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47 王の挑戦
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「人間を滅ぼすことに決めましたよ、セフィドリーフ」
食事ができなくなって、死にはしないが着実に弱り続け、またしても人間の気紛れで牢に突っ込まれたセフィドリーフは、冷たい床の上に転がっていた。
考え事もせずに虚無の中に意識が浮かんでいたが、ディアレアンの声を聞いて我に返った。
「……は? 何て言った?」
「ですから、我々聖獣は、人間のあなたに対する暴挙を宣戦布告ととらえて、攻め込むことにしたのです」
「我々聖獣って誰だ」
「私、闇のディアレアンと、水のウォルスラン、火のエンファーラと土のダルクストイア。あなた以外の全員です」
石の数も数え飽きた天井から視線を外し、檻の向こうに立つディアレアンの方を見る。ディアレアンは軽い苛立ちを含んだ顔でこちらを見下ろしていた。
「意味がわからないんだが。私が人間に何かされているのとお前達に、何の関係があるんだ?」
「報復です、セフィドリーフ」
「私達五聖は別に、仲も良くないじゃないか。それがどうして……」
いがみあってはいないが、馴れ合ってもいない。昔からそれぞれさほど関わらずに好き勝手過ごしてきた。仲間意識などないはずだが。
「それでもあなたは聖獣で、同胞です。あなたへの侮辱は我々への侮辱だ。彼らを殲滅する」
殲滅、という言葉にぎくりとした。
セフィドリーフは肘をついて身を起こした。なんだか体がやたらと重い。ここは風の流れが弱くて、空気が悪かった。
「冗談だろう。私は別に、身の危険を感じるようなことはされていない」
「牢にぶちこまれても、毒を盛られても?」
「そうだ」
ディアレアンの眉間にぎゅっと皺が寄る。
「いい加減にしてください。あなたがいくらそこでこらえようが、彼らは改心しませんよ。お人好しの聖獣を未来永劫繋ぎとめて、都合良く利用し続けるだけです。結局我々と人間は異なる生き物で、縄張り争いをするしかない。これは決定したことで、我々はこの計画を変更するつもりはありません」
私のせいだ。
そもそも全てが私のせいなのだ。
考えが足りず、無闇に人間に近づいたから。そして頼み込まれれば助けてやりたくなってしまう。
それがこんな事態を引き起こしてしまった。
「やめろ。だったら悪いのは私だろう。人間を滅ぼすなど許さないぞ」
「まだ味方をするんですか? 自分がどんな仕打ちを受けているかわからないんですか? 恩を仇で返されたんだぞ!」
「恩を売る気なんてなかった。いいんだ、私の問題だ。首を突っ込まないでくれ」
ディアレアンの髪が怒りで逆立って膨らむ。彼は怒鳴り声をあげた。
「もうあなただけの問題ではない! いいか、我々は誰にも指図されない! 命令できるのは王だけだ! 勝手にさせてもらう!」
――私の過ちで、人間が根絶やしにされるかもしれない。
確かに聖獣は上下関係などないから誰かの言いつけを聞いたりはしない。今まで皆自由にやってきて、概ねそれに文句はつけてこなかった。
けれど今回は――駄目だ。
だが聖獣達はセフィドリーフの言葉なんて聞かないだろう。やると言い出したら必ずやる連中だ。しかも今回は珍しく意見が揃っているときた。
止める――方法が――あるとすれば。
セフィドリーフは石床に手をついて、ゆっくりと立ち上がった。
「……ディアレアン。表に出ろ」
顔にかかった銀髪の隙間から、ディアレアンに目を据える。
「私はお前に勝負を挑む。そしてこれから他の聖獣全員に挑もう。私が皆に勝てば、その計画は放棄してもらうぞ。王の言葉は『絶対』だ。そうだな?」
ディアレアンは愕然としていた。信じられないものでも見るような表情だ。
「あなたは……」
「出ろ。今すぐにだ」
セフィドリーフを除く四聖はすでに天上と地上を行き来していた。
ゆくゆくは汚れた地上から離れて天上に落ち着く予定でいる。聖獣が去れば地上は聖気も魔力も薄くなるだろうが、彼らの知ったことではなかった。最終目的地は「楽園」だ。それがいつ現れるか不明だが、人間が大地を汚している限りは目にすることはかなわないのではないかというのが聖獣達の意見だった。
水の馬ウォルスランは、土の鹿ダルクストイアと二つ足の姿で集まっていて、たった今地上から耳を疑うような報せを受け取ったばかりだった。
そしてそれについてろくに話し合う暇もなく、問題の渦中にいる一頭が猛烈な速さで天上まで昇ってきたのだ。
ウォルスランとダルクストイアは呆気にとられるばかりだった。
「久しいな、ウォルスラン、ダルクストイア」
銀の髪をなびかせてやって来たのは、風の狼セフィドリーフだ。目が据わっている上に、服には血が飛び散って、拳には何かを殴ったらしいあとがある。
水色のたてがみを思わせる長い髪のウォルスランは、頭に生えた馬の耳をぴくぴくと動かしてセフィドリーフに話しかけた。
「ディアレアンを叩きのめしたという話は本当か?」
「本当だ。お前達にもこれから力比べを挑む。負けたら要求をのんでもらおう。人間に攻撃をしかけるのはなしだ」
「正気か、セフィドリーフ」
そう言ったのは、頭から鹿の角を生やしているダルクストイアだ。
「他の聖獣に力比べを挑んで勝つということは、あなたが王になるということだぞ」
仲が良いわけではないが深刻な仲違いもしてこなかった聖獣達は、そういう掟がありながらも何となく立場を決定することを避けてきた。
「人間を守るために、同胞の我らを裏切るというのか」
「裏切るとは大げさだな。ちょっとボコボコにして力の差をわかってもらおうというだけだ」
「こんなことになったのは、お前が腑抜けなせいだ! 八方美人で何でもやってやろうとするからではないか! しかもこけにされてもまるきりやり返さないときた。その牙は何のために生やしているんだ。度の過ぎたお人好しめ! お前が招いた事態だぞ!」
「だから! 私が責任を取ると言っている!」
セフィドリーフがうなり声をあげ、対する二頭の聖獣は苦々しげに顔を歪めていた。
鹿の方が口を開く。
「あなたが何を考えているのだか、さっぱりわからない。人間は我らが導くか我らに従わせるか、どちらかしかないだろう?」
「強大な力があるからか? だから弱い彼らを従わせると? そんな傲慢なことはしたくない。断る。彼らには彼らの社会がある。私は導いたりはしない」
馬の方が口を開いた。
「ならば滅ぼす。楽園のためだ。彼らが死に絶えれば地上は平和になり、いずれ楽園が訪れるだろう」
「そうと決まったわけではない」
「頭がどうかしているぞ、セフィドリーフ。どうしてそこまでこだわるんだ。そこまで人間を好く理由はなんだ?」
「人間など好いていない。守るのはこれで最後だ。質問は終わりか? さっさとかかって来い」
そこまで言うのなら人間を許してやろうか、と頷く二人ではない。ウォルスランとダルクストイアにも意地がある。こんなことで意見を曲げたりはしたくなかった。
「では、目を覚まさせてやろう。お前の挑戦はここで終わらせてやる。お前のためにな」
セフィドリーフに王など務まるはずがないのだ。彼は聖獣の中で最も無欲でお人好しで、争いごとが苦手だった。
ウォルスランが前に出る。
セフィドリーフの瞳孔鋭い目が光った。
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