非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku

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45 守られている

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 * * *

 イリスは剣の稽古を一日も休まなかった。
 初めこそはイリスが剣を扱えるようになるなんておよそ無理なことだろうと決め込んでいたのだが、たゆまぬ努力によって少しはものになってきていた。

 体の方は成長したが、ものすごくたくましい青年、とまではならないまま止まっている。ようやくどうにか大人に見える背丈になったものの、やはり小柄だ。
 それでも来た頃に比べたら見違えるほど立派になったのだ。
 セフィドリーフが見守る中、イリスはいつもの素振りを始めた。

「イリス、頑張るね。でも休んだらどうだ?」
「じゃあ、ちょっと休憩して……水分をとってから再開します」

 イリスは果実をひたした水を飲みにセフィドリーフとアエラスがいる木陰へと歩いてきた。

「君は料理が上手だから、そこまで鍛えなくてもいいと思うけど」
「いえ……」

 イリスは額の汗を拭って、セフィドリーフの方を見上げた。

「笑われるかもしれませんが、聞いてもらえますか?」
「いいよ、言ってみなさい」
「私は、セフィドリーフ様をお守りしたいんです。そのために強くなることを諦めたくありません」

 意志の強さを感じる、真っ直ぐな視線がセフィドリーフに向けられている。真面目な顔つきだったが、それはすぐに照れくさそうな笑顔へ、へにゃりと変わった。

「セフィドリーフ様がお強いのはよくわかっているんですけど。でも、私は守護騎士ですから。その名に恥じない男になりたいです。亀のような歩みでも、そこへ向かって進み続けます。きっと、あなたをお守りします」

 イリスは微笑むと走り出し、また剣を手にとった。

「…………」

 セフィドリーフはいつものように木にもたれて、イリスの素振りを眺めていた。隣にはアエラスがいる。こうして二人で彼の朝稽古を見るのが日課のようになっていた。

「彼が私を、守るってさ」
「はい」

 セフィドリーフは息を吸い込んで、ゆっくり吐いた。

「あのさ、自惚れだって思わないでもらいたいんだが、私は強いんだ。五聖の中で一番強い」
「知ってますよ。事実です。リィ様は他の聖獣様方を完膚なきまでに叩きのめしましたからね。力の差ははっきりしていたみたいですし、誰もが認めるところでしょう」
「うん。だから、敵になりそうな存在もいないくらいなんだよ。私の命を脅かすような輩はいない。力で誰にも負ける気がしないんだ。私は誰にも守られる必要がないし、私を守れる誰かがいるとも思えない」

 アエラスは黙っていて、セフィドリーフは続けた。

「思えなかったんだ、けれど……」

 セフィドリーフの眼差しは、守護騎士の青年に向けられていた。

「不思議だね。私は今、あの子に守られていると感じている」

 二人の会話はそよ風にまぎれてしまうほどごく小さく、イリスのもとまでは届かない。

「肉体ではなくて、尊厳とか心とか、私が無頓着なそういうものを、あの子が守ってくれているんだよ」

 精一杯尽くして、寄り添って、言葉を重ねることによってセフィドリーフを癒そうとしている。変わったことをしているわけではないのだが、料理一つに労りや真心が、かける言葉一つ一つに尊敬と愛情がこもっている。

「イリスは強い子だ。どんな辛い過去があっても、それを引きずって暗い顔をしない。彼だってたくさんのことで傷ついたはずなのに。何もかも投げ出して自棄になっている私とは大違いだな……」

 あんなにも小さくて弱々しい体を持った生き物なのに。懸命に手をのばしてセフィドリーフの心を包んで守ろうとしている。

「私は……あの子のことが好きになったのかもしれない」

 アエラスはセフィドリーフを見上げて何度もまばたきをしている。

「っていうことを、イリスに言ったら驚くかな……」

 アエラスは肩をすくめた。

「イリスはあなたのことが好きですよ、すごくね。その好きっていうのは、敬愛なんかとは違うものだと思います」
「まあ……それはなんか、見てたらわかるよ」

 イリスが自分に特別な感情を寄せてくれているのは、察していた。嘘がつけない素直な子だ。迷惑がかかると思っているのか、その気持ちをさらけだそうとはしていないようだが。

「なんか私、すっごくイリスが可愛く思えて仕方ないんだよな」

 初めて芽生えた感情だった。
 イリスが健気に働いているところを見ると、抱きしめたくなる。笑顔を目にすると、胸の中が柔らかいものでぐうっと押されたような感覚がある。
 わき上がってくるものがみんな、心地良かった。

 守りたい、慈しみたい。あの子に幸せでいてほしい。
 愛情というやつは、こういうものだったのか。

「いつの間にかすっかり惚れてますねぇ、リィ様」

 にやりと笑うアエラスをセフィドリーフは横目で睨む。

「精霊に惚れたとか惚れてないとかがわかるのか?」
「そりゃ僕達は誰にも惚れませんけどね。惚れてる人間は見たことがありますよ。リィ様はそういう人間と同じ顔してます」

 自分ではどんな顔をしているのかわからない。セフィドリーフは渋面した。

「何でもいいですけど、いきなりイリスを驚かせるような乱暴な迫り方しないでくださいよ?」
「失礼だな。私は発情期の犬じゃないんだよ。分別はある」

 精霊達は姿は幼く見えるが、イリスの何十倍も生きているのである。子供ではない。
 イリスが好きだと打ち明けたらさぞ驚くだろうと思っていたのに、アエラスは本人達より先に、それぞれの気持ちに気づいていたらしかった。

 この先どうしようかなぁ、などと面倒な問題がいくつも頭に浮かぶが、とりあえずセフィドリーフは、長く生きてきた中で初めて覚えた感覚を噛みしめていた。それは、いつまでも噛みしめていたくなるような幸福を伴うものだった。
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