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異常な執着の最後
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教室は文化祭のために準備されたいろんな道具やしつらえがところせましと置いてある。
ようやく明日、年に一度のお祭り騒ぎな文化祭を迎える。
木曜日は午後から校内だけに開放して、金曜は保護者や関係者に、そして土曜日は一般開放となる。
そのために今日の授業は午前中のみで、午後から明日の午前中にかけてが、文化祭に向けた最終調整となる。
だからか、朝から学校はどこか浮ついている。
こんな状態で授業に集中できるんだろうか、と思いつつ、そんな自分が今、一番浮ついているとわかっていた。
「おはよう」と挨拶をしながら副担任をする2Cの教室へと入った。
朝のホームルームの準備で担任の内藤先生の代わりにプリント配布の準備をして、それから順番に前の席から配ってもらい始める。
まだホームルームの始まりのチャイムは鳴っていないから、みんな自分の席につくよりだべったりだるそうにしている。
なにせ、生徒たちの関心は午後にしかない。
「ねえ杏ちゃん。なんかずっとにやけてない?」
思わず前の席に座る女子生徒の1人に言われてほおを抑えた。
「そうかな、そんなつもりないんだけど」
言いながらも、ほおが緩みそうになるのがわかる。
「来てからずっとにやけてるよー。あんなことあったのに」
女子生徒たちは昨日の今日だから何かを訝しむ顔つきで「何かあったんですか?」と聞いてくるけど、言えるわけがない。
昨晩散々泣かされて、今朝のことだった。
泥のように眠っていた私は、成瀬くんの「学校遅れるよ」という言葉に跳ね起きた。
その瞬間、腰が激しく痛みを訴えてスーツのズボンを履き出していた成瀬くんに思いきり笑われて。
誰のせいかと詰ろうとした時、カーテンの隙間からこぼれた朝の光が一際強く目をさした。
一瞬、あれ、と思って。
それからようやく気づいた。
右手の薬指。
そこに、小さなダイヤのシルバーリング。
「こ、れ」
成瀬くんはワイシャツを羽織りながらベッドのへりに腰かけた。
「これ、どうしたの、これ」
思わず重ねて言うと、成瀬くんは「さあ、なにかな」と笑った。
「さすがオレ。サイズぴったり」
「ほんと。って、違う、こんな、急に」
「いや?」
成瀬くんがわずかに首を傾げて、甘えるように私を見つめた。
無邪気なちょっとした悪戯を仕掛けた少年のように、あの、初めて会った時の教室で見つめてきたあの目で。
言葉を口にする前にまた涙が溢れてきて、成瀬くんが「あーもー」と言いながら私を抱き寄せた。
「ほら、泣き止まないと。シャワーだって浴びないと」
言いながら成瀬くんの手がもぞもぞとシーツの下に潜り込んでくる。
「ちょ、やだ、」
「泣きやまないから」
言いながら成瀬くんが私の首筋に顔を埋めると、唇と舌で愛撫しはじめた。
「ワイシャツしわになるし……!」
それからは逃げようとしてもお決まりのコースのごとく、朝の白い光の中で散々、泣かされて。
「なんか杏ちゃん先生、嬉しそう……って、あ! これ指輪!」
女子の声にハッと我にかえった。
「きゃーほんとだ! しかもこれダイヤ? 本物? え、先生、これどうしたの? 彼氏? 先生、彼氏から!?」
一気に女子生徒たちの目が覚めたように周りを取り囲まれた。
女子生徒たちに指輪をしてる方の手を取られて、顔が熱くなるのがわかった。
「えー、なんでなんで? だって昨日までしてなかったよね?」
「もしかして、杏ちゃん、実はあの、成瀬先生と……」
その名前が女子たちの口の端にのぼりはじめ、ハッとした時だった。
「あの、片桐先生」
ドアの方から聴き慣れない声がした。
振り返ると、1人の女子生徒がドアの方を見やって私を見た。
「先生ー、3年の先輩が呼んでるー」
一瞬、米川さんかと思ってどきっとして、でもそこに立っているのは知らない生徒だった。
儚げで、でも米川さんとはまた違った綺麗な子だった。
「どうしました?」
その女子生徒はどこか落ち着かないような居心地の悪そうな顔で頭を小さく下げた。
「ちょっとごめんね」と周りの女子生徒たちに断って、その3年生だという女子生徒に近づいた。
「すみません。片桐先生、あの、放送室に」
「放送室?」
「文化祭用に片桐先生の声をとりたいって、急ぎで……」
いきなりなんの話だかわからず、私は戸惑ったまま、生徒たちに先にショートホームルームを行うよう指示して教室を出た。
「文化祭用って、どういうこと? 今じゃなくてはだめなの? いったい誰から? 放送委員?」
職員からはそんなことを頼まれた覚えはない。
こっちも朝のホームルームを生徒任せにさせて出てきている。
前を俯き気味に歩く生徒の名前を確認しないまま放送室へと廊下を急いだ。
「あの、私も急に頼まれただけなので、詳しくは放送室でと。とりあえず話だけでも、って……」
放送委員も明日の文化祭で開かれる各イベントの準備で忙しくしているのはわかる。
とはいえ、午後からの準備は許されていても、午前中は通常通りの授業のはずだ。
校舎の端にある放送室へと向かって、そのドアをノックしてから開けた。
「失礼します。片桐ですが……」と言いながら、放送室を見回した。
誰もいない?
どういうことかと女子生徒の方に振り返りかけた時、「先生、ごめんなさい!」と声がしてドンッと背中を思いきり押された。
突き飛ばされて、放送室の調整卓に軽く体をぶつけた。
小さなボタンがたくさんあるせいで、突いた手のひらが痛い。
「いたた……」
バタンと扉が閉まる音がした。
「えっ、ちょっと、」
慌ててドアに飛びついて開けようとしても、開かない。
鍵は内側からでしかかからないのに、外のドア向こうで何かがつかえているようだった。
「こら、開けなさい! ねえ、ちょっと!」
何度ドアを開けようとしても開かず、さっきの女子生徒がそこにいるかもわからない。
どうやら閉じ込められたのだと気付いて、ため息をついた。
どうして、見知らぬ女子生徒にこんなことをされるのだろう。
まさか米川さんと同じグループの、成瀬くんのファン?
そう疑いはじめた時だった。
「片桐先生」
一番聴きたくない声がした。
ようやく明日、年に一度のお祭り騒ぎな文化祭を迎える。
木曜日は午後から校内だけに開放して、金曜は保護者や関係者に、そして土曜日は一般開放となる。
そのために今日の授業は午前中のみで、午後から明日の午前中にかけてが、文化祭に向けた最終調整となる。
だからか、朝から学校はどこか浮ついている。
こんな状態で授業に集中できるんだろうか、と思いつつ、そんな自分が今、一番浮ついているとわかっていた。
「おはよう」と挨拶をしながら副担任をする2Cの教室へと入った。
朝のホームルームの準備で担任の内藤先生の代わりにプリント配布の準備をして、それから順番に前の席から配ってもらい始める。
まだホームルームの始まりのチャイムは鳴っていないから、みんな自分の席につくよりだべったりだるそうにしている。
なにせ、生徒たちの関心は午後にしかない。
「ねえ杏ちゃん。なんかずっとにやけてない?」
思わず前の席に座る女子生徒の1人に言われてほおを抑えた。
「そうかな、そんなつもりないんだけど」
言いながらも、ほおが緩みそうになるのがわかる。
「来てからずっとにやけてるよー。あんなことあったのに」
女子生徒たちは昨日の今日だから何かを訝しむ顔つきで「何かあったんですか?」と聞いてくるけど、言えるわけがない。
昨晩散々泣かされて、今朝のことだった。
泥のように眠っていた私は、成瀬くんの「学校遅れるよ」という言葉に跳ね起きた。
その瞬間、腰が激しく痛みを訴えてスーツのズボンを履き出していた成瀬くんに思いきり笑われて。
誰のせいかと詰ろうとした時、カーテンの隙間からこぼれた朝の光が一際強く目をさした。
一瞬、あれ、と思って。
それからようやく気づいた。
右手の薬指。
そこに、小さなダイヤのシルバーリング。
「こ、れ」
成瀬くんはワイシャツを羽織りながらベッドのへりに腰かけた。
「これ、どうしたの、これ」
思わず重ねて言うと、成瀬くんは「さあ、なにかな」と笑った。
「さすがオレ。サイズぴったり」
「ほんと。って、違う、こんな、急に」
「いや?」
成瀬くんがわずかに首を傾げて、甘えるように私を見つめた。
無邪気なちょっとした悪戯を仕掛けた少年のように、あの、初めて会った時の教室で見つめてきたあの目で。
言葉を口にする前にまた涙が溢れてきて、成瀬くんが「あーもー」と言いながら私を抱き寄せた。
「ほら、泣き止まないと。シャワーだって浴びないと」
言いながら成瀬くんの手がもぞもぞとシーツの下に潜り込んでくる。
「ちょ、やだ、」
「泣きやまないから」
