ねえ、センセ。―粘着系年下男子の憂鬱

ゴトウユカコ

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魔の手_8

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 成瀬くんは、あれから「ごめん、月曜日に」と一言メッセージを送ってきたきり、週末は連絡もとれなかった。

 橘先生の言っていたことを成瀬くんに、そして直己に伝えたくても、「僕にはすぐわかる」と言ったそれが、はったりなのかそうでないのかさえ判断がつかない。
 でも返事をしなければ、きっと橘先生は何か2人にとってよくないことをする。
 それが私の行動だけにかかっているなんて、考えるだけでも吐き気がした。

 それでも学校で生徒は待っている。
 週が明けての月曜日、滅入る気分を必死で押し隠して教室へ向かった。

「あ、片桐先生。おはよーございまーす」

 明るい声で声をかけられて「おはよう」と振り返ると、そこには米川さんがにっこり笑いながら立っていた。
 彼女のことも解決してないのに、と本当に泣きたくなった。

「先生、5分だけ、いいですか?」

 さらりと黒髪を流しながら、米川さんが有無を言わせないような口調で言った。
 仕方なく近くの廊下に身を寄せた。

「片桐先生からお願いできないかなと思って」

「お願い?」

「はい。成瀬先生、土日、大変だったんです。だから、文化祭の作業を少し免除できないのかなって」

 土日。
 連絡がとれなかった時間、成瀬くんが何をしていたのか、目の前の女子生徒は知っている。
 そして、あの、深夜に電話してきたのは。

 顔から教師の仮面が外れないように必死でそこに立つ。

「それは難しい相談だと思うわ」

「なんでですか?」

「その土日の大変なことって、プライベートなことでしょう?」

「はい、プライベートなことです。とても」

 にっこりと米川さんがそう言った。

「では認められません。私から成瀬先生の指導教諭に伝えることはもちろん」

「そうですか、わかりました」

 米川さんは素直にそう言うと「お時間とらせてすみません」と笑みをたたえて私に背を向けて3年生の教室へと歩いていった。

 成瀬先生のプライベートな時間を知っていると言いたかったのか、それとも一緒に過ごしていたと言いたかったのか。

 どちらにせよ、私を揺さぶりたかったのだと分かる。
 そして、それは彼女が想像するよりもはるかに成功してる。

 思わず、俯いた。
 自分の中にわき起こるどす黒い感情を抑えなければ、教師なんて続けられない。

 直己をあの日裏切らなければ、と一瞬だけ、考えてしまう。

「杏ちゃんせんせー、おはよー」

 教室に入ると、いろんな場所に完成した文化祭の片鱗が現れてきている。
 生徒たちが一生懸命に形にしたものを見ただけで、なんだかホッとして泣きそうになった。
 何もよくばらなければ、この光景だけを見つめて、自分の先生としての職務だけに集中していられたのに。

 文化祭は、もう明々後日だ。
 そして、成瀬くんが実習生でいられるのも、残り4日。

「先生、」と怪訝そうな声がして、振り返った。
 成瀬ファンクラブのことを教えてくれた女子が1人、少し戸惑ったふうに立っている。

「なに、どうしたの?」

「先生、あの……橘先生とつきあってるんですか?」

「え?」

 目の前の女子の口から出てきた言葉に、ぞわっと悪寒が走った。

「な、なんでそんなでたらめな話が出てきたの?」

「学校の裏グループチャットがあるんですけど……。そこに、橘先生と片桐先生がつきあってるって。結婚式したら誰か生徒でスピーチ頼みたいとか、なんか変なのきて」

「なによそれ、そんなの誰が流したの。全然、つきあってないし、結婚式とかありえないから」

 軽く一笑に付すようにして、その子を見た。

「そういうの好きな人、どこにでもいるのね。でも私、橘先生となんて考えたこともないから」

「ですよね。なんかちょっと変な感じだったから、聞いてみただけ。すみません」

「ううん、ありがとう、教えてくれて。後でそのグループチャットも教えてね」

 そう言って席に戻らせると、朝のホームルームのために教卓に立った。

 誰がそんなデマを流したかなんて、2人のうちどちらかとしか思えない。
 でも……、米川さんじゃない。
 彼女自身も嫌悪感を見せた橘先生を、そういうふうに使うとは思えなかった。

 だとしたら。
 生徒の出席を確認しながら、拳を握りしめた。
 やっぱりこのまま、橘先生に振り回されているわけにはいかない。
 もうこれ以上、成瀬くんも、そして直己も、私のために振り回されていいはずがない。
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