ねえ、センセ。―粘着系年下男子の憂鬱

ゴトウユカコ

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不埒な悪戯にはめられて_2

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 必死で声を抑えても、聞こえてくる卑猥な音に乱されて指の隙間から漏れそうになる。

 ずるい、って思う。
 廊下ですれ違ったりしても、校内で知り合いみたいな顔なんてできないのは分かってる。
 互いに他人行儀に頭を下げて通り過ぎるのはしょうがないのに、こんなふうに会ってる時は、すごく強引で熱い。

 もう、3日目。

 私は成瀬くんの呼び出しを断れずにいる。
 ほんの十数分、特別教室で、教科準備室で、ーーそして今、図書室で。

 指と舌とでイかせておいて、彼は決して最後まではしてくれない。
 どんなに成瀬くんの下腹部の辺りが張っていても。

 背中に唇が押し当てられて、強く吸われた。

「お願い、キスマークはやだ、お願い」

 初めて教室でイかされた日、自宅で体の服に隠れるいろんな場所の赤い痕を見つけた。
 それがある限り、私は直己の前で裸をさらすなんて当然できない。
 なにより、その痕を見る度に直己への罪悪感が砂のようにどんどん降り積もって苦しい。

 ふいに廊下を走ってくる音がした。
 乱暴に図書室のドアが開いた。
 びくりと震え、成瀬くんもまた動きをとめた。

 誰か、きた。
 口を抑える手に力をいれて身を強張らせていると、ばたばたと図書室に入ってくる2人の足音が聞こえた。

 成瀬くんがちろりと背中を舐め、私は息をとめた。
 その反応を愉しむように、ゆっくりと彼の舌が這う。

 やめて、と言いたいのに、声を出せば気づかれてしまう。必死で頭を振った。

「あーこれこれ。この本に作り方のってるって」

「うわ、けっこうめんどくせー」

「んなこといっても、マズイもん出したとこで客来ねーじゃん」

 カフェの模擬店を出すのか、2人の生徒は楽しそうに話しながら図書室を出ていった。

「危なかったね、センセ?」

「誰のせい……!? お願い、普通に会って話したいの、こういうんじゃなくて」

「お願い、ね……。センセは、お願いばっかだね?」

 悪戯な光を目に宿して、成瀬くんがふいに肩に噛み付いた。
 思わず小さな悲鳴をあげると、成瀬くんの指がまた内腿から付け根へと潜って。
 意識が、成瀬くんに染まる。

「じゃあセンセ、オレのお願い、先に聞いてよ?」

 嫌な予感しかない。
 昂る息を整えながら何かと聞き返した。

「……ねえ、好きって言って? オレのこと、誰よりもアイシテルって」

 どくん、と心臓が音を立てた。
 遠距離とはいえ直己との関係も続いているのに、簡単に口にできるわけがない。
 でも一番知りたい、成瀬くんの本心。
 それがどこにあるのか見えないのに。

 ただ私で遊んでるだけだとしたら、誘いを拒めない私を笑ってるだけだとしたら。
 言えるわけがない。

 涙が滲みそうになって俯いた。

「そっか。ざーんねん。オレのお願い、聞けないんだ?」

 全然残念そうじゃない声。
 言えなくしてるのは誰?

 なじりたい気持ちを口にしかけた瞬間。

「じゃあセンセの体に聞こっかな」

 そう言って、成瀬くんの指が不意打ちで激しく私の中をかき乱した。
 息がつまるほどに、全身がカッと火照る。

「センセ、さっきよりすごいよ? 教師のくせに」

 成瀬くんのもう片方の手の指が口へと押し入ってきた。
 その指が望むままに、舌を絡ませ、舐め、愛撫する。

 成瀬くんが言うように、私の体が一番素直に感情を表してる。

 なら、わかるでしょう?
 そう言いたくて。

 成瀬くんが応えるように煽る。
 がくがくと立っていられなくなりそうになり、腰が沈みそうになる。
 腰を落とせば、彼の指がさらに深くへと侵入する。
 分かっているから堪える。
 でも堪えるほどに、決壊した時はーー。

