13 / 60
13 美味しいよ
しおりを挟む* * *
今朝のセフィドリーフはなんと、食堂にいる。彼が食堂で席に着いているのを見るのはイリスも初めてのことだ。
しかし驚いているのはイリスだけではないらしい。何人かの精霊達が、食堂の入り口に集まってひそひそ囁いている。
「見てご覧よぉ、リィ様がこれから何か食べようとしているよぉ」
間延びした声で喋っているのはエオーリシだ。いつも眠そうにしていて、木陰でよく微睡んでいる。
「俺は吐くと思う」
きっぱり言ったのはつり上がった目をしているシエラ。
「二人とも、そんな大きな声で喋ったんじゃ聞こえるよ」
とたしなめているのは背筋を伸ばした、いかにも優等生といった雰囲気のガリーニである。
「お前達、ずっと聞こえているよ。コソコソ覗くんじゃない。見せ物じゃないぞ」
セフィドリーフが睨むと、少年の姿の精霊達は「だって」「ねぇ」「珍しくて」と顔を見合わせて呟いている。
イリスは笑いながら調理場から銀盆を運んできた。上には覆いがかぶさっている。
「セフィドリーフ様、お気遣い感謝いたします」
そう言いながら、作ったものを彼の前に置く。
実は事前に、また食べてほしいものがあるのだと申し出た。見てもらうだけでもいい、と。
イリスはセフィドリーフの部屋まで運ぶつもりでいたのだが、わざわざ階下の食堂まで下りてきてくれたのだ。運ぶ距離が短い方が楽であろうという配慮だろう。
「何を作ってきたのぉ? イリスぅ」
「揚げ物は無理だぜ! あと、辛いのもな! もうこの人は味という味を忘れかけてるんだから、刺激物を与えたら飛び上がって目を回すぞ!」
「それくらいイリスだって知ってるでしょう……」
精霊達はセフィドリーフの椅子の周りに集まってわいわい騒ぎ始める。セフィドリーフはうんざりした顔だ。うるさいよ、と注意をしたところで静まる彼らではない。
この城は刺激が少ない。事件らしい事件がない。そんな中で最近起きた珍しいことと言えば、人間の青年が住み始めたことで、城の主が食事をしようとしていることは更なる珍事、事件なのである。興奮するのも無理はない。
「では、開けますね。少しでもお気に召して貰えたら幸いなんですけど……」
イリスは銀色の覆いの取っ手を握る。みんなの視線が集まる中、持ち上げるのは少々緊張した。
「わあ!」
精霊達が歓声をあげる。
セフィドリーフも皿にのせられたものにじっと眼差しをそそいでいて、わずかに目が見開かれた。
「夜空のゼリーです」
四角い型にはめて作った、藍色のゼリーがそこにあった。
イリスが望んだ通り、地底湖の植物は寒天のような役割を果たしてくれた。
着色は、洞窟で見つけた夜空色をした百合から煮出した汁でやっている。暗い色だが透明感があり、中は透き通って見えた。
下部の方は白い苔で聖なる山を再現している。金の石を砕いてふるいにかけたものは空を飾る星々だ。そして夜空の中央には――。
「お月様があるねぇ」
エオーリシが卓にぺったりと頬をつけ、ゼリーの夜空を見上げている。
これはアエラスと一緒に食べた花の実で、サイズといい控えめな光り方といい、月にぴったりだったのだ。
「すごいね。本当にこの山の夜の光景みたいだ」
「朝なのに夜がここにあるな。切り取ったみたいにさ」
シエラとガリーニも感心した様子だった。
そわそわしながらイリスはセフィドリーフの様子をうかがうが、セフィドリーフはゼリーを見つめたままだ。
少し不安になりかけたその時、セフィドリーフはスプーンを手にとる。
「リィ様、食べるのぉ?」
「ああ。気に入った。いただこう」
――気に入った。
その、さらりと言われた一言に、一瞬胸が高鳴った。
朝陽に照らされた美しい横顔に目が釘付けになる。伏せられた長い睫の奥にある瞳が見つめるのは、冷えた暗いゼリーだ。
朝の光の中でもゼリーの闇は失われていない。外界からの光を通さないがしかし、内部の世界は柔らかな疑似月光に照らされている。
夜空がスプーンに削られる。夜空が欠ける。精霊達が感嘆の息を漏らす。
夜空の欠片は、聖獣の人の口の中へと消えていった。
そのまま黙って二口目。次は月が四分の一、欠けていった。
「美味しいよ、イリス」
微笑んで、セフィドリーフが告げる。
なんだか、イリスは泣きそうになった。
場違いな感情がこみあげてきて、平静を装うのに苦労する。
「本当、ですか」
「本当だよ。別に気をつかって嘘を言っているわけじゃない。美味しい」
自分の作ったものが褒められて嬉しかった――のではない。この美しい人が、美しく食事をして、微笑んだ顔があまりに綺麗で、感動したのだ。
(どうしてだろう。僕、ちょっと……おかしいのかもしれないな)
イリスは泣き笑いのようなものを返す。
ただ、セフィドリーフの笑顔はとても美しくて、そしてそこには何か複雑で切ない想いがこめられているように見えて、刹那、胸が締めつけられたのだった。
「美味しいってどんな味ですかぁ?」
「俺は結構昔にものを食べたことがあるから、味ってやつは少しわかるぞ。美味しいってのはつまり、『甘い』んだな!」
「しょっぱい『美味しい』とか酸っぱい『美味しい』もあるらしいよ」
引き続き近距離で騒ぐ精霊達に眉をひそめると、セフィドリーフは残りを食べようと手を動かした。すると、食事などしない精霊達が「食べたい、食べたい」の大合唱を始めるのでいよいよセフィドリーフはうんざりした表情になる。
食べるのを手伝うとの申し出と、結構だとすげなく断る声が食堂に響く。イリスは手の甲で目元を拭って声をあげた。
「私とアエラスでいくつか作ったから、君達の分もあるよ。試食してみてよ」
「あの変人が作ったのかよ。大丈夫かな」
シエラのぼやきを聞きつけたアエラスが、厨房から顔をしかめて出てきた。
「僕の悪口を言うなら食べなくていいよ、シエラ」
そうして精霊達は各々席に着き、賑やかな食事の時間が始まった。
皆で楽しく食べるゼリーの味は格別だった。こんなに幸せでいいのかな、とイリスは苦笑しながら自分もゼリーを食べる。
セフィドリーフの皿の上からは、いつの間にか夜空はすっかり消えていた。
188
お気に入りに追加
379
あなたにおすすめの小説

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

動物アレルギーのSS級治療師は、竜神と恋をする
拍羅
BL
SS級治療師、ルカ。それが今世の俺だ。
前世では、野犬に噛まれたことで狂犬病に感染し、死んでしまった。次に目が覚めると、異世界に転生していた。しかも、森に住んでるのは獣人で人間は俺1人?!しかも、俺は動物アレルギー持ち…
でも、彼らの怪我を治療出来る力を持つのは治癒魔法が使える自分だけ…
優しい彼が、唯一触れられる竜神に溺愛されて生活するお話。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み

聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。
春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。
新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。
___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。
ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。
しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。
常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___
「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」
ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。
寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。
髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】
瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。
そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた!
……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。
ウィル様のおまけにて完結致しました。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる