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14 優しすぎる
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デザートを食べ終えた後、騒ぎすぎた精霊達は長々とセフィドリーフから小言を聞かされていた。セフィドリーフは部屋に戻り、イリスは精霊達と食器を片づける。その後廊下を歩いていると、のんびり屋のエオーリシがふわふわ浮かびながら後をついてきた。
「いやぁ、久々にリィ様に怒られちゃったねぇ。でも、説教する元気が出てきて何よりだよ。やっぱり食事ってやつは効果があるんだぁ」
エオーリシはうんうん頷いている。他の少年よりもやや髪が長く、首を動かすと巻き毛が揺れていた。
「昔のセフィドリーフ様にはよく怒られたの?」
「まぁ、時々ねぇ。あの方はそんなにカッカしない方だからさぁ」
「優しいもんね、セフィドリーフ様」
「……優しすぎるって感じぃ?」
含みのある言い方に、イリスは少年の方を見上げた。今のエオーリシは少々透き通っている。とろんとした眼差しにはこれといった感情は見られなかった。
「優しすぎるのは、いけないことかな」
「時と場合によるってこと。僕らはあの方が優しくて助かってるよぉ。だってリィ様が山を離れたら、僕達消滅してしまうものね。リィ様がここにいる理由の一つは、僕らへの情けの為なんだぁ」
「どういう意味?」
エオーリシはかいつまんで説明をした。
大昔に生まれた精霊達は、土地の影響を強く受ける。魔力の薄いところでは存在を保っていられず、かつ生まれた土地を離れることが出来ないそうだ。
かつて地上には五柱の聖獣がいた。彼らのいるところは魔力が濃い。そこには多くの聖なる存在、精霊などがいたという。
「でもさぁ、ほら、みんな上に行っちゃったでしょぉ」
エオーリシが天を指さす。セフィドリーフ以外の聖獣は、地上を離れて新たな場所へと旅立ったのだ。その際、土地の魔力はあちこちで枯れ、土着の精霊は消滅していったという。
天上では新たな精霊が生まれるそうで、だから聖獣達は同胞が減るわけでもなく困ってはいないそうだ。
「結構ね、聖獣様達は……こういう言い方が適切かどうかはわからないけどぉ、ま、聞こえないからいいでしょ、つまり、薄情なんだよねぇ」
精霊達からしても聖獣は絶対的な存在で、逆らったり意見したりすることは難しいそうだ。魔力の源であり、仕える存在。それが聖獣なのだという。
「消えた精霊はみんな、さほど文句はなかったみたいだよぉ。僕達ってあの方々の決定を尊重しているし、連れて行けないんだから仕方ないもんねぇ」
精霊の消滅は人間でいうところの死とほとんど同義であるようだが、彼らに悲壮感はない。だから消滅するのもさほど抵抗がないそうなのだが。
「リィ様は哀れんでくださるんだよねぇ。こんなちっぽけな、ふわふわしているだけの僕達みたいな精霊すらも」
――リィ様、僕達、消えたって構いやしませんよ。僕達のことはお気になさらず。
――そうはいかないよ。
――僕達、風みたいなものですよ。さあっと吹いて、その時はいるけど、消えてしまうんです。
――お前達は風と違うよ。今まで一つの存在として意識を保ってきて、思い出だってたくさんあるだろう。
――僕達のことは、いつか皆忘れますよ。吹きすぎていった、いつかの風みたいに。
――私は忘れない。私は山を離れない。お前達はいつまでもここにいるだろう。
そんな会話を交わしたことを、エオーリシは教えてくれた。
投げやりなようでいて、素っ気ないようでいて、いつも周りを気にしている。セフィドリーフはそういう人だ。
「優しくて、素敵なお方だね。セフィドリーフ様は」
「まぁ、綺麗事を言えば、優しいのって素敵なことだけどさぁ」
綺麗事、という一言が、鋭い刃のように落ちてきて、イリスの心にすっと刺さって体が冷たくなったような気がした。精霊達は普段、こういった棘のある言い方を好まない。イリスは困惑の眼差しを送ったが、エオーリシは正面を向いたままで視線は交わらなかった。
「優しすぎる王様って、君はどう思う?」
「優しすぎる……王様」
「全ての人が満足する決断ってのはぁ、なかなかないものだよ」
たとえば戦が起こったとする。敵兵も哀れだと思って救ったとして、自軍から反発の声があがらないとは限らない。
貧しい者にやたらと寄り添えば、威厳がないと貴族から不満が出るかもしれない。多方面からの要求に応えるのは難しい。
丸くおさまってめでたしめでたしというのはお伽噺の中だけのことで、現実は何かを諦めたり切り捨てたりしなければならないこともある。
「優しすぎると、その優しさが自分を傷つけることもあるってことなんだよねぇ」
お人好しは損ばかりする。
そんなことをセフィドリーフがいつだか言っていたのをふと思い出す。
「……現実が上手くいかないことが多いっていうのはよくわかるよ。私も経験してきたからね。でもとにかく私は、優しいセフィドリーフ様が好きだよ」
イリスは微笑を浮かべて廊下を歩く。
今まで、セフィドリーフは聖なる山で隠居のような生活をのんびりとしている存在なのかと思っていた。しかし実際は、想像以上に背負うものが大きい立場であることが察せられた。
自分に出来ることは――。
てのひらに目を落とす。情けないことではあるが、彼の悩みだとか憂鬱を払う力はない。せいぜい今やれることといったら、ささやかな食事を提供することくらいだ。
(それでも、何もやらないよりはまし、かな)
気分屋のエオーリシはいつの間にか姿を消している。彼は昼寝ばかりしているから、また眠りにでも行ったのかもしれない。
階段を上がってあてがわれている部屋を見送る目がいくつかあることに、イリスは気づいていなかった。
小さな精霊達は、人間の青年が離れて行ったのを確認して、そよ風を思わせる小声でひそひそと話している。
「イリスはなかなかここで粘るな」
「最初来た時は、何事かと思ったけどねぇ」
「だって、例の白銀の甲冑に身を包んでいたからね!」
「神殿の奴らは何を考えて、イリスをこっちに寄越したんだ? やっぱりビビってるからか? にしたって、甲冑と剣を持たせたんだぞ。おまけに『守護騎士』だなんて言い方は、悪い冗談みたいだな。白銀の武具のことを知ってるのか? まさか知らずに与えたなんてことはないだろうな。それに、予言のことも」
「当然、知ってるよねぇ。昔の資料はリィ様の指示で大方処分したはずだけど、神殿の奴らってのは古文書を隠しておくのが好きでしょぉ? 絶対わかっててやってるんだよぉ。でさ、どう思う? イリスはリィ様を殺すかな?」
「それはないだろうな。腕力以前にあれは争いごとが嫌いなお人好しだ」
「僕らのリィ様に似ているねぇ」
「さて、お喋りはこの辺にしておこうか。イリスに聞こえなくても、リィ様に聞かれたらまた僕達は叱られてしまうよ」
目に見えない精霊達のさざめきがそっと止む。廊下に流れていた風も止んで、何の気配もなくなった。彼らの控えめな会話が、部屋に戻ったイリスに届くことはなかった。
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