 書棚のへりをぎゅっとつかんだ。
 全身がけいれんして、激しくなる指の動きと卑猥な音とに、成瀬くんの名前をうわ言のように口にする。

「センセ、」と荒い息遣いが耳元でして振り返ると、今度は唇を唇で塞がれた。
 苦しい体勢なのに、私は成瀬くんがほしくて。

 なのに、成瀬くんは。

「センセ、イっていいよ」

 ささやく声は私の中に入りたいと言うように熱いのに、私はまた、1人だけ放り出される。

 それが、哀しい。

 突き抜ける快感の中で、ひときわ甘い悲鳴をあげながら涙がほおをつたい落ちた。

 図書室に静けさが戻ってくる。
 本を読むという場所での淫らな行為はあまりに背徳的で、それが官能に通じても、冷静になればやってることの最低さに吐き気を覚えそうになる。

 余韻を振り払うように、ほおの涙をぬぐった。

「……いつまで……」

 続けるの?
 続けたいの?
 自分に問う言葉がもれた。

 成瀬くんは少し赤い顔をけだるげに私の方へめぐらせた。

「3週間。って、もう3週間切ってるか」

「それ……」

「オレが教育実習している間」

「……なんで? なに考えてるの。なにがしたいの?」

 呆然と成瀬くんを見ると、もう平然と素の顔に戻りつつある彼はワイシャツのボタンをとめながら小さく笑った。

「センセと遊びたいの」

「遊び」

 胸が痛い。
 その言葉が私にはナイフみたい。

「そう。秘密のね」

「何が、目的なの」

「目的? そんなのないけど……強いて言うなら、センセへのおしおき?」

「おしおきって、」

「あ、おしおきになってないか。センセ、気持ちいいんだもんね」

 厳しい顔で睨むと、成瀬くんは吹き出した。

「全然笑えないから」

「センセ、賭けませんか?」

「いや」って拒否しても成瀬くんは聞いてない。

「3週間、このヒミツの関係でオレとセンセ、どっちが先に落ちるか」

「落ちる?」

「もしセンセがオレをほしくて限界になったらセンセの負け。そしてオレがセンセの中にいれたくていれたくて限界になったら、オレの負け」

 言葉を失った。

 実習終わりまでずっとこんなことが続くなんて、耐えられる自信がない。
 焦らされ続けて体はもうずっと火照って、もうずっと物足りなさばかり感じていて。

 成瀬くんに跪く時間まで、もうほとんど残されてない。

「オレが負けたら、センセの好きにしていい」

 悪戯めいた顔で成瀬くんは楽しそうに言う。

「でも……センセが負けたら、センセはずっとオレの言いなり。今の彼氏とも別れて、ね」

 ハッと成瀬くんを見つめた。
 彼はなにをどこまで知ってるのだろう。

 ずいっと成瀬くんが私の方へ身を乗り出した。

 ブラウスをかきあわせたまま後退りすると、背中が本棚にあたった。

「……そんなの、はいって言うと」

「思ってる。だってセンセ、体の方が正直だし」

 成瀬くんはそう言いながら、顔を近づけてきた。

 止めきれてないシャツの襟の隙間から成瀬くんの汗に濡れたような胸が見えて、あまりの色気に目をそらした。
 でなければ、欲しがる自分をさらに刺激してしまう。

 キスを避けようとすると、成瀬くんは顔の両脇に手をついて強引に顔を覗き込んだ。

「ねえセンセ。オレが負けたら、もうあなたに近づかない」

 どくん、と不穏な音が胸の奥でした。

「3週間。センセは気持ちよくなれて、でもちょっと耐えるだけだよ?」

 愉しそうな笑みを浮かべて、成瀬くんはそのまま強引に唇を重ねてきた。

 なのに甘く切なく、そしてすごく優しいキス。

 意地悪な口調とはうらはらの、勘違いさせるそれを拒絶できないまま、受け入れる。

 こんなの、賭けじゃない。
 賭けにもならない。

 きっと成瀬くんは分かってる。

 私が願うこと。
 分かってるから、こんなことをする。

 教室で再会した瞬間の、あの、衝動の底にあったもの。
 それを私も成瀬くんも、知ってる。
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