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優しくない強引なキス_3
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「杏ちゃん先生、ごめん! 今日文化祭手伝ったら予備校なんだ!」
「待ちなさい! 掃除当番!」
「あたしもバイトー! 明日はちゃんと片付けまーす!」
「オレ、彼女とデートあるんで! あとよろしくでーす!」
「デートは理由にならないでしょ! こらあっ、よろしくじゃない!」
理由を口々に言いながら逃げていく掃除担当の生徒の背中に大声をあげた。掃除は道具を片づけるまでが掃除だというのに。
「まったくもう」
思わず呟きながら放り出された外階段のほうきとちりとりを拾い上げた。
新米教師のせいかいいように扱われてることに情けなくても、なかなか威厳をもって対応できない。
道具を手に教室に戻ろうと歩いていると、生徒たちが楽しそうに校舎とは反対の方向に駆けていく。
それも学年問わず、けっこうな人数がみんな同じ方向、体育館へと向かっているらしい。
ここ最近は、清掃後は文化祭の準備でばたついている。
何かイベントなんてあったかなと、つられるように掃除道具を手にしたまま生徒たちと同じ方向へ足を向け直した。
見えてきた体育館は、正面入口だけでなくサイドの出入口もみんな生徒たちがかたまるようにして中をのぞきこんでいた。
女子はほおを紅潮させるように息を飲んで、男子はやいのやいのと声援を送っている。
まるで他校が試合に来たような盛り上がりに、首をひねった。
今日は試合なんてなかったはず。
でも体育館からはボールと床が鳴る音がしてくる。
バスケだろうか。強豪高校として名を馳せているのだから、試合があってもおかしくはないけれど。
生徒の後ろからのぞきこもうとしたとたん周りからどっと黄色い悲鳴があがった。
「すっげえ。歯立ってねえじゃん、うちのエース」
「成瀬せんせー、かっこいー!!」
どきっと心臓が縮んで、慌ててその場から身を引きかけた。なのに、後ろからさらに集まってきた生徒たちにぶつかり、身動きがとれなくなる。
「成瀬せんせー!」
女子たちが大きな声で手を振ったり呼んだりして、それに応えたのか、ひときわ大きく「きゃああっ」と声があがって生徒たちが体を揺らした。
その瞬間、視界が開けて、体育館のバスケコートで肩で大きく息をしている生徒たちの間に、ワイシャツとスラックスを強引に手足それぞれまくり上げた成瀬くんが息を継いでいるのが見えた。
汗をかいたのか、ワイシャツの袖で顔を乱暴にぬぐい、それから一緒に動いていたらしい男子生徒たちと顔を合わせて笑いあうようにした。
どくん、と大きく心臓が跳ねて、切なさがこみあげた。
どうしようもなく泣きたくなって、目をそらしたくて、そらせなくて。
無邪気な笑顔は、まだ高校生だった成瀬くんそのままで、今、自分がどこにいるのかさえ分からなくなった。
「おいこら! お前たち、準備はどうした!」
ふいに太く大きな声が響いた。
バスケのコーチとして外部から来ている新堂先生だ。
その隣には、インテリ風の橘先生も立って生徒たちをしかりとばしている。
そこかしこで残念そうな声があがって、出入口に詰めかけていた生徒の塊がほぐれていく。
見つかりたくない。
慌てて生徒の影に隠れるようにして背中を向けた時だった。
「片桐先生、何してるんですか……!」
生徒指導の、この学校ではそれなりに発言力のある怖い橘先生の声がした。
少し粘着的な目をした30代の細身の男の先生で、どことなく蛇を思わせる。
人によってはイケメンに見えるらしく、女子の中にはひそかに好きだっていう子もいるらしい。
でも私は苦手だった。
近づいてくる足音がするのに振り返ろうかどうか迷った。
成瀬くんに気づかれたかもしれない。
振り返ったら、見てるかもしれない。
自意識にとらわれ、気づいてほしいのに気づいてほしくない、そんなジレンマに陥る。
「あなたまで生徒と一緒に何やってるんですか。こういう時こそ注意してくださいよ」
教室に戻りかけている生徒たちが私の方を見て小さく笑っている。
なかには、うちのクラスの子もいて、「杏ちゃん先生怒られてるー」なんて声も聞こえた。
こんなだからなめられるんだと思っても、見つかった以上逃げることもできない。
「片桐先生」
観念して振り返った。
目の前に、橘先生が立って見下ろしている。
「す、みません……」
小さく肩を縮めた。
「新米教師だからこそ毅然とした態度とらないと、本当になめられますよ?」
いやもうなめられてるからいまさら。
なんてことを内心でぶちまけながら、厳しい声に「はい」とうなだれた。
体育館のコートを見ないように視線を下に落としたままでいると、新堂先生が橘先生を呼ぶ声がした。
それに応えて、橘先生が「本当に頼みますよ」と言いながら踵を返した。
