非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku

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08 漬物、米、醤油

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(僕って、生まれ変わってもあんまり中身変わってないんだよなぁ)

 イリスは広い部屋の寝台の上で、膝を抱えてぼんやりと考える。
 境遇は前世よりマシなように思う。母親との折り合いが悪いのは相変わらずだが、前世の生活の方が余程酷かったし、イリスは一応貴族なのである。こんななりで庶民に生まれていたら、異様な非力さもあって路頭に迷って前世より早く行き倒れていただろう。

 以前よりは恵まれた生活に満足し、やり残した料理に思いを馳せて屋敷の厨房でちょっと試してみたりもした。
 しかし、便利な器具と味の良い料理を覚えていると、この世界のこの時代の台所事情は非常にもどかしく感じてしまう。

(僕は母上に嫌われていることより、もう海苔巻きが食べられないことの方がショックだったもんな……)

 米は食べないこともないが、日本の米とは種類がかなり異なっている。竈の火の調節は難しく、おっちょこちょいのイリスは菓子を作ってみたかったが上手くいかなかった。
 そういう貴族らしくない、奇抜な試みがまた母を怒らせたのだが。

「とにかく、自分の生い立ちとか前世の心残りとかはさておき、セフィドリーフ様のことだよなぁ」

 食べなくても生きていけるが、弱ってしまうということは食事が不可欠だということだ。

「食べた方がいいと思うんだよな、絶対」

 お節介は重々承知で、イリスはセフィドリーフに「お腹は空かないのですか」と尋ねに行った。

「空かない」

 セフィドリーフはきっぱりと言った。

「あんまり長く食べてないから、空腹なんて忘れてしまったよ」

 セフィドリーフの怠そうな表情を見ていると、悲しくなってくる。覇気のない人なんだろうなぁと勝手に決めつけていた自分に腹も立った。

「セフィドリーフ様……」
「何?」
「ここでいただく食べ物はどれも素晴らしく美味しいです」
「そう。よかったね」
「……」

 会話はそこまでしか続かなかった。部屋にいるセフィドリーフはやはり動くのが億劫なようで寝ているし、あまり失礼なことを言ってはいけないと言葉を選んでいたせいで、上手く喋ることが出来なかったのだった。
 もじもじしているイリスを、セフィドリーフは勘違いしたらしかった。

「食べないから弱ってるって、アエラス辺りが言ったんだろう? それは事実だから否定しないけどね。ただ私は聖獣の中では一番強いし、万が一人間の軍隊が大挙して押し寄せて来たってまず負けないから安心してよ」
「はあ。セフィドリーフ様のお力を疑ってるわけではないのですが……」

 言えるはずもなかった。
 私と一緒に食事をしてくださいませんか、などと。
 前世のことだが、親につらく当たられて食欲をなくした弟は、一人だと決して食べようとしなかった。だから自分がいつもそばにいてやって、好物を作って与えていたのだ。
 一人で食べても美味しいものは美味しいけれど、一緒に食べるのもまた楽しいものだ。

 セフィドリーフは最後に誰かと食事を供にしたのはいつなのだろう?
 いや、これは押しつけか。彼は人間ではないし、食事は一人でとるものなのかもしれない。
 しかし何にせよ、自分は騎士という立場なのだから一緒に食事をしたいなどと頼むのはマナー知らずにもほどがある。変わり者として知られているし、多少非常識なことをしてもセフィドリーフはめくじらを立てることはないが、あまりにも図々しいことを言えば呆れて神殿に苦情を入れるかもしれない。

「ごめんね、イリス。僕、余計なこと言ったね。リィ様のこと気になって仕方なくなっちゃったんでしょう?」

 夜中に城の中を歩いていると、半透明のアエラスが浮遊しながら追いかけてくる。

「いや、教えてくれて感謝してるよ」

 イリスはもう一度、食料の貯蔵庫に向かうことにした。今度は隅から隅まで、食材や調味料などを確かめたくなったのだ。

「ねえアエラス、気になったものは味見してもいいかな?」
「いいけど、お腹でも減ったの?」

 何がなんだかわからないものが多く、アエラスの説明を聞いても意味不明なので口に入れるしかない。
 しなしなした根菜を小さく切って口に入れると、塩味があって美味しかった。ほのかに光っているという特殊な点をのぞけば、これは……。

「漬け物だね」

 ピクルスのような酸味ではなく、甘みもあって沢庵たくあんに近い。光っていて透き通っているので、見た目は柔らかい鉱物のような質感だが。

「それは石から生えるんだよ」
「漬け物が?」
「漬けてないよ。生えてきた時からそんな見た目でそんな味だよ」
「名前はないの?」
「ここら辺に生えるものって、名前がないものも多いんだ。人間には信じられないかもしれないけどね。だって人間って、本当に名前をつけなくちゃ我慢ならない性格だものね! 不思議だよ」

 他の袋の中には、米にしか見えない小さな石が入っている。

「これは、石だろうね」
「石だけど火を通すともちもちしていて美味しいよ」
「美味しいんだ……石が……」

 半信半疑で鍋に石と水を入れて炊いてみる。アエラスの指示通りにやってみると、水晶のさざれ石のようだったそれは見事にふっくらと炊けた。

「僕は好きだけど、みんなは味がないって言って食べないよ」

 炊けた石は見事なまでに米だった。イリスが以前主食として親しんだ米と非常に似ている。甘みがあって、パサパサしていない。
 イリスは内心唸っていた。すごい。こんな奇跡があるとは。
 これは焼おにぎりも夢ではないと思わせる。何せ醤油みたいな山貝の汁があるのだから。

 イリスは次々に食材の試食をしていった。懐かしいと思わせるものもあれば、この世界でごく一般的なものもあり、奇抜で複雑な味のものもあって、驚きの連続だった。
 おかげでイリスは夜中だというのに満腹を感じている。

「セフィドリーフ様が最後に食べられたものって、どんなものだったか覚えてる?」
「ああ、僕達が用意したものだから気をつかって口にしたんだけど、受け付けなかったんだよねぇ」

 聞いたところで半分くらい何を言っているのかわからなかったが、滋養をつけてほしいがためにかなりの「ガッツリ系」だったらしい。

 揚げ物だとかこってりしたものが多かったようだ。その時点でセフィドリーフは長いこと食事を避けていた。
 セフィドリーフが口にしたのは、人間世界で言うところの肉をトマトで煮込んでたっぷりチーズをかけたものだとか、油をたっぷり吸った野菜の揚げ物だったらしい。後は、ドリアのようなものだとか、こってりしたパイだとか。

「それ以降は食べさせてないんだね?」
「だって、悪くてさ。リィ様、涙目だったからね」

 話を聞いてわかったのは、セフィドリーフが優しいということだ。おそらく彼は食欲など少しもなかったのにも関わらず、心配する精霊達に折れて、食卓についたのだろう。
 イリスはここで暮らして、わかり始めていた。

 彼は、セフィドリーフは、神官が忠告してきたような気難しい性格ではない。思いやりがあって優しい。
 イリスに早々に帰るように言ったこと、好きなようにさせてくれること、母親の話を聞いて彼女を非難したこと。
 そのどれもが、彼の人柄を物語っていた。
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