非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku

文字の大きさ
上 下
58 / 60

58 私達の楽園

しおりを挟む

「リリアーナ」

 セフィドリーフに名を呼ばれ、リリアーナは彼に視線を向けた。

「人々をお救いくださいと、祈りを捧げていたのは君か?」
「そうです。特に聖獣様に向けていたわけではありませんでしたが……」
「君の声が聞こえたおかげで、私はこの騒ぎに気づいたよ」

 セフィドリーフは二つ足の姿に変化した。狼は消えて、そこに立つのは銀色の髪を背中に流す、一人の美貌の青年だ。人間ではない証に、頭には尖った耳、後ろにはふさふさとした尾が生えている。
 マデリンとリリアーナは驚いているようだったが、声は発さなかった。

「リリアーナ。君は神官だったな。私がこれから言うことを、神官長に伝えてくれ。これが聖獣の王、セフィドリーフが出した結論だ」

 結論、という言葉に、その場にいる人間達はにわかに緊張した。
 セフィドリーフは、イリスや二人の女性を眺めて口を開く。

「私は聖なる山への道を閉ざす。人間が容易に私のもとへたどり着けないようにしようと思う。しかし、私は山を去らない。君達を見守り続けることに決めた」

 考えもなしに地上へ降り立ち、人々に混乱を招いたことをセフィドリーフはいたく反省していると言った。

「私は君達とは異なる生き物だ。群れて社会を築いて暮らさないから、常識が異なる。君達の正義は私の正義ではないんだ。無闇に願いを叶えるのは人間のためにはならないだろう。私は聖獣の王だから、導くのは同胞だけ。君達も君達の手で同胞を導くべきだ。けれど私は君達をこの世界で暮らす仲間だと認識している。いつまでも見守ろう。君達を信じるよ」

 聖獣の王は、人間を滅ぼさないことを誓う。セフィドリーフは宣言した。

「そして、善き祈りが私のところに届いた時は、力を貸そう。リリアーナ、先ほどの君の祈りのようなものだ。誰かを思いやる、純なる願いは聖なる山に伝わるだろう。人間の手に余るような事態が起きた時は、私が助ける。ただし……」

 セフィドリーフは笑った。

「私は神様じゃないんだよ。ただの一頭の獣に過ぎない。好き嫌いがあるし、全てに平等にはできない。おまけに気紛れだ。あんまり頼りすぎては困る。忘れるな、私は風だ。四つ足と二つ足の姿を持つ、気ままに生きる風の狼だよ」

 これが、セフィドリーフの方針だった。悩んだ末に出した結論。
 人間に深く干渉しすぎず、しかし離れすぎることもない。彼は人間の、これまでの自分に対する所業を特に責めもせず、見守り続けるという。

 ――あなたは、やっぱり、優しすぎますよ。

 同胞から呆れられるのも無理はない。だが、イリスはセフィドリーフのそういうところも好きだった。

「マデリン。君は息子に感謝しなくちゃいけないよ。私がこう思えるようになったのも、全て心優しい君の息子のおかげだからね」

 喋りかけられたマデリンはまだ顔色が悪く、眉間にしわを寄せたままセフィドリーフに眼差しを注いでいる。

「……さて。それで、マデリン・トリーヴェルダ。君は今まで随分息子を苛めてきたらしいな。どんな理由があったとしても、それは許されることではない。君には罰を受けてもらおう」

 予想もしない言葉に、イリスは慌てた。まさかセフィドリーフがそんなことを言い出すとは。イリスは母が責められるのは望んでいない。
 人に手を下すような方ではないはずだが、イリスを大切に思うあまり彼女に報復したくなったのだろうか?
 自分のことではつむじを曲げない彼だが、イリスのこととなると違うのかもしれない。

