59 / 90
魔の手_5
しおりを挟む
「……橘先生が、教育長の息子っていうのは聞いた。でもそれと何がどう関係してるの?」
「うん、橘ってけっこう若いのに他の先生たちが遠慮してたの知ってる?」
頭を振った。
教科が違うと接点も少なくなるし、なにより私は新人で他の先生の様子まで気にする余裕なんてなかった。
「まあ、見てるとさ、強いこと言えないんだよね。……たぶん、校長も距離置いてるし。でもそんくらいあいつの父親は力があるんだろうね。だからそれを笠に着て、やりたいことやってきたわけ」
「やりたいこと?」
「杏にしてきたようなこと。しかも教師だけじゃなくて、生徒にもね」
生徒にも。
一瞬にして、米川さんたちが橘先生に見せた露骨な嫌悪感を思いだした。
「もしかして、今も私以外に?」
「それはわからない。でも……あの学校さ、けっこう学年に1人か2人は退学者や不登校の子、出してる」
「それくらいは、他校でもない話じゃない気もするけど……」
「そう。でも問題はさ、6年前に橘がきてから、毎年、なわけ。しかも、だいたい女子」
「まさか」
「証拠はないよ。ないから、なんともいえないけど、でもあの学校の女子もそのこと知ってる子は知ってる。例えば……橘が何かと目をかけてるのを見かける。でもそのうちその子が来なくなったり退学したりする。で、その子と仲よかった子がいて、そっから話が少しもれたらりする。流れで橘とヤッっちゃったけど、それ、動画で撮られてたっぽくて。素人モノとしてネットに流出したとかさ」
「それ……! 犯罪じゃない!」
許せない。
今でもこんなにつらいのに、もっとひどいことをされてるなんて。
「だね。ただモザイクとかかけられてて、知ってる人が見ないとわかんないレベルだって。だから影響は限定的だと思うけど、それでも本人にとっちゃ、もう外なんて歩けないだろ」
「だ、誰も、被害届とか、学校に言ったりとか……」
言いながら、俯いた。
とても、そんなこと怖くて言えない。
私だって、今、橘先生にされてることを学校に言ったりできない。
成瀬くんとのあのことが明るみにでてしまう可能性があるのも大きいけど、なによりそういうことをされた自分が恥ずかしくて、そういう目で見られるのがすごく怖くて。
学校に行くのだって怖い。
でも私は仕事がある。この仕事で生活をしているけど、生徒なら。
「……言っても無駄だってさ。警察以前に、橘の父親がもみ消す」
ゾッとした。
もし橘先生が本当にそういうことしているのなら、あの高校の中だけで済む話じゃない。きっと、もっと前から、そういうことをしてきてる。
だとしたら、もっと許せない。
ひどすぎる。
まだまだ生徒たちはこれからなのに。
いろんな恋をして、いろんな人と出会って、いろんな楽しいこと悲しいこと怒りたいこと笑いたいこと、それを全部その子から奪ってしまうことなのに。
今までの恐怖よりも、悔しさがゆらりと立ち上がってくる。
「杏はオレが守るよ」
黙り込んだ私に、成瀬くんが安心させるように言った。
「私には、成瀬くんがいてくれる。でも、他の子たちは?」
「だから、終わりにさせる」
「終わりに、ってどういうこと……?」
「あと少ししたら、ちゃんと話す」
「今は話せない?」
「ごめん。この話は、すごく、……なんていうか軽くは、言えない」
成瀬くんが申し訳ないように視線を伏せた。
もしかしたら成瀬くんはすでに被害者とその被害の内容を知ってるのかもしれない。だからこそそれを話せないというのはすごく誠実で、わかる。
でも誰か、が誰なのか。
胸の奥に刺さる小さなトゲが疼いた。
「でも、橘にいいようには絶対させない」
ゆっくりと伏せていた目をあげて私をまっすぐ見た成瀬くんに、私の方が目を伏せた。
成瀬くんがしようとしていることは、きっとすごく大変なこと。
なのに私は、自分勝手にその誰かが米川さんだったら、本当はいやだなんて思ってる。
橘が許せないと怒りがわき起こるのに、一方で米川さんと成瀬くんの距離が近づいてしまったら、なんて不安がちらつく。
そんな自分の小ささが浅ましくて醜くて、目を見られない。
「オレは来週で実習終わりだから、そうなったら駆けつけたくてもできない。あいつ、杏にすごく執着してる。オレがいられる今しか、ない」
私に言い聞かせるかのような成瀬くんの言葉に頷いた。
「たぶん、スマホをとられた時点で、きっとあいつもいろいろ考えてるはずだから。だから杏は、絶対、橘と2人きりにはならないで」
また頷いた。でも胸の奥でもやもやするものがどうしても拭えなかった。
「うん、橘ってけっこう若いのに他の先生たちが遠慮してたの知ってる?」
頭を振った。
教科が違うと接点も少なくなるし、なにより私は新人で他の先生の様子まで気にする余裕なんてなかった。
「まあ、見てるとさ、強いこと言えないんだよね。……たぶん、校長も距離置いてるし。でもそんくらいあいつの父親は力があるんだろうね。だからそれを笠に着て、やりたいことやってきたわけ」
「やりたいこと?」
「杏にしてきたようなこと。しかも教師だけじゃなくて、生徒にもね」
生徒にも。
一瞬にして、米川さんたちが橘先生に見せた露骨な嫌悪感を思いだした。
