ねえ、センセ。―粘着系年下男子の憂鬱

ゴトウユカコ

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忍びよる不穏な気配_7

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 重い体を引きずるようにして、職員用玄関に向かった。
 橘先生のことと米川さんたちのことで気を張りつめている1日で、退勤近くになるとへとへとだったし、頭も痛みだす。

 参ったな、とため息をついて靴箱を開けた。
 また紙が入っている。
 内容を見ずにバッグの底へと落としこむ。
 小さな嫌がらせも回数を重ねると、じわじわくるんだなと思う。

 疲れにぼうっとしながら靴を履き終えた時、背後から「おつかれさまです」と声がかかって凍りついた。

 橘先生だ。
 退勤時間はすでに過ぎて残っている先生はまだ多い。
 それでも玄関で退勤時間が重なるのは、橘先生が相手だけに待ち伏せしていたとしか思えなかった。
 もはや立派なストーカーだ。

「今、お帰りですか?」

 普段、他の先生と接するのと同じような言葉があざとく聞こえて、無言でバッグを抱え直して玄関を出た。

「待ってください、ご一緒させてもらえませんか?」

 辺りは暗く、正門までだろうと駅までだろうと一緒に帰るなんてありえない。
 とはいえ、このまま外に向かえば橘先生は追いかけてくるに違いない。

 いったん教員室か職員室に戻って、他の先生の退勤に合わせた方がいいかもしれない。
 本音は成瀬くんを呼びたいけれど、彼の本分は教育実習だ。
 私にかかずらって、本来やらなきゃいけないことを疎かになんてさせられない。
 それでなくてもこの前の一件もある。
 彼のこれからに支障が出かねないことは避けたかった。

「そんな怒らないでくださいよ」

「怒るに決まってんじゃん」

 鋭く低い声が響いて、ハッと振り返った。
 ビジネス用のトートバッグを肩にかけた成瀬くんが怒りを目に宿して大股で近づいてきた。

「な、成瀬くん。スマホを返してもらえないかな」

 動揺したのかわずかにうわずった声で、橘先生が成瀬くんに向き合った。

「スマホ? ああ、あと少しで返すよ。いいから帰りなよ。それ以上、片桐センセに近づかないでくれる?」

 成瀬くんは私と橘先生の間に割り込むように立った。
 橘先生は成瀬くんに殴られたマスクの内側の傷が痛むのか、表情を歪めてさっと身を翻した。
 その背中を成瀬くんは無言で睨みつけて見送り、見えなくなると私を振り返った。

「センセ、なんでオレ呼ばないの」

「だって……突然だったから」

 成瀬くんは不機嫌な顔で周りを確認すると、私の腕をとって職員玄関や教室から死角になる影へと私を引っ張った。

「だからー……いいからすぐ呼んで。あいつ、マジでヤバいから。難しいならオレを呼ぶってあいつに言うだけでもいいんだよ。それでも抑止力にはなるんだから」

 成瀬くんはそう言いながらも、私の手を握って顔をのぞきこんだ。

「ほかになんもされてないよね?」

 成瀬くんの手が力強くて、ようやくその時になっていろんな不安や恐怖から解放されたみたいにホッとした。
 そのせいか泣きそうになって慌てて俯く。

「大丈夫」

「……そんなんで全然、大丈夫じゃないじゃん……」

 呆れた声がして、反射的にムッとしながら顔をあげると、成瀬くんの顔が間近にあった。

 あ、と思った瞬間、成瀬くんの唇が軽く唇に重なった。
 それはほんの数秒のことで、さっと離れる。

「ほんとにさ、心配なんだよ。無理しないで言って。オレのことより、自分のこと優先して?」

 目をのぞきこまれる。

「でも、」

「でももなんもないの。今日は送ってく」

 成瀬くんが私を引き寄せた。
 一瞬、体をこわばらせたけれど、私の背中を子どもにするように優しくぽんぽんと叩いて、成瀬くんは「ほんと、心配」と呟いた。
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