非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku

文字の大きさ
上 下
53 / 60

53 気をつけて

しおりを挟む

 * * *

 イリスはぼんやりと、山の中で立ち尽くしていた。
 何も考えられなくて、無心で空を眺めている。
 すると、活発で負けん気の強い精霊、シエラがイリスのそばに現れた。

「ディアレアン様の気配がしたぞ。来たみたいだ」

 では、ついに。
 イリスは小さなため息をついた。近々来てセフィドリーフを連れて行くと言っていたのだから、その用で訪れたのだろう。

「いいのか?」

 シエラは地面から浮かんでいて、ポケットに手を突っ込んでイリスの様子をうかがっている。イリスは浅く頷いた。
 もう、あれこれ考えるのはやめたのだ。

「それでこれからお前はどうする気なんだよ」
「剣だけは、手放さないむねを神殿側に伝えるよ。私が保管したいから。これだけは譲れない。後は……そうだな、食べて行かなくちゃならないもんな……仕事をさがさないと……」

 実家に戻ってもやはり迷惑なのだろう。長男だがイリスが爵位を継ぐなんて話は今まで出た試しがない。弟は公爵令嬢のもとに婿入りするかもしれないし、誰か親戚にでも継がせるのだろうか。とにかく、イリスは関係がない。
 でもイリスが長男だからな、と渋々継がされるのも気まずくてたまらなかった。
 こうなったら一人で生きていくべきだろう。

「父上にお金を借りて、店でも開こうかな……。料理屋なら頑張ればできるかもしれないし」

 一人で店をやるなんて、そう簡単なことではないのだろう。けれどとりあえずやってみるしかない。
 幸い、見てくれは成長してぎりぎり大人には見える。もう剣を抜いても手から離してしまわないくらいの握力や腕力はついたし、力仕事もそれなりにできるだろう。

「セフィドリーフ様には相談しないのか?」
「相談したらどういう展開になるか想像つくもの……」

 それはいけない、イリス。君はここにいなさい。私もずっとここにいるから。
 セフィドリーフはそう言うに決まっている。そして意固地になるだろう。
 いつもイリスに同情してくれる彼だ。山にとどまる理由の一つがイリスになってしまう。
 とりあえずはディアレアンに強引に天上へ連れて行ってもらって、落ち着いて考えてもらおう。ディアレアンも本気の目をしていたから、彼がどうにかしてくれるはずだ。

 もしかしたら上で揉めてまた降りてくるかもしれない。それまでに、イリスは生計を立てられるようにしてセフィドリーフの庇護がなくても生きていけることを証明しなければならない。そして手を尽くして、精霊の少年達も消えてしまわないようにしよう。
 そうすればセフィドリーフも地上を離れられることになるのだ。
 これからは忙しくなりそうだ。

「にしても、おっちょこちょいの僕にお店なんて経営できるかな……まず何から始めたらいいんだ……? 前世はバイトしかしたことないし、今世は貴族の子だもんなぁ……」

 しかし四の五の言っても仕方ない。これはセフィドリーフのためでもあるのだ。

「まあ、いいか。何とかなるよな」

 こういうところは楽観的で良かったと思う。
 セフィドリーフと離れるのは、とても寂しい。記憶のある前世も含めて、初めてここが――セフィドリーフのそばが、自分の居場所だと感じたのだ。そして彼を守ることこそ、自分の使命だと信じられた。
 この山では楽しいことばかりで、何年も住んでいたわけではないが思い出がたくさんあった。

「幸せだったよ」

 イリスはまた空を見上げて微笑む。
 そんなイリスを見つめていたシエラだったが、気配を感じたのか顔を動かした。シエラの視線の先に現れたのはアエラスだった。

 アエラスは地上の天気が妙だから見に行ってみる、と朝方山を出て行ったのだ。
 アエラス、と呼びかけようとしたイリスだったが、彼の顔を見てはっとした。アエラスはいつになく深刻な表情をしている。