 でも、駄目だ。母が傷つけられるのも、セフィドリーフが傷つけるのも。
 やめてください。そう言いかけたイリスの肩を、セフィドリーフがつかんで引き寄せた。

「君の息子は私がもらう。この子を私のつがいにする」
「……え?」

 引き寄せられて彼に体をくっつけたイリスは、ぽかんとセフィドリーフの方を見上げる。セフィドリーフは片方の口の端を吊り上げて笑んでいた。

「大嫌いな聖獣に、君の息子は貰われるんだ。これが君への罰だ、マデリン」

 え、え、とイリスは困惑の声をあげ続ける。頭が真っ白になっていて、意味がよく理解できない。
 もらうって言った? 番って?
 マデリンは息子と同じように硬直していて、リリアーナだけが「あらあら」と鷹揚な反応を見せている。

「あの、あの、あの、セフィドリーフ様……」
「君はこれからも私と一緒に暮らすんだよ、イリス。でも、閉じた山で私の番となって暮らすとなると、何百年も生きることになるだろうな。成長したのを喜んでいたところ悪いけど、君はそのままの姿で私と長く一緒にいることになる。もう老いないんだ」

 イリスは一瞬、息をするのも忘れていた。セフィドリーフがさらりと話した内容が、ゆっくりと頭に浸透していく。
 それって、つまり。

「私は、セフィドリーフ様と、ずっと一緒にいられるんですか?」
「そう。ずっと、ずっとね。まあ……君が山の暮らしに飽きたら地上に帰すこともできるから心配しなくていいよ」
「私は、これからもセフィドリーフ様をお守りしてもいいんですね? あなたと一緒に生きていけるんですね……?」

 目頭が熱くなり、ぶわりと、涙が浮かんだ。
 視界がゆらゆらと揺れて歪む。溢れる涙が次々に頬を伝っていって、止められそうになかった。
 嬉しい。こんなに嬉しいことがあるだろうか。彼のそばにいることを諦めなくてもいいんだ。別れを恐れる必要もないんだ。彼を悲しませる心配もなくなる。

 ずっと、一緒。その言葉が心を温めて、全ての不安が払拭される。

「君を泣かせるつもりはなかったんだが……」

 セフィドリーフが片手で抱き寄せ、頭を撫でてくる。
 どうにか泣きやもうとするが、涙腺がどうかしてしまったのか、涙はとめどなく溢れ続けた。

「……アエラスの予言が当たったな」

 と、セフィドリーフは苦笑していた。
 何度かイリスの頭を撫でて落ち着かせると、セフィドリーフはリリアーナのもとへと近寄った。腰を落とし、彼女の足に手をかざす。
 柔らかい光にリリアーナの足は包まれて、セフィドリーフは頷くと手を差し出した。

「立って。リリアーナ」

 リリアーナは不思議そうな顔をしていたが、素直に従ってセフィドリーフの手をとり、足に力を入れる。
 あっさりと彼女はその場で立ち上がった。
 まあ、とリリアーナは驚きに目を丸くしている。

「あの時に助けてやれなくてすまなかったね。これは個人的な礼だ。イリスが私に良くしてくれたから、彼の母の友人である君に礼をする」
「聖獣様。素敵な贈り物をありがとうございます」
「これからも、人々が善き祈りを捧げることを私は望む。そして信じよう。いつか聖なるものと人々が結ばれ、皆が健やかになり、楽園が訪れることを」

 リリアーナは優しげな顔に微笑を浮かべ、彼の言葉を噛みしめるように頷いた。
 楽園は遠い。けれどそこに至る道を、皆はまだ諦めていないのだ。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

動物アレルギーのSS級治療師は、竜神と恋をする

拍羅
BL
SS級治療師、ルカ。それが今世の俺だ。 前世では、野犬に噛まれたことで狂犬病に感染し、死んでしまった。次に目が覚めると、異世界に転生していた。しかも、森に住んでるのは獣人で人間は俺1人?!しかも、俺は動物アレルギー持ち… でも、彼らの怪我を治療出来る力を持つのは治癒魔法が使える自分だけ… 優しい彼が、唯一触れられる竜神に溺愛されて生活するお話。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

処理中です...