非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku

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13 美味しいよ

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 * * *

 今朝のセフィドリーフはなんと、食堂にいる。彼が食堂で席に着いているのを見るのはイリスも初めてのことだ。
 しかし驚いているのはイリスだけではないらしい。何人かの精霊達が、食堂の入り口に集まってひそひそ囁いている。

「見てご覧よぉ、リィ様がこれから何か食べようとしているよぉ」

 間延びした声で喋っているのはエオーリシだ。いつも眠そうにしていて、木陰でよく微睡んでいる。

「俺は吐くと思う」

 きっぱり言ったのはつり上がった目をしているシエラ。

「二人とも、そんな大きな声で喋ったんじゃ聞こえるよ」

 とたしなめているのは背筋を伸ばした、いかにも優等生といった雰囲気のガリーニである。

「お前達、ずっと聞こえているよ。コソコソ覗くんじゃない。見せ物じゃないぞ」

 セフィドリーフが睨むと、少年の姿の精霊達は「だって」「ねぇ」「珍しくて」と顔を見合わせて呟いている。
 イリスは笑いながら調理場から銀盆を運んできた。上には覆いがかぶさっている。

「セフィドリーフ様、お気遣い感謝いたします」

 そう言いながら、作ったものを彼の前に置く。
 実は事前に、また食べてほしいものがあるのだと申し出た。見てもらうだけでもいい、と。
 イリスはセフィドリーフの部屋まで運ぶつもりでいたのだが、わざわざ階下の食堂まで下りてきてくれたのだ。運ぶ距離が短い方が楽であろうという配慮だろう。

「何を作ってきたのぉ? イリスぅ」
「揚げ物は無理だぜ! あと、辛いのもな! もうこの人は味という味を忘れかけてるんだから、刺激物を与えたら飛び上がって目を回すぞ!」
「それくらいイリスだって知ってるでしょう……」

 精霊達はセフィドリーフの椅子の周りに集まってわいわい騒ぎ始める。セフィドリーフはうんざりした顔だ。うるさいよ、と注意をしたところで静まる彼らではない。
 この城は刺激が少ない。事件らしい事件がない。そんな中で最近起きた珍しいことと言えば、人間の青年が住み始めたことで、城の主が食事をしようとしていることは更なる珍事、事件なのである。興奮するのも無理はない。

「では、開けますね。少しでもお気に召して貰えたら幸いなんですけど……」

 イリスは銀色の覆いの取っ手を握る。みんなの視線が集まる中、持ち上げるのは少々緊張した。

「わあ!」

 精霊達が歓声をあげる。
 セフィドリーフも皿にのせられたものにじっと眼差しをそそいでいて、わずかに目が見開かれた。

「夜空のゼリーです」

 四角い型にはめて作った、藍色のゼリーがそこにあった。
 イリスが望んだ通り、地底湖の植物は寒天のような役割を果たしてくれた。
 着色は、洞窟で見つけた夜空色をした百合から煮出した汁でやっている。暗い色だが透明感があり、中は透き通って見えた。
 下部の方は白い苔で聖なる山を再現している。金の石を砕いてふるいにかけたものは空を飾る星々だ。そして夜空の中央には――。

「お月様があるねぇ」

 エオーリシが卓にぺったりと頬をつけ、ゼリーの夜空を見上げている。
 これはアエラスと一緒に食べた花の実で、サイズといい控えめな光り方といい、月にぴったりだったのだ。

「すごいね。本当にこの山の夜の光景みたいだ」
「朝なのに夜がここにあるな。切り取ったみたいにさ」

 シエラとガリーニも感心した様子だった。
 そわそわしながらイリスはセフィドリーフの様子をうかがうが、セフィドリーフはゼリーを見つめたままだ。
 少し不安になりかけたその時、セフィドリーフはスプーンを手にとる。

「リィ様、食べるのぉ?」
「ああ。気に入った。いただこう」

 ――気に入った。

 その、さらりと言われた一言に、一瞬胸が高鳴った。
 朝陽に照らされた美しい横顔に目が釘付けになる。伏せられた長い睫の奥にある瞳が見つめるのは、冷えた暗いゼリーだ。
 朝の光の中でもゼリーの闇は失われていない。外界からの光を通さないがしかし、内部の世界は柔らかな疑似月光に照らされている。

 夜空がスプーンに削られる。夜空が欠ける。精霊達が感嘆の息を漏らす。
 夜空の欠片は、聖獣の人の口の中へと消えていった。
 そのまま黙って二口目。次は月が四分の一、欠けていった。

「美味しいよ、イリス」

 微笑んで、セフィドリーフが告げる。
 なんだか、イリスは泣きそうになった。
 場違いな感情がこみあげてきて、平静を装うのに苦労する。

「本当、ですか」
「本当だよ。別に気をつかって嘘を言っているわけじゃない。美味しい」

 自分の作ったものが褒められて嬉しかった――のではない。この美しい人が、美しく食事をして、微笑んだ顔があまりに綺麗で、感動したのだ。

(どうしてだろう。僕、ちょっと……おかしいのかもしれないな)

 イリスは泣き笑いのようなものを返す。
 ただ、セフィドリーフの笑顔はとても美しくて、そしてそこには何か複雑で切ない想いがこめられているように見えて、刹那、胸が締めつけられたのだった。

「美味しいってどんな味ですかぁ?」
「俺は結構昔にものを食べたことがあるから、味ってやつは少しわかるぞ。美味しいってのはつまり、『甘い』んだな!」
「しょっぱい『美味しい』とか酸っぱい『美味しい』もあるらしいよ」

 引き続き近距離で騒ぐ精霊達に眉をひそめると、セフィドリーフは残りを食べようと手を動かした。すると、食事などしない精霊達が「食べたい、食べたい」の大合唱を始めるのでいよいよセフィドリーフはうんざりした表情になる。
 食べるのを手伝うとの申し出と、結構だとすげなく断る声が食堂に響く。イリスは手の甲で目元を拭って声をあげた。

「私とアエラスでいくつか作ったから、君達の分もあるよ。試食してみてよ」
「あの変人が作ったのかよ。大丈夫かな」

 シエラのぼやきを聞きつけたアエラスが、厨房から顔をしかめて出てきた。

「僕の悪口を言うなら食べなくていいよ、シエラ」

 そうして精霊達は各々席に着き、賑やかな食事の時間が始まった。
 皆で楽しく食べるゼリーの味は格別だった。こんなに幸せでいいのかな、とイリスは苦笑しながら自分もゼリーを食べる。
 セフィドリーフの皿の上からは、いつの間にか夜空はすっかり消えていた。
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