非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku

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「――怪我は?」
「ない……で、す」

 セフィドリーフだった。
 多分、そうだ。

 四つ足の狼のような生き物が、イリスを乗せたまま穴の底に着地をする。必死で握りしめていた蔦が、手から落ちた。
 唖然とイリスはセフィドリーフらしき獣の姿を眺める。

「走るのは『これ』の方が速いんでね」
「……触っ……ても、いいですか……?」
「もう触ってるじゃないか」

 ずるりと乗っかっていた背から降りて、夢見心地のイリスは改めてセフィドリーフの体に触れた。
 普通の獣とはまた違う。聖獣という呼び名を持つのに相応しい、あまりにも神々しい姿だった。力強い四肢にしなやかなフォルム。美と雄々しさを感じる佇まいだ。

「誰が……あなたを恐ろしいなんて言ったんだろう」

 ぽつりとイリスが漏らすと、鋭い瞳孔をしたセフィドリーフの目がやや細められる。
 こんなに綺麗な生き物を前にして、心にわき上がるのは喜びだけだ。
 何の前触れもなく、セフィドリーフが二つ足の姿に戻った。

「あ……」

 イリスは名残惜しく思いながら、触れていた手を引っ込めた。

「で、イリス。君はこんなところに一人で何しに来たわけ?」

 四つ足も二つ足も、不思議と表情の作り方は変わらないな、と頭の片隅で考えながら、イリスは背筋を正した。
 申し訳ありません、花が、小魚が、と慌てて早口で説明する。ため息をついたセフィドリーフは落ち葉のたまったふんわりとした地面に片膝を立てて腰を下ろした。

 相当呆れられているな、と青くなりかけたイリスに、「それって、あれか?」とセフィドリーフが奥を指さす。
 振り返ると、横穴の向こうに発光する花々が群生しているのが見えた。先ほど追いかけていたのと同じ種類の小魚が、花の周りを泳いでいる。

「そうです! あれです!」

 破顔するイリスを、セフィドリーフが疲れた顔で見上げていた。いけない、喜んでいる場合じゃない、もっとしっかり謝罪しなくちゃ……と口を開きかけたところで、ぐいっと腕を引っ張られる。

「セフィ……っ」
「それも私のためか」

 抱き締められて、頭を撫でられる。驚くイリスは身動きが取れずにいた。このままでいるのと身を離すの、どちらが失礼なのか判断出来ずに硬直する。

「あんまり無茶しちゃいけないよ、イリス」
「すみません……私、情けないほど腕力がなくて、またご迷惑を」
「君に迷惑なんて一度もかけられてない。もっと自分を大事にしなさいと言っている。君はあまり大事にされてこなかったから、身を削ったり我慢するのを当然だと思ってる。君を大事に思う者もいるよ。私や、アエラス達だ」

 耳元で囁かれて、イリスは息をのんだ。
 僕に大切に思われる価値なんてあるだろうか。そんな暗い疑問が胸の内に漂う。
 セフィドリーフの顔をどんな表情をして見上げたらいいかわからなくて、胸に頭を押しつけたまま岩の壁を見つめていた。

「前から聞きたかったんだけど、イリスはどうしてそんなに私に尽くしてくれるんだ? 神殿から、尊い聖獣だと言われたから鵜呑みにした? でもね、実は私は長いこと、人間に何もしてやってないんだよ。何かしてやるつもりもない。君が私を敬う理由は何もないんだ。神官が聖獣「様」なんて呼ぶのは、ただの習慣だよ」

 イリスは目を泳がせた。頭上から聞こえてくるのは、冬の冷たく乾いた風のような声だった。理由のわからない悲しみがこみ上げてくる。
 投げやりな言い方に胸が痛んだ。あなたに――そんな声を出させる原因は何ですか?

「初めは……そうでしたけど。神殿から、あなたに仕えるように言われたから、そうしようと思いました。でも、あなたを一目見た時、個人的な感情からあなたに尽くしたくなったんです。あの……私は、あなたのことが好きになったので」

 聖獣とか、偉い御方だとか、そういうのを除いて、イリスにはセフィドリーフが好もしい人物に見えた。会話を交わして、その人柄も好きになった。
 そう告げて見上げると、セフィドリーフはぽかんと口を開けて見下ろしていた。

「怒りました?」
「……好きだと言われて怒る人がいるのか?」
「たまにはおります」

 母上とか。
 幼い頃、母は好きだと言うと怒ってイリスをぶったことがある。反応というのは人それぞれだ。好意を迷惑だと思う場合はあるだろう。
 何を考えているのかわかったように、セフィドリーフは悲しげに微笑むとまたイリスの頭を撫でた。まるで子供にするような触れ方だが、見た目が完全に子供なので無理もないだろう。

「私は怒らないよ。さあ、あれが欲しかったんだろう、とっておいで」

 促されて、イリスは立ち上がる。
 子供扱いされているな、と内心苦笑しながら横穴をくぐり、花をとりに行く。魚達の寝床がなくなってしまわないよう、摘む本数は控え目にした。眠り花の花弁は純白で肉厚だ。見るだけでも癒されるようなまろみのある曲線が愛らしい。芳香は心なしか眠くなる。

「セフィドリーフ様。帰ったら、この花のお茶をいれましょう」
「いいね、いただこうか」
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