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24、赤角の魔人
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ザシャが庭で何やら葉を摘んでいるのを見かけて、エデルは近づいていった。館は崖に建っているが、道を下りていくといくつも庭があるのだ。
ユリウスの治める領地は緑が多い。それも、管理されている植物だ。
薬草を摘み終わったザシャが立ち上がって、遠くを指さす。
「果樹園もあるんですよ。この数年で随分木が育ちました。肥料を工夫しましたからね」
そんな作業をこつこつ行う魔人がいるというのがエデルには意外に思えた。聞けば、監督をしたのはザシャなのだそうだ。果樹園が欲しいと言い出したのはユリウスだ。最初に植えたのは種から苗まで育てたスモモの木だった、とザシャは言う。
「ところでウォルフの奴、最近はあなたに失礼なことをしていないでしょうか? あいつはまだ若いので、申し訳ありません。どうか勘弁してやってください」
確かウォルフの年齢は二十と少し。
魔人の寿命から考えたら相当なガキだと説明するザシャの顔は、妙に大人くさいというか老成しているように見えた。
「君はいくつなんだ?」
「百五十です」
エデルは驚いて目を見開いた。正直、見た目で言うなら童顔というのもあってウォルフよりも若そうである。確かに彼からしてみれば、ウォルフなどひよっこなのだろう。
「そうか……君がそんな年上だとは知らず、私は偉そうな口をきいてしまっていたな」
「いえ、お気になさらず。魔人は地位や腕っ節の強さの方を重視して接しますから。年功序列とか、あまり関係ないです」
初めの頃はエデルに対してかしこまっていたザシャだったが、最近ではかなりくだけた態度をとっている。
ちなみにライムは三百歳を過ぎているそうだ。魔人の平均寿命は大体四百から五百なのだそうで、しかし穏やかに生きる者は少ないのでそれより前に何かしらの争いごとが原因で死んでしまうのだ。
「ライムで三百歳か……。そうすると、ユリウスはかなりの若者なのだな」
ライムやザシャから見れば子供みたいなものだろう。
「そうですね。けど僕は、あの若さであれほどお強い方を初めて見ましたよ。力のある魔人はみんなユリウス様を警戒しています。領地を治めている諸侯はそれなりの歳の者ばかりで、百歳以下なのはユリウス様だけです。今最も勢いのある若者というところでしょうか。そんな方の下で働かせていただくのは光栄ですよ」
ユリウスは出世願望があったわけではなく、ただエデルをさがしているうちに偉くなっていただけなので、さして今の地位には興味がないらしいのだが。
ユリウスの下で働く者はザシャいわく変わり者が多いそうで、ユリウスは信用できない者は近寄らせないそうだ。なので、極端な人手不足に悩まされているという。
「ウォルフはこの先強くなると思いますが、まだまだうちでは飼い犬程度の扱いですからね」
「飼い犬……」
ライムは執事長なので館を仕切っているのだし、多くの仕事はザシャが引き受けているのだろう。彼はなかなか有能な男であるらしいというのを、エデルも接するうちに感じてきていた。
あまり目立たないような風貌や雰囲気、若く見えるように装っているのも考えがあってのことなのだろう。おそらく相手を油断させるのが目的だ。なめられるのを魔人は嫌うが、ザシャはあえてなめられて、実力に気づかれる前に敵をしとめていそうである。
「戦力のことに限ってなら、ユリウス様お一人で十分でしょうけど。その気になれば、あの方は天下を取るのも夢ではありませんよ」
近頃は落ち着いているように見える魔人達の魔の国だが、それがいつひっくり返って争いごとが起きるかわからない。安定を望んでいる魔人は少なく、誰もが虎視眈々と他人の地位を狙っている。静まっているというよりは、にらみ合いが続いているというのが正しい。
「ザシャ、君はユリウスに天下を取ってほしいのか?」
エデルが尋ねると、ザシャはちらりと横目でエデルを見た。
「いいえ、別に」
そう言って苦笑する。
「僕はユリウス様に従うだけです。ユリウス様がみんな滅ぼすと言ったらついていきますし、もっと木を植えたいんだと言ったら粛々と植えますよ」
その言葉には確かに忠誠心がうかがえたが、それとは別に虚無感のようなものも感じられた。普通の魔人が持つ欲望だとか野望というものをまるで失っているかのようだ。
ザシャは己の短く整えた角に手で触れる。
