ねえ、センセ。―粘着系年下男子の憂鬱

ゴトウユカコ

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揺れる心_2

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 エントランスそばの植え込みの縁に腰掛けていた人物が立ち上がった。
 それが直己だということは、私だけじゃなく成瀬くんも気づいていた。
 ため息が隣から聞こえて、成瀬くんが密着していた私から離れた。

 でも手を離しはしない。

「離して」

「やだ」

 即答されて、泣きそうになる。
 結局腰を抱かれてるような体勢は変わらない。

 どうしよう、どうしよう。
 そんな言葉が頭をぐるぐるして、でも目の前に立った直己は不思議そうに私を見て、そして隣の成瀬くんを見た。

「杏、なんで成瀬いんの?」

「……あ、うん……」

 手を繋ぎっぱなしで言い訳もできない。
 全身から引いていく血の気がざわざわと皮膚の下をうごめくようで、立っているのもようやくだった。

「センセのとこに教育実習で行ってるんで」

 先に口を開いたのは成瀬くんだった。

「いや、お前に聞いてないから」

 直己がぴしゃりと成瀬くんの言葉に蓋をした。
 ムッとしたのか、成瀬くんが繋ぐ手に力をいれて、ふいに引っ張った。
 強い力によろけて、その腕に引き寄せられた。

「成瀬くん」

 慌てた私に構わず、成瀬くんは私よりも直己を見据えて言った。

「こういうことです。センセはまだ迷ってるけど、オレ、センセをあんたのとこに帰す気ありません」

「……成瀬、お前やってること分かってるの? オレと杏がつき合ってんの、知ってたよな?」

「わかってますよ。でもオレも好きだったから、センセが実習生ん時からずっと」

「え? だって、お前ずっと彼女切れたことなかったよな? じゃあなに、他の子といながら杏のこと……」

「間中さんには悪いと思ってます。でもあんときだって、何もなければオレとセンセは……」

 唇を噛み締め、成瀬くんは少し視線を落として、でも顔をあげてしっかり直己を見据えた。

「決めたんです、もう一度センセに会うって。そのために誰かを傷つけても、オレは後悔したくない。今はもう、あん時の無力な高校生じゃない。センセは渡さない」

「わ、渡さないって、それお前……」

 絶句した直己が視線を地面に落とした。
 私はやんわりと成瀬くんの胸を押しがてら離れた。

「……直己、私」

 言いかけた私の言葉を遮るように、直己は「成瀬」と強い口調で呼んだ。

「こっちに研修出張だったから杏のとこに泊めさせてもらおうと思ってきたけど……ちょっと杏と話をしたい。杏の本当の気持ちを知りたい。成瀬、お前はそれでいいだろうけど、杏がどうしたいか、が一番だろ。2人で話をするから、帰ってくれ」

 ノーを言わせない口調で直己はそう言うと、成瀬くんは小さくため息をついて「……そうですね」と頷いて私を見た。

「センセ、今日は帰るね」

 私の手をそっととって握り、自分の唇にあてた。

「橘のことは心配しないで。オレがなんとかするから」

 直己の目を意識して手を成瀬くんから離そうとしても、成瀬くんはしっかりとつかんで離さない。

「オレがいなくなっても大丈夫なようにするから。オレを信じてね、センセ」

「成瀬くん」

「じゃ、また学校で」

 少し淋しげに笑うと、成瀬くんはさっと上半身を私の方に傾けて耳元に口を近づけた。

「好きだよ、センセ」

 直己の前なのにそう言って、成瀬くんは私の言葉も待たずに踵を返して歩き去っていった。
 何も悪いことはしていない。
 あまりに堂々と自分の気持ちを表した成瀬くんの姿に、混乱していた気持ちが収まっていく。

 彼は、はじめから覚悟をしていた。
 なら、私は?

 残された私は、いったん目を閉じて落ち着くように深く息を吸った。

 次は、私の番だ。

「……とりあえず部屋にあがって」

 かたく険しい表情で、直己が小さく頷いた。
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