非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

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54 もう、大丈夫

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 * * *

 セフィドリーフの前に、ディアレアンが仁王立ちしている。
 山の中をそぞろ歩きをしていたところを呼び止められて、見ればそこにディアレアンが立っていたのだ。
 いつも彼は不機嫌そうな様子で山を訪ねてくるが、今日は目の色が違った。いつになく凄みがあり、覚悟を決めたような表情をしている。

「どうした、ディアレアン」
「あなたには昇ってもらいます。これから、すぐに」
「私は行かないと言っている」
「いいえ、連れて行きます」
「ディアレアン、今まで何度も……」
「私は本気だ」

 深刻な顔つきに、これが普段と同じような小言ではないとセフィドリーフも悟った。
 にしても、また急な話だな、とセフィドリーフは精霊達がどうしているか山中の気配を探ろうとする。しかし上手くいかない。ディアレアンが誰も呼ばないようにあらかじめ結界を張って妨害しているようだった。
 なるほど、これは本気である。

 思えば彼は何度も天上に来るようしつこく催促していた。馬鹿にして怒らせるように言ってみたり、くどくど恨み言を並べてみたり、頼み込んでみたり。その全てをセフィドリーフは話半分で聞き流していた。
 セフィドリーフにしてみれば急な話であるようだが、ディアレアンにとっては我慢の限界といったところなのかもしれない。
 しかし、どう言われようがセフィドリーフは今山を去るつもりはないのだ。

「行かないよ」

 向こうが本気らしいので、セフィドリーフも真面目な顔で静かに告げる。
 ディアレアンの表情がだんだんと険しくなっていった。

「くだらない。あなたに敬意も払わない小さき生き物など、塵芥も同然だ。あんなものを守りたいだなんて、あなたはどうかしている!」
「私は敬われたいと思ったことはないよ」

 どう思おうが向こうの自由なはずだ。嫌われるのは少し、寂しいけれど。

「人間を見捨てて天上に来い、セフィドリーフ!」
「断る」

 ざわり、と空気が揺れる。ディアレアンの激しい怒りが肌に伝わってきた。

「王の命令は絶対なはずだな、ディアレアンよ。逆らうならお前を手にかけてもいいことになっている」
「では、そうするがいい。私を殺せ。私を殺すか、一緒に来るかのどちらかだ!」

 シャアッと威嚇の声をあげると、ディアレアンは黒い大猫の四つ足姿に変じ、セフィドリーフへと飛びかかってきた。
 セフィドリーフも銀色の狼になり、ディアレアンの攻撃をよけた。すぐに体勢を変えて横から体をぶつけ、ディアレアンを吹き飛ばす。
 ディアレアンは素早い生き物だが、押し合いになればセフィドリーフには全くかなわない。地面を滑って木にぶつかり、しかしまた跳び上がって向かってくる。

 本気だという言葉に偽りはないらしく、セフィドリーフの体に牙を突き立てようと大口を開けている。セフィドリーフはまた横から頭突きを食らわせて回避した。今度は魔法でより強い衝撃を与える。
 ディアレアンは速度と柔軟さを利用してどうにかセフィドリーフにダメージを与えようとするのだが、セフィドリーフはそんな動きを全て見切っていた。ディアレアンが悔しそうに顔を歪めている。

 だが何度吹き飛ばされ、押し負けようとも諦めようとしなかった。
 何度もこうして戦って、ディアレアンは嫌というほどわかっているはずだった。セフィドリーフとの力の差を。どれほど挑んでも、セフィドリーフには勝てないという現実を。

 向こうが本気であれば、セフィドリーフもほどほどに相手をするのが難しくなる。力に差はあっても、相手も聖獣だ。動きを封じるのに、多少は傷つけなくてはならない。
 セフィドリーフは負けて折れてやる気はないし、だからディアレアンが傷つくことになる。

「ディアレアン、諦めろ」
「諦めるくらいならここで死にます」

 ふう、ふう、と荒く呼吸をしながら、黒い大猫はセフィドリーフを睨みつけている。かなり消耗してきているだろうが、ぎらつく瞳からはまだ力が失われていない。
 このまま続けたところでディアレアンが負傷する一方である。
 セフィドリーフは暴れるディアレアンを押し倒して、首もとに柔く噛みついた。これで普通であれば降参するのだが。

「……殺せばいい」

 ディアレアンの震える声に、セフィドリーフは顔を離した。

「お前は私に殺されたいのか? 私みたいな頼りない者が王になってしまったから、うんざりしているのか」
「……」

 二人は同時に二つ足の姿に戻った。横たわるディアレアンの上にセフィドリーフが乗っている。
 風が吹かず山が静まる中、ディアレアンは黙り込む。
 そこでセフィドリーフは、聴覚が何かとらえたような気がして首をもたげた。

 ――い、ください……。

 人間の、女の声だ。

 ――どうか、お救いください。

 遠くから聞こえてくる、ほんの微かな声だった。

「人間が、助けを求めている」

 その言葉に、ディアレアンが目を見開いた。
 ディアレアンの力が弱まったことにより、セフィドリーフは彼の妨害を破って意識を広げられるようになった。
 山に残っている精霊は三人。アエラスと――イリスはいないらしい。
 もっと意識を遠くに飛ばす。それは久しく探ろうとしなかった場所、地上の人の住まう地域だ。かつてフェンドリト王国と争っていた小国の一つがあったところで、今はネシュトヴィア国トリーヴェルタ伯爵領。

 多くの黒いものが大地に蠢いている。セフィドリーフが封印したはずの、魔獣の気配がした。
 イリスはそこに向かったのだと、すぐにわかった。
 全く無茶をする。魔獣を斬るのは芋を切るのとは勝手が違うというのに。楽観的だから、行けばどうにかなると考えたのかもしれない。

「魔獣は人の手には余るだろう。行って助けてやらなければ……」

 突然ディアレアンが飛び起きて、セフィドリーフへと殴りかかった。拳をよけて、それ以上暴れられないよう手をつかむ。足下もおぼつかず、ディアレアンは倒れそうになっていた。

「もう……もうたくさんだ! あいつらのところになんて行くな!」

 体をよじってディアレアンは絶叫する。そのさまを見てセフィドリーフは目を丸くした。
 手をふりほどくと、ディアレアンはセフィドリーフの胸ぐらをつかむ。

「あなたはどうして王になんてなったんだ。だらけて寝ているのが好きだったんだから、ずっとそうして、のらくらしていればよかったのに。強いくせに平和主義で何も欲しがらないで。我らの中であなたが一番純粋で……誰かを想って傷つきやすかった。もう私は、あなたがあんな奴らに傷つけられて苦しむところを見たくないんだ! 嫌なんだ、セフィドリーフ! お願いだから私の言うことを聞いてくれ!」

 ぽかんとしながら、彼の訴えを聞いていた。
 顔をくしゃくしゃにして、ディアレアンはこちらを見上げていた。その苦悶の表情は、セフィドリーフの身を案じてのものだった。

 ――そうか。そんなに必死だったのも、全て私のためだったのか。

「人間のせいであなたは苦しむんだ。あんなものはいない方がいい」

 セフィドリーフは少しだけ笑みを浮かべた。

「彼らの自己中心的なところを責めるのか? 我らだって多少似たところはあるよ。それに、人間にも好もしく思える者はたくさんいて、だから私は信じて彼らを見守りたくなるんだ」

 友であったフェリクス。そして愛しいイリス。
 その他にも、時折セフィドリーフを思いやってくれる人間はいた。閉じ込められてふてくされている時に心配して話しかけてきた女官。外でセフィドリーフを見て、歌や野花を捧げてきた子供達。
 人間はなんだか面白いし、小さくて弱いのによくものを考えて努力しているなと興味を持って観察し始めたのを思い出す。

 短い生を迷いながら生きて、消えていく。
 同じ世界にいる、似てはいるが違う生き物。
 私達と彼らは、いずれ交わるのだろうか。それとも離れて疎遠になる?
 セフィドリーフが一つだけ願うのは、彼らと敵対する未来が訪れないことだ。

 彼らとの縁の糸を切ることは、全ての終わりの始まりだと思うから。戸惑いながらもその細い糸を、ずっと手放さずに握ってきた。

「自分の力を安売りするべきではないでしょう。そのせいでこんなことになったんだ」
「それはお前の言う通りだよ。反省している」

 混乱を生じさせてしまった責任は感じていた。
 だから今日、セフィドリーフは態度を決める。それを伝えに行こうと思う。
 今、全ての迷いと霧が晴れた。イリス・トリーヴェルダこそが私の答えだ。

 己の牙が己を貫き、苦しみから解き放たれることを望んだ時もあった。いっそ人間が来て殺してくれたらいい、と。
 けれどイリスはセフィドリーフを傷つけない。暗いところから日だまりへと、あの子が手招きしてくれた。
 イリスを手放そうとしていたが、それはもうやめだ。私達はすっかり結びついているのがわかるから。

「イリスのところに行って来るよ」
「行くんじゃない!」

 セフィドリーフはわめくディアレアンの手を離し、彼の首の後ろを叩いた。
 力の抜けていくディアレアンの体を支え、ゆっくりと地面に横たえてやる。こういうやり方は卑怯だから好かないのだが、今は急がなければならない。
 ぐったりとしている猫耳の生えた男に、セフィドリーフは語りかけた。

「私がはっきりしないばかりに、お前を随分苦しめたんだな。悪かったよ。でももう、大丈夫だ」

 頼りにならない王ですまない、と心の中で詫びる。
 セフィドリーフはディアレアンをそこに残して歩き出した。
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