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05 邪魔とは言ってない
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「イリス。まだいたのか」
声をかけられて、イリスは振り向いた。そこにいたのはアエラスではなく、セフィドリーフだ。美しい銀髪のその青年は、顔をしかめて腕を組み、イリスを見下ろしている。
「私はあなたの守護騎士ですから、御守りしなくてはなりません。ここで見張りをさせてもらっています」
「見張りなんてしなくても、敵なんか来ないよ……。で、廊下のあれは何」
「あれ?」
「抜け殻だよ」
イリスが早々に脱ぎ捨ててきた甲冑のことらしかった。イリスは笑う。
「ああ……。重くって身動きが取れないので、脱いできちゃいました」
そのおかげで身軽になれて、動きやすくなった。あんなものを身につけたまま立っていたら、あっという間に体力が尽きてしまっただろう。
「おうちに帰りなさいって、私は言ったんだけど?」
無表情で見下ろすセフィドリーフから目をそらし、イリスは曖昧な笑顔を浮かべたまま言葉を返した。
「けれど私は、聖獣様の守護騎士ですし……。一度家を出てきたので、帰る場所なんてないんです」
「君は伯爵子息だろう。トリーヴェルダ伯爵邸に戻ればいい」
「両親に疎まれているのです。外に出すのも恥ずかしい子供で、今後どう片づけるか途方に暮れていたみたいですし。せっかく出て行かせたのに、戻って来たら嘆くでしょうから」
アルベルトは行かずに済み、イリスは追い出すことができた。父と母にとっては良い結果だっただろう。イリスとしても、屋敷の奥で縮こまっているよりは役目を与えられた方が気が楽だった。
戻ってもいいのだが、両親や周りの人を困らせたくはない。なのでなるべくここで粘るつもりでいた。
「お仕事をさせていただきたいのです。騎士が不要であれば、せめて見張りだけでも……。ああ、でも大丈夫ですよ! 目障りだと仰るのなら、私はセフィドリーフ様の視界になるべく入らないように頑張りますので……」
眉を下げてイリスが笑うと、セフィドリーフはわずかにうろたえたような顔をした。
「わ、私は……何も目障りとまでは言っていないじゃないか」
「どの辺ならあなたから見えないで済みますか? もうちょっと向こうまで行った方がいいかな? でも廊下の窓からは見えてしまうかな……。あっちの木よりも向こうなら、」
歩き出そうとしたイリスの腕をセフィドリーフがつかむ。
「……君、一晩中外で見張りをするつもりだったのか?」
「許していただけますか? なるべく気配を消しますので」
セフィドリーフはイリスの顔をじっと見つめると、大きくため息をついた。そしてかぶりを振る。
「建物の中に入りなさい。ここは君が思っている以上に、夜は冷えるんだ。そんなに体を冷たくして……。風邪を引いてしまうよ」
イリスとしては気になるほどではなかったのだが、確かに風にさらされて体は冷えていた。セフィドリーフはイリスの腕をつかんでいるから、それがわかったのだろう。
でも、と言いかけるイリスだったが、セフィドリーフはそのままイリスを引っ張って城の中へと連れて行った。
「ごめんなさい」
「どうして謝るんだ?」
「お邪魔でしょうから」
「邪魔とは言ってないよ」
広間まで来たセフィドリーフは、空中に向かって「アエラス!」と呼びかけた。
すると半透明の少年の姿が浮かび上がり、床に降り立つと実体化する。
「この子の面倒を見てあげて」
「おや、追い返すつもりだったのでは?」
ニコニコしているアエラスをじろりと見るセフィドリーフだったが、それ以上は何も言わずに広間から出て行ってしまった。
やはり怒らせてしまっただろうか。イリスは少ししゅんとした。なるべくセフィドリーフの気分を害さないように気をつけていようと心がけるつもりだったのだが、早速これだ。
「気にすることないよ。君には怒っていないから」
アエラスがイリスの心を読んだかのような発言をする。イリスは首を傾げた。
「ではセフィドリーフ様は何に怒っているの?」
「まあ、いろんなものにだよね。あの方もいろいろあったから。そんなことより、食事にしよう。お腹が空いたでしょう」
今までは緊張のせいか空腹感は覚えなかったが、指摘されるとお腹が減ってきたような気もする。こんな状況で食事などご馳走になっていいものかとも思うが、ここに滞在するならいずれは世話になるのだろうし、遠慮をしても仕方ないかもしれない。
アエラスはイリスを食堂へと案内した。
食堂の長机の上にはもう料理が用意されている。あまり人の気配がない城だが、誰が調理したのだろうか。
とろみのあるスープに、パン、果物などが並べられていた。
イリスは席に着く。自分が普段食べているものと大差ない料理のように見えるが、スープに入っている具材も果物も、見覚えがあるようでないものばかりだった。
だが、細かい質問をするのも礼儀がないような気がするので黙って口に運ぶ。
よくわからない食材でできた料理はどれも非常に美味だった。
温かいものを腹におさめると、ほっと安堵する。
「どう? 地上のものと似せてるんだ。でもちょっと違うだろうから、口に合うかどうかわからないけど」
アエラスが近くに寄ってくる。
「とても美味しいよ」
聞けばこれを用意したのはアエラスらしい。アエラスは人間ではないけれど好奇心旺盛な精霊で、人間の文化などに興味を持って情報収集をしているそうだ。それで人間の食べる料理もある程度再現できるという。
イリスが誉めるとアエラスは喜んだ。
「僕、料理ってやつが好きなんだ。面白いよね」
「精霊も食事をするの?」
「いいや。聖獣は食事をするけど、精霊はしないんだ。食べようと思えば食べられるけど、活動するための力はそこらの魔力とか光から得ているからね。僕達にとって料理とか食事ってのは、純粋な娯楽だよ。僕は変わってるから料理したり、ものを食べたりするけど、普通の精霊はあんまりしないね」
それを聞いたイリスは笑った。アエラスは変わり者仲間のようだ。
アエラスは気さくな精霊で、彼と話をしていると緊張もほぐれていく。
セフィドリーフさえ許してくれれば、ここでは案外良い生活が出来るかもしれない、とイリスは希望を持った。数少ない自分の長所は、極めて楽観的思考なところだ。
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