「イリス。君の家の領地に魔獣が出た」
「魔獣……って……? どうして?」

 魔獣というのは大昔にいたというくらいしかイリスは知識がない。どんなものかもよく知らない。
 それは生き物を襲う凶暴な存在で、人間でも倒せないことはないが他の動物を相手にするより手を焼くという。
 アエラスは風のように移動できる。素早く伯爵領を回って、情報収集してきたのだ。

「イリスの父上に恨みのある貴族が、困らせるためだけに魔獣の封印を破ったみたいだ。まあみんな、あれのことなんてよく知らないから危険性もわからないんだろう」

 昔の人々は魔獣に悩まされていて、見かねたセフィドリーフがまとめて倒して残りは封印してくれたらしい。それを愚かにも人間が破ってしまったのだ。
 魔獣が出ていた時代は人も倒す機会があったからある程度は慣れていた。だが今は経験がないから手こずるかもしれない、とアエラスは言う。

「騎士団が駆けつけて戦っているみたいだよ」

 騎士団。弟のアルベルトの顔が頭に浮かんだ。

(父上、母上。アルベルト……)

 イリスは背筋をのばして、アエラスとシエラに尋ねた。

「君達は力の強い精霊だって言ってたね」
「精霊の中では長生きしてる方だからね」
「魔法って使える? たとえば、私をなるべく早く移動させるとか」

 アエラスとシエラは顔を見合わせていた。できないことはないと言う。
 それでは、彼らに頼んで領地に移動しよう。イリスは走って白亜の城に戻った。いつも磨いて置いておいた白銀の甲冑を手早く身につける。

 今までは武装する必要がなかったから、これを身につけるのはこれで二度目だ。あれほど重かった甲冑が、妙に軽い。体が成長した以上の何かがあるとしか思えなかった。身動きをとるのに全く支障がない。
 剣を腰に帯びると、イリスは馬のいるところまで向かう。
 アエラスとシエラ、そして呼び出されたガリーニとエオーリシもイリスを待っている。

「送るのはいいんだけど、イリス。セフィドリーフ様にはこのこと、話さなくていいの?」

 イリスは首を縦に動かした。おそらくセフィドリーフは今、ディアレアンと込み入った話をしている最中だろう。

「これは人間の問題だからね。いつも聖獣様に頼んでいたら悪いじゃないか」

 またセフィドリーフが地上に降りて人を助けるのを見たら、味をしめた人間達が再び彼を利用しようとするかもしれない。もしくは恐れて忌み嫌うか。
 イリスは軽やかに馬にまたがった。

「大丈夫かなぁ」

 精霊達は送り出すのに気が乗らない様子だった。けれど、イリスは引きとめられても行くつもりだ。家族と領地の危機なのだ。どれだけ期待されていなかったとしても、イリスは伯爵夫妻の息子で、領民に対して責任がある。

「大丈夫だよ。私はセフィドリーフ様に剣を教えてもらったじゃないか。それにこの身を包むのはセフィドリーフ様の牙なんだ。魔獣なんかにやられたりはしないよ」

 自信たっぷりに見えるように、イリスはみんなに笑ってみせた。精霊達は、「仕方ないなぁ」というような表情で頷きあっている。

「では行くよ。少し目がくらむかもしれないけど、落ちないように気をつけて」

 アエラスがそう言い終わり、馬が踏み出すのと同時に、視界の中に広がる景色が一気に後方へと過ぎ去っていった。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

動物アレルギーのSS級治療師は、竜神と恋をする

拍羅
BL
SS級治療師、ルカ。それが今世の俺だ。 前世では、野犬に噛まれたことで狂犬病に感染し、死んでしまった。次に目が覚めると、異世界に転生していた。しかも、森に住んでるのは獣人で人間は俺1人?!しかも、俺は動物アレルギー持ち… でも、彼らの怪我を治療出来る力を持つのは治癒魔法が使える自分だけ… 優しい彼が、唯一触れられる竜神に溺愛されて生活するお話。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

処理中です...