「もしかして、今も私以外に?」
「それはわからない。でも……あの学校さ、けっこう学年に1人か2人は退学者や不登校の子、出してる」
「それくらいは、他校でもない話じゃない気もするけど……」
「そう。でも問題はさ、6年前に橘がきてから、毎年、なわけ。しかも、だいたい女子」
「まさか」
「証拠はないよ。ないから、なんともいえないけど、でもあの学校の女子もそのこと知ってる子は知ってる。例えば……橘が何かと目をかけてるのを見かける。でもそのうちその子が来なくなったり退学したりする。で、その子と仲よかった子がいて、そっから話が少しもれたらりする。流れで橘とヤッっちゃったけど、それ、動画で撮られてたっぽくて。素人モノとしてネットに流出したとかさ」
「それ……! 犯罪じゃない!」
許せない。
今でもこんなにつらいのに、もっとひどいことをされてるなんて。
「だね。ただモザイクとかかけられてて、知ってる人が見ないとわかんないレベルだって。だから影響は限定的だと思うけど、それでも本人にとっちゃ、もう外なんて歩けないだろ」
「だ、誰も、被害届とか、学校に言ったりとか……」
言いながら、俯いた。
とても、そんなこと怖くて言えない。
私だって、今、橘先生にされてることを学校に言ったりできない。
成瀬くんとのあのことが明るみにでてしまう可能性があるのも大きいけど、なによりそういうことをされた自分が恥ずかしくて、そういう目で見られるのがすごく怖くて。
学校に行くのだって怖い。
でも私は仕事がある。この仕事で生活をしているけど、生徒なら。
「……言っても無駄だってさ。警察以前に、橘の父親がもみ消す」
ゾッとした。
もし橘先生が本当にそういうことしているのなら、あの高校の中だけで済む話じゃない。きっと、もっと前から、そういうことをしてきてる。
だとしたら、もっと許せない。
ひどすぎる。
まだまだ生徒たちはこれからなのに。
いろんな恋をして、いろんな人と出会って、いろんな楽しいこと悲しいこと怒りたいこと笑いたいこと、それを全部その子から奪ってしまうことなのに。
今までの恐怖よりも、悔しさがゆらりと立ち上がってくる。
「杏はオレが守るよ」
黙り込んだ私に、成瀬くんが安心させるように言った。
「私には、成瀬くんがいてくれる。でも、他の子たちは?」
「だから、終わりにさせる」
「終わりに、ってどういうこと……?」
「あと少ししたら、ちゃんと話す」
「今は話せない?」
「ごめん。この話は、すごく、……なんていうか軽くは、言えない」
成瀬くんが申し訳ないように視線を伏せた。
もしかしたら成瀬くんはすでに被害者とその被害の内容を知ってるのかもしれない。だからこそそれを話せないというのはすごく誠実で、わかる。
でも誰か、が誰なのか。
胸の奥に刺さる小さなトゲが疼いた。
「でも、橘にいいようには絶対させない」
ゆっくりと伏せていた目をあげて私をまっすぐ見た成瀬くんに、私の方が目を伏せた。
成瀬くんがしようとしていることは、きっとすごく大変なこと。
なのに私は、自分勝手にその誰かが米川さんだったら、本当はいやだなんて思ってる。
橘が許せないと怒りがわき起こるのに、一方で米川さんと成瀬くんの距離が近づいてしまったら、なんて不安がちらつく。
そんな自分の小ささが浅ましくて醜くて、目を見られない。
「オレは来週で実習終わりだから、そうなったら駆けつけたくてもできない。あいつ、杏にすごく執着してる。オレがいられる今しか、ない」
私に言い聞かせるかのような成瀬くんの言葉に頷いた。
「たぶん、スマホをとられた時点で、きっとあいつもいろいろ考えてるはずだから。だから杏は、絶対、橘と2人きりにはならないで」
また頷いた。でも胸の奥でもやもやするものがどうしても拭えなかった。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
続・上司に恋していいですか?
茜色
恋愛
営業課長、成瀬省吾(なるせ しょうご)が部下の椎名澪(しいな みお)と恋人同士になって早や半年。
会社ではコンビを組んで仕事に励み、休日はふたりきりで甘いひとときを過ごす。そんな充実した日々を送っているのだが、近ごろ澪の様子が少しおかしい。何も話そうとしない恋人の様子が気にかかる省吾だったが、そんな彼にも仕事上で大きな転機が訪れようとしていて・・・。
☆『上司に恋していいですか?』の続編です。全6話です。前作ラストから半年後を描いた後日談となります。今回は男性側、省吾の視点となっています。
「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しています。

Honey Ginger
なかな悠桃
恋愛
斉藤花菜は平凡な営業事務。唯一の楽しみは乙ゲーアプリをすること。ある日、仕事を押し付けられ残業中ある行動を隣の席の後輩、上坂耀太に見られてしまい・・・・・・。
※誤字・脱字など見つけ次第修正します。読み難い点などあると思いますが、ご了承ください。

4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる