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29 城
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「なんと! どうなっている! 遠くに見えた時は幻かと思ったが、確かにあるぞ。しかし、見事だな」
フェリクスは呆気にとられながらも、目の前にそびえる建物を見て感嘆の声をあげていた。
彼の目に映っているのは、白亜の城だ。以前来た時には影も形もなかった大きな城が、そこに忽然と現れたのだ。
中からセフィドリーフが出てくると、フェリクスが嬉しそうに破顔する。
「セフィドリーフ! これは一体、何事だ?」
「建てたんだよ」
「建てたって? あなた一人でか」
「私は魔法が使えるんでね。石を切り出して組み立てるくらい造作もない。細部はあまり自信がなかったから、精霊に相談して作ったけどな」
今までは必要性を感じなかったので試みたことがなかったが、城くらい、半日もあれば作れるのだ。セフィドリーフが城というものをまじまじと見たのはかなり昔だったので、建築様式はところどころがかなり古い時代のものになった。アエラスの助言で手を加えたので、少しばかり奇妙な城になったかもしれない。
いつも付き従っている護衛の騎士達は驚きのあまり口を開けているし、フェリクスは感心してしきりに頷いていた。
「やはり、聖気に属するものは違うな。神の御業に近い。天晴れだ! セフィドリーフよ!」
この男はいつも元気だな、とセフィドリーフは内心呆れた。こんなに小さくて脆い生き物なのに、力に満ちている。
「それでまたどうして、急に城を建てようと思ったのだ?」
戯れに建物を建てる聖獣もいるにはいた。それは砂の城を作るように容易くて、すぐに壊して何度も作れる。
けれどはっきり言って聖獣にはさほど必要なものでもない。巣の中に身を隠して安全を確保しなければならないわけではないからだ。
大きな四つ足ではかえって住みにくいし、家がほしいと特別感じたことはなかった。
「人間の王を迎えるのに、いつもその辺の草の上ってわけにはいかないじゃないか。君達は屋根が好きだろう? それと、竈を作っておいた。調理場だ。竈だのなんだの、調理器具なんて持って行ったり来たりさせたんじゃ、君の家来があんまり可哀想じゃないか」
そうすると、私のためでもあるのだな、と喜んでフェリクスは中を見学した。何を見ても見事だ見事だと言って褒める。
その日は軽い食事をして話をするだけで済ませた。次に料理人を連れてくるらしい。これは彼の従者が譲らなかったことで、さすがに国王に料理人まがいのことはさせたくなかったと見える。
「必ず時間を見つけて泊まりにくるぞ」
と多忙なはずの王は宣言した。
初めて城に足を踏み入れてから一ヶ月半後、フェリクスはいつもよりは多い従者を連れて聖なる山にやって来た。前に言った通り、専属の料理番も一緒だ。
聖獣様のお口に合うものが作れるかどうか……と恐縮しながら、調理場へと入っていく。
セフィドリーフは苦いものも辛いものも、特に嫌いなものはないからなんでもそれなりに美味しく味わえた。
このごろは今まで以上に食事というものは悪くないと思えた。力が増すのを感じるし、山の自然は豊かになっている。今年は地上も豊作だというが、それもセフィドリーフの力の影響なのかもしれない。
今宵はフェリクスが普段食べているようなものが卓に並んだ。いつも明るいうちに彼と口にする軽い料理ではなくて、これが王侯貴族の食べるものなのか、とセフィドリーフは興味を持って咀嚼した。
確かに、数が多くて豪勢ではあった。
「いかがでしょう」
緊張で失神しそうになっている料理番を哀れに思いながら、「美味しいよ」と言ってやった。すると額の汗を拭きながら、ほっとした顔で下がっていく。
(そんなに怖いかな、私は)
二つ足の姿でいるのだから、大して彼らと変わらないような気がするのだが。
どんな道具も一度使い方を見ればすぐに覚えるセフィドリーフは、フォークなどの使い方や作法も理解して、フェリクスと同じように食べることができた。
「今夜は泊まるぞ、セフィドリーフ。よいだろうな?」
「お好きにどうぞ。でも君は一国の主で、あまり暇がないんじゃなかったかな?」
「たまにはいいのだよ。今日来るために私は、うんと急いで仕事を片づけてきた。臣下も文句はないだろう」
「異種族との交流も仕事の一つだのなんだの言って、丸め込んだんだろうな」
「よくわかったな」
食事を終えると場所を移動して、テラスへと出た。夜天には大小の星々が散らばり、またたいている。二人は椅子に座ってそんな夜空を見上げていた。
「ここは静かだ。地上の喧噪が遠い。なんと美しいのだろう」
珍しく落ち着いた声音でフェリクスが言う。
セフィドリーフは隣に座るフェリクスの横顔を眺めた。近くに置かれた燭の明かりに照らされるその顔は、若いがしかし、目尻に老いの兆しである皺が刻まれている。
セフィドリーフは覚えがないので想像するしかないが、大勢の上に立ったり何かをまとめたり決定するのは、楽な立場ではないのだろう。
この一見底抜けに明るく見える男も、多くの悩みを抱え、時には眉間に深い皺を刻むに違いない。
「フェリクス。そう頻繁に私を見張りに来なくてもいい。君の民に危害を加えないと約束しよう」
そう言うと、フェリクスはちょっと目を見開いてセフィドリーフに視線を寄越した。
「私の訪問を、そういう風に思っていたのか?」
「人とは異なり、人より遙かに強い力を持つ生き物がいるのだから、心配して当然だ。かといって排除をしようと刺激してもっと大変な状況になるのも避けたい。最も責任ある立場の君がわざわざ様子を見に出向いたんだろう? そして私のご機嫌をうかがっているんだ。もう、そんなことはしなくてもいい。別に襲わないよ。本当だ。利益がないもの」
「セフィドリーフ。私はあなたと友になりたかっただけだ」
「君は人の国の王だろう。そんな単純な理由だけで来るはずがないし、来れる立場でもないはずだ。それくらい私でもわかる」
フェリクスはしばし顎を撫で、一気に杯の酒をあおった。
彼が気のいい男であることはなんとなくわかる。けれど、これでも一国の最高権力者であり、彼が動くとなればそれなりの理由があるはずなのだ。
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