ホッとして思わず顔をあげた時、橘先生の去っていく背中ごしに成瀬くんの姿が見えた。
彼は新堂先生と笑いながら、私を見もしなかった。
「待ちなさい! 掃除当番!」
「あたしもバイトー! 明日はちゃんと片付けまーす!」
「オレ、彼女とデートあるんで! あとよろしくでーす!」
「デートは理由にならないでしょ! こらあっ、よろしくじゃない!」
理由を口々に言いながら逃げていく掃除担当の生徒の背中に大声をあげた。掃除は道具を片づけるまでが掃除だというのに。
「まったくもう」
思わず呟きながら放り出された外階段のほうきとちりとりを拾い上げた。
新米教師のせいかいいように扱われてることに情けなくても、なかなか威厳をもって対応できない。
道具を手に教室に戻ろうと歩いていると、生徒たちが楽しそうに校舎とは反対の方向に駆けていく。
それも学年問わず、けっこうな人数がみんな同じ方向、体育館へと向かっているらしい。
ここ最近は、清掃後は文化祭の準備でばたついている。
何かイベントなんてあったかなと、つられるように掃除道具を手にしたまま生徒たちと同じ方向へ足を向け直した。
見えてきた体育館は、正面入口だけでなくサイドの出入口もみんな生徒たちがかたまるようにして中をのぞきこんでいた。
女子はほおを紅潮させるように息を飲んで、男子はやいのやいのと声援を送っている。
まるで他校が試合に来たような盛り上がりに、首をひねった。
今日は試合なんてなかったはず。
でも体育館からはボールと床が鳴る音がしてくる。
バスケだろうか。強豪高校として名を馳せているのだから、試合があってもおかしくはないけれど。
生徒の後ろからのぞきこもうとしたとたん周りからどっと黄色い悲鳴があがった。
「すっげえ。歯立ってねえじゃん、うちのエース」
「成瀬せんせー、かっこいー!!」
どきっと心臓が縮んで、慌ててその場から身を引きかけた。なのに、後ろからさらに集まってきた生徒たちにぶつかり、身動きがとれなくなる。
「成瀬せんせー!」
女子たちが大きな声で手を振ったり呼んだりして、それに応えたのか、ひときわ大きく「きゃああっ」と声があがって生徒たちが体を揺らした。
その瞬間、視界が開けて、体育館のバスケコートで肩で大きく息をしている生徒たちの間に、ワイシャツとスラックスを強引に手足それぞれまくり上げた成瀬くんが息を継いでいるのが見えた。
汗をかいたのか、ワイシャツの袖で顔を乱暴にぬぐい、それから一緒に動いていたらしい男子生徒たちと顔を合わせて笑いあうようにした。
どくん、と大きく心臓が跳ねて、切なさがこみあげた。
どうしようもなく泣きたくなって、目をそらしたくて、そらせなくて。
無邪気な笑顔は、まだ高校生だった成瀬くんそのままで、今、自分がどこにいるのかさえ分からなくなった。
「おいこら! お前たち、準備はどうした!」
ふいに太く大きな声が響いた。
バスケのコーチとして外部から来ている新堂先生だ。
その隣には、インテリ風の橘先生も立って生徒たちをしかりとばしている。
そこかしこで残念そうな声があがって、出入口に詰めかけていた生徒の塊がほぐれていく。
見つかりたくない。
慌てて生徒の影に隠れるようにして背中を向けた時だった。
「片桐先生、何してるんですか……!」
生徒指導の、この学校ではそれなりに発言力のある怖い橘先生の声がした。
少し粘着的な目をした30代の細身の男の先生で、どことなく蛇を思わせる。
人によってはイケメンに見えるらしく、女子の中にはひそかに好きだっていう子もいるらしい。
でも私は苦手だった。
近づいてくる足音がするのに振り返ろうかどうか迷った。
成瀬くんに気づかれたかもしれない。
振り返ったら、見てるかもしれない。
自意識にとらわれ、気づいてほしいのに気づいてほしくない、そんなジレンマに陥る。
「あなたまで生徒と一緒に何やってるんですか。こういう時こそ注意してくださいよ」
教室に戻りかけている生徒たちが私の方を見て小さく笑っている。
なかには、うちのクラスの子もいて、「杏ちゃん先生怒られてるー」なんて声も聞こえた。
こんなだからなめられるんだと思っても、見つかった以上逃げることもできない。
「片桐先生」
観念して振り返った。
目の前に、橘先生が立って見下ろしている。
「す、みません……」
小さく肩を縮めた。
「新米教師だからこそ毅然とした態度とらないと、本当になめられますよ?」
いやもうなめられてるからいまさら。
なんてことを内心でぶちまけながら、厳しい声に「はい」とうなだれた。
体育館のコートを見ないように視線を下に落としたままでいると、新堂先生が橘先生を呼ぶ声がした。
それに応えて、橘先生が「本当に頼みますよ」と言いながら踵を返した。
ホッとして思わず顔をあげた時、橘先生の去っていく背中ごしに成瀬くんの姿が見えた。
彼は新堂先生と笑いながら、私を見もしなかった。
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