「……僕は、魔人の中でもかなり変わり者の方なんです」
自分の角は本来赤いのだと彼は打ち明けた。それを白く染めてるのだという。
赤角の一族は魔人の中でも名の知られた、いわゆる名門一族が多い。ザシャの一族もそうだった。
「僕は三男坊で、幼い頃からおとなしくてあまり一族には期待されていませんでしたね。戦争が始まる前に地上世界で偵察のようなことを任されていて、だから人間のことは普通の魔人より詳しいんですよ」
「君は一族を抜けてきたのか?」
「というか、僕が滅ぼしました」
淡々とした告白にエデルは言葉を返さず黙っていた。ザシャは遠くを見つめ、懐かしむように目を細めている。
「人間の男と駆け落ちした時から、なんとなくそうなるような気がしていたんですよ。僕、普通の魔人と馴染めなくて、いつか何もかも壊してしまうような気がしていて……。ちょうど暴れている時に、ユリウス様に出会ったんです」
スモモの木を見ると、ユリウスと出会った時のことを思い出す、とザシャは笑った。
いくつかある赤角の一族に生まれたザシャは、能力こそそれなりだったが魔人として決定的に何かが足りないと蔑まれていた。
排除されるほどではなかったが、それとなくのけ者にされていた。使えるには使えるから、地上の様子を探るようにと命令された。ザシャは単純な暴力よりも慎重さを要求される、細やかな仕事が得意だった。
魔王の復活と共に魔族達はさらなる力を手にし、地上を取り戻す。その時が近いと囁かれていた最中であった。
人間の世界に潜伏していろいろ調べたザシャの感想は、「人間など取るに足らない存在でしかない」だった。
正直言ってかなり弱い。おそらく征服するのにさほど難儀はしないだろう。地上が魔族のものになる未来はほとんど決定しているも同然だった。
人間世界の調査は刺激もなく退屈で、いずれ壊すとわかっているものを調べるのは身が入らなかった。表面的には仕事をしているようで、しかしそのうちおざなりになっていく。
途中から、ザシャはただ人間の世界をうろつくだけに近い生活を送っていた。
そんな中、人間を捕まえてみようかと思い始めた。頻繁にではないが、たまに飼っている魔獣の生き餌として人間をさらう。それはザシャの仕事ではなく、もっと下っ端の魔人の役目だったが、人間を捕まえたことがないから試してみるのも一興かと思ったのだ。
恐怖を与えると人間は緊張して体が強ばる。それよりも、くつろいでいる状態の肉体の方が魔獣にとっても美味だろう。
そう考えたザシャは、人間を騙して手懐け、連れて行くことにした。
女よりも男の方が滋養がつくということだったので、強そうな男を標的にした。
ザシャが目をつけたのは、とある町で見つけた騎士だった。手強い魔物の討伐を任されて遠方へ派遣された、王国騎士団。そのうちの一人の男。仲間内で揉め事を起こし、謹慎処分を言い渡されて建物に軟禁されているという。王都に戻ればおそらく騎士団を首になるとの話を耳にしたのだ。名はディルク。
絶望して、毎夜柵のついた窓から外を眺めるディルクに、ザシャは外から話しかけた。
「可哀想なディルク」
「何者だ?」
「僕はザシャと言います。大丈夫、僕にはみんなわかっていますよ。あなたは悪くない」
毎晩ザシャはディルクの部屋の窓のところへ通い、話しかけた。謹慎中のディルクは他の団員との接触を禁じられており、人恋しさからか怪しい青年との会話を戸惑いながら続けていた。
「副団長が顔を隠して押し入り強盗をしたんだ。他の奴らも何人か関わっている。かなり借金があったらしくて……。しかし、許されることではない。罪を打ち明けるようにすすめたら、このざまだ」
「気の毒なディルク。あなたは正直者なだけなのに」
生き方が下手すぎる。情報によると、ディルクは武人としてはかなりの腕前なのだが四角四面であり、生真面目すぎて仲間からの評判は良くなかった。
上司を糾弾すればこういう目に遭うに決まっているではないか、と心の中では笑いながら、しかし表面的にはひたすら同情し続けた。
わかっている、と繰り返すザシャにディルクは精神的にすがるようになっていく。これはなかなか愉快だと、ザシャはほくそ笑んだ。餌付けでもしているかのようだ。
ザシャは元々動物が好きで、野良犬にパンの切れ端などをやっていた。そんな程度の施しで尻尾を振ってついてくる犬が哀れで愛おしく、ディルクもそれと同じだった。
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