言いながら成瀬くんが私の首筋に顔を埋めると、唇と舌で愛撫しはじめた。
「ワイシャツしわになるし……!」
それからは逃げようとしてもお決まりのコースのごとく、朝の白い光の中で散々、泣かされて。
「なんか杏ちゃん先生、嬉しそう……って、あ! これ指輪!」
女子の声にハッと我にかえった。
「きゃーほんとだ! しかもこれダイヤ? 本物? え、先生、これどうしたの? 彼氏? 先生、彼氏から!?」
一気に女子生徒たちの目が覚めたように周りを取り囲まれた。
女子生徒たちに指輪をしてる方の手を取られて、顔が熱くなるのがわかった。
「えー、なんでなんで? だって昨日までしてなかったよね?」
「もしかして、杏ちゃん、実はあの、成瀬先生と……」
その名前が女子たちの口の端にのぼりはじめ、ハッとした時だった。
「あの、片桐先生」
ドアの方から聴き慣れない声がした。
振り返ると、1人の女子生徒がドアの方を見やって私を見た。
「先生ー、3年の先輩が呼んでるー」
一瞬、米川さんかと思ってどきっとして、でもそこに立っているのは知らない生徒だった。
儚げで、でも米川さんとはまた違った綺麗な子だった。
「どうしました?」
その女子生徒はどこか落ち着かないような居心地の悪そうな顔で頭を小さく下げた。
「ちょっとごめんね」と周りの女子生徒たちに断って、その3年生だという女子生徒に近づいた。
「すみません。片桐先生、あの、放送室に」
「放送室?」
「文化祭用に片桐先生の声をとりたいって、急ぎで……」
いきなりなんの話だかわからず、私は戸惑ったまま、生徒たちに先にショートホームルームを行うよう指示して教室を出た。
「文化祭用って、どういうこと? 今じゃなくてはだめなの? いったい誰から? 放送委員?」
職員からはそんなことを頼まれた覚えはない。
こっちも朝のホームルームを生徒任せにさせて出てきている。
前を俯き気味に歩く生徒の名前を確認しないまま放送室へと廊下を急いだ。
「あの、私も急に頼まれただけなので、詳しくは放送室でと。とりあえず話だけでも、って……」
放送委員も明日の文化祭で開かれる各イベントの準備で忙しくしているのはわかる。
とはいえ、午後からの準備は許されていても、午前中は通常通りの授業のはずだ。
校舎の端にある放送室へと向かって、そのドアをノックしてから開けた。
「失礼します。片桐ですが……」と言いながら、放送室を見回した。
誰もいない?
どういうことかと女子生徒の方に振り返りかけた時、「先生、ごめんなさい!」と声がしてドンッと背中を思いきり押された。
突き飛ばされて、放送室の調整卓に軽く体をぶつけた。
小さなボタンがたくさんあるせいで、突いた手のひらが痛い。
「いたた……」
バタンと扉が閉まる音がした。
「えっ、ちょっと、」
慌ててドアに飛びついて開けようとしても、開かない。
鍵は内側からでしかかからないのに、外のドア向こうで何かがつかえているようだった。
「こら、開けなさい! ねえ、ちょっと!」
何度ドアを開けようとしても開かず、さっきの女子生徒がそこにいるかもわからない。
どうやら閉じ込められたのだと気付いて、ため息をついた。
どうして、見知らぬ女子生徒にこんなことをされるのだろう。
まさか米川さんと同じグループの、成瀬くんのファン?
そう疑いはじめた時だった。
「片桐先生」
一番聴きたくない声がした。
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