瞳美 → クラスメイト 加納 康介(かのう こうすけ)→ 担任教師(数学) 三村 聡子(みむら さとこ) → 養護の先生 馬場 勇太(ばば ゆうた)  → 美術の先生 幸也(ゆきや) → 駿也の長兄 雄也(ゆうや) → 駿也の次兄 高校2年の夏から秋、2か月半のちょっと不思議な物語。 キスシーンがあるのでR15でお届けします。今作もよろしくお願いします!!

王子様のご帰還です

小都
BL
目が覚めたらそこは、知らない国だった。 平凡に日々を過ごし無事高校3年間を終えた翌日、何もかもが違う場所で目が覚めた。 そして言われる。「おかえりなさい、王子」と・・・。 何も知らない僕に皆が強引に王子と言い、迎えに来た強引な婚約者は・・・男!? 異世界転移 王子×王子・・・? こちらは個人サイトからの再録になります。 十年以上前の作品をそのまま移してますので変だったらすみません。

【BL】【完結】神様が人生をやり直しさせてくれるというので妹を庇って火傷を負ったら、やり直し前は存在しなかったヤンデレな弟に幽閉された

まほりろ
BL
八歳のとき三つ下の妹が俺を庇って熱湯をかぶり全身に火傷を負った。その日から妹は包帯をぐるぐるに巻かれ車椅子生活、継母は俺を虐待、父は継母に暴力をふるい外に愛人を作り家に寄り付かなくなった。 神様が人生をやり直しさせてくれるというので過去に戻ったら、妹が俺を庇って火傷をする寸前で……やり直すってよりによってここから?! やり直し前はいなかったヤンデレな弟に溺愛され、幽閉されるお話です。 無理やりな描写があります。弟×兄の近親相姦です。美少年×美青年。 全七話、最終話まで予約投稿済みです。バッドエンド(メリバ?)です、ご注意ください。 ムーンライトノベルズとpixivにも投稿しております。 「Copyright(C)2020-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

おだやかDomは一途なSubの腕の中

phyr
BL
リユネルヴェニア王国北の砦で働く魔術師レーネは、ぽやぽやした性格で魔術以外は今ひとつ頼りない。世話をするよりもされるほうが得意なのだが、ある日所属する小隊に新人が配属され、そのうち一人を受け持つことになった。 担当することになった新人騎士ティノールトは、書類上のダイナミクスはNormalだがどうやらSubらしい。Domに頼れず倒れかけたティノールトのためのPlay をきっかけに、レーネも徐々にDomとしての性質を目覚めさせ、二人は惹かれ合っていく。 しかしティノールトの異動によって離れ離れになってしまい、またぼんやりと日々を過ごしていたレーネのもとに、一通の書類が届く。 『貴殿を、西方将軍補佐官に任命する』 ------------------------ ※10/5-10/27, 11/1-11/23の間、毎日更新です。 ※この作品はDom/Subユニバースの設定に基づいて創作しています。一部独自の解釈、設定があります。 表紙は祭崎飯代様に描いていただきました。ありがとうございました。 第11回BL小説大賞にエントリーしております。

調教済み騎士団長さまのご帰還

ミツミチ
BL
敵国に囚われている間に、肉体の隅に至るまで躾けられた騎士団長を救出したあとの話です

【R18/短編】2度目の人生はニートになった悪役だけど、賢王に全力で養われてる

ナイトウ
BL
有能わんこ系王様攻め、死に戻り私様ツンデレ悪役従兄弟受け 乳首責め、前立腺責め、結腸責め、好きって絶対言わせるマン

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

氷の薔薇と日向の微笑み

深凪雪花
BL
 貧乏伯爵であるエリスは、二十歳の誕生日に男性でありながら子を産める『種宿』だと判明し、セオドア・ノークス伯爵の下へ婿入りすることになる。  無口だが優しいセオドアにエリスは惹かれていくが、一向にエリスと子作りする気配のないセオドアには秘密があって……? ※★は性描写ありです ※昨年の夏に執筆した作品になります。

処理中です...