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41 恋の自覚
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「僕……セフィドリーフ様のことが好きになっちゃったのかもしれない……」
自室の寝台で枕を抱え、イリスは独り言を呟いた。
ライクではなくラブの方である。つまり、惚れてしまったということだ。
イリスは恋愛経験がない。前世でもない。誰かに恋愛感情を抱いたことがなかったのだ。周りで惚れた腫れたの話をする人はいたから聞いてはいたが、自分は未経験である。全く興味もなかった。
恋というのは自分とは無関係の感情だと決めつけていたのだが。
気がつけばセフィドリーフのことばかり考えている。彼のことを考えると、甘やかなものが胸に広がったり、逆にぎゅうっと締めつけられるようなこともあった。
朝起きると、早く顔を見たくてたまらなくてそわそわしてしまう。声が聞きたい。名前を呼んでほしい。
――イリス。
セフィドリーフが低く涼やかな声で自分の名を口にする。そんなごくささやかなことが、時にイリスを猛烈に感動させた。
日に日に想いが深まっていく。
だからといってどうしたい、ということはないのだ。ただ、自分の心がいつも呟く。
好き。好きだ、と。
形のわからない高ぶりが、ついにはっきりと自分の中で主張し始めた。
(でも……セフィドリーフ様は、男っていうか……雄っていうか……、人間じゃない上に、尊いお方だから……)
恋をしていい対象ではない、と思う。
(とはいえ、好きになっちゃったんだしなぁ……)
ううん、とイリスは枕に顔を埋めて唸った。好きになってしまったものはどうしようもない。
しかし、口に出さなければそれほど問題にもならないのではないだろうか。いわばこれは勝手な片思いである。モーションをかけたりなどしないし、今まで通り普通に過ごしていれば、セフィドリーフに迷惑もかからないだろう。
(僕とセフィドリーフ様が万が一にもどうにかなる、なんてことは絶対あり得ないし、今以上に何か欲しいなんて贅沢なことは思わないし……)
うん、うん、とイリスは頷いた。
いいんじゃないか? 別に。
種族も違うし男だけど、セフィドリーフ様に妻がいて横恋慕しているわけじゃなし。こっそり好きになるのは罪じゃない、と思いたい。
考えようによっては、恋などしたことがない自分が初めてそんな感情を知れたのは、良いことなのかもしれない。そばにいるだけで幸せなのだし。
(初めて好きになった人が、セフィドリーフ様でよかったなぁ)
これが片思いってやつか、とイリスはしみじみ頷いて笑った。
今日もいい日和だった。柔らかい陽光が山に降り注ぎ、白々とした植物が輝いて眩しい。
ここ何日かは、セフィドリーフに剣の稽古をつけてもらっていた。以前よりは動けるようになり、剣を持つのもさまになってきていると褒めてもらっている。
稽古が終わって休憩し、空を見上げるとあんまり綺麗だったから、イリスは散歩に出かけることにした。
山は時がゆったり流れていて、何もかもが穏やかだ。
葉の蝶が舞い、魚が宙を泳ぎ、植物は風に揺れてさざめき、川の水面は光る。
いくらでも見ていられる風景の中、イリスは足を進めた。
木のすけたところで、白い草が一面に生えている土地がある。そこで四つ足の姿をしたセフィドリーフが横になって眠っていた。アエラスとエオーリシも、その銀色の聖獣に寄り添って昼寝をしている。
絵画の中の世界のような光景を、しばらくイリスは離れて眺めていた。
「イリス」
セフィドリーフが片目を開けて呼びかける。
「あ……セフィドリーフ様……」
図々しいよな、と思いながらも、イリスは我慢できなくて口を開いた。
「私も一緒に寝ていいですか……?」
「いいとも。おいで」
イリスは顔をほころばせて近づいていった。腰を下ろして、そっとセフィドリーフの体にもたれかかる。
頭を乗せると、銀色の毛が顔をくすぐった。
(うわ……ふっっわふわ……!)
感動して目をつぶり、大きく息を吸いこむ。
――セフィドリーフ様、風とお陽さまの匂いがする……。
何も知らなかった、いとけない子供の頃の感覚が戻ってくるかのようだった。自然に身を委ねて、愉快な気持ちになったあの頃。生き物の原初の喜びを感じる部分がくすぐられる。
目を閉じると、すぐにイリスは眠りの中に沈んでいった。
自分をこれだけ幸せにしてくれる彼に、自分以上の幸福が訪れるよう祈りながら。
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