非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku

文字の大きさ
上 下
6 / 60

06 食事

しおりを挟む

 * * *

 城の中ではアエラスの他にも精霊の少年は何人か姿を見た。いずれも風の精霊だそうで、セフィドリーフは風を司っているという。
 風の魔法によって城内の掃除は行き届き、どこも清潔でいつでも空気は清浄だった。
 イリスがあてがわれた客室は大変立派なものだった。実家の伯爵邸も狭くはないが、やはり城とは比べものにならない。

 初日に想像した通り、どころか、想像以上にイリスの生活は快適なものとなった。
 食事は美味しいし精霊達は優しい。部屋の寝具の寝心地も最高である。唯一困ったことと言えば仕事がないことくらいだろう。精霊達は珍しい客人を喜んでもてなそうとするが、イリスは客のつもりはない。ここに働きに来たのだ。

「よし、掃除をしよう。汚れてないけど」

 あちこち磨いて回ることにした。そんなことしなくてもいいのに、と精霊達やセフィドリーフも言うが何もしないでいては手持ちぶさたであるし申し訳ない。

「貴族が掃除するなんて聞いたことないよ……」

 怠そうに壁にもたれながら、セフィドリーフは壁を磨くイリスを眺めている。

「私は屋敷でも使用人の住む棟にいたので、よく掃除をしていたんですよ。掃除道具の使い方や、コツも教わりました」

 するとセフィドリーフは哀れむように目を細めた。

「何で君の親はそう、君を虐待したんだ?」
「虐待と言うのは大袈裟かと……。母上は私のことが気に入らなくて、昔は何かと癇癪を起こしたんです。いなければいないで騒ぎ立てましたし、最初は離れにこもっていたんですけど退屈で、使用人達に頼んでそこに住まわせてもらったんですよ」
「酷い母親。憎いだろう、そんな女」
「いいえ。母上は私との接し方がわからなかったんだと思います。悲しいとは思いましたけど、母上も悩んでいる様子でしたから、気の毒ですよ」

 腕まくりをして布切れを握る、少年のような青年であるイリスをセフィドリーフはしばし呆れた目つきで見つめていた。
 イリスもにっこり微笑みながら見つめ返す。セフィドリーフは四六時中、全身くまなく美しいからどれだけ見ていても飽きない。

「……お人好しだな。一つ忠告しておくけど、お人好しって損ばかりするんだよ。気をつけな」
「はい! ご助言ありがとうございます!」

 ため息をもらすとセフィドリーフは背を向けて去って行く。掃除をやめろと再三注意してもやめないので、好きにさせるようにしたらしい。
 ちなみに城内でのイリスは身軽な服装をしており、甲冑は初日以降身につけていない。部屋の片隅に飾られて輝いている。そちらの手入れも一応、怠っていなかったが、再び身につける機会があるかは謎だった。何せ非力で、一人では装着する自信がない。

 ここへ来てから十日になる。
 夕餉の時間になり、イリスは食堂に向かった。食事はいつも一人である。アエラスが用意してくれるものを食べていたが、そろそろ自分でも調理させてくれないかと頼んでみようかと考えていた。
 イリスもアエラス同様、料理が好きなのだ。屋敷ではそれほど頻繁でもないが、厨房で料理をしたことがある。

「にしても、いつも思うけど見たことがないキノコだなぁ」

 独り言を呟くと、アエラスがそばに出現する。

「地上と似たものもあるけど、山の動植物は君達から見たら変わったものばかりだと思うよ。セフィドリーフ様の許可が出たら、今度散策しておいでよ。楽しいよ」
「そうしてみようかなぁ」

 楽しみで口元が綻ぶが、同時に少々の罪悪感も覚えた。
 そう。イリスは遊びに来たわけではないのである。あくまでも立場は聖獣の守護騎士。聖獣を守る任を負ってここに派遣された。つまり、セフィドリーフのために働くのだ。

 今のところ、何一つ彼の役には立っていない。というか、保護してもらっているような立場である。やはり自分の食事は自分で用意しよう。
 そんなことを考えていたイリスは、ふとあることを思い出した。

「聖獣様は食事をするって言ってたけど、セフィドリーフ様が食べているところは見たことがないな」

 自室で食事をとる習慣なのだろうか。
 するとアエラスがあっけらかんと言った。

「リィ様はお食べにならないよ。だから君が目撃してなくて当然だろうね」
「食べなくても平気なんだ」
「平気じゃないよ。聖獣は僕らと違ってしっかりとした実体を持っているから、栄養を摂らなくちゃいけないんだよ」
「でも、食べないって言わなかった?」
「そうだよ。だからもの凄く弱ってるんだよ。僕達は食べさせたいんだけど、まあ、ちょっとね……。あの方はとても強いけど、何百年も絶食しているせいでその力は全盛期の半分以下になっちゃってるだろうね」
「な、何百年?!」

 途方もない年月食事を絶っていると聞けば、イリスもつい大声をあげてしまう。
 忘れていたが聖獣は太古の昔から生きている。具体的な年齢などは考えたことがなかったが、数百歳、いや、ひょっとすると数千歳なのかもしれない。
 アエラスによると、セフィドリーフも元々何も口にしなかったわけではなく、昔はごく普通に食事をとっていたそうだ。

「でもそれはどうして……何か誓いを立てているとか、なの?」

 アエラスは首を横に振る。特に表情を暗くしているわけではなかったが、瞳からはいつもの快活とした光は消えている。

「いくつかきっかけがあってね。食事が受けつけなくなっちゃったんだな。食べても戻しちゃってさ。それからはうんざりしたらしくて、何も食べなくなっちゃったよ」

 セフィドリーフの姿を思い出す。
 初対面の時、彼は寝台に横たわっていた。その気怠そうな様子をよく覚えている。部屋に引きこもっていることが多く、歩く際はしんどそうに足を運んでいることが多かった。
 まあ、そういう人(人という言葉を当てはめるのは適切ではないかもしれないが、一応人の姿をしている)なのかと思い込んでいたが、あれは弱っていたからなのかもしれない。

「それはマズいよ。どうにかしないと」

 そう訴えるも、アエラスは肩をすくめるだけだ。どことなく、無理強いはしたくないという雰囲気である。しかし不安が募るイリスは、どうしてアエラスがそんな態度をとるのかまで考えが及ばなかった。

「セフィドリーフ様が餓死してしまったら大変じゃないか」
「そうそう死なないんだよ、聖獣は。このまま食べなくても千年はもつよ」
「そうだとしても……」

 つらいのではないだろうか。
 イリスは食事をするのが好きだ。空腹が満たされた時、美味しいものを食べた時、心からほっとして幸せな気持ちになる。

 空腹は苦痛だ。
 病で寝込んでいる時は空腹でも食べ物を受け付けない時がある。体に力が入らなくて、あのしんどさはあまり経験したいものではない。
 イリスは食事を終えて空になった自分の皿をしばしの間眺めていた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

動物アレルギーのSS級治療師は、竜神と恋をする

拍羅
BL
SS級治療師、ルカ。それが今世の俺だ。 前世では、野犬に噛まれたことで狂犬病に感染し、死んでしまった。次に目が覚めると、異世界に転生していた。しかも、森に住んでるのは獣人で人間は俺1人?!しかも、俺は動物アレルギー持ち… でも、彼らの怪我を治療出来る力を持つのは治癒魔法が使える自分だけ… 優しい彼が、唯一触れられる竜神に溺愛されて生活するお話。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